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Photo bymonokakiko

ツユゾラ

    朝、カーテンの隙間から久しぶりに日が差したと思ったら、昼過ぎにはだんだんと雲が空を覆って、ふたたび梅雨の薄暗い部屋に戻ってしまった。 

    今年の梅雨は梅雨らしく、よく雨が降る。
    降らない日はたいてい曇っている。

    この街に越してくる前に愛知で暮らしていた間の梅雨空は、メリハリのある天気のきりかえで雨の降らない間は眩い太陽が地上を照らしていた。 

    その空の青さにつられてうっかり傘も持たずに外出した先でゲリラ豪雨に遭う、なんて日も少なくなく、油断のならない空でもあった。

    そしてこの時期のことで思い出すのは、雷雲。
    とにかく雷がよく鳴り、ときに落ち、アパートを揺らした。


    ただっ広い平地の夏は緑の多いこの土地のじめっとした暑さとはまた違っていて、コンクリートジャングルがもたらすヒートアイランド現象には凄まじいものがあった。

    道路、建物、家、更地、ありとあらゆるところに蓄えられた熱は、夜になっても次の日を迎えても地上に居座ってますます膨れあがった。

    ベランダの戸を開けたとたん、目を刺すほどの光線と一緒にその見えない熱の塊を鼻から吸い込むと一瞬息が止まりそうになった。

    「40℃」という暑さを生まれて初めて目にしたのも、名二環の脇に設けられた気温表示板だった。 





    そんなことを思い出しながら、梅雨空の下、サンダルを履いて丘をくだる。

    ふもとの踏切の手前にある平屋の庭で、ここいらをよくうろついている茶虎の猫が雑草の上に横たわっていた。

    顔とさくら耳を隠すようにして短い手を頭の上に置き、こちらに背を向けて丸くなって眠っていた。

    ぼさぼさになった毛が風に吹かれて、上に、下に動くお腹を見ていたら何だか切なくなってきて、そっと立ち去る。

    猫にとっても、長すぎる雨と暑すぎる夏は堪えるだろうなと思う。


    踏切が鳴って遮断器が降り、行き先に「逗子」と書かれた電車が通過していった。

    引っ越してきたばかりの頃、電車に乗って一人旅でもしてみようと思っていたけれど、その土地を訪れることもなく一年が過ぎてしまったことに気付く。

    日々も、その時の気持ちも熱意も、足が速い。


    踏切を渡ると、いつもの小川が見えてくる。

    春が終わりに近づくのと合わせて濁りを増し、すっかり底の見えなくなった川に、冬の間に橋の上から眺めていた鴨たちの姿はない。 

    甲高い「ぴゆ」という鴨の鳴き声にかわって、そばの街路樹から早くも蝉の声が聞こえてくる。

    梅雨空に、早くバトンを渡してくれよと言わんばかりの蝉の声。

    その夏の声が充満した鬱蒼とした公園を、杖をついたおばあさんが横切っていく。

    雨は降りそうで降らなかった。 



    もう少しすれば、このすべてが微細な水に包み込まれたような季節も終わる。

    「それはそれで大変なのよ」と、目を覚ました猫が諭すようにわたしを見つめた帰り道。





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