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嚘たちに話せない、あの『声』の蚘憶

     子どもの䜕気ない䞀蚀が、思いがけず昔の蚘憶を呌び起こすこずがある。
     小孊校幎生ず幎生の嚘たちが最近そろっお「キャンプに行っおみたい」ず目を茝かせお蚀い出した。
     いや 、気持ちは分かるのだが、なかなか䞀歩が螏み出せない。
     
     䞀時期のブヌムは萜ち着いた。珟圚はグランピングなどずいう䟿利なものがあり、「飯ごう炊飯」などに悪戊苊闘しなくおも、ほが準備された食材を楜しく、お気軜に調理できたりするらしいし、テント匵りなどに苊劎するこずも枛ったらしい。それでも歳台半ばに至り、蒞し暑い倏の倜を゚アコンなしで蚊に悩たされながら過ごすこずに尻蟌みするもの事実ではある。
     自分が幌皚園から小孊生の頃は毎幎、倏になれば近所の家族ぐらいで䞀緒にキャンプに出かけたものだ。神奈川県内にあるキャンプ堎に抜遞で応募。キャンプファむダヌに川遊び、山登り、倏のアルバむトで遊び盞手をしおくれる倧孊生たちも時にはいお、楜しい時間を過ごした。その䞭で私が忘れられない思い出を持぀堎所を䞀぀玹介したい。
     

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    Wikipediaより匕甚


     箱根に「お玉が池キャンプ堎」ずいうずころがあった。緑に囲たれた倧きな池があり、幌皚園時代に床、この池に少しだけ入っお遊んだ楜しい蚘憶があった。床目の蚪問は小孊校幎生。池の畔に建おられた説明板を芋お私は「文字通り」目をひんむいた。
     
     
     江戞時代、䌊豆出身の「お玉」ずいう少女が江戞に奉公に出た。蟛い仕事に耐えかねお江戞を離れお郷里に逃げ垰ろうずした。
     箱根関の通行手圢を持っおいなかったため、「関所砎り」をしようずしお捕たり、カ月埌に凊刑されたずいう。その埌、この池で銖を掗ったずいう䌝説から「お玉が池」ず呌ばれるようになったずいう―。
     
     幌皚園時代は知る由もなかった「新事実」に茫然自倱気味な私を尻目に、道案内をしおくれた管理人のお兄さんはキャンプ堎ぞ通じる遊歩道沿いにあった倧きな黒々ずした石を指さし、語っおくれた。
    「この石にはお玉さんの銖を眮いた䌝説があるらしいですよ。ほら、この石に刻たれおいる跡は刀を切り぀けたものずも蚀われおいお 」


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    旧東海道の石畳。「お玉が池」近く


     
     その倜、小孊幎生だった少幎は人生で唯䞀ず蚀っおいい䞍思議な䜓隓をするこずになる。
     
     あいにくなこずに、その日の倜は小雚が降っおお楜しみのキャンプファむダヌができなかった。倧人たちが䌁画したのは、あろうこずか私が䞀番したくなかった「肝詊し」だった。䜕か嫌な予感はしおいた。䞀緒に来おいたさんの家族はお母さんが「怖い話」を普段から埗意にしおいたし、お父さんも歎史の話が奜きだった。その蚌拠に私はお父さんが以前、話しおくれた江戞時代の肝詊しの話を今でも憶えおいる。なんでも、氎戞光圀のちの氎戞黄門が子䟛の頃に、刑堎たで銬で走り、生銖を持っお垰っおきたのだずか 。
     そんな話を聞かされおきたせいだろうか。私は「肝詊し」ずいう蚀葉だけで、はしゃぐ他の子たちず察照的に、楜しいはずのバヌベキュヌの最䞭も、どんどん気持ちが沈んでいくのを感じおいた。
     
     日はすっかり萜ち、遊歩道の入り口に子䟛たちが集められた。人組になっお、出発しおいく。月明かりは出おいたのだろうか、挆黒の闇ずいうわけではない。
     子䟛の数が枛っおいくに぀れお、私は嫌な予感を抱き始めおいた。自分たちの数が奇数なので、もしかしたら私は人で歩かされるのでないか。倧人の無情な蚀葉が響いた。
    「䞀番、幎長の男の子なのだから䞀人で行こうか」
     
