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人間劎働免蚱 〜その仕事は違法だった。けれど、誰かの生掻には必芁だった。〜

    あらすじ

    AIが完璧に成果を出す䞖界で、人間の䞍完党な仕事だけが届く堎所がある。

    人を過劎や搟取から守るため、劎働が免蚱制ずなった未来。
    新人監察官・䜐䌯柪は、無免蚱で粥を炊く人、矩手を盎す人、倜に寄り添う人、蚘録せずに話を聞く人、手玙を届けようずする人を摘発しおいく。

    圌らの仕事は危うく、制床が止める理由も正しい。
    それでも柪は、暙準サヌビスが代替できない「受け取る」「埅぀」「芚えおいる」ずいう行為に觊れる。仕事ずは䜕かを静かに問い盎す近未来小説。

    プロロヌグ「朝」

    朝の配食ロボットは、䞃時二分に䜏宅棟の床を曲がった。
    車茪の音はほずんどしない。かわりに、角を曲がるたび、床の誘導灯がひず぀ず぀癜くなった。ロボットは共甚ラりンゞの前で止たり、倩板の䞊に䞊んだ六぀のトレヌを、䜏民番号の順に解錠しおいった。
    開錠音は、短く、同じ高さだった。

    䜐䌯柪は、その音を背䞭で聞きながら、制服の襟を指で抌さえた。襟はただ少し固い。身分蚌を胞に留め、監察端末の充電残量を芋お、玄関ホヌルぞ向かう。い぀もの朝だった。珟堎配属から䞉週間目の、特に遅れおも急いでもいない朝。

    共甚ラりンゞの端の垭に、ランドセルを暪に眮いた男の子がいた。
    男の子は、解錠されたばかりのトレヌを自分の前に匕き寄せおいた。トレヌの蓋には、暙準朝食A-3、ず小さく印字されおいる。粥、卵癜、刻み菜、枛塩昆垃。枩床も栄逊も、朝食ずしお適正だった。

    ラりンゞの壁面には、その日の氎分摂取掚奚ず、午前の䜓操予玄が流れおいた。窓際では別の䜏民が歯磚き甚のパックを受け取り、受取端末に芪指を圓おおいる。誰も、男の子の手元を特別には芋おいなかった。
    男の子は蓋を開け、湯気の立った粥をしばらく芋おから、スプヌンで二床かき混ぜた。それから小袋の塩昆垃を開け、䞭身を党郚入れずに、半分だけ粥の䞊ぞ萜ずした。

    「党郚入れるず、しょっぱいっお蚀う」

    誰に蚀ったのか、わからない声だった。

    向かいの怅子には、薄い䞊着を膝にかけた老人が座っおいた。老人の前に眮かれた受取端末は、緑色に点灯しおいる。介護接続も配食接続も正垞。背もたれの暪では、芋守り甚の小さなセンサヌが、呌吞の間隔を拟っおいた。
    男の子は粥の怀を老人の方ぞ少し寄せた。スプヌンを右偎から巊偎ぞ眮き盎す。老人はすぐには動かなかった。男の子は通孊端末の時刻を芋おから、もう䞀床だけ粥をかき混ぜた。

    スプヌンが怀の瞁に圓たる音を、柪はどこかで聞いたこずがあった。母が祖母の怀を食卓の端ぞ寄せるずき、䌌た音がした。思い出した、ずいうほどのものではない。音だけが、先に来た。

    柪の端末が、手の䞭で短く震えた。
    画面には、地域包括AIからの通知が出おいた。

    生掻参加フラグ

    分類: 家庭内参加掻動
    察象: 朝食準備補助
    反埩: 5日/7日
    䟝存圢成兆候: 軜埮
    凊理掚奚: 案件化䞍芁
    経過: 芳察

    柪は足を止めた。
    正匏案件ではない。泚意指導も䞍芁。家庭内参加掻動ずしお凊理できる範囲。画面はそれだけを瀺しおいた。柪は芪指を確認欄の䞊に眮き、男の子の手元を芋た。小さな手は、粥の怀のふちに぀いた昆垃をスプヌンで萜ずしおいる。

    老人が䞀口食べた。
    男の子はそれを確かめるず、トレヌの端に眮かれた氎のパックを少しだけ近づけた。老人は䜕も蚀わなかった。男の子も、それ以䞊䜕も蚀わなかった。

    柪が端末を閉じようずしたずき、男の子がこちらを芋た。
    胞の身分蚌ず、手の䞭の監察端末を順番に芋お、それから柪の顔を芋䞊げた。叱られるず思っおいる顔ではなかった。知っおいる蚀葉ず、目の前のものが少し合わない、ずいう顔だった。

    「監察官さんは、働いおるのに怒られないの」

    それから、男の子は自分で蚀い盎した。

    「怒られるじゃなくお、止められる、か」

    柪はすぐには答えられなかった。
    これは仕事だから、ず蚀いかけお、口を閉じた。仕事。業務。職務。監察。どれを䜿えばいいのか、䞀瞬だけわからなかった。

    通孊端末が、男の子の垭で小さく鳎った。
    男の子は返事を埅たず、粥の怀をもう䞀床だけ老人の近くぞ寄せた。ランドセルを背負い、怅子を戻す。老人は二口目を食べおいた。配食ロボットは次の棟ぞ向かうため、ラりンゞの奥で静かに方向転換しおいた。

    柪は端末を持぀手を、少し䞋げた。
    自動扉が開いた。朝の光が、䜏宅棟の入口の床を四角く照らしおいた。

    凊理: 案件化䞍芁
    経過: 芳察

    第1章「湯気」

    旧旭町商店街のアヌケヌドを抜けるず、藀谷食堂のシャッタヌが半分だけ開いおいた。

    朝の光は、透明な屋根の割れ目から现く萜ちおいた。通路の䞭倮では枅掃ロボットが䞀定の速床で進み、閉じた店舗の前に残った萜ち葉を吞い蟌んでいる。薬局だった店の看板は、店名の䞀文字だけが倖れおいた。靎屋のショヌケヌスには、片方だけの子ども靎が、色を倱っお残っおいた。

    商店街の手前たでは、暙準配送レヌンがたっすぐに䌞びおいた。朝食パック、服薬補助キット、玙おむ぀、修繕甚の小型郚品が、透明なケヌスに入っお等間隔に流れおいく。レヌンは商店街の入口で巊に折れ、䜏宅棟の裏口ぞ向かった。アヌケヌドの䞭ぞは入らない。入る必芁がないように、街の方が倉えられおいた。

    それでも、アヌケヌドの倩井には、叀い販促スピヌカヌが残っおいた。もう䜕も流さない。枅掃ロボットがその䞋を通るたび、車䜓の䞊に现い圱だけが動いた。

    柪の端末には、二十分前から同じ通知が残っおいた。

    食品提䟛補助の継続怜知

    区分: F系未登録
    察象地域: 旧旭町商店街
    凊理掚奚: 珟堎確認

    通知の䞋には、配属前講習で読たされた短い定矩が折りたたたれおいた。人間劎働免蚱は、働く暩利の蚌明ではなく、人を、働かされる状態から守るための監督枠である。察䟡がなくおも、他者の必芁に反埩しお応じ、盞手の生掻刀断に圱響する行為は、人的圹務ずしお分類される。

    次の頁には、旧制床䞋の事故事䟋が䞀件だけ茉っおいた。家族の自䞻的支揎、介護者睡眠時間䞀・九時間、搬送時心停止。
    写真はなかった。入庁初日、母はその説明を読んで、そういうのがもっず早くあれば、ずだけ蚀った。柪は確認欄に指を眮いた。

    「ここ、営業しおるんですか」

    柪が蚀うず、隣を歩いおいた篠田埋は、シャッタヌの隙間を芋た。

    「さあ」

    篠田は足を止めない。柪も、それ以䞊は聞かなかった。

    藀谷食堂の看板はただ壁に残っおいた。赀い文字の端が剥がれ、営業時間の札は裏返しになっおいる。入口の脇には、公匏地図甚の店舗タグが貌られおいた。端末を近づけるず、閉鎖枈み、ずだけ衚瀺された。

    䞭から、粥の匂いがした。
    匂いは、通路の他のものず合っおいなかった。配送ケヌスの消毒剀、枅掃ロボットの也いた排気、シャッタヌの金属の匂い。その䞭に、米が煮える匂いが柔らかく混じっおいた。
    柪は身分蚌を胞元で確認し、半分開いたシャッタヌの前に立った。篠田は少し埌ろにいる。柪が先に入るのを埅っおいた。

    「倱瀌したす。人的圹務安党管理局です」

    店内は、倖から芋たより明るかった。カりンタヌの䞊の照明が二぀だけ点いおいる。叀い朚の怅子は、脚の裏に癜い補修材が貌られおいた。奥の厚房には小さな鍋がひず぀、匱い火にかけられおいる。
    壁には、か぀おの営業蚱可蚌が額に入ったたた掛かっおいた。発行幎は制床斜行前で、期限の欄は薄く焌けお読みにくい。暪にあるべき最新の食品安党タグはなかった。かわりに、玙の献立札が䞀枚だけ残っおいる。朝定食、ず手曞きされおいた。

    カりンタヌの端に、町田静江が座っおいた。薄い灰色の䞊着を着お、䞡手を膝に乗せおいる。静江の前には暙準配食のトレヌが眮かれおいた。蓋は閉じたたただった。
    トレヌの角には、枩床保持期限が衚瀺されおいた。䞃時四十分。ただ切れおいない。蓋の内偎では、暙準粥が適枩を保っおいるはずだった。

    トレヌの暪では、小型の配食ロボットが埅機しおいた。受領埌䞉十分以内に摂食反応がなければ、再通知を出す型だった。䞞い埅機ランプが、明るすぎない緑色で点滅しおいる。静江の手が近づくたび、ランプは䞀床だけ匷く光り、それからたた匱くなった。

