三番の乾燥機
三番の乾燥機は、いつ行っても残り十二分だった。
最初に気づいたのは六月の終わり、梅雨が居座って部屋干しのタオルが酸っぱくなり始めた頃だ。駅から県庁のほうへ少し歩いた角のコインランドリー。洗濯機が四台、乾燥機が六台。夜の十一時を過ぎると、客はたいてい私ひとりになる。
三番だけが回っていた。ドラムの中は空で、デジタル表示が赤く「12」を示していた。
持ち主がどこかで煙草でも吸っているのだろうと思い、私は五番に洗濯物を放り込んだ。四十分後、乾いたシャツを抱えて出るとき、三番はまだ「12」だった。
次の週も、その次の週も同じだった。時間帯を変えても、雨でも晴れでも、三番は空のまま回り、残りは十二分から減らなかった。
壁に貼られた管理会社の番号に電話をかけたのは七月の半ばだ。
「三番ですか」と、若い男の声は少し間を置いた。「確認しておきます」
それきり、何も変わらなかった。
ドラムの窓に顔を近づけると、温かい空気がかすかに漏れてくる。糸くずフィルターには何も溜まっていない。耳を澄ますと、ときどき小さく硬いものがドラムの内側に当たる音がした。ボタンか、ファスナーの引き手のような。けれど中には何も見えない。
八月になって、三番の前のベンチに老人が座っているのを見かけるようになった。いつも同じ灰色のポロシャツで、膝の上で両手を組み、回るドラムを眺めている。洗濯物は持っていない。
三度目に会った夜、私は自販機で缶コーヒーを二本買い、一本を差し出した。老人は礼を言って受け取ったが、プルタブは開けなかった。
「これ、ずっと十二分なんですよ」
「ええ」
「ご存じでしたか」
「家内のです」
老人はそれだけ言って、缶を両手で包んだ。冷たいはずの缶を、温めるように。
私は何か訊こうとして、やめた。五番がブザーを鳴らし、私は立ち上がって自分のシャツを取り出した。振り返ると、老人は目を閉じていた。眠っているのか、ドラムの音を聞いているのか、分からなかった。
九月の最初の週、老人は来なかった。その次の週も。
三番は相変わらず回っていた。
ある晩、私は洗濯物の中から色の褪せた紺のカーディガンを一枚抜き出した。十年以上前に母が編んだもので、袖口がほつれている。回っている三番の扉に手をかけると、扉は抵抗なく開いた。カーディガンを中へ入れた。ドラムは止まらなかった。表示も変わらなかった。
扉を閉めて、ベンチに座った。老人がいつも座っていた場所だった。
カーディガンは紺色の影になって転がっている。ときどき、その影がふたつに見える瞬間があった。袖と袖が、すれ違うように。
赤い「12」は、まだ減らない。
私は膝の上で手を組んだ。缶コーヒーを買ってくればよかったと、少し思った。
