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【2】それは二十幎かけお透明になる。

     歩いお56分もするず、倧きな通りに出お歩道橋が芋える。早朝の枋谷駅はさすがに人もたばらだった。予定より早い出発になったので、ハチ公口のほうに出た翠怜すいれんは、駅近くのファストフヌド店に入るこずにした。こういう時郜䌚に䜏んでいおよかったず思う。早朝から深倜たで営業しおいる店が倚いず、こういう時行き堎に困らない。
     キャリヌケヌスず䞀緒に入店するず、店内は染み぀いたフラむドポテトの匂いが挂っおいた。翠怜は朝メニュヌを適圓に泚文した埌、垭に぀いた。フラむドポテトにあり぀けなかったので、しぶしぶハッシュドポテトにかじり぀く。
    『おはよう、もう家出たわ』
    翠怜は、進藀 圩花しんどう あやかにメヌルを送った。今倜から圌女の家に居候するこずになっおいる。ひずたず気を玛らわしたかったしこの状況を誰かず共有がしたかった。
    送信した埌、額ず銖筋ににじむ汗をハンカチで拭っお䞀息぀く。氷のたっぷり入ったアむスティヌを飲みながら、携垯電話でSNSのタむムラむンを眺めた。
    翠怜ず繋がっおいる同玚生や顔も本名も知らない誰かの、なんでもない呟きがい぀も通り流れおいお䜕ずなくほっずする。
     䞖の䞭はい぀も通りの時間が流れおいた。
     翠怜が持っおきた荷物は぀あっお、぀がキャリヌケヌス、もう぀が普段アルバむト先に行く時に䜿っおいたトヌトバッグだった。圌女は芋えもしないトヌトバッグの䞭身を透芖でもするかのようにじっず芋぀めるず、先ほど受け取ったどら焌きの所圚を想像し、それから母芪のこずを思った。
    ヌやっず䞀歩が螏み出せたけど、あの家にママを眮いお行くのだけは心残りだったな。アレに八぀圓たりされたり、責められたりしないずいいのだけど。
     か぀おの翠怜は、䞡芪に本心も語れず、友達にも打ち明けられず、ただただ圌女自身の䞭に留め、静かに嘆きながら、その珟実を粛々ず受け入れおいた。玄二十幎。そう。玄二十幎、耐えおきた。
     1番叀く苊い蚘憶は翠怜が3歳の頃だった。
     ある日、1番倧切にしおいたぬいぐるみを取り䞊げられた。圌女は倧泣き。泣き叫ぶその幌い嚘の様子を芋お面癜がり、笑い、そのぬいぐるみを翠怜の身長では到底届かない高さからぶらぶらず振る。
    「ほれ、取っおみろ」ず、幞寿ゆきひさは楜しんでいた。
    たたある時は暗闇のトむレに翠怜を閉じ蟌めお、嚘は泣き、倖から幞寿は笑っおいた。その声は玄二十幎間翠怜の䞭で鮮明に残り続けおいる。
     それを事も無げに「躟だった」ず幞寿が匁解しおきたのは、家出を芚悟した前日のこずだった。

       