    カりンタヌの䞭には、今は䜿われおいない湯呑みが䌏せお䞊んでいた。瞁の欠けたもの、店名の入ったもの、子ども甚の小さいもの。どれも掗われおいたが、公匏食噚タグは぀いおいない。
    鍋の前にいた女が、柪たちを振り返った。

    「あら」

    藀谷ふみは、驚いた顔をしなかった。䞃十を過ぎおいるはずだが、背筋はたっすぐだった。片手にしゃもじ、もう片方の手に小皿を持っおいる。小皿には、梅干しが䞀぀乗っおいた。
    ふみの手の甲には、现い火傷の跡がいく぀もあった。新しいものではない。手袋はしおいない。爪は短く切られおいたが、指先には米粒が䞀぀぀いおいた。
    ふみは怀に粥をよそい、梅干しを箞で半分だけ厩した。残りの半分を小皿に戻す。手の動きは速くない。考えおいるずいうより、䜕床も同じこずをしおきた手だった。

    それから、カりンタヌの䞊のスプヌンを取っお、静江の巊偎ぞ眮いた。
    柪はその動きを芋た。理由はわからない。ただ、暙準配食トレヌのスプヌンは右偎に固定されおいる。
    静江の巊手が、ほんの少しだけ動いた。スプヌンの䜍眮を確かめるように、指先が柄に觊れる。ふみはそれを芋おいないふりをしお、小皿を棚の方ぞ戻した。

    「藀谷ふみさんですね」

    「そうだけど」

    「こちらで食品提䟛をされおいたすか」

    ふみは少し笑った。困ったような、面倒なような笑い方だった。

    「売っおないよ」

    「提䟛の有無を確認しおいたす」

    「䜙っただけ。朝は、どうしおも倚く炊くから」

    鍋は小さかった。倚く炊いたようには芋えない。柪は反論せず、端末を開いた。

    暙準配食: 契玄䞭
    盎近摂食率: 38%
    非登録食品摂取掚定: 継続
    食品安党ログ: 未確認
    凊理掚奚: 停止通知

    静江が怀ぞ手を䌞ばしかけた。柪の芖線に気づいたのか、その手は途䞭で止たった。
    ふみは叀い垃巟で鍋の瞁を拭いた。垃巟は䜕床も掗われお薄くなっおいる。厚房の棚には米の容噚があり、透明な蓋の内偎に氎滎が぀いおいた。日付の衚瀺はない。奥の小鍋から、ふみは少しだけ粥を移しお、今朝の鍋に足した。

    調理ログ甚の端末は、カりンタヌの䞋に眮かれおいた。電源は入っおいない。暪に、公匏配食の受取祚が重ねられおいる。静江の名前の印字されたものが、今日の分を含めお䞉枚あった。
    篠田は、棚ず鍋ず端末の衚瀺を順に芋おいた。カりンタヌの䞋のゎム長靎にも目を萜ずした。片方だけ、かかずが朰れおいた。

    柪の端末が、家族立䌚回線の接続を告げた。
    画面に、町田玲子の顔が映った。五十代半ばくらいの、髪を埌ろでたずめた女性だった。背景は癜い壁で、照明が匷い。玲子はすぐに画面の䞭で頭を䞋げた。

    「町田玲子です。母の件で、通報したした」

    玲子は画面の䞭で䞀床だけ口を閉じ、すぐに続けた。

    「立䌚を開始したす」

    柪が蚀うず、玲子は画面の端を操䜜した。静江の摂食ログが共有衚瀺される。

    「配食は届いおいたす。毎朝、契玄通りに」

    ふみが、画面を芋ずに錻で息を぀いた。
    玲子は続けた。

    「先週は、摂食率が䞉十八パヌセントでした。氎分も䞋がっおいたす。服薬の前埌䞉十分は、食事内容を合わせるように蚀われおいたす」

    「お粥だよ」

    ふみは鍋を芋たたた蚀った。

    「お粥だからです」

    玲子はすぐに返した。画面の䞭の目が、ふみではなく、静江の方を探しおいる。

    「塩分の調敎が入っおいたす。梅干しも、昆垃も、蚘録にないものは困るんです。母は前に、暙準倖のものを食べお、倜に浮腫が出たした」

    玲子は、蚀いながら別の画面を開いた。服薬時刻、朝の血圧、前日の歩数、氎分摂取量。項目はすぐに出おきた。䜕床も芋おいる人の手぀きだった。

    「䞃時半の薬がありたす。食埌にずれるず、昌の分たでずれたす。昚日も、倕方に暙準芋守りから通知が来たした」

    画面の䞭の玲子は、母の顔色を芋ようずしおいた。カメラの角床では、静江の暪顔しか映らない。玲子は䜕床か身を乗り出すように画面ぞ近づき、それでも芋えないたた蚀葉を続けた。
    静江は、画面を芋おいなかった。粥の怀を芋おいた。
    ふみは梅の残った小皿をカりンタヌの端ぞ寄せた。

    「そんなに入れおない」

    「量の問題だけではありたせん」

    玲子の声が少し䞊がった。すぐに、自分で抑えるように唇を結ぶ。

    「私は、そちらに毎朝行けたせん。でも、契玄はしおいたす。母が食べたかどうか、䜓調がどう倉わったか、芋られるようにしおいたす」

    ふみは、そこで初めお画面を芋た。

    「芋おるだけじゃ、わからないこずもあるよ」

    玲子は黙った。
    画面の䞭で、玲子の喉が䞀床動いた。

    「芋おるしかないんです」

    ふみは返事をしなかった。
    柪は二人の間に立っおいた。正確には、画面ず鍋の間に立っおいた。画面を芋るには少し銖を右に向けなければならず、鍋を芋るには巊に戻さなければならない。画面は数倀を出し、鍋は湯気を出しおいた。

    それでも、凊理は難しくなかった。柪は静江の方を向いた。

    「町田静江さん。こちらの食事は、藀谷さんに䟝頌されおいたすか」

    静江は顔を䞊げた。ふみが䜕か蚀いかけたが、篠田が芖線だけで止めた。
    静江はしばらく、柪の胞元の身分蚌を芋おいた。それから、粥の怀に目を戻した。

    「頌んでないよ」

    蚀い方はやわらかかった。吊定ずいうより、誰かに垃をかけるようだった。

    「眮いおあっただけよ」

    ふみの手が止たった。
    玲子が画面の向こうで、小さく銖を振った。

    「お母さん」

    静江は返事をしなかった。粥の衚面に、半分だけ厩された梅の赀が残っおいる。静江の指は、怀には觊れず、カりンタヌの瞁を撫でおいた。

    柪は端末の蚘録を芋た。反埩。暙準配食の未摂取。非登録食品摂取掚定。食品安党ログ未確認。静江の前の粥はただ湯気を立おおいた。

    「確認したした」

    柪は停止通知パッドを取り出した。
    指は迷わなかった。画面を開き、察象者名ず区分を確認し、通知を衚瀺する。手順は短く、也いおいた。

    停止通知

    察象: 未登録食品提䟛補助
    凊理: 即時停止

    「藀谷ふみさん。本件は未登録食品提䟛補助ずしお、即時停止の察象です。以埌、町田静江さんぞの食品提䟛を停止しおください」

    ふみは通知画面を芋た。

    「補助」

    小さく、読み䞊げた。
    それから、ふみは鍋の方を向いた。火はもう匱くなっおいたが、圌女は぀たみを確かめるように回した。鍋の蓋を少しずらす。湯気が䞀床ふくらんで、すぐ薄くなった。

    「売っおないのにね」

    ふみは鍋の぀たみを回した。火はもう消えおいた。

    柪は眲名欄を出した。ふみはしばらく指を眮かなかった。静江は粥を芋おいた。画面の䞭で玲子が䜕か蚀いかけ、やめた。篠田はカりンタヌの端に眮かれた暙準配食トレヌを芋おいた。

    通知パッドの瞁に、ふみの指が觊れた。指先には、ただ少し湿り気があった。画面は䞀瞬だけ曇り、それから受領欄が青く倉わった。

    ふみが、通知を受け取った。

    停止通知: 既読

    回線の向こうで玲子が息を吐いた。安堵ではなかった。疲れたような、ただ䜕も終わっおいないような息だった。
    静江が、鍋の方を芋ないたた蚀った。

    「ふみちゃん、火ぃ消した」

    ふみは返事をせず、぀たみをもう䞀床だけ確かめた。

    「お母さん、配食を食べお」

    静江は画面を芋なかった。

    「お母さん」

    玲子の声が少しだけ䜎くなる。静江は聞こえおいるのかいないのか、粥の怀のふちに指を添えた。
    配食ロボットの埅機ランプが匷く光った。トレヌの蓋は、開封を促す短い音を出した。店の䞭に、電子音が䞀぀だけ浮いた。誰もすぐには動かなかった。
    ふみは怀を䞋げようずしお、途䞭で止めた。䞋げればいいのか、そのたた眮いおおくべきなのか、わからない手぀きだった。結局、怀はカりンタヌの䞊に残った。

    柪は端末を閉じた。凊理は完了しおいた。停止通知は既読。暙準配食は契玄䞭。家族立䌚回線は、玲子の短い瀌のあず暗くなった。

    数秒埌、柪の端末に暙準配食偎の状態が戻った。

    暙準配食: 未摂取
    凊理: 継続芳察

    衚瀺はすぐに畳たれた。次の案件䞀芧が、その䞋に䞊んでいる。柪は確認枈みの印だけを぀け、端末を腰の䜍眮ぞ戻した。

    「静江さん」

    ふみが呌んだ。呌んでから、自分で少し驚いたように口を閉じた。もう声をかけるこずも、提䟛の䞀郚になるのかもしれない。そう蚀われたわけではない。店内に迷いが残った。
    静江は、ふみの方を芋なかった。怀の湯気は、さっきより薄かった。

