二、私のお母さん⑚

「今日は出匵するこずになったから」
 無理かなず諊めかけおいた人物ずのアポが取れたので、急遜予定を倉曎しお䌚うこずになったず䌝えるず、堀くんも぀いおくるず蚀っおくれた。

「無理しなくおいいのよ。今日すぐの出発だから、私䞀人でも」
「䞇堂がらみですよね、それ。俺も興味あるんで、行きたす」
「連絡が぀いたのよ、぀いさっき。圌の母芪ず」

 ひゅんず息を呑む音だけが聞こえた。私だっおきっず䌚っおもらえないず思っおいたから気持ちが分かる。

「そんなの絶察行くに、決たっおるじゃないですか。黙っお行かれたら俺、ちょっず恚んでたかもしれない」
 堀くんは黒瞁の県鏡の奥からじずりず私を睚み぀けお口を尖らせた。

※

「そういえば堀さんのお母さんっおどんな人」  
 䞇堂の母芪が経営しおいるスナックぞず向かう車窓を眺めおいたら、ふずそんな話もしたこずがなかったなず気が぀いお口を開いた。

 立ち䞊ぶ街路暹もこの季節だけは勢いづいおいお、元気そうだ。そろそろ行政の金で刈り蟌たないず信号に葉がかかるんじゃないのか。
「ええなんですか、急に」

 困ったようにあるいは若干嬉しそうに、堀くんがハンドルから巊手を倖しお軜く頭を掻いた。
「俺んずこは、その、なんおいうか普通です。ごくごく平均的な普通のカヌチャンですよ」

「あなたも心理職なら分かるでしょ。普通ずか䞀般ずか、そんな家は日本䞭どこにもないわ。皆それぞれ䜕か問題があるもの。それが、普通よ」

 人間の心理的発達に母芪がもしくはその䞍圚が、倚倧な圱響を及がすこずは分かっおいる。䜕ひず぀問題のない完璧な母芪も教育も存圚しない。子どもが完璧でなく普通でないように、母芪もたた完璧でもなければ普通なんおこずは、あり埗ないのだ。

「たいったな、もう」
 䞇堂の実家は東京の郊倖にあった。急な出匵が決たっおも、すぐに動ける距離だったのがありがたい。

 その分、車窓が代わり映えもしないずいうか、どこかで芋たこずがありそうな䜏宅ばかりが続いお面癜みにはかけおいるが。

「うちはどちらかず蚀えば、攟任䞻矩だず思いたす。忙しい母芪だった䞊、俺、䞉人きょうだいの真ん䞭で」
「䞊はお姉さんかしら」
 堀くんは赀信号で停たるず、チラリずこっちを芋お苊笑いをした。

「ですね。䞉぀幎䞊の姉ちゃんず、ひず぀䞋の効ず。二人ずもうるさいんで、俺は完党に気圧されお育ちたしたね」
「䞉぀䞊のお姉さんが暩力者だった」

「それに加えお、効がしっかりずいうかチャッカリした性栌で、二人が完党に結蚗しおいたので。俺はなんおいうか、ミ゜ッカスみたいな感じになっちゃっおたしたね」

 あはは、ず軜く笑っお発進する。近くにの駅があるせいか、こんな時間でも亀通量が倚く私たちはちょくちょく信号機で足止めを食らった。
 チェヌン展開しおいるラヌメン屋ずカフェず匁圓屋が䞉軒仲良く䞊んでいる。道路の反察偎には癜いスヌツの有名なお爺さんが笑顔でチキンの筒を抱えおいた。もちろん像が、の話だ。人じゃない。

「これだから男は、っお蚀われるパタヌンね」
「あっ、それ、ほんずよく蚀われたしたね。それ蚀われちゃうず返す蚀葉も、ないんですよねえ」

「お父さんは倧人しくお圱が薄いタむプかしら」
「兞型的ですよねぇ」
 ははは、ず朗らかに堀くんは声を䞊げた。䞀家の家蚈を支えおいるはずなのに圱響力も頭頂郚も薄い小倪りのくたびれたオゞサンを想像しおしたった。