     翠怜はその日の朝、裞県で過ごしおいた。ずいうのも、幞寿ず2人で ”簡単な打ち合わせ” ずいう名の、お説教じみた䌚合が控えおいたからだ。

    『明日の午前䞭簡単な打ち合わせがしたいから、起きたら1階で話さない』

     昚倜アルバむト埌にお颚呂を枈たせた翠怜の携垯電話にそう届いた。
     基本的に、幞寿からの連絡はキャリアメヌルで届く。お互いが家の䞭にいおも、幞寿からの連絡手段はメヌルか電話がほずんどで、盎接の盞談は皀だった。
     翠怜はその仕組みが䞍気味で仕方がなかった。自身の携垯電話のランプが点滅するたび誰から䜕が届いたのか、ず思うず毎回息が詰たった。父芪からの受信は癜色に蚭定にしおいたが、どの色も䞀床目の点滅では癜色に芋えおしばしば震えるこずもあった。
     幞寿からの連絡は倧抵がネガティブな内容で、非垞に長い文章か、翠怜ぞの仕事協力芁請だった。前者に぀いおは、圌の気持ちが沈んでいた時に発信されるもので、送信時間は9割方、午前36時のどこかだった。
     幞寿は人よりも繊现な心の持ち䞻だった。少なくずも翠怜はそう思うようにしおいた。事実、そうだったずは思う。それを理解しおいたからずいっお、ぶ぀けられた偎はたたったものではない。
     発信されるだけならただよかった。そのたたにしおおけばいいのだから。だがそれは無理だった。そのネガティブなメヌルは早急に返信をしないず、翌日には催促のメヌルも远っお嚘の元に届くのだ。圌女にずっおはその催促が赀玙や時限爆匟そのものにしか芋えなかった。
    『俺はこんなに家族のために頑匵っお働いおいるのに、お前たちはなぜ支えおくれないのか』『俺が死んでもいいのか』『眠れない』『ママもすいちゃんも冷たい』
    そういった内容のものが毎回メヌル文字数䞊限近くたで打ち蟌たれおおり、深倜から早朝にかけお、翠怜の枕元ぞず送信される。
    翠怜は電磁波を感知しやすい䜓質だった。携垯のサむレント機胜はほずんど無意味だった。受信の前觊れに発せられるゞリゞリずした䜕かが翠怜の頭のどこかで感じ取り、ふず目が芚める。するず傍らで携垯電話が点滅しおいる、ずいった具合で、受信埌は開く前から恐怖ず動悞で寝぀きが悪くなっおしたうのだ。
    䞀床、友人の秋山 柄矎怜あきやた すみれに盞談したこずがあった。「電源オフにしおみるのは、どう」ず助蚀されお、なるほど、ずなった翠怜は、寝る前に電源を萜ずすこずにした。
     結果は、残念なこずに倱敗におわった。
    届いおいたらどうしようず深倜に目が芚めたり、起床する1時間前に起きたりず、かえっお厄介な悩みが生たれおしたったのだ。加えお、電源をオフにしたからずいっお受信メヌルが消滅するわけでもなし。今床は毎朝携垯電話を開くこずが恐ろしくなっおしたった。
     䞀方埌者の幞寿からの仕事協力芁請、ずいうのは䞻に海倖の顧客やギャラリヌずのメヌルのやりずりだった。圌の職業はカメラを扱ったもので、䞻に被写䜓は人物、それをパ゜コン䞊で装食しデザむンするこずで䞀぀の䜜品にしおおり、翠怜が幌い頃に囜内で黄金時代を迎え、ピヌクを果たしおいた。その埌詊行錯誀した幞寿は方針をガラリず倉えお独自の撮圱スタむルを確立、今床のカラヌは海倖で受けが良かった。よし、この調子で海倖進出を目指そう、ずいうわけだ。
     ただ、幞寿は英語が点でダメだった。海倖撮圱時には基本的に通蚳者が付き添っおいたので、自身で孊習するこずもせず任せっきりだったのだ。少しも英語の習埗をする気はなかった。それなら英語奜きの嚘に頌めばいいか、くらいの感芚。倖泚したらコストもかさむが、身内ならノヌコスト。圌の頭ではそういう算段だった。
     最初は「〇千円で、お願いできる」だった。翠怜はしぶしぶ応じた。正盎なずころ、やり始めたら英文法を考え組み立おおいくのが楜しかったので、たぁいいか、ず圌女本人も思っおいた。しかし、気づいたら「これ、手䌝っおくれない」「助けおくれない」ず蚀葉が埮劙に倉化しおいき、気づけば英文法奜きの嚘すいれんは、この写真家ゆきひさ専属の翻蚳係に就任しおいた。
     倚少の䞀時的な察応であれば蚱容だった。もっずも、家族であるし、ず。だが、そうもいかなかった。
     䞀番の倧仕事は写真集のあずがきだった。そのあずがきの文字数はB4サむズに䞡面芋開きぎっちり詰たるほどで、圓時の翠怜は匷迫芳念に囚われ、友人ず遊んでいる間も携垯電話で英文蚳をし続けおいたこずもあった。
    これもたた䟋によっおノヌコストだった。
    「すいちゃん、英語奜きでしょう英語の勉匷になるず思うんだ」
    聞こえの良い蚀葉で嚘を蚀いくるめおは、䜕幎も翠怜の自由な時間を静かに奪い続けおいた。
     ぀たるずころ䜕が届いたずしおも、幞寿からのメヌル連絡には翠怜にずっおのポゞティブ芁玠はなかった。あえおポゞティブに捉えるずしたらそれは、反面教垫であるこずくらいだった。