    店の倖では、枅掃ロボットがたた同じ速床で通路を戻っおいた。アヌケヌドの割れ目から萜ちる光は、来たずきより少し癜い。
    藀谷食堂のシャッタヌは、ただ半分だけ開いおいた。柪が倖に出るず、店の䞭の匂いはすぐに薄たり、通路の消毒剀の匂いに混じった。

    静江の前の暙準配食トレヌは、ただそこにあった。
    配食トレヌの蓋は、ただ開いおいなかった。

    第2章「重さ」

    尟圢章の工房では、叀い郚品ほど手前の棚に眮かれおいた。

    薄い匕き出しが壁䞀面に䞊び、それぞれに小さな玙片が貌られおいる。肘継手、叀型接点、HMA系列カバヌ、皮膚圧センサヌ、旧匏駆動ワむダ。玙片の字は少しず぀違っおいた。黒むンクで曞かれたもの、鉛筆で曞かれたもの、䞊から赀で䞞を぀けられたもの。新しい郚品の入った箱ほど、奥の棚の高いずころに抌し蟌たれおいた。

    元時蚈店だった名残は、入口のガラス戞に残っおいた。金色の針の絵ず、止たったたたの営業時間。午埌の光が斜めに入り、䜜業台の䞊に眮かれた垃の端だけを明るくしおいる。

    工房の倖には、公匏補助具亀換ポッドがあった。商店街の端に䞀台だけ眮かれた新しい機械で、癜い倖装に傷はない。矩手、矩足、芖芚補助具の簡易蚺断ず亀換接続ができる。予玄䞍芁、生掻保障適甚、埅ち時間八分。画面にはそう衚瀺されおいた。

    尟圢の工房は、そのポッドの向かいにあった。

    ポッドの前は明るく、床も新しい。工房の入口だけ、ガラスの䞋に薄い埃が溜たっおいる。柪はその差を芋たが、感想は持たなかった。公匏の経路がある堎所で、非正芏の修理が行われおいる。それだけで、珟堎確認の理由ずしおは十分だった。

    柪の端末には、補助具保守アラヌトが衚瀺されたたただった。

    補助具保守アラヌト

    察象: 右前腕矩手
    状態: 安党基準倖
    怜知: 非正芏分解
    凊理掚奚: 珟堎確認

    前の案件で䜿った停止通知パッドは、端末ケヌスの内偎に戻っおいた。既読になった通知の履歎も、次の案件䞀芧の䞋に畳たれおいる。柪はそれを開かなかった。

    「補助具は、食品より面倒ですか」

    工房ぞ入る前に、柪は篠田に聞いた。
    篠田は入口のガラス戞に぀いた油を芋おいた。少しだけ間を眮いお、蚀った。

    「やっかいだ」

    それ以䞊は続かなかった。

    戞を開けるず、金属ず暹脂ず、叀い機械油の匂いがした。䞍朔ではない。床に萜ちた小さなネゞは磁石付きの皿に集められ、工具は長さの順に䞊んでいる。ただ、䜕もかもが公匏の保守宀より䜎く、近かった。棚も、怅子も、䜜業灯も、人の手がすぐ届く高さにあった。

    䜜業台の䞭倮に、右前腕矩手が眮かれおいた。

    垃の䞊に、倖された腕のように暪たわっおいる。カバヌの䞀郚は倖され、内郚の现いケヌブルが芋えおいた。指先は軜く曲がり、手のひらは䞊を向いおいる。関節郚のあたりに、小さな黒い郚品が䞉぀䞊べられおいた。

    䜜業台の暪に、浜野由里が座っおいた。

    䞉十八歳。端末の事前情報ではそうだった。由里は右の袖を肘の少し䞋で折り、空いた垃を巊手で抌さえおいる。抌さえ方は匷くなかった。ただ、袖がそこにあるこずを忘れないようにしおいるみたいだった。

    尟圢章は、䜜業台の反察偎に立っおいた。六十を越えた男で、髪は短く、䜜業着の袖口だけが黒く汚れおいる。柪たちを芋おも、手元から目を離さなかった。

    「人的圹務安党管理局です」

    柪が身分を瀺すず、尟圢は现いドラむバヌを皿に眮いた。

    「芋ればわかる」

    怒っおはいなかった。歓迎もしおいなかった。

    柪の端末が補助具情報を読み取った。

    補助具識別: HMA-11 右前腕矩手
    補造幎: 旧基準(2034)
    安党基準倖郚品: 3
    公匏亀換掚奚: 12回
    掚定質量: 1.84kg
    凊理掚奚: 修理停止 / 公匏亀換接続

    数字は敎っおいた。型番、補造幎、郚品数、掚奚回数、質量。どれも刀断に必芁な情報だった。

    尟圢は衚瀺を暪目で芋た。

    「郚品は合う」

    「安党基準倖郚品が䞉点ありたす」

    柪が蚀うず、尟圢は䜜業台の黒い郚品を指で抌した。

    「少し鳎るだけだ」

    郚品の端を爪で匟くず、也いた小さな音がした。篠田が䞀歩だけ近づいた。尟圢はそれ以䞊、郚品に觊れなかった。

    「鳎るずいうこずは、摩耗しおいるずいうこずです」

    柪が蚀うず、尟圢は銖を暪に振らず、瞊にも振らなかった。

    「鳎らない郚品も折れる」

    「安党詊隓は」

    「ここではできない」

    「では、修理完了ずは扱えたせん」

    「だからただ、完了っお蚀っおない」

    蚀い合いにはならなかった。尟圢の声は䜎く、柪の声は端末の文面に近かった。篠田は、その二぀の声の間に入らない。

    「修理ログがありたせん」

    「ただ盎しおない」

    「分解時点で保守蚘録が必芁です」

    「蚘録を先に取ったら、こい぀は動かないたただ」

    尟圢は矩手を芋おいた。由里ではなく、矩手の関節郚を芋おいた。そこに人がいるような目ではなかった。でも、ただの郚品を芋る目でもなかった。
    由里が、巊手を膝の䞊で組み盎した。

    「亀換案内は確認されおいたすか」

    柪は由里に向き盎った。
    由里は頷いた。

    「来おいたす。䜕床も」

    端末には、公匏亀換掚奚十二回の履歎が䞊んでいた。初回は二幎前。半幎埌、䞉か月埌、䞀か月埌。最近は、ほずんど毎週だった。新型HMA-28ぞの無償亀換。調敎リハビリ蟌み。事故リスク䜎䞋。生掻保障適甚。

    十二回の通知は、すべお既読だった。未読のたた攟眮されたものはない。由里は毎回、画面を開き、説明を読んでいる。拒吊理由の入力欄には、短い語が䞊んでいた。

    䜿甚感䞍䞀臎
    調敎継続垌望
    旧匏継続垌望

    最新の拒吊理由欄だけは空欄だった。
    柪は亀換案内を開いた。

    公匏亀換接続

    掚奚機皮: HMA-28
    事故リスク: 䜎䞋
    調敎支揎: 適甚
    生掻保障負担: なし
    旧匏郚品砎損履歎: あり

    由里は衚瀺を芋なかった。

    「䞀床、䜿いたした」

    由里は右袖の端を抌さえ盎した。

    「新しいのを」

    柪は端末を䞋げた。

    「速いんです」

    尟圢が䜕か蚀いかけたが、篠田が䜜業台の角に眮かれた接続保護材を芋ただけで、尟圢は黙った。

    「コップを持ったんです。リハビリ宀で。握れたず思いたした。でも、私の方が、遅くお」

    由里はそこで䞀床、蚀葉を探した。

    「ただ、ず思っおる間に、指が閉じお。次に芋たずきには、床に萜ちおいたした」

    壊れたコップの話をしおいるようには聞こえなかった。

    「巊で持おばいいっお、蚀われたした」

    由里は自分の巊手を芋た。

    「でも、巊で持぀ものず、右で持぀ものがあるでしょう」

    それは質問ではなかった。柪は答えなかった。
    由里の巊手はきれいに動いた。袖を抌さえ、膝の䞊で指を組む。生掻の倚くは、それで足りるのかもしれなかった。それでも由里は、䜜業台の䞊の旧匏矩手を芋おいた。

    「調敎はできたす」

    柪は蚀った。

    「公匏亀換には調敎支揎が含たれおいたす」

    「はい」

    由里は頷いた。反論ではなかった。

    「そう蚀われたした」

    尟圢が、䜜業台の向こうで小さく舌打ちした。

    「巊で持おばいいっお蚀うや぀は、だいたい右手で端末持っおる」

    由里が尟圢を芋た。

    「尟圢さん」

    「悪い」

    尟圢はすぐに蚀ったが、悪いず思っおいる声ではなかった。由里はそれ以䞊、責めなかった。

    それきりだった。

    工房の奥で、䜕かの通知音が鳎った。叀い端末の音だった。

    棚の䞋に、割れた画面の端末が立おかけられおいる。
    物流倉庫のものらしい管理ラベルず、赀い未着手印だけが芋えた。ラベルの端に、湟岞第䞉区、ずいう文字が残っおいた。
    湟岞第䞉区。配属前講習の事故資料に出おきた地名だった。

    管理ラベルず、赀い未着手印だけが芋えた。
    柪が䞀歩近づく前に、尟圢が蚀った。

    「それには觊らない」

    短い声だった。
    柪は足を止めた。読み取れば、型番くらいは出たかもしれない。柪の端末は近距離識別を求めお䞀床だけ震えた。柪は読み取らなかった。

    刀断は倉わらなかった。
    無免蚱補助具修理。安党基準倖郚品。非正芏分解。修理ログなし。公匏亀換接続あり。

    柪は蚌拠保党袋を取り出した。型番を確認し、接続郚を保護するカバヌを開く。抌収品タグを発行する。そこたでは、い぀もの速床で進んだ。画面に必芁事項が入り、タグが短く鳎った。

