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コダマチャリノレン

    噂ってのは怖い。記憶ってのも怖い。


    ​どこからともなく悪意の混じった噂が流れてくることがある。誰々が不倫してるだの、誰のミスで案件が飛んだだの、根も葉もない話が尾ひれをつけて膨らんでいく。そんな泥をぶつけ合い、足を引っ張り合う大人の人間関係に辟易し、心がすっかり擦り切れてしまう夜がある。


    大人になって心に巣くう憂鬱は、まるでニキビの跡。薄くはなる。でも完全に消えゆくことはない。ふとした瞬間に思い出し、じんわりと心と体を蝕んでいく。


    子供の頃に心に偶然宿した愉悦も、またニキビの跡。薄くはなる。でも完全に消しさることはしない。思い出すだけで、胸の奥に燻るドス黒い塊の色が抜ける。


    「自分だけの気休め」があることで、私は社会になんとか踏み留まっているんだろうなと思う。


    もう20年以上前の話。休み時間、A組の教室で友人2〜3名とこんな話をしていた。


    ​「コダマってなんでいつも歩いて来んのかな?」


    「さぁ。チャリ持ってないんじゃね?」


    「いや、ラムザに住んでてそれはない。」


    「もしくは乗れないとか。」


    「ないない、俺らもう高学年。」


    もちろん全く悪気もなく、誰が聞いていると思いもしなかった。だが、この数日後、事件は起こる。


    それは朝のホームルームの直後だった。教室前方にあるスライド扉が、静寂を切り裂いて勢いよく開く。そこには、隣のB組にいるはずのコダマが立っていた。


    コダマはタワマン暮らしの裕福な家の子だった。ただ、なぜかいつもサイズが合っていない「短すぎるデニムの短パン」をはいている。夏も冬も、その日も。それにお坊ちゃんらしからぬ「見事なサル顔」である。背も低い。それらの影響か、良くも悪くも誰も彼をセレブとして扱っていなかった。金持ちであることを鼻にかけない、ひょうきんで気さくなヤツ。


    ただ、その日の彼は様子が違っていた。


    高校野球の中継で、たまにピッチャーがアップになるときがある。サインに首を振ったり、汗をぬぐったり。ものすごく真剣な眼差しを向ける球児達。


    この日のコダマは名門校のエースの姿と重なっていた。今まで見たこともない真剣なサル顔が、僕らを睨みつける。クラス中が息をのんでコダマを見つめる。「いったい何がはじまるんだろう。」


    ​コダマの初球。「あのーーー!一言いいですか!?」ざわつく教室。どうやらみんなのストライクゾーンに入ったらしい。


    ​間髪入れず2球目。「ぼくについて、変なウワサが広がっているみたいなんですが、やめて下さい。」さらにざわつく。カウントツーナッシング。


    追いつめられたA組のみんな。対峙するB組の短パン小僧。3球勝負か、見せ球を放るのか。


    コダマの第3球――。


    「ぼくは、自転車に乗れます!!」


    ど真ん中のストレートだった。


    ちょうどこの年嵐のA・RA・SHIがリリースされた。


    やな事あってもどっかでカッコつけーる、ユアマイソールソールいーつもすぐそばにある。


    社会の理不尽さにムカつき、他人の悪意に怯える夜、いつも思いだすこの曲。と、サル顔の短パン小僧。


    きっと、世の中そんなに複雑じゃないんだよ。


    ​



    #創作大賞2026 #コミックエッセイ部門

     
     
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