
京都・伏見稲荷大社の稲荷山にのぼり、受験について考えてみた
昨年の夏、京都の伏見稲荷大社を参拝。ふと稲荷山にものぼろうと思った。


真夏の、暑い日だった。稲荷駅から伏見稲荷大社まで歩く。最初は、訪日外国人旅行者がわんさかいた。参拝を済ませ、続いて稲荷山に登る。ここは奥社に向かう参道「千本鳥居」が有名。鳥居をどんどんくぐり抜け、石段を登って稲荷山をぐるっと一周。最初は人で渋滞が起きていた。
階段をゆっくりとふみしめるように歩く。歩くところは、ほとんど日かげ。意外と気持ちいい。ただ、延々と石階段がつづく。みんな次第に引き返す。徐々に人が減っていき、ぽつぽつとしかいなくなる。






歩きながら、頭にずっと浮かんでいたこと。それは、受験と登山は似ている。つらいし、面倒だし、べつにそんなにがんばらなくてもいいし。このへんでいっかー、と思う人はそこでやめる。それは別に悪いことではない。
まだまだつらいけど、できる。のぼれる。そういう人には、新しい景色が待っている。のぼればのぼるほどつらい。周りを見渡すと、同じようにがんばっている人は少数だが、いる。そして、見たことのない景色を味わえる。
頂上までゆっくり歩いて、1時間ちょいかかった。空気は澄んでいて、さわやかだ。てっぺんまで来ると、満ち足りた充足感が味わえる。よし、また新しいことにチャレンジしよう。そんな気持ちになれる。登り切ることは、すごく満たされた気持ちになる。
明日から共通テスト。そのあと、私立受験もはじまる。誰もが、自分の『山』を登り切ってほしい。そのとき、気持ちの良い風が吹くはずだ。