
何が貧困で、何が裕福なのか。― 建築家ドーシが教えてくれた「人間中心の建築」と母校の記憶
ドキュメンタリー映画「誓い 建築家 B.V.ドーシ」を観た。建築のことは全く詳しくないけれど、驚くほど心に響く映画だった。
ル・コルビュジエという偉大なる巨匠の元へ弟子入りしたインド人建築家の、70年にも及ぶ建築士としての生き様、思想哲学を実際に自身が設計した建築物をまわり、ドーシ本人の言葉で実際に語っているところを観る機会を得られたのは貴重な体験だった。
ドーシの話す言葉は聞き取りやすく、分かりやすかった。
ドーシの言葉はシンプルかつ真理をついているため、普通に会話してるのに全部箴言みたいな感じだった。
"Silence speaks."
(沈黙は語る。)
アーメダバードにある巨大な歴史的建築群、サルケジ・ローザ(Sarkhej Roza)。モスクや霊廟が静かに佇むその場所で彼が発した、もっともシンプルで美しい言葉だった。
「大理石では対話は生まれない、内側へ向かう」
その言葉を聞いた瞬間、私は母校の廊下を思い出していた。 床に大理石が敷き詰められたその廊下は、歩くたびにひんやりとした感触が伝わり、足音が驚くほどよく響いた。誰かの咳払いひとつでも低く長く反響し、人がどれだけ行き交っても静謐な空間だった。あの場所を通る時、私の意識は自然と内側へ向かっていたように思う。 当時はただ「静かだな」と思っていただけだったが、あれは大理石という素材が私に作用した結果だったのだ。
いっぽう、素材がもたらす静寂だけでなく、光と影もまた私に作用していたことに気づく。勉強に疲れては、ステンドグラスから差し込む光が移ろいゆくのをぼーっと眺めていたあの時間。今思えば、その光の変化に身を委ねることこそが、ドーシの言う「空間との対話」だったのかもしれない。
ドーシは映画の中で、この寺院の格子窓について、見ていて飽きない、窓の向こうの光と影がコスモロジカルな変化をもたらすと言っていた。その意味が、自分の母校での実体験と重なり、少し理解することができてうれしかった。
ドーシが自宅で瞑想する姿が映し出されたシーンはとても美しく、空間がドーシに与え、ドーシが空間に与える相互作用を観たような気がした。
”The most important thing in life is compassion and love.”
(人生でもっとも大切なことは思いやりと愛である。)
これもこの映画で彼が語った言葉のなかで最も心に残った言葉のひとつ。あとには色々な言葉が続いたけれど、言葉の詳細は忘れてしまった。ただ、その時の温かで真っ直ぐ前を見据えて語るドーシの姿が心に焼きついている。
アランヤでの低所得者向け住宅プロジェクトの話のなかで、インド国内では未だに根強い貧困問題と真摯に向き合うドーシの責任感の強さと愛情深さがそのままストレートに出た言葉からは、彼の温かな人間性を感じられる。
土地と基盤インフラだけを整え、建物そのものは住民が時間をかけて自力でつくり育てていくというサイト・アンド・サービスという低所得者向け住宅供給の考え方を今回の映画を観て初めて知った。
この概念をインドという文脈に落とし込んだ点において、師ル・コルビュジエのモダニズム建築の真髄を受け継ぎながらも、まるでこの住宅群が生きているかのように、住民の成長に合わせて有機的に形を変えていくようドーシが設計したところに彼の独自性が強く出ており、とても魅力を感じた。
インタビュアーが若い女性の母親に当時の住宅の様子を聞いた時、母親は「何にもなかった。」と確かに言っていた。本当に何にも無かったんだ、よくここまで造りあげたなぁと。
ある家族は子どもが増える度に垂直方向へ増築していく過程を説明した。部屋の中は多くの物で溢れているが、調理用具などは綺麗に収納され、目の高さの棚にはガネーシャの像が飾られていた。何が貧困で何が裕福なのか分からなくなった。
映画館を出て、いつもの街を歩く。ドーシの言葉を借りるなら、私の周りにあるこの空間もまた、私に何かを語りかけているのかもしれない。