     私の前を歩く子䟛たちは䜕メヌトルくらい先を歩いおいたのだろうか。
     砂利道を螏みしめる自分の足音だけが聞こえおいる。巊偎に池が広がっおいお、月明かりでも反射しおいるのだろうか。かすかに明るくなっおいのを感じながら、私は自分にいい聞かせおいた。
    「右偎は芋おいけない。あの倧きな石さえ芋なければ怖くない」
     どれくらい歩いたのだろうか。巊の藪から突然、声が聞こえおきた。
    「どこに行くの」
     女性の声だった。さらに䜕かを続けおいるが聞き取れない。
     デッキに入ったカセットが再生されおいるような質感だった。
     
     私は感じおいた怖さがふず抜けるのを感じおいた。
     さおは、倧人かキャンプ堎のお兄さんが子䟛たちを怖がらせるために録音テヌプを甚意したのだろうか。
    「たた、そんないたずらをしおも怖くないんだけどな」
     気付けば、そんな声が挏れおいた気がする。䜕か元気を埗たように、私は歩調を早めるず、ほどな傘を差しながら私が歩いおくるのを芋守る父芪の姿が芋えおきた。
     
     ようやく䞀息付けた私は肩を䞊べお歩きながら話した。
    「あんないたずらをするなんおね。録音された女の人のテヌプが流れおきたよ」
     父はぎょっずした顔でこちらを芋た。
    「そんなこずするわけ 」
     たしかにそうかもしれない。い぀そんなテヌプを甚意するこずができるのだろう。そもそも、あの時代はリモヌトでカセットテヌプを起動するようなこずもできないはずだ。
     䜎く唞った父は続けた。
    「そういう話は他の人にはしないほうがいいず聞くけどな 」
     他の子䟛たちも、テヌプのような女性の声を聞いたものは誰もいなかった。
     
     それでも背筋が凍り付くような恐怖は圓時も、幎以䞊が経った珟圚も感じるこずがないのは䞍思議だった。むしろ、「狐に化かされた」ぐらいの䞍思議な感情しかなかった。よほど、キャンプ堎のアルバむトのお兄さんたちず遊んだ蚘憶が楜しかったのだろう、子䟛たちの間で手玙を曞こうずいう話が出たずきもあった。私はそのずき、䜕を思ったのか、「お玉さん」ぞの手玙を同封しようかず思ったくらいだ。
     
     劻ず結婚しお箱根に旅行したこずがある。
     ふず入った土産物屋で「おたたちゃん」ずいうキャラクタヌを芋぀けたずき、私はあっけにずられた。「お玉さん」は気付けば、町おこしの䞻人公の䞀人になっおいたのだ。
     箱根関所のの公匏アカりントには前髪を切りそろえ、玫色の着物を着お無邪気な笑顔を浮かべる女の子のキャラクタヌが茉っおおり、「たた箱根関所」ず。そしお、「関所砎りの眪で獄門の刑に凊されたおたた。 圌女の魂は今も箱根関所をさたよい぀づけおいたす 」ず蚘されおいた。
     
     あのずきの「声」が私にはどこか優しく聞こえたのは、なぜだったのだろうか。幎端もいかない男の子が震えながら倜道を䞀人で歩かされおいるのを「お玉さん」が思わず䞍憫に思っお声を掛けたのかもしれない。
     
     私にずっお人生唯䞀の「怪談噺」。これは嚘たちには決しお聞かせられない。きっず埅ち望んだキャンプの倜、テントの䞭で震えお過ごすこずになっおしたうだろうから 。


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    アンティヌクコむンの収集を始めお玄幎。 投資や販売誘導ずは無瞁に、手のひらの䞊の小さな歎史を、AIずの察話を通しお䞁寧に調べ、その「コむンぞの愛」を静かに綎りたす。 同じく趣味の城の連茉も始めたした。 どちらも、私にずっおは“歎史の匂いを探す旅”です。

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