
中堅人事奮闘記#11|~過去、未来③~
連載シリーズの第3章です。
第2章は下記から読めますので是非ご覧ください。
第3章 点火の瞬間:自分の「種火」を見つける技術
マイクを持つ手が震えた、初めての経営会議
メキシコでの経験を経て「もっと成長したい」という思いが強くなっていた頃、人事担当役員から声がかかりました。
「関連子会社で総務部機能を立ち上げてくれ。俺も過去に同じような経験をして成長した。君にそれを任せたい」
すっかり"成長中毒"になっていた私は、業務の詳細も確認しないまま即答しました。今思えば、恐ろしいほどの無鉄砲さです。
関連子会社へ出向した私に最初に舞い込んだのが「福利厚生の改善」という企画業務でした。健康促進アプリの導入と、費用対効果の低い福利厚生の廃止を組み合わせた内容で、優秀な保健師の想いが凝縮された企画でした。私の役割は「本部長への上申」と「経営会議への報告」。出向先の先輩の助言を得て企画書を整え、本部長の承認も通過しました。
しかし、初めての経営会議で現実を突きつけられます。マイクを持つ手が震える中、説明を終えた直後、ある役員から鋭い問いが飛んできました。
「総務部最適になっていて、全社最適が考えられていないのではないか?」
想定質問も準備せず丸腰で臨んでいた私は、言葉を失いました。結果は「再考」という名の事実上の却下。企画の根拠が甘かった——それは認めます。ただ、この失敗が一つの気づきをもたらしてくれました。
「誰かの熱い想いを形にし、相手が求める言葉に翻訳して届けること」
これこそが自分の強みになり得るのではないか。苦い経験の裏側に、小さな手応えを感じた瞬間でした。
知識ゼロからの人事制度構築と、3社の板挟み
さらなる試練が訪れます。子会社の人事制度をゼロから構築することになったのです。
当時の私は人事評価の集計業務しか経験がなく、「等級? 報酬? どうやって決めるの?」という完全な素人状態でした。西尾太氏や坪谷邦生氏の専門書を読み漁り、コンサルタントの師匠に基礎から教えを乞いながら、必死に食らいついていきました。
状況をさらに複雑にしていたのが、3社が絡み合う特殊な構造でした。評価・昇格基準は出向先のもの、等級・報酬は親会社の基準を使います。制度のすり合わせだけでも難題なのに、最も深く私を悩ませたのは「MVVの衝突」でした。
出向元と出向先では、マネジメントスタイルが180度異なっていました。出向元の選抜研修も受けていた私は、どちらのMVVを拠り所にすればいいのかという、引き裂かれるような葛藤を抱えることになりました。MVVをゼロから構築する場に事務局として立ち会い、その重みを肌で感じていたからこそ、余計に苦しかったです。正解のない問いが、じわじわと私を追い詰めていきました。
孤独を救った「人」と、自己認識の旅
押しつぶされそうになっていた私を救ってくれたのは、紛れもなく周囲の人たちでした。
読むべき本を紹介してくれた上司。雑談の中で内省を促してくれたコンサルの師匠。研修後も寄り添い続けてくれた役員の方々。素人の意見に真剣に向き合ってくれた出向先の役員と、元気がないと気づいて声をかけてくれた多くの仲間たち。高い熱量で現場のマネジメントを変えようとするリーダーたち。彼らの存在がなければ、私は間違いなく潰れていました。
この時期、私は自分自身に問い続けました。「自分は何者か」「何に価値を感じているのか」「どんな価値を提供できるのか」。2年間、答えの出ない問いと向き合い続けました。
その旅の中で、ふと気づいたことがありました。自分が『下町ロケット』や『半沢直樹』、幕末の志士たちの物語を一貫して愛してきた理由です。
「情熱を注ぎ、葛藤と失敗を繰り返しながらも、最後に事を成し遂げる」
その姿に、私はたまらなく価値を感じていました。長い年月を経ても色褪せない、不変の想いと志。それが自分の原点だと気づいた時、霧が晴れるような感覚がありました。
点火の瞬間:広島の片田舎の剣聖
その事実に気づいた時、これまでのすべての経験が一本の線で繋がりました。
逃げ出したくなった日々も、経営会議での大失敗も、3社の板挟みで感じた孤独も——すべてが意味を持ち始めました。
「人事(人を生かして事をなす)」とは、葛藤と孤独の連続です。会社を良くしようと高い熱量でマネジメントに挑むリーダーたちは、かつての私と同じように悩み、もがいています。完璧な人事など存在しません。弱さと失敗を知っているからこそ、彼らの孤独に寄り添い、泥臭く全力でサポートできると確信しました。
誰かの心に火を着けるには、まず自分自身の心を深く知らなければなりません。過去の痛みと向き合い、助けてくれた人々の温かさを受け取ったことで、私の中の「種火」は確かな炎となって燃え上がりました。
人事の師匠から「息を深く吸って吐く癖が、フローに入る片田舎の剣聖みたいだ」と言われた言葉を、私はひそかに大切にしています。スマートに完璧な制度を設計する人事ではなく、現場の最前線で葛藤する人たちの「想い」を守り抜く存在でありたい。広島の片田舎の剣聖——そのラベルを自分に貼った日から、私の本当の戦いが始まりました。