メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bymomonotane

カナリア

    「ママはカナリアみたいね。」

    娘の結婚相手のことで言い合いになり、捨て台詞のように言われた。カナリア?見た目のこと?いや、この文脈でそれはない。どういう意味だろう?

    これを仲良しの京子ちゃんに話すと、
    「わかるわ(笑)確かに。うまいこと言うねぇ。」
    と大笑いされた。やはり見た目のことを言っているのではなかったらしい。

    毒ガスに敏感で、いち早く危険を察知すると騒ぐため、人間を守る警報役として、炭鉱に連れて行かれていたのがカナリアなのだという。
    娘は、私が口うるさいことを「カナリア」と表現したのだろう、というのだ。


    この手に初めて娘を抱いたとき、こんなに生意気になるなんて微塵も思わなかった。一回目の妊娠は流産となり、体質上、妊娠中は絶対安静が必須だとわかった。だから、三年後の二回目の妊娠は半年間寝たきりでお腹の子を育てたのである。もう自分には子供を持つことは難しいのではないかと悩み、眠れない日もあったが、「お腹の中にいるときに苦労させられた子は生まれてから幸せにしてくれるのよ」と言われ、何とか乗り切った。なのに、人一倍苦労させられるではないか。

    さらに、寝たきりのせいで増えた20キロと引き換えに抱いた我が子は、母親と同様にぽっちゃりと仕上がって出てきたのである。

    取り上げてくれた看護師さんに、「おめめがぱっちりしたかわいい女の子ですよ。」と言われたが、見せられた赤ん坊はおにぎりみたいだった。「私たちの子供がこんなにブサイクのわけがない!取り違えられた!」と騒いだが、この日この病院に生まれたのは娘だけだった。

    その後も流産があって、結局一人しか産めなかったが、一人しかいないから心配なのでも、寝たきりでやっと産んだから心配なのでもない。何なら娘に限ったことでもない。「もしかしたら」がたくさん出てきて、とにもかくにも心配なのだ。こういう人間に限って、周りはのんびり屋ばかりだから、さらにやきもきする。加えて彼らは、私が騒いでも、一様に「またやってるよ」という反応なのだ。

    夫にいたっては、交際期間を入れると半世紀にもなる付き合いの中で、もはや私の声だけをシャットアウトできる機能を耳に搭載したらしく、何を言っても届いてすらいない。私の予測が当たって、「だからあの時言ったのに!」と言うと、夫の返答は決まって「そんなこと聞いてない」の一択だ。
    どんなに騒いでも聞いてもらえないのだから、カナリアの方が待遇が良いではないか。


    そうは言っても、聞き流されては困ることもある。四十年近く嫁がずにいた娘が、急に結婚すると言い出した。私にも夢はあったが、ここまできて、かっこよくて育ちのいい素敵な男性が自分の娘を選んでくれるとも思っていない。それにしても、限度があるだろう。収入もない。学歴もない。プライドだけはある。ないならないで全部なければいいのに、一番厄介なものを持っている。それならせめて目の保養になるくらいの役には立ってくれよ、と思うのに、やっぱりそれはない。

    当の本人に「何が良いのか説明してくれ」と頼んでも、「良いところはない」の一点張り。それなら何のために今更結婚なんてするのか。一人娘が結婚したら安心して死んでいけると思っていたのに、逆に心配事が増えて、生への執着が増してしまった。あんな旦那を抱えた娘を先に遺して死ねないではないか。

    もちろん、本人と会って、「悪い気がしないな」と思うところが少しでもあればこちらも納得できる。なのにそれが一つもない。どうやっても自分の中で折り合いがつかない。

    いっそ「娘はもう死んだもの」と思って余生を平穏に過ごしたいと思い、「私の前から消えてくれ」と娘に頼んだ。しかし、「親の様子が分からないのは心配で耐えられない」と言って、自分たちが住めるように、家を勝手に私たちのお金でリフォームし、相手の姓をこちらに変えて、婿にした。

    幼いころからそうだった。勝手に受験勉強を始めては、やれ「願書を取りに行け」やれ「送り迎えをしろ」「学費を払え」と人を動かす。おかげで絶対安静が必須の私は、二人目を産めなかった。こっちは自分の受験も、プレッシャーで謎の発熱をするような気の弱さなのに、娘は簡単に試験に臨む。しかも実力よりずっと上位の学校を何の根拠もない自信で狙う。こっちは落ちたらどんなに落ち込むのだろうと考えて眠れなくなるのに、本人はどこ吹く風。落ちてどうなるか、という未来さえ想像できないのだ。しかしそこまでして付けてやった学歴も使わず、未だにフラフラしている。

    齢七十を前にして「セカンドライフ」とは程遠い。せっかく一人娘が結婚したのに、扶養家族が増えただけじゃないか。孫ができたら変わるのだろうか。いや、また扶養家族が増えるだけだ。
    これが今流行の8050問題、いや、差し詰め、今のところ7040問題といったところだろうか。いくつになっても社会的な関りをもたない子供を、年老いた親が扶養するという社会問題らしいが、そちらの方がまだ質が良い。だって、社会的な関りを持たない子供は、結婚もしないし孫も生まないのだから、扶養家族が増えることもない。
    こちらは40の子供よろしく、その旦那とこれから生まれてくるかもしれない孫の面倒まで見させられるのだ。


    よそ様は、「娘さんが近くにいてお幸せね」というが、いつまでも夫婦で働かなければならないこの地獄を知らない。いや、実の母でさえ、「何人子供がいても、結局娘よ。あんたは幸せだ」と言ってのけるのだ。それはあなたの娘が、私のように“出来た”娘だったから言えることだ。母は娘を、うちの“不出来な”娘のように育てたりはしない。


    小学生の時、成績優秀だからと担任から中学受験を勧められたので母に頼んだが、「女なのに贅沢するな」「男兄弟がみんな公立なのに、唯一の女が学歴をつけてどうする」と怒られ、断念した。大学卒業後就職した会社から夜遅くに帰宅すると、家の男連中が夕飯をまだ食べていないと責められた。
    母は官僚の妻となってからも、趣味で商売をやっていたから、幼いころから私が食事当番だった。だから、会社勤めをしてからも、私が作らなければ家族は食事にありつけないのである。「そんなに遅くまで働いて、お前はいくら稼いでいるんだ?雀の涙ほどの給料をもらうために、家族を犠牲にするな!」と言われて、結局三年ほどで会社を辞めざるを得なかった。それでも育ててもらった恩を背負って、98歳になった母の介護をしているのだ。
    世間ではある程度の年齢となれば趣味を楽しみながら悠々自適に暮らしたり、新しいことを始めたりして、自分の好きなように自分の時間を使うことができるらしいが、私には永遠にそんな日々は来ないのだろう。

    このことを恨みがましく娘に言うと、「私のおかげで人生に張りがあって良かったじゃない。人間ゆったりするとボケるものよ。」と一層態度が大きくなった。
    なぜ、自分の時間を自分のために使う、という当たり前の望みが叶わないのだろう。カナリアにだって引退はあっただろうに。

    ちなみに後日、カナリアについて調べた。娘も京子ちゃんも勘違いしていたが、普段は絶えずさえずっていて、危険を察知すると静かになる、というのが真実らしい。
    私が騒がなくなったら、いよいよおかしいと、家族は危険を察知してくれるのだろうか。そんなことを考えながら、今日もああでもないこうでもないと夫と娘を相手に騒いでいる。

     
     

    ANN-J

     
     
    日々思っていることをつづっています。

    あなたへのおすすめ