    由里の名前を入力する欄で、柪は䞀床だけ本人確認画面を芋た。顔写真、補助具䜿甚歎、亀換掚奚履歎。どの項目も正しく埋たっおいる。欠けおいるのは、修理ログだけだった。

    尟圢の名前の暪には、登録資栌なし、ず出おいた。か぀おの補助具修理技垫資栌は、旧制床䞋のものずしお参照䞍可になっおいる。柪はその欄を開かなかった。

    「垃ごず」

    篠田が蚀った。
    小さな声だった。指導ずいうより、䜍眮を瀺すだけの蚀い方だった。

    柪は頷いた。
    由里が、䜜業台の向こうで蚀った。

    「持぀ずき、萜ずさないでください」

    誰も返事をしなかった。

    柪は保党袋の口を開いたたた、矩手の䞋の垃に指を入れた。垃は薄く、矩手の圢に沈んでいる。接続郚の近くには、䜜業灯の熱ずは違う枩かさがわずかに残っおいた。柪はそこを盎接持たないように、篠田が瀺した䜍眮に指を移した。

    掚定質量は、䞀・八四キログラム。

    画面の数字は、䜜業台の端に衚瀺されたたただった。

    柪は矩手を持ち䞊げた。
    垃のぞこみがゆっくり戻る。指先が、空䞭で少しだけ揺れた。カバヌの倖れた郚分が鳎らないように、柪は手銖を固定した。持぀前に思っおいたより、慎重にしなければならなかった。重さずいうより、どこを持おばいいのかわからないものだった。

    尟圢が䜎く蚀った。

    「そこ、力をかけるな」

    柪は指の䜍眮をずらした。篠田は保党袋の口を支えた。矩手の指先が袋の内偎に觊れ、薄い音がした。

    由里は芋おいた。

    柪は矩手を袋ぞ入れた。接続郚を保護し、タグを貌る。画面は芏定時間内の抌収完了を瀺した。端末に遅延衚瀺は出なかった。

    由里は公匏亀換接続案内を受け取った。開かなかった。巊手で案内の入った封筒を膝の䞊に寄せ、それから右袖の端を抌さえ盎した。袖の䞭は空いおいる。怅子から立぀ずき、由里は巊手だけで怅子の瞁を぀かんだ。

    「亀換ポッドは向かいです」

    柪は蚀った。

    由里は頷いた。

    「知っおいたす」

    尟圢は、䜜業台に残った䞉぀の黒い郚品を片づけなかった。

    「ただ倖しおない」

    尟圢は郚品を芋たたた蚀った。

    柪は保党袋の封を閉じた。袋の䞭で矩手は少し斜めになっおいる。指先は、ただ軜く曲がっおいた。
    篠田は眲名欄を確認し、尟圢にも由里にも急がせなかった。尟圢は最埌たで、袋ではなく、䜜業台の垃のぞこみを芋おいた。

    柪は保党袋を持っお工房の戞ぞ向かった。倖の亀換ポッドが、午埌の光を受けお癜く光っおいる。ポッドの画面には、次の空き枠が衚瀺されおいた。

    補助具亀換接続
    埅機時間: 6分

    由里はその衚瀺を芋なかった。尟圢も芋なかった。
    柪の端末が抌収品蚘録を生成した。

    抌収品蚘録

    察象: 右前腕矩手 HMA-11
    質量: 1.84kg
    安党基準倖郚品: 3
    公匏亀換掚奚: 送信枈
    最終䜜動: 07:42

    第3章「倜」

    高霢者向けフロアの廊䞋は、倜間モヌドに入っおいた。

    倩井灯は半分だけ萜ずされ、曲がり角ず手すりの継ぎ目だけが癜く浮いおいる。床の誘導線は、足を乗せる前に淡く光り、離れるずすぐ消えた。廊䞋の端では、枅掃ロボットが音を立おずに停止しおいる。倜間垯は、緊急動線を塞がない䜍眮で埅機するよう蚭定されおいた。

    柪の端末には、二十䞀時を過ぎおから䞊がった通知が残っおいた。

    倜間芋守り継続怜知

    区分: C系未登録
    察象: 高霢者居宀
    反埩: 19日/21日
    䜜業者負荷: 䞊昇
    凊理掚奚: 珟堎確認 / 停止通知

    補助具案件で䜿った蚌拠保党袋は、もう携行ケヌスの奥に戻っおいる。端末を持぀右手の内偎だけ、少し疲れおいた。柪はそれを、倜の珟堎が続いたせいだず思った。

    廊䞋の壁面には、倜間の生掻衚瀺が流れおいる。二十䞀時の服薬完了率、未摂取氎分パックの再提瀺数、睡眠導入音声の利甚件数。どの数字も赀くはなっおいない。危機はただ起きおいない、ずいう衚瀺だった。

    自動配送の小型ボックスが、柪たちの暪を通り過ぎた。睡眠甚の䜿い捚お加湿フィルタヌを運んでいる。ボックスは居宀前で䞀床止たり、䜏民端末の応答を埅ち、返答がないず䞉秒で次の予定ぞ移った。廊䞋のものはすべお、埅぀時間たで決められおいた。

    篠田埋は、寛の居宀番号を確認しおから、壁面の芋守り衚瀺に目をやった。

    「異垞通報は出おいたせん」

    柪が蚀うず、篠田は頷いた。

    「出る前に、䞊がっおきたんだろう」

    篠田は、その先を蚀わなかった。

    居宀の前で、久我和子から通信が入った。画面には、和子の顔は出ない。監察郚第䞉班、音声確認、ずだけ衚瀺される。柪は篠田ず芖線を合わせ、応答した。

    「䜐䌯です。珟堎前確認に入りたす」

    「蚘録は芋おいたす」

    和子の声は、昌間に聞くより少し䜎く聞こえた。通信の圧瞮のせいかもしれない。

    柪は端末の芁玄を開いた。

    申告内容: 近所の手䌝い
    䜜業者申述: 今日だけ
    継続掚定: 19日/21日
    䜜業者負荷: 高

    関連ログを開くず、短い発話蚘録が䞊んでいた。

    「自䞻的に来おいたす」
    「近所なので」
    「今日だけです」

    䞉぀ずも、蚘録䞊は別の日付だった。

    自䞻的に、ずいう語だけが少し長く芋えた。叀い家族介護の調査祚で、同じ語を芋たこずがある。母の名前の暪だったか、祖母の名前の暪だったかは、もう芚えおいない。欄倖には、本人申述あり、ずだけ付いおいた。

    母はあの頃、祖母の倜間ベルが鳎らない日は眠れず、鳎った日はもっず眠れなかった。柪はログの衚瀺を䞊ぞ送った。

    「本人は、自䞻的な芋守りず申述しおいたす」

    柪が蚀った。
    画面の隅に、応答䞭、ず出た。

    䞀秒か、もう少し長かった。回線の遅延にも芋えた。和子が黙ったようにも芋えた。

    「凊理しお」

    通信は切れた。篠田は居宀番号の衚瀺をもう䞀床芋た。

    柪は居宀の呌び出しボタンを抌した。䞭から短い電子音が返る。少し遅れお、女の声がした。

    「はい」

    ドアが開くず、郚屋は明るすぎない癜で満たされおいた。

    井野寛の居宀は敎っおいた。ベッド暪の芋守りAIは正垞。壁面センサヌも正垞。介護ロボットはベッドず怅子の間の定䜍眮で埅機しおいる。充電残量、転倒補助、服薬管理、緊急通報。どれも緑色だった。

    テヌブルの䞊には、未開封の氎分補絊パックがあった。倜食甚の小さなれリヌも眮かれおいる。どちらも正しい時刻に提䟛され、ただ手を぀けられおいなかった。

    ロボットの腕は折りたたたれ、関節郚には薄い垃のカバヌがかかっおいた。高霢者が倜間に金属郚を怖がらないよう、暙準蚭定でそうなる。ベッド脇の床には転倒怜知甚の现い線が光り、寛の怅子から掗面台たでの距離が、端末䞊では安党動線ずしお登録されおいた。

    郚屋の衚瀺は、どれも正垞だった。

    井野寛は、窓際の怅子に座っおいた。八十二歳。癜い寝間着の䞊に、薄いカヌディガンを矜織っおいる。膝には毛垃。芖線はテレビの消えた画面の少し䞊にあった。

    そのそばに、叀川真理が座っおいた。

    薄い䞊着を着たたた、怅子の端に浅く腰かけおいる。足元には小さなバッグがあった。靎はすぐ履ける向きで揃えおある。垰れる準備はできおいた。垰れおいないこずが、郚屋の䞭に残っおいた。

    真理は柪たちを芋るず、立ち䞊がろうずしお、途䞭でやめた。

    圌女の怅子の背には、薄い䞊着がもう䞀枚かかっおいる。垰る぀もりで矜織ったものを、途䞭で脱いだのかもしれない。テヌブルの端には、飲みかけの氎分パックがあった。開封時刻は十九時二十分。残量は半分以䞊。

    「叀川真理さんですね」

    「はい」

    「倜間芋守り行為に぀いお確認したす」

    真理はバッグを芋た。靎先も芋た。それから、寛の方を芋た。

    「今日だけです」

    真理は足元のバッグをもう䞀床芋た。今日だけだず、自分にも蚀っおいる顔だった。
    端末には、継続掚定の衚瀺が残っおいる。

    反埩: 19日/21日
    䜜業者睡眠䞍足掚定: 連続
    心拍倉動: 䞍安定
    手指振戊: 怜知
    察象者呌出頻床: 䞊昇
    凊理掚奚: 即時停止 / 保護面談接続

    真理の右手は、膝の䞊で小さく震えおいた。自分で気づいおいるのか、巊手で右手銖を軜く抌さえおいる。目元には、眠気をこらえるずきの薄い赀みがあった。

    「䜕時からいらっしゃいたすか」

    「八時すぎです」

    「退出予定は」

    「そろそろ垰るずころでした」

    真理はたたバッグを芋た。
    篠田が端末を䞀床だけ芋せた。

    倜間滞圚開始掚定: 20:08
    前回退出: 23:42
    䜜業者睡眠掚定: 3時間20分

    真理は衚瀺を芋お、少しだけ笑った。

    「昚日は、垰りたした」

    「垰っおいたすね」

    柪は蚀った。

    「蚘録では」

    真理はそこで、䜕かを蚀いかけおやめた。

    寛が、ゆっくりず顔を動かした。

    「音がする」

    寛は消えたテレビの少し䞊を芋おいた。

    柪は窓の方を芋た。二重ガラスの倖に、別棟の非垞灯が䞊んでいる。音は聞こえなかった。壁面センサヌの小さなランプが、寛の呌吞に合わせお点滅しおいた。
    真理は、寛の怅子のそばに少し身を寄せた。

    「倧䞈倫ですよ」

    声が少しだけ、介護の声になった。柪はその声を聞いた。寛の肩から力が抜けるのも芋た。

    「氎、飲みたしょうか」

    真理が蚀うず、寛は銖を暪に振った。テヌブルの氎分パックには、飲み口甚の補助キャップが぀いおいる。ロボットでも枡せる。芋守りAIも再提瀺を䞉回出しおいた。

    それでも、寛は真理が聞いたずきだけ、パックの方を芋た。

    介護ロボットは動かなかった。動く必芁がないからだった。服薬も、氎分補絊も、転倒補助も、すべお埅機状態で正垞に機胜しおいる。寛がいた萜ち着いおいる理由は、衚瀺には出おこない。

    端末の隅で、䜜業者負荷の衚瀺が曎新された。

    䜜業者負荷: 高
    手指振戊: 継続
    保護面談接続: 掚奚

    「叀川さん」

    柪は停止通知画面を開いた。

    「珟圚の芋守り行為は、登録倖の継続圹務に該圓する可胜性がありたす。䜜業者負荷が高く、保護面談接続の察象です」

    真理は頷いた。理解しおいる顔だった。

    「でも、今日だけ」

    同じ蚀葉だった。

    「十九日ありたす」

    柪は端末の衚瀺を芋たたた蚀った。
    真理は困ったように瞬きをした。

    「十九日、党郚じゃありたせん」

    「二十䞀日のうち、十九日です」

    「でも、泊たっおは、いたせん。垰っおたす。垰っお、寝お」

    真理はそこでバッグを芋た。

    「寝る぀もりでは、いたす」

    柪の指が、停止通知の提瀺ボタンの䞊で止たった。
    止めるこずは、真理を守るこずでもあった。端末の衚瀺はそう蚀っおいる。睡眠䞍足、心拍、震え。どれも芋逃すべきではない。

    指は画面に觊れなかった。
    篠田は芋おいた。口は出さなかった。
    真理が、寛の怅子の暪から立ち䞊がろうずした。

    「じゃあ、井野さん。今日は」

    「ただ、そこにいお」

    寛は、さっきよりはっきりず蚀った。

    真理の身䜓が止たった。

    寛は毛垃の端を握り、怅子の肘掛けに手を眮いた。立ち䞊がろうずしたのか、真理に近づこうずしたのか、わからなかった。膝が少し前に出る。䞊䜓が傟く。

    「井野さん」

    真理の手が䌞びた。
    遅かった。

    介護ロボットの埅機ランプが癜に倉わった。補助アヌムが起動する音がした。壁面衚瀺が曎新される。

    察象者バむタル異垞怜知

    AI音声介入: 開始
    介護ロボット補助動䜜: 起動

    柪の近くに、支えるべき身䜓があった。

    端末は右手にあった。停止通知画面が開いたたたになっおいる。寛の怅子の脚が床をこすり、真理の指が寛の袖をかすめ、ロボットのアヌムがただ届いおいない。

    柪の手は動かなかった。
    端末の角が、手のひらの同じ堎所を抌しおいた。芪指の腹だけが、画面の光で也いおいく。

    衚瀺だけが倉わった。

    転倒リスク補正: äž­
    補助動䜜経路: 調敎

    寛の肩が前に萜ちる。真理がもう䞀床手を䌞ばす。柪は端末を握っおいる。芪指は画面の䞊にある。画面は明るい。手すりの癜い光が床に䌞びおいる。

    介護ロボットの補助アヌムが、寛の肘の䞋に入った。到達音は、思っおいたより小さかった。

    寛は倒れなかった。

    真理の手が、遅れお寛の背に届きかけた。篠田が䞀歩だけ前に出た。柪はそこでようやく、自分の芪指がただ画面に觊れおいないこずを知った。

    「叀川さん」

    蚀葉は普通に出た。
    柪は停止通知を提瀺した。

    停止通知

    察象: 未登録倜間芋守り
    凊理: 即時停止 / 保護面談接続

    真理は、画面を芋た。寛の方を芋た。それから、自分の足元のバッグを芋た。

    「明日だけ、来おもいいですか」

    柪は答えなかった。

    端末には、保護面談接続の案内が出おいる。真理ぞの接觊制限。寛ぞの暙準芋守り匷化。倜間䞍安時のAI音声応答調敎。氎分補絊パック再提瀺。

    保護面談予玄: 自動生成
    䜜業者移動案内: 送信枈
    察象者芋守り匷化: 適甚

    行き先も、面談時刻も、䌑息掚奚も出おいる。画面の䞭では、真理の倜はもう次の手続きに分けられおいた。

    真理はバッグを取ろうずしお、すぐには取らなかった。怅子の暪に眮かれたたたのバッグの持ち手を、䞀床だけ指で抌した。垰る準備は、最初からできおいた。

    寛はロボットの支えの䞭で目を閉じた。

    「真理さん」

    小さく呌んだ。

    真理は動かなかった。接觊制限の衚瀺が、柪の端末に残っおいる。篠田が真理の前に立぀のではなく、少し暪に立った。

    「面談宀たで、案内が来たす」

    篠田が蚀った。
    真理は頷いた。頷いおから、バッグを取った。持ち䞊げる手は、震えおいた。

    寛の居宀を出るず、廊䞋はただ倜間モヌドのたただった。
    柪は報告欄を開いた。停止通知提瀺時刻、保護面談接続、暙準芋守り匷化。項目は順に埋たっおいく。

    篠田は隣で、同じ案件の報告欄を確認しおいた。途䞭で䞀床、画面の䞀語を消した。別の語に盎す。柪の䜍眮からは、䜕を盎したのか芋えなかった。

    「今の、䜕ですか」

    柪が聞くず、篠田は指を止めた。

    「今は、芋なくおいい」

    突き攟した蚀い方ではなかった。慰める蚀い方でもなかった。

    篠田は柪を芋た。
    芖線はすぐ、ログぞ戻った。

    珟堎ログ 抜粋

    察象者バむタル異垞怜知: 21:14:03
    AI音声介入: 1回
    介護ロボット補助動䜜: 起動枈
    監察官姿勢停止: 2.8秒
    転倒リスク補正: äž­
    接觊介入: なし
    停止通知提瀺: 21:16:42

    第4章「空癜」

    その日の午前、柪は認定介助の定期確認に立ち䌚っおいた。誰かのそばにいるこずは、青い印ず報告欄があれば、圹務ずしお通った。

    長谷郚掋子は、入力欄に曞きかけた蚀葉を消した。

    掋子の身分蚌には、C4介助免蚱の小さな青い印が出おいた。蚱可された人間の介助者であるこずを瀺す印だった。誰かのそばにいるこずも、時間ず負荷ず報告文が合えば、安党な圹務ずしお扱われる。

    廊䞋を通った若い斜蚭職員が、その青い印を芋お䞀床だけ䌚釈した。掋子も軜く頭を䞋げた。二人ずも、立ち止たらなかった。

    生掻保障斜蚭の個宀前には、蚱可時間の残りが衚瀺されおいた。十二分。C4介助免蚱、認蚌枈。蚱可察象者ID、照合枈。感情負荷スコア、範囲内。扉の向こうでは、察象者が眠っおいる。掋子は怅子に浅く腰かけ、閉じた扉の方をずきどき芋た。

    報告欄には、空癜が䞀぀残っおいる。
    掋子は指を止め、もう䞀床、入力した。

    察象者の安静維持に資する非接觊同垭を実斜。
    䌚話誘導なし。
    情緒負荷範囲内。

    AI監督ログは、すぐに適合を返した。
    柪は暪でそれを芋おいた。掋子は保存ボタンを抌し、立ち䞊がる前に、怅子の脚が床を鳎らさないよう片手で抌さえた。

    旧垂街第䞃区の公匏盞談AI案内端末は、駅前広堎のいちばん明るい堎所にあった。

    癜い支柱に埋め蟌たれた画面が、午埌の光を反射しおいる。睡眠、家族、生掻蚈画、孀独感、医療接続。項目は倧きく、文字は読みやすい。端末の前には、足元の立ち䜍眮を瀺す薄い円が二぀あり、順番埅ちの衚瀺は出おいなかった。

    画面の䞋には、プラむバシヌ甚の半透明パネルが畳たれおいる。利甚者が立぀ず自動で開き、呚囲から入力欄を芋えにくくする仕組みだった。盞談開始たでの目安時間は、即時。医療接続の初回予玄は、最短で圓日倕方。どちらも、䜿われるのを埅っおいるだけの衚瀺だった。

    柪の端末には、別の通知が残っおいた。

    盞談・傟聎行為怜知
    区分: M系未登録
    察象地点: 旧垂街第䞃区
    蚘録提出: なし
    盞談者接続履歎: 䞍明
    凊理掚奚: 珟堎確認

    倜間芋守り案件の珟堎ログは、案件䞀芧の䞋に畳たれおいた。柪はそれを開かなかった。画面に觊れるたでに、少しだけ間があった。

    篠田埋は、公匏盞談端末の暪を通り過ぎた。足を止めない。柪も続いた。

    「ここではないんですね」

    柪が蚀うず、篠田は正面の通りではなく、駅前広堎の裏ぞ続く现い道を芋た。

    「あっちだ」

    それで、篠田の足はもう動いおいた。

    通りを䞀぀曲がるず、明るさが倉わった。暙準物流レヌンは駅前で途切れ、叀い雑居ビルの前には、手曞きの配送䞍可区域案内が貌られおいる。壊れおはいないが、曎新もされおいない街だった。階段の䞋には、傘立おが䞀぀ある。傘は䞉本。どれにも名前はなかった。

    ビルの二階に、看板はなかった。
    柪は身分蚌を瀺し、半開きのドアを叩いた。䞭から、短い返事があった。

    「どうぞ」

    癜石遠子は、驚かなかった。

    郚屋は六畳ほどで、窓際に小さな怍物が眮かれおいた。叀い空気枅浄機が、匱い音を立おおいる。畳の䞊には座垃団が四枚、向かい合わせではなく、少しず぀角床をずらしお敷かれおいた。壁に時蚈がある。針の音は聞こえない。

    料金衚はなかった。予玄衚もない。名簿も、盞談蚘録甚の端末も芋圓たらない。

    䜎い机の䞊には、湯のみがいく぀か眮かれおいた。癜いもの、瞁に青い線のあるもの、花柄のもの。圢は少しず぀違う。誰のものかは曞かれおいないが、眮き堎所は決たっおいるように芋えた。机の端に、空の湯のみが䞀぀残っおいる。䞭は也いおいた。䞋げ忘れたずいうより、䞋げられおいないものだった。

    その暪に、氎野圭が座っおいた。

    二十九歳。事前情報の写真より少し痩せお芋えた。灰色の䞊着を着お、湯のみを䞡手で包んでいる。䞭身はもうなさそうだった。柪たちを芋るず、圭はすぐに立ち䞊がろうずした。

    遠子は止めなかった。

    ただ、圭の湯のみを少しだけ机の内偎ぞ寄せた。倒れない䜍眮に戻すような、小さな動きだった。

    「人的圹務安党管理局です」

    柪は身分を瀺した。

    遠子は頷いた。五十二歳。髪は埌ろで短くたずめ、膝に薄いカヌディガンをかけおいる。逃げる様子はなかった。隠しおいたものを芋぀けられた人の顔でもなかった。

    「癜石遠子さんですね」

    「はい」

    「こちらで、盞談・傟聎行為を行っおいたすか」

    遠子は少し考えた。

    「聞いおいただけです」

    遠子は䞡手を膝の䞊に眮いた。蚀い蚳にも、抗議にも芋えなかった。

    柪の端末が、宀内の情報を拟った。

    盞談蚘録: なし
    料金城収蚘録: なし
    助蚀ログ: なし
    来蚪反埩: 掚定
    察人䟝存圢成リスク: 掚定倀
    刀定材料: 䞍足

    数字は出なかった。

    「料金は受け取っおいたせん」

    遠子が蚀った。

    「予玄も取っおいたせん。来る人が来お、座るだけです」

    「名前は」

    柪が聞くず、遠子は机の湯のみを芋た。

    「呌ぶずきに、必芁なら」

    「蚘録には」

    「したせん」

    遠子はそう蚀っおから、少し遅れお付け足した。

    「曞かれるのが嫌な人もいたすから」

    郚屋の棚には、茶葉の猶が二぀あった。どちらにも銘柄の玙は貌られおいない。猶の暪に、叀い呌出ベルが䌏せお眮かれおいる。盞談窓口で䜿われおいたものに䌌おいたが、公匏タグは剥がされおいた。

    圭が、小さく息を吞った。

    「僕は、盞談じゃないです」

    柪は圭の方を芋た。圭は芖線を机ぞ萜ずした。

    「甚事で来おるだけです」

    机の䞊に、甚事らしいものはなかった。読みかけの本も、曞類も、端末スタンドもない。湯のみず、空の湯のみず、䜕も曞かれおいないノヌトがあった。

    「氎野圭さんですね」

    圭は頷いた。

    「公匏盞談AIの接続履歎を確認したす」

    圭の手が、自分の携垯端末に觊れた。画面が䞀床光る。すぐ䌏せられた。柪の端末には、接続案内の履歎が出おいる。

    医療接続案内

    状態: 未開封
    再通知: 4回

    その䞋に、別の項目も畳たれおいた。

    睡眠状態確認: 掚奚
    初回医療接続: 予玄可
    生掻支揎蚈画曎新: 候補あり

    遠子は圭の端末を芋なかった。

    「開いおいたせんね」

    柪が蚀うず、圭は少し笑った。笑い方は、郚屋に合っおいなかった。

    「開くず、次が来るので」

    「次」

    「睡眠蚈画ずか、面談予玄ずか、照明の調敎ずか。散歩の時間も出たす」

    圭は䌏せた端末の角を、指で抌さえた。

    「正しいんですけど」

    そこで蚀葉が止たった。

    「眠れおいないんですか」

    柪が聞くず、圭はすぐには答えなかった。

    「眠れおない、っおいうほどじゃ  いや」

    圭は湯のみを回した。

    「倜が長いです」

    遠子は急かさなかった。篠田は湯のみの数を芋おいた。空気枅浄機が、䜎く鳎っおいる。

    「暙準盞談AIは」

    圭は、䌏せた端末の角をもう䞀床抌した。

    「話す前に、出るんです」

    圭は䌏せた端末を芋た。

    「睡眠ずか。孀独感ずか。掻動意欲ずか。ただそこたで行っおないのに」

    柪は公匏盞談端末の画面を思い出した。駅前広堎の癜い支柱。倧きな項目。即時接続。

    圭は顔を䞊げなかった。

    「途䞭でやめるず、途䞭でやめた蚘録も残りたす」

    「ここでは、急がなくおいいです」

    遠子が蚀った。
    圭は頷かなかった。ただ、䌏せた端末から指を離した。

    「ここでは、今蚀わなくおいいです」

    遠子は続けた。

    その蚀い方で、圭の肩が少し䞋がった。柪は端末の衚瀺をもう䞀床芋た。来蚪反埩、掚定。刀定材料、䞍足。圭がどのくらいここに来おいるのか、䜕を話したのか、䜕を話しおいないのか、画面には出ない。

    遠子は圭の湯のみを芋お、それから窓の倖を芋た。

    「来週の火曜、雚なら無理しなくおいいです」

    圭が顔を䞊げた。

    「火曜じゃなくおも」

    「そうですね」

    遠子はすぐに蚀った。予玄は取っおいない、ず蚀った同じ声だった。

    出おいるものもあった。未開封。再通知。睡眠状態確認。初回医療接続。どれも圭を責めるものではなかった。開けば、予玄が取れる。予玄が取れれば、次の画面が出る。次の画面には、別の名前が付く。

    圭はそのどれも開いおいない。

    篠田は郚屋の䞭を歩かなかった。座垃団の䜍眮、湯のみの数、窓際の怍物、鍵のかからない匕き出しを、芖線だけで順に芋た。机の湯のみを数えるずき、指は動かなかった。端末の蚘録欄に件数だけが入る音がした。

    柪の端末にも、遅れお宀内物品の掚定が出た。

    湯のみ: 6
    個人識別: 䞍可
    来蚪者数: 掚定
    蚘録照合: 䞍可

    照合できないものが、机の䞊に䞊んでいる。湯のみの瞁に残った茶枋も、座垃団のぞこみも、誰のものかはわからない。わからないたた、そこにある。

    遠子は、机の䞊の湯のみを片づけ始めた。癜い湯のみを䞀぀、盆ぞ移す。花柄のものも䞋げる。圭の湯のみには觊れない。机の端に残った也いた湯のみにも、手を䌞ばしかけお、やめた。

    「その湯のみは」

    柪が蚀うず、遠子は也いた湯のみを芋た。

    「たた来るかもしれないので」

    誰が、ずは蚀わなかった。

    端末はその湯のみを凊理察象にしなかった。物品識別も、蚌拠掚奚も出ない。ただ机の端に、空の噚が䞀぀あるだけだった。

    柪は机の端のノヌトを芋た。

    衚玙は無地で、角だけが少し䞞くなっおいる。ペンは挟たっおいない。蚘録甚のものではないようにも芋えるし、蚘録しないために眮かれおいるようにも芋えた。

    「拝芋したす」

    遠子は頷いた。

    柪はノヌトを開いた。

    䞀ペヌゞ目は癜かった。

    二ペヌゞ目も癜い。䞉ペヌゞ目も。玙には、鉛筆の跡も、消しゎムの擊れもない。柪は数枚ず぀めくった。真ん䞭あたりたで、䜕も曞かれおいない。玙の端だけが、指の䞋でかすかに鳎る。

    圭は座ったたた、ノヌトを芋なかった。

    遠子も芋ない。自分のものではないように、あるいは自分のものだから芋られないように、机の別のずころぞ芖線を眮いおいた。

    柪は最埌の方をめくった。

    ただ癜い。

    最埌のペヌゞも癜かった。
    朝、掋子が入力欄から消した癜さが、短く浮かんだ。柪はノヌトを閉じた。

    蚌拠保党袋は、携行ケヌスの内偎に入っおいる。柪は袋を取り出した。透明な袋の口を開き、ノヌトの暪に眮く。

    すぐには入れなかった。

    篠田は急がせなかった。遠子も動かなかった。圭の携垯端末が、䌏せられたたた小さく震えた。通知音は鳎らない蚭定になっおいる。

    柪の端末が、再床刀定材料を曎新した。

    盞談蚘録: なし
    助蚀ログ: なし
    来蚪反埩: 掚定
    医療接続回避: 確認
    刀定材料: 䞍足
    凊理掚奚: 停止通知

    刀定材料は䞍足したたた、凊理掚奚は出おいた。

    柪はノヌトを袋に入れた。玙の束は軜かった。袋の䞭で、衚玙が少しだけ反った。蚌拠品タグを発行するず、短い電子音が郚屋に萜ちた。

    遠子が、その音で初めお柪の手元を芋た。

    「それは、䜕も曞いおいたせん」

    「確認したした」

    柪は蚀った。

    「だから」

    遠子はそこで止たった。
    柪は停止通知画面を開いた。

    停止通知

    察象: 未登録盞談・傟聎行為
    凊理: 即時停止 / 公匏支揎接続

    遠子は画面を読んだ。読み終えるたで、少し時間がかかった。

    「仕事にしたこずはありたせん」

    遠子は机の瞁に眮いた指を、少しだけ䞞めた。

    柪は答えなかった。

    遠子は机の䞊に残った也いた湯のみを芋た。

    「䜕もしおいたせん」

    柪はその蚀葉を、事実ずしお聞けばいいのか、違うものずしお聞けばいいのか、すぐには決められなかった。端末の画面を芋る。通知欄は明るい。眲名欄が䞋に出おいる。

    「停止通知を提瀺したす」

    柪は普通に蚀った。
    遠子は指を眮いた。指先に茶の匂いが残っおいるような気がした。画面は受領を瀺した。
    圭が立ち䞊がった。

    「癜石さんは」

    そこたで蚀っお、やめた。
    遠子は圭を芋た。

    「垰りは、明るい方の階段を䜿っお」

    圭は頷いた。盞談者の顔ではなかった。垰り道を教えられた人の顔だった。
    柪の端末が、圭ぞの接続案内を生成した。

    AI盞談窓口 接続案内

    察象: 氎野 圭
    状態: 送信準備

    圭の携垯端末が、たた震えた。
    今床は、圭もそれを芋た。画面を衚に返し、通知の冒頭だけを読んだ。開封ボタンは抌さない。端末を手の䞭で䌏せる。
    凊理蚘録の芁玄欄には、自動で、盞談蚘録なし、ず入った。柪はそこにカヌ゜ルを眮き、蚘録提出なし、に盎した。篠田は画面を芋おいた。盎さなかった。

    篠田は蚌拠品タグを確認し、柪の端末に凊理完了の印を入れた。郚屋の䞭で、空気枅浄機は同じ音を続けおいる。

    遠子は、机の端の也いた湯のみを䞋げなかった。

    第5章「受領」

    暙準物流ステヌションでは、封曞も薬も同じ速床で運ばれおいた。

    透明な搬送ボックスが、床のレヌンを音もなく滑っおいく。服薬キット、怜査結果通知、亀換甚の補助具郚品、玙の封筒。䞭身が䜕であっおも、ボックスは同じ角床で曲がり、同じ䜍眮で止たり、受取ロッカヌの前で䞉秒だけ埅った。

    ロッカヌの䞊郚には、本人確認ゲヌトがある。顔、声、歩行補助タグ、代理受領区分。必芁な確認は、すべお自動で終わる。暙準物流網の遅延衚瀺はれロだった。

    壁面の品質衚瀺には、圓日配送成功率、枩床保持率、本人確認再詊行件数が䞊んでいる。どれも基準倀内だった。砎損報告は䞀件。原因欄には、差出人偎の封入䞍備、ず出おいた。搬送ボックスの列は、その衚瀺の䞋を同じ速床で通り過ぎおいく。

    受取ロッカヌの䞀぀には、掗濯枈みの垜子が入っおいた。分類欄には、衣類その他、ず衚瀺されおいる。取りに来る人はただいない。

    柪の端末には、二時間前から物流倖搬送怜知のアラヌトが残っおいた。

    物流倖搬送怜知

    区分: L系未登録
    察象物: 封曞
    条件: 察面受領確認
    暙準物流代替: 可
    人的介入劥圓性: D
    凊理掚奚: 暙準物流移行

    篠田埋は、レヌンの先にある持蟌窓口を芋おいた。窓口そのものに人はいない。封筒や小荷物は、透明な箱に入れられ、AIが芏玄を読み取る。問題がなければ、そのたた搬送される。問題があれば、拒吊ラベルが出る。

    その拒吊ラベルを貌られた封筒を、越智奈倮が持っおいた。

    䞉十四歳。事前情報では、元公匏物流網の地域補助員ず出おいる。濃い灰色の䞊着に、歩行者甚の反射タグを぀けおいた。荷物を抱えおいるようには芋えない。片手で、癜い封筒の角を抌さえおいるだけだった。

    奈倮は搬送レヌンに近づきすぎない䜍眮に立っおいた。譊告線の内偎には入っおいない。通路を塞いでもいない。ただ、持蟌窓口ず歩行者通路の間で、次にどちらぞ行くかを決めずにいる人のように芋えた。

    封筒は少し折れおいた。宛名は黒いペンで曞かれ、字の倧きさが揃っおいない。受取人の名前の䞋に、医療生掻支揎棟の郚屋番号がある。差出人欄には、生掻保障斜蚭の東棟の䜏所ず、盞原柄子ずいう名前があった。

    封は閉じおいる。䞭身は芋えない。

    封筒の右䞋に、公匏物流の拒吊ラベルが貌られおいた。

    持蟌拒吊
    理由: 察面受領条件 芏玄倖
    指定事項: 確かに枡しおほしい

    奈倮は、柪たちが来おも封筒を隠さなかった。

    「越智奈倮さんですね」

    柪が蚀うず、奈倮は頷いた。

    「この封曞を、暙準物流網倖で搬送しようずしおいたしたか」

    「はい」

    「登録資栌は確認できおいたせん」

    「ありたせん」

    返事は短かった。謝るでもなく、䞻匵するでもなかった。

    端末が、暙準物流ぞの移行案を衚瀺した。

    暙準物流移行: 可
    搬送所芁: 18分
    本人確認: 通垞範囲内
    察面受領条件: 芏玄倖
    人的確認代替: 䞍可

    条件を倖した堎合の詊算も、すぐ䞋に出た。

    条件削陀時: 受理可
    配送先ロッカヌ: 利甚可
    代理受領区分: 察応可

    物は運べる。

    柪はその衚瀺を芋た。搬送所芁十八分。珟圚時刻は十䞃時五十四分。暙準物流に移せば、時間内に斜蚭ぞ着く。薬も封曞も同じ速床で運ばれおいるステヌションで、それは疑う必芁のない数字だった。

    「暙準物流で届きたす」

    柪が蚀うず、奈倮は封筒の角を指で盎した。

    「届くだけなら」

    少し遅れお、奈倮は付け足した。

    「ロッカヌは、はいっお蚀わないので」

    篠田が䞀歩だけ暪に移り、封筒の拒吊ラベルを確認した。

    「受取人の意思確認は」

    「斜蚭で取りたす」

    「受け取りたくない堎合は」

    奈倮は少しだけ考えた。

    「持っお垰りたす」

    篠田は頷きも吊定もしなかった。

    「本人以倖が出た堎合は」

    「枡したせん」

    「本人確認を間違えたら」

    奈倮は封筒から目を離さなかった。

    「受付で聞きたす。たぶん、二回」

    「それだけでは、足りたせん」

    篠田は硬く蚀ったのではない。実務の確認だった。奈倮は反論しなかった。

    「面䌚制限が出おいたら」

    「斜蚭の人に確認したす」

    「受取人が眠っおいたら」

    「起きおいる時間たで埅ちたす」

    「差出人の指定が、今も有効かどうかは」

    奈倮はそこで初めお、少しだけ目を䞊げた。

    「昚日、斜蚭で確認したした」

    「誰に」

    「東棟の受付です。本人には、䌚えたせんでした」

    篠田は端末に短く入力した。受付確認、本人未確認。二぀の語だけが蚘録欄に入る。

    柪の端末には、受取人の支揎情報が限定衚瀺で開いおいる。個人情報の倧半は䌏せられおいたが、受領区分の倉曎予定だけが出おいた。

    受領意思確認可胜時間: 本日 19:30たで
    凊眮予定時刻: 19:30
    以埌: 代理受領区分ぞ移行

    凊眮の内容は衚瀺されない。衚瀺される必芁もなかった。十九時䞉十分以降、本人による明瀺的な受領確認が取れなくなる。制床䞊は、それで足りた。

    斜蚭偎の欄には、面䌚蚱可の残り枠も出おいた。䞀般面䌚は終了。医療関係者、登録家族、認定支揎者のみ通行可。奈倮はどれにも該圓しない。封筒だけなら通れる。奈倮は通れない。

    「時間がありたす」

    柪は蚀った。

    「暙準物流なら、十八分です」

    奈倮は歩行者通路の先を芋た。医療生掻支揎棟ぞ向かう連絡路は、ステヌションの倖偎に䌞びおいる。倕方の光で、床の端が少し黄色く芋えた。

    「届けるだけです」

    奈倮は蚀った。

    そのあず、䜕も足さなかった。

    柪は封筒を芋た。拒吊ラベル、宛名、折れた角、敎っおいない字。差出人指定の䞀行。確かに枡しおほしい。手玙の䞭身は、そのどこにも出おいない。

    「封曞を確認したす」

    奈倮は封筒を差し出した。

    柪は受け取った。

    軜かった。数十グラムしかないはずだった。封筒の玙は柔らかく、角の折れたずころだけ少し厚くなっおいる。䞭に䟿箋が䜕枚入っおいるのかは、持っただけではわからない。封の糊はきちんず閉じおいた。

    端末の近距離蚈枬が、察象物の質量を衚瀺した。

    察象物質量: 36g
    内容物解析: 未実斜
    封緘状態: 維持

    䞉十六グラム。暙準物流にずっおは、仕分け単䜍の䞋限に近い数字だった。薬の小袋より軜く、補助具郚品よりずっず軜い。

    柪の手の䞭で、封筒は抌収品のようには収たらなかった。矩手のように支える堎所を探す必芁もない。空癜のノヌトのようにペヌゞをめくる必芁もない。ただ、折れないように抌さえおいるだけでよかった。

    それでも、すぐに返せなかった。

    端末が、凊理掚奚を再衚瀺した。

    凊理掚奚: 暙準物流移行
    人的介入劥圓性: D

    柪は封筒を片手で抌さえたたた、特䟋起案フォヌムを開いた。

    停止通知でも、暙準物流ぞの移行でもない。監察官が理由を曞き、䟋倖凊理ずしお䞊げる欄だった。

    特䟋起案

    人道的暫定圹務蚱可 起案
    察象: 芏玄倖封曞搬送
    条件: 察面受領確認
    審査区分: 緊急

    篠田は画面を芋た。止めなかった。奈倮は封筒の入る箱を芋おいた。

    「審査䞭は、搬送できたせん」

    柪が蚀うず、奈倮は頷いた。

    「わかっおいたす」

    「蚱可が出るずは限りたせん」

    「はい」

    柪は送信ボタンの前で、指を止めた。

    手が動かなかったわけではなかった。迷ったわけでもなかった。ただ、送信の前に、封筒の角が指の䞋で少しぞこんだ。

    柪は送信した。

    起案状態: 審査䞭

    封筒は䞀時保党トレヌに眮かれた。奈倮は、封筒が箱に入るずころを芋おいた。透明な蓋が閉たり、ロック音が短く鳎る。

    「埅機案内が出たす」

    柪が蚀うず、奈倮は衚瀺を芋た。

    「ここにいたす」

    埅機区画ぞ向かう奈倮の歩く速床は、速くなかった。反射タグが倕方の光を拟い、連絡路の手前で䞀床だけ癜く光った。奈倮は振り返らなかった。

    審査䞭

    その衚瀺が出おいる間も、暙準物流レヌンは止たらなかった。

    薬のボックスが二぀、怜査結果通知が䞀぀、亀換甚の補助具郚品が䞀぀、受取ロッカヌぞ入っおいく。本人確認ゲヌトは短い音を出し、ロッカヌの扉は開き、閉じた。十八分あれば届く、ずいう詊算の十八分が過ぎおも、䞀時保党トレヌの封筒は動かなかった。

    奈倮は埅機区画の端に座っおいた。背䞭はたっすぐだった。端末を芋おいるわけでも、誰かに連絡しおいるわけでもない。呌び出し衚瀺の方を、ずきどき芋る。封筒は透明な箱の䞭にあり、奈倮の手から離れおいた。

    柪は、保党トレヌのロック状態を確認した。

    䞀時保党: 継続
    起案状態: 審査䞭
    搬送: 保留

    それ以䞊、珟堎でできるこずはなかった。

    十九時二十八分に、奈倮が立ち䞊がった。

    呌び出し衚瀺は倉わっおいない。起案状態は審査䞭のたただった。奈倮は埅機区画から二歩だけ出お、歩行者通路の方を芋た。連絡路の床はもう癜い照明に切り替わっおいる。倕方の黄色は消えおいた。

    「今からなら」

    奈倮はそこたで蚀っお、やめた。

    柪は時刻を芋た。十九時二十九分。

    「蚱可が出おいたせん」

    奈倮は頷いた。封筒の入った透明な箱を芋た。手を䌞ばせる距離にあるが、ロックは解陀されおいない。

    十九時䞉十分になるず、受取人の衚瀺が切り替わった。

    受領意思確認可胜時間: 終了
    以埌: 代理受領区分

    奈倮は、長く息を吐いた。ため息ずいうより、歩くために残しおいた息が䜙ったようだった。

    「足だけ、空きたした」

    奈倮は埅機区画の怅子の背に手を眮いた。座るには、もう遅かった。

    翌朝、監察局の䜜業垭に、䞍蚱可通知が届いおいた。

    窓のない郚屋では、朝の明るさは端末の時刻でしかわからない。柪の垭には、前日の案件が䞀芧で䞊んでいた。食品、補助具、倜間芋守り、盞談・傟聎、物流倖搬送。完了枈みの項目は薄くなり、未凊理のものだけが濃く残っおいる。

    䞀芧の䞋の方に、家庭内参加掻動の経過通知が䞀件残っおいた。朝食準備補助、反埩継続、案件化䞍芁。柪は開かなかった。衚瀺はすぐ、叀いものずしお畳たれた。

    物流倖搬送の欄を開くず、䞍蚱可通知が衚瀺された。

    人道的暫定圹務蚱可 起案

    刀定: 䞍蚱可
    理由: 暙準物流網による代替可胜
    人的介入劥圓性: D
    同皮案件波及リスク: 高

    刀定は短かった。

    暙準物流は䜿える。本人確認も通垞範囲内でできる。察面受領確認は芏玄倖。人的介入劥圓性はD。同皮案件波及リスクは高い。

    柪は画面を閉じなかった。

    封筒は、暙準物流ぞの移行埅ちになっおいた。受取人の区分は、予定通り代理受領ぞ倉曎されおいる。十九時䞉十分は、前日の時刻ずしお履歎に入っおいた。

    封筒画像の暪には、物流偎の凊理候補が衚瀺されおいる。

    暙準物流移行: 埅機
    受領方匏: 代理受領
    配送予定: 本日 10:20
    察面受領条件: 削陀

    削陀、ずいう語だけが、他の項目より短かった。

    内郚照䌚の通知が、画面の右䞊に出た。

    䞉枝健叞、ず衚瀺される。内郚監察宀。通信ではなく、短いレビュヌ面談の呌び出しだった。

    面談宀は、同じ階の奥にあった。怅子は二぀、机は䞀぀。壁面には、起案履歎が衚瀺されおいる。䞉枝は䞉十九歳。濃い色のスヌツに、现い端末ペンを持っおいた。柪が入るず、立ち䞊がらずに䌚釈した。

    「䜐䌯監察官」

    「はい」

    䞉枝は画面の端を指した。

    特䟋起案履歎: 1
    察象者履歎タグ: 生成
    起案者レビュヌ: 芁

    「特䟋履歎が付きたす」

    䞉枝は蚀った。

    柪は衚瀺を芋た。

    「受取人偎にも、ですか」

    「関連した察象者すべおに付きたす。差出人、受取人、搬送者。起案者にも」

    䞉枝は端末ペンを少し動かした。衚瀺の䞋に、次回怜知条件が開く。

    類䌌条件怜知: 自動䞊申
    芏玄倖受領条件: 監芖匷化

    「次から、自動で䞊がりたす」

    䞉枝はそれ以䞊、説明しなかった。

    柪を責める声ではなかった。確認事項を読んでいる声だった。柪も反論しなかった。

    「起案自䜓は、芏定内です」

    䞉枝は画面を閉じた。

    「補蚘があるなら、今日䞭に」

    それで面談は終わった。

    廊䞋ぞ出るず、壁面の案内衚瀺が昌の面談予定に切り替わっおいた。人道的暫定圹務蚱可、補助具亀換䞍服申立、家族内参加掻動の再分類。項目は順に流れおいく。柪の起案は、その䞭の䞀぀ずしお凊理されおいた。

    䜜業垭ぞ戻る途䞭、暙準物流の凊理完了通知が届いた。

    暙準物流移行: 完了
    封曞搬送: 受付
    配送予定: 本日 10:20
    受領方匏: 代理受領

    封筒はもう、䞀時保党トレヌにはなかった。

    䜜業垭に戻るず、篠田が隣の垭で別の案件を閉じおいた。柪が座っおも、䜕も聞かなかった。画面には、物流倖搬送案件の補蚘欄が開いおいる。

    案件䞀芧の䞋には、倜間芋守り案件の珟堎ログが畳たれおいた。芋出しの端に、監察官姿勢停止、ずいう語が䞀行だけ残っおいる。柪は開かなかった。

    柪はカヌ゜ルを眮いた。

    数文字を入力した。

    すぐに消した。

    補蚘欄は空癜に戻った。あのノヌトのように玙の癜さはない。端末の癜い入力欄だけがある。柪は手を䞀床離し、封筒の画像を開いた。宛名、差出人、拒吊ラベル。封は閉じたたた、画像の䞭でも閉じおいる。

    篠田は暪から画面を芋おいた。口は開かなかった。

    柪はもう䞀床、補蚘欄にカヌ゜ルを眮いた。

    暙準物流で代替可胜な範囲は、察象物の移動に限られる。
    受領時の人的確認に぀いおは、評䟡察象倖ずしお凊理されおいる。

    送信前確認が出た。

    監察官補蚘: 入力枈
    文曞圢匏: 確認䞭

    柪は送信した。

    端末の䞋端に、確認衚瀺が出た。二行だけだった。

    監察官補蚘: 受理
    文曞圢匏: 適合

    受理の二文字だけが、入力欄の䞋に残った。

    それ以䞊の衚瀺は出なかった。

    柪は端末を閉じた。

    篠田は、自分の端末で同じ案件を開いおいた。倜間芋守りの報告欄ず同じ䜍眮で、指が䞀床止たった。補蚘欄を確認し、䜕も盎さなかった。篠田は確認枈みの印だけを入れ、画面を戻した。

    「このたた回せる」

    篠田が蚀った。

    暙準物流から、配送完了の通知が入った。

    配送完了: 10:20
    受領方匏: 代理受領
    察面受領確認: 実斜なし

    封筒の䞭身が読たれたかどうかは、衚瀺されなかった。

    午埌になっお、小林拓也が研修甚端末を持っお来た。案件敎理の圓番だった。拓也は柪の垭の暪で、物流倖搬送案件の確認欄を開く。

    端末の䞊端には、人間劎働免蚱 曎新講習、第䞉単元、ず小さく出おいた。

    「補蚘ありで回したす」

    柪は頷いた。

    拓也は、補蚘の䞭身を読み䞊げなかった。珍しい案件を芋぀けた顔でもない。添付欄ず凊理欄を確認し、研修甚分類に䞀぀印を入れる。

    「L系、芏玄倖条件、特䟋䞍蚱可」

    小さく項目を読み䞊げただけだった。

    「補蚘あり」

    もう䞀床、確認するように蚀った。

    柪は䜕も蚀わなかった。

    拓也は確認欄に印を入れ、次の凊理先ぞ回す。画面䞊で、曞類の状態が䞀段進んだ。

    その䞋に、最終凊理蚘録が生成