
ただ天ぷらが食べたかっただけなのに。②〜お構いしませんでってなんだ?〜
春のお彼岸の最終日だった。
やっと墓参りを終えた日だった。
嫁としての役目を済ませて、
少しだけ肩の荷が下りた。
その日は、自分をねぎらいたかった。
だから、自分へのご褒美に
いつもの天ぷら屋へ向かった。
ちょうど季節のコースが始まっていて、
それを食べるのを楽しみにしていたのだ。
ところが、その日に限って様子が違った。
普段ならそこまで混まない曜日のはずなのに、店内はほぼ満席だった。
カウンターもほとんど埋まっている。
しかも厨房では、一月に入ったばかりの新人のお兄さんが一人で店を回していた。
揚げ場に立ち、注文をさばき、
次々と天ぷらを揚げていく。
かなり忙しそうだった。
予約もしていなかった私は、
一瞬引き返そうかと思った。
それでも、その日はどうしても
季節のコースが食べたかった。
「すみません。コース、お願いできますか?」
そう頼んで席に通してもらった。
食事が始まってからも、
少しだけ気が引けていた。
店は満席。
新人のお兄さんは一人で厨房を回している。
揚げ場から離れる暇もなさそうだった。
ドリンクを頼みたかったのだが、
そのタイミングさえ迷った。
今声をかけても大丈夫だろうか。
もう少し落ち着いてからの方がいいだろうか。
そんなことを考えながら様子をうかがっていた。
結局、遠慮がちに注文したのを覚えている。
私は料理を待ちながら、
何度も入口の方を見ていた。
他店からの応援のスタッフさん、
早く来てあげて。
そんなことを思いながら、
揚げたての天ぷらを食べていた。
しばらくして、ようやく応援の
スタッフさんがやって来た。
正直、ほっとした。
これで少しは店も落ち着くだろうと思った。
私は季節のコースを最後まで
美味しくいただき、会計をお願いした。
その時だった。
新人のお兄さんが私に声をかけた。
「お構いできなくてすみませんでした」
そんな意味の言葉だったと思う。
ただ、「お構いしませんで」という
響きだけは妙に耳に残った。
私は一瞬きょとんとした。
お構いしませんで?
お構いしませんでって、なんだ。
いや、別にお構いされたかった
わけじゃないんだけど。
むしろ私は、応援のスタッフさん
早く来てあげて、と思いながら
天ぷらを食べていたくらいなのだ。
私はただ、天ぷらを食べて帰りたかっただけなんだけど。
その時は、本気でそう思った。
まさか、その「お構いしませんで」が、ずっと頭の片隅に残り続けることになるとは思わなかった。
そして今振り返れば、
そこからが物語の始まりだったのである。