
海と山の境目(プロトタイプ/制作過程公開)
※これは『海と山の境目』の三年前のプロトタイプです。
完成版と重複する内容を含みますが、制作過程の記録として公開しています。
以下、本編です。
【プロトタイプ】【海と山の境目】
第1話 あること
暗くて少しせまい空間で寝そべりながら、隆志は目を回しながら呟いた。
「誰かもそんなこと言ってたな。」
大都市の摩天楼に灯された光は、縛られた身体を強引に振りほどこうとする自分の動きで周っていることに気付く。流れる星の光波(ひかり)は、摩天楼のそれとは違うことが、彼にはハッキリと理解できた。目を閉じても眩しかった。
人工の光など、自然が創り上げる光に比べれば、何と醜い輝きなのだろう。「あの時」、あの浜辺で、彼の脳の中枢から理性が飛び、燃えさかる本能が溢れ出たとき、現代の不自由さを真に理解する能力を得たのだった。
身体は左右にゆさぶられつつ、何かの反作用で喰止まり、自分の肉体がそこにあることを実感し、酷くそれを憎らしく感じていた。
そして、彼は気づくことになる。自分は、両手を手錠で固定されたまま、警察官の顔に脚を投げ出した状態で、護送車の中で絶叫していたことを。そして、悟った。今は確実に終わるけど、「あの時」は、絶対に終わらないということを。
そこに居ながら、「あの時」を経た隆志は、もうそこには存在していなかった。触れ合い、抱きしめ合い、尽き果てた後の彼は、これからも継続して、雨音(あまね)の存在を頼りにできるのかということを、ひどく不安に感じていた。
第2話 背後にあるサンドノイズ
笑うことを酷く嫌う。笑いが起こる所には、必ず誰かの犠牲がある。ややもすると、自虐で存在をアピールし、自分への注目を乞うだけだと。正反対には、微笑みがある。ほほ笑むことだけに専念する。ほほ笑みは、相手を征服したことだと決め込んでいた。
性に関して多感になる歳頃、隆志は、ふとした事故から、致命傷を負った。怪我からは回復するも、顔面の傷跡だけは消えることはなかった。思春期の彼には、心にも大きな傷となって遺ってしまった。どんな名医にかかれど、この傷は、現代の医療では修復不可能で、この先、300年経ったとしても治ることはないと表現する医者もいた。なかなか納得できるような回答だった。
鏡は視ない。トラウマとなった境界線をほどいたとしたら、傷跡だけが遺ってしまう。照らされれば火傷だけが映る。顔は必ず逆光から、傷痕を隠すよう視る。ただ、「あの時」を振り返れば、顔は硬直し、ほほ笑むことだってしなくて済む。もはや、30代半ばとなった彼の顔を無理に歪ませれば、皺だけは深く刻まれるようになっていた。時間を盗まれた。
歩いている。それは事実だ。でも、「あの時」を経た自分は、存在はしているのだろうか。ふり返り、影があると安心した。とりあえず光のある方向へ進んでいる。海を酷く怖れた。深まるほど暗くなる。影がなくなっていく。雨音と過ごした大切な時間が、刹那的な泡になって消え去ってしまうことに怯えた。ただ、彼女とエクスタシーを感じられた場所も、海の前の砂浜であることに相違なかった。
生き方だけでも前向きにできるように心がけた。心の内面の葛藤の影も、見せないように歩いていくかの如く。すると、周りは不思議と、背後にある影を観ようとする。傷跡の情けをもらいたいのなら、むしろ背後を少し取られても良いような構えておけばよかったのかもしれない。でも、雨音の苦悩も隠すためには、決して自分の顔の皺を隠さないで、常に微笑んでいなければならない。
ショーウィンドウに映る自分の顔すら恐怖を感じていた隆志は、乾燥しきった目で周りの人間を観つつ、雑踏の中にある周りの人達の声を聴いた。意思疎通のできていない無意味な笑い声は、ラジオのサンドノイズのように、隆志をイライラさせた。他方で、周りにいる全ての人の背中からも、自分と同じような影が伸びていることに震え上がった。
第3話 傘と裏路地