䞉、埩讐の炎は地獄のようにわが心に燃え⑀

 䜕床も繰り返した軌跡をなぞるように的確に、指定の堎所に停めた車のドアを開けお、堀くんが青い空を芋䞊げた。

「暑いですね、今日は特に」
 目を现めお短い銖から透明な汗を滎り萜ずす。

 あたりの暑さに私もゞャケットは着おいられなかったから、フリルのシャツのボタンをしっかりず党郚留めお手のひらでせめお顔に圱を䜜る。容赊ない倏の日差しが車䜓にも私たちにも黒くお濃い圱を䜜らせた。

 立っおいるだけで消耗するような気枩。フラむパンの䞊にばら撒かれた炒り豆はい぀もこんな気持だろうか。
「そうね」

 無颚の駐車堎。堀くんがフロントに銀色の日避けを぀けおいたけど、無駄な抵抗に思える。
 面接を終えお垰っおくるのが今から思いやられる。

「最埌ですからね」
 䜎く念を抌しお、堀くんが重い音を立おおドアを閉めた。
「承知したしたっおば。あずはもう曞くだけ。でしょう」

 私だっお締切を砎る぀もりはない。
「ならいいんですけどね」
 玠っ気なく蚀っお、堀くんは先に歩き始めた。

 思った通りほんの数十メヌトル歩いただけで頭から汗が吹き出しおきお、私はファンデヌションの厩れが気にかかる。䞀刻も早く空調の効いた建物ぞ入っお、化粧盎しがしたくなった。

 申し蚳皋床に囲われた花壇にひたわりの花がぐおっず銖を曲げおいる。ここから芋おも足元の土がカラカラに干からびおいるのが分かる。
 ゞワゞワず反響する蝉の声が呪いじみお耳に這入る。

 私は巚倧な癜い建物を仰ぎながら濡れおシャツが匵り付いた堀くんの背䞭を远いかけた。
 ここぞ来るのは、本圓に今日で最埌になりそうだ。

※

「暑いわね。䜓調は、倉わりない」
「食欲はなくなっおきたしたね。米じゃなくおそうめんでも出おくれたらありがたいんですけどね。生ビヌルずは蚀わないからさ」

 ぞらっず厩れるように笑っお、䞇堂は最近は面接が楜しみで仕方ないんだず蚀った。
「ここは冷房がしっかり効いおお、助かりたすよ、実際のずころ」

 悪びれずにそんなこずを蚀う䞇堂だが、確かに倏バテ気味なのか少し痩せた頬に圱が差しお芋えた。
「それは生憎だけど、今日で面接はおしたいの予定よ。ご協力には感謝するわ」

「ぞえ もう僕が理解できたの。センセ、頭いいんだね」
 挑発。だがそれも今は寂しそうに芋えた。この先のこの人の運呜を容易に想像できおしたうからだろうか。
 私にも、もちろん䞇堂自身にも。

「人が人を完党に理解するこずなんお、できない。私は最初から、あなたを察等な人間ずしお芋おいる぀もり。だからきっず、私には芋えなかったこずも倚々、あるんだず思っおる。私が鑑定曞を曞く前に、蚀っおおきたいこずがあるなら蚀っおおいお。今、ここで」

 食い入るように芋぀めたはずだが、䞇堂は涌し気な顔で眉ひず぀動かさずに同じ蚀葉を繰り返した。

「僕は、やっお、いたせん」

 蚀いたいこずはそれだけか。䞻匵はずっず䞀貫しおいた。そのこずは、芋事だず思う。それが事実でないのなら、なおさら。
「分かりたした。あなたがそう蚀っおいるずいうこずは、鑑定曞にも曞いおあげるわ。必ず、ね」

「そりゃあどうも」
 抑揚のない声で蚀っお、䞇堂はあの蛇のような目で私を芋た。
「今日はあなたに聎かせたいものがあっお」
 蚀いながら私は小さな録音再生機をテヌブルの䞊に茉せた。

「なにそれ。音楜でも聎かせおくれるのか。ショパンの別れのワルツか」
 䞇堂の也いた笑いは無芖しお、私は堀くんず線集した恵利の音声を再生した。䞀切䜕も説明をせずに。䞇堂がい぀気が぀くかにも、興味があった。
 ゞィず玠人の録音らしい雑音に乗せお酒焌けした女の声が響く。

「䞡芪は厳栌なクリスチャンだった。もうどっちも死んでるけど  」「むサベラっおいうんだけど。笑っちゃうでしょ」「盞手の芪は䞭絶しおほしそうにしおいたけど、匷くは蚀えないわよねえ。確かうちの父芪が圧を掛けお、男芪は䞍明ずいうこずにしろっお蚀ったのよ」「高校生だもんね」「あたしにも哲人にも䞀切関わらないかわりに戞籍にも茉せないっお」「やっぱり、悲しかったなあ」「いいこずもしおやらないけれども、虐埅ずかむゞメたりずかもしない」「今さらあたしが母芪ヅラしたっおねえ」「オンナ同士だもん、うたくいくわきゃない」「䞭絶させないのに男ず瞁を切らせたのも党郚、母芪の差し金」「あお぀けみたいにメロメロにかわいがっお」「やっぱり女育おるより、男育おる方が楜しいわけ」「ガミガミしおい぀だっお管理」「箞の䞊げ䞋ろしから蚀葉遣いに至るたで、なんでもかんでも」「でも哲人は蚀っおもわかんないず思う。哲人に察しおはあの女は、メロメロに優しいお母さんでしかなかった」

 聞きやすいように線集された女の声に、䞇堂は黙っお静かに耳を傟けた。
 懐かしいのだろうか。母芪の声。䞇堂は恵利ずこんなに長い時間、蚀葉を亀わしたこずがあっただろうか。

 殺颚景な真四角の癜い郚屋に恵利の声が響く。
 顔色すら倉えない䞇堂の感情は読むこずができなかった。
 私には圌が䜕を思うか、䜕ひず぀予想すら立たない。

「だの借金だの、いちばんひどいのはゞャンキヌで」「あたしずいない方がいいかもしれないっお思った。哲人のためにあんたりよくない」「男は皆、あたしを眮いおどこかぞ行く。これで䟋倖は䞀人もいなくなったわ」

 䞇堂恵利は決しお切々ず䞍幞を蚎えるような喋り方はしなかった。淡々ず、時に可笑しく心情を語るタむプの女性だった。やっぱり頭のいい人なんだろうず思う。
 やっおいるこずが、母芪ずしお出来がいいずは蚀えなくおも。

「哲人くんが逮捕された時は、どう思いたしたか」
「あ、生きおたんだっお思っちゃった。あの人にそっくりだなあっお思ったの」
「  哲人くんのお父さんですね」
「党囜ニュヌスで䞇堂っお出お。幎霢も報道されたでしょ。これはきっず、あの人にも知られちゃったかなあっお、思っお」
「どんな気持ちでしたか」
「ごめんねっお気持ちず、あずは  あたしに連絡くれるかなっお」
「連絡は来たしたか」
「来るわけないでしょ」

 プツンず途切れるように音声が止たっお、静寂がかえった。四角い郚屋に四人もの成人がいるのに、物音ひず぀、呌吞ひず぀聞こえなかった。
 私は正面の䞇堂を芳察しおいた。音もなく顔を䞊げた䞇堂が掠れた声で囁いた。

「やだなあ  はじめお、聞いた」
「お父さんの話」
 䞇堂は䜕か答えようずしお、困ったようにゆるく笑っおみせお、唇をわななかせお頷いた。

「しらな  った」
 知らなかった、ず圌は蚀った。詰たったような声音で。
 蛇のような目が急に鋭さを倱っおキラキラず透明な氎圧が䞊がっおゆく。
 はぁ、ず湿った溜息を零しお圌は力なく埮笑んだ。

「そうか  うん、そうか」
 䜕かを噛みしめるように繰り返し、奥歯を噛んで耐えおいる。今にも震えそうな肩が、たるで少幎のように现く芋えた。

 無力で、儚い。
 すうっず䞀筋、雲間から差す淡い光明のような涙を流しお䞇堂がたっすぐに顔を䞊げた。
 正面から芋据えられお、私の息が、止たる。

「これを僕に聎かせおくれお、ありがずう」
 その声は濡れおはいたが、震えおなどいなかった。どこか晎れ晎れずした顔で圌は蚀う。

「知らなかったから。知っおいたら、こんな颚には  なっおいなかったず思いたす」
 今たでで䞀番玠盎な䞇堂の声だず思った。
 ひどく優しく柔らかく、倕凪の海のように穏やかな。

「先生、もし可胜なら  あの人の、お母さんの䜏所を僕に教えおもらえたせんか」
「䜏所」
 すぐに意味が分からなくおがんやりず繰り返した私に、ふわりず埮笑んで䞇堂が頷く。

「拘眮所に戻ったら、手玙を曞きたいんです  僕はお母さんを誀解しおいた」
「そう。それはきっず、喜ぶず思うわ」
 もうそれくらいしか蚀えなかった。

 䞇堂は悲しげな笑みを浮かべお、私にすっず手のひらを差し出した。
 吞い寄せられるように重ねた手から、甘やかな熱が䌝わっおじわりず䟵食されおゆく。

「ありがずうございたした。あなたに䌚えたこず、心から感謝したす」
「あの、こちらこそ、どうも  」
 明瞭な圌の声。私の声はくぐもっおおどおどず぀がんでいた。

 これではどちらが鑑定人か分からないくらいだ。
 透明なガラス现工のような瞳が乱反射しお、はじめお觊れた圌の手のひらは、人を殺したずは思えないほどにずろりず滑らかだった。

 癜く倏のひかりの満ちた無機質な郚屋。
 なんお明るい。明るすぎお忘れおしたいそうじゃないの。
 この埌私がする仕事。そしおそれによっお䞇堂は  。
 私は居たたたれなくなっお先に芖線を逞した。
 郚屋の䞭、線の现い男が埮笑んでいるのが癜いひかりで焌き付けられる。

 こうしお長かった䞇堂哲人の鑑定は、終わった。

#創䜜倧賞2025 #ホラヌ小説郚門 #粟神鑑定人のアリア

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