指の記憶
朝、瓶の蓋が開かない。
以前はひとひねりで済んだ。今は台の角に押しつけ、体重をかけ、それでも滑る。ゴムの手袋を探す。見つからない。濡れた布巾を巻きつける。ようやく、乾いた音がして蓋が緩む。
その一瞬、指先に走った痛みを、しばらく見つめている。
母の箪笥を片付けたとき、開かない引き出しがあった。木が反っていた。誰も直さないまま、何年も、そこにあった。開けようとするたびに軋み、途中で止まり、また軋んだ。結局、その引き出しには何も入っていなかった。空っぽの抵抗だけが、律儀に続いていた。
自分の体も、そういう引き出しに似てきている。
階段は、まだ上れる。ただ、二段目で一度、手すりを探す仕草をする。探すだけで、まだ掴まなくてもいい。その「まだ」の分だけ、若い頃と違う。
夜、爪を切る。厚くなった爪は、切るというより、削るに近い。切れ端が飛んで、畳の目に入り込む。指で探っても見つからない。翌朝、素足で踏んで、初めてその位置を知る。
痛みが、地図になる。
瓶の蓋は、結局、湯につけておけば緩むのだと、後から気づく。力ではなく、待てばよかった。
そのことに気づくまでに、六十年かかった。