 うちずいい、堀くんのずころずいい、どうしお日本人男性ずいうのはこうも家庭で存圚感すら持おないのか。ほんの数十幎前たで家長だなんお嚁匵っおいたずは信じがたい。いやきっずそれすらも幻想だ。あの゜クラテスだっおクサンチッペには頭が䞊がらなかったではないか。珟代女性の立堎から蚀わせおもらえば、圌女は悪劻なんかではない。どちらかずいうず、゜クラテスの方が偉倧なるプヌ倪郎だったのだ。そりゃ誰だっお氎くらいぶっかけたくもなるわ。

「でもきょうだい仲も、芪子の関係も悪くはなかった」
 堀くんはあっさりずそれに同意した。
「今でも姉ちゃんや効ず連絡取り合いたすし、母芪に至っおはしょっちゅうダンボヌルに小包なんか送っおくるんですよ。芁らないっお、蚀っおるんですが」

「いい家庭ね」
「  すみたせん」
 本圓に枈たなそうに頭を䞋げお、堀くんは気の毒そうな目を向けおきた。

「あっ、ほら信号。ちゃんず前芋お運転しおちょうだい」
「ああ、すみたせん  」
ブレヌキを螏んで、ふうず息を぀くず堀くんはハンカチをポケットから出しお額に抌し圓おた。

「だけどそんな颚だから、俺には『圌ら』のバックボヌンが本圓には理解できないでいる気がしたす」
 それは私に察するフォロヌなのか本音なのか、いたひず぀刀断が぀かなかった。

「俺には䞇堂の家庭は党然むメヌゞが぀きたせん。幎は同じだけど、共有できるものが少ないず思いたす。圌だっお俺に色々蚊かれたずころで、答えたくもないでしょう」

「だから話しやすいように、私が䜜り話をしたずは考えないのね」
「  ずおも嘘には聞こえたせんでしたよ」
 匕きずるような声で堀くんは静かにアスファルトの䞊を進む。

 ただ倖はうんざりするほど暑いけれど、倪陜が斜めに傟いで照らしおいる。この速床でしか進めなくおも、スナックの開店前には充分間に合うだろう。

 最近は日が長くお、倕方がい぀なのかよく分からないくらいだ。六時䞃時たで衚は明るい。それに比䟋するように、東京の倜の気枩は右肩䞊がりだ。あの蒞し噚の䞭に入れられたみたいなたずわり぀く倜颚。じめっずしお、息苊しい。

「どんな人かしらね、圌のお母さんは」
「さあ」

 それだけ蚀っお堀くんは黙った。私ず同じ先入芳を持たせたくないから敢えお話さなかったけれど、おそらく䞇堂は私のようには母芪を憎んではいないはずだ。口ではどう蚀っおいようず、心理的事実がそれを語っおいる。

 ピアノは䞇堂ず母芪を぀なぐ臍垯のようなもので、䞇堂は明らかにピアノを愛しおいる。本圓に母芪を憎んでいるずいうなら、ピアノも倧嫌いなはずなのだ。

 私が母芪を憎むあたり、リュシ゚ンヌやそれに続く長い階段、必修だったフランス語たで毛嫌いするように、ピアノやクラシック音楜など聎きたくないずいう方が自然な心理だず私は思った。
 ピアノは奜きなのだ。そこに、愛着が芋おずれる。

 それに。
 䞇堂哲人にはクラシックピアノがよく䌌合う。

 私は黙ったたた流れる䜏宅街の街灯になんずなく目を移す。ただ明かりの぀かない街灯は、きっちり等間隔に䞊んで黙々ず続く。その䞋を䞀定速床で通過しおいくず、倉な圧迫感があるなず感じた。

 同じものがどこたでも出おは消え消えおは出おくる。機械的で気味の悪い街䞊み。かずいっお䞀本䞀本違う圢の街灯が䞊んでいたら、䜙蚈に気持ち悪いのだろうけれど。

 ふず、䞇堂がピアノを匟いおいるずころを芋おみたいず思った。圌の指が錆び぀いお、鐘の音を暡したパッセヌゞを鳎らせなくなっおしたう前に。

#創䜜倧賞2025 #ホラヌ小説郚門 #粟神鑑定人のアリア

→NEXT

いいなず思ったら応揎しよう