
空っぽだと思っていたけど
自分は空っぽだと思っていた。
とくに、病気の陰性症状が出はじめてからは、泣いたり笑ったりもできず、心が動くということが本当にすくなくなり、自分にはなにもないんだ、と感じていた。
たくさんの人、たくさんの出来事のおかげでわたしはよく笑い、よく泣く人間に戻ったが、それでもそれは、戻ったわけではないだろう。
わたしは、わたしの真ん中に、静かで揺るぎないわたしを発見した。そのわたしが、泣いたり笑ったりをたのしんでいる。
それでも長い間、自分はなんてつまらなくてくだらない人間なのだろうと思っていた。
世界に目を向ければたくさんの華々しい人たちが、あらゆるかたちで活躍し、身の周りの人たちはみな、わたしができないことをして、持たないものを持っているように見える。
それが、いつからか、わたしにはわたしの中身がつまっていると、わかるようになった。
だから、わたしは、せっせと毎日書きはじめた。
わたしの中身は、この宇宙で、わたしだけの中身だ。
ほかの誰にも真似できない。
そんなすごいことに気がついてしまった。
そんなすごくて当たり前のことを知らなかったわたしは、架空の恋をし、架空の友だちと架空の話をしてきたように思う。
わたしは誰のことも見ていなかったし、誰のことも知らなかった。
ほとばしる、あの人の姿。
精巧に層が重ねられたうつくしいパフェを崩さないようにすこしずつ食べるように、味わっていく。
すこしずつでいい。もうわたしは、ぐしゃぐしゃに混ぜたりしない。
うそ。やっぱりたまに、かき混ぜてしまう。
気が急いて。わたしがわたしを止められなくて。
わたしがわたしを止められないとき、わたしは怒ったり、かなしんだり、さみしがったりしている。
それでわたしは、言葉をぐちゃぐちゃに丸めて固めた砲丸を、ぶんぶん振り回してパフェの中心にぶち込む。
中心にぶち込んだつもりが、わたしのコントロールがとんちんかんで、そもそもちっぽけなわたしのコントロールなんて存在しないに等しくて、砲丸は表層で弾けてクリームをびしゃっとぶちまけたりする。
わたしはかなしくなって、必死でクリームを掬ってなめる。
ごめんね、って言いたい。
でも、あんまり言えない。
わたしは自分にいろいろな感情があることにもたぶんずっと気づいていなかったから、人が怒ったりかなしんだり傷ついたりすることも、あまり理解してこなかった。
クリームをぶちまけて、あの人が怒ったり傷ついたりするとき、そこにはあの人があの人自身を守る心と、わたしを守りきれないかなしみがにじむ。
わたしはどれだけの人を、どれだけのバリエーションで、損なってきたろう。
わたしの歴史は痛みの歴史。
あなたの歴史は喪失の歴史。
わたしはちゃんと失ってこなかったから。
悼むことのできることあなたはうつくしい。
わたしはいつだってわたしが奪われたもの、奪ったものの正当性を、自分自身に語ってきた。
そうしてわたしに今見えるのは、いびつで、それだからこそ正統に織り込まれた、わたしという人間のタペストリーだ。
すべての人が、正統なタペストリーを織って、そこに在る。
そのことをどのように尊重しよう。
誰かの話をよく聞くことや、その人の美点を褒めること、そんなことは人間の初手でしかなくて、もっと正しくて本当のやり方があるのじゃないか。
咳が止まらないあの人の背中をさする。
そんなこと、初手未満じゃないか。
どうしたら、わたしは、伝えられるの。
どうしたら、わたしは、あの人に、大事だよって言えるの。
しっとりと、かなしくて、孤独にふるえる。
わたしが望むかたちでは、あの人はわたしを愛してくれないのかもしれない。
でも、きっと、わたしが望む以上のかたちで、あの人はわたしを愛している。
わたしの夢は、あの人に、わたしはあなたを愛してるよ、って伝わることだ。
それに一生がかかってもいい、わたしはもうあきらめている。
わたしの人生がわたしを生きるためのものであるのなら、わたしにわたしの中身がつまっているなら、わたしのかたちでそれを伝え続けるしかないのだから。
あなたの愛する誰かが、さみしさで擦り切れることのありませんように。
すべての人が、心の痛いところを、誰かに抱きしめてもらえますように。