赤いワイングラス
「わぁ、きれい!」
ヴェネツィアのガラス工房には、アクセサリーから食器、置物まで所狭しと並んでいた。
その中で、赤いワイングラスに目が留まった。
深みのある赤いグラスに白い花と薄緑の葉が描かれ、金の蔦が取り巻いている。
脚や台座も赤で、飲み口と台座の縁が金で彩られていた。
店内には同じく赤のタンブラーや、赤、青、緑……と五色のワイングラスもあったが、かなりお値段が張る。
端から端まで眺めては、最初に目を惹かれたグラスに戻ってしまう。
それを何度か繰り返した末に赤いワイングラスをペアで買い、大事に日本まで持ち帰った。
いったん食器棚に収めたが、めったに出番がないのはもったいない、とリビングの出窓に飾ってみた。
日の光を透かす赤は、夕方になるとオレンジ色の光をやわらかく閉じ込め、ガラス工房で見た時より何倍も美しい。
晴れた日には、用もないのにリビングに行って眺めたものだった。
ところがある日、帰宅すると、犬がワイングラスをくわえている。
小さな口にちょうどいい細さだったのか、脚がポッキリ折れていた。
もうひとつも、すでに餌食となって床に転がっている。
光を失ったグラスをそっと拾い上げ、掌にのせた。
(出窓に飾らなければよかった……)
後悔しても、もう遅い。
その後長らく、出窓には何もなかった。
でも、いつの頃からか、二匹の犬がじゃれあう陶器の置物が置かれている。
犬がくわえるには重いせいか、傷ひとつない。
自分によく似た置物に見向きもしない犬も、あの赤に魅せられていたのかもしれない。