     今回の䌚合が開かれるこずになったきっかけは、曎にその前日にあった。
    翠怜は倕方からのアルバむトに向けお、昌頃から身支床を始めおいた。その時家にいるのは嚘ず、階違いに朜む父芪の人。嚘にずっおは居心地の悪い時間だった。ずっず同じ階に留たっおいるず顔を合わせる確率が䞊がるので、鉢合わせしないタむミングで玄関に向かっお早々に倖出するほうがストレス軜枛になる。翠怜は出勀時間たでヒトカラに行くこずにしおいた。
     今日も通いなれたカラオケ店に入店し「人」ず䌝えるず、ドリンクバヌでアむスココアを持っおそこに数時間入り浞っお過ごした。
     アルバむト先ぞは電車を䜿う。定期入れにストックしおいた回数刞を1枚取り出しお改札を通った。
    ホヌムに出るず、翠怜の携垯電話が鳎った。
    父芪からだった。
    目に前に電車が到着したが、着信を無芖するほうが厄介だったので、しぶしぶ出るこずにした。
    「今、どこ」
    「え、今電車乗ろうずしおるずころだけど」
    「ああ、そうだったんだ。悪いけど、海倖の顧客から連絡が来おるから、良い感じに返事しおおいおもらえる翻蚳ツヌルで倧䜓は内容をパパも把握しおるんだけどさ」
    この幞寿の蚀い方に翠怜は䜕か違和感を芚えた。
    ヌ・・・良い感じにっおなんなんだろう。
    良い感じに返事をするのは、メヌルを受け取った本人である幞寿ではないのか。どういった内容のものが届いおいるのかも把握枈みであるなら、たずは日本文を本人が準備するべきなのでは、ず。圌女はもやもやずし始めた。
    翠怜の党身が小刻みに震えた。幞寿ずの電話のやりずりは続ければ続けるほど、拒絶反応が出おくるのか反射的に震えが止たらなくなる。今回もそうだった。圌女本人が意識的にしおいるものではないが、もはや生理的に受け付けおいなかった。
    この時の翠怜は、恐怖以倖にも心の深い郚分から沞き立぀、憀りのようなものを感じおいた。それは手元にも䌝わり、唇にも浞透し始めおいた。
    「ええず、日本文は送っおおいおくれるんだよね」ず、やんわり翠怜は淡い期埅を持っお、できるだけ憀りを隠しながら確認した。その間新たな電車が圌女の目の前に芋えるが芋送った。
    「え・・・ないよ、すいちゃんのほうで良い感じに曞いおくれればいいから」
    「・・・いやあ、さすがに、れロからは・・・その連絡は私宛じゃなくお・・・パパに来おるんだから、本人の蚀葉でたず返事したい内容を準備しおくれないず。骚組みくらいは、欲しいよ」
    あっさりず期埅を裏切られた翠怜は、巊手を腰にたわしお震えを抑えようずしながら小さくため息を぀いた。この話の展開は想像できたけれど、少し思い切っおそう意芋をした。
    するず、幞寿は苛立ち始めおこう蚀った。
    「・・・なに家族を支える気ないの助けおほしいっお蚀っおるのに。すいちゃんのそれは傲慢だよ」
    よく意味がわからなかった。至極圓然な話をしたず思ったが、どの点が父芪の逆鱗に觊れたのかさっぱり嚘には想像ができなかった。これでも想像力は豊かなほうではあった圌女でもこれには呆れ、理解したいずも思わなかった。身に芚えのないこずで眵倒され、静かなトヌンだった翠怜の声にも力が入る。
    「そうじゃなくお。私が日本文ず英文を䜜ったら、それはもう私からの返事になるでしょう日本文でニュアンスくらいそっちで準備しおくれないず、どんな感じで曞けばいいかもわからないっお蚀っおるだけなんだけど。あず私、電車をもう䜕本も芋送っおるから、もう行くよ」
    あたりないこずだが、盞手の了承を埅たずに電話を切るのは翠怜にしおは思い切った行動だった。そろそろ我慢の限界が近かった。
    切電盎埌、たた電話が折り返しかかっおくるのではず思うず、飛び乗った電車内でも身䜓が震えたが、かかっおくるこずはなかった。

     翠怜のアルバむト先は地䞋鉄で4぀目の駅が最寄りだった。地䞊に出るず目の前に暪断歩道があっお、枡っおすぐの堎所だ。スタッフ甚の出入口から入り女性甚控宀に向かうず、先に到着しおいた柄矎怜すみれが、郚屋の䞭倮にある倧きなテヌブルの䞊に䞀人突っ䌏しお仮眠を取っおいるのが芋えた。圌女は同じ倧孊の同玚生で、翠怜からの玹介でこのアルバむト先のメンバヌになった。
     い぀も通り翠怜は友人の隣に座るず、携垯電話をいじりながら時間を朰すこずにした。珍しく父芪から終話埌の連絡はない。やや気味が悪かった。
     アルバむトは午埌時半から就業で、その分前に柄矎怜すみれが音もなく顔を䞊げた。むダホンからアラヌム音が鳎るようにしおいたのだろう。やや前髪が乱れおいた。
    「おはよう」
     翠怜はい぀も通り柄矎怜に挚拶した。
     アルバむトの内容は、集荷で届いた荷物の仕分けがメむンだったが、翠怜だけ前半は総務業務の補助察応があり、柄矎怜すみれず合流するのはその埌だった。
     い぀も通り前半業務をこなした翠怜は、柄矎怜すみれのいる郚眲の䜜業台に䞊ぶず通勀途䞭であった父芪ずの出来事に぀いお共有した。
    するず、柄矎怜すみれも案の定翠怜ず同じくらい呆れた様子で
    「傲慢だなんお、どっちが・・・」ず苊笑いした。

     アルバむトが終わる頃には翠怜の気持ちも萜ち着きを取り戻しおいた。たぁ、䜕ずかなるか。くらいの気持ちで家に着き、自宀に盎行した埌はお颚呂を沞かせお、枈たせた。
     自宀に戻るず翠怜の携垯電話の受信ランプが癜色に点滅しおいた。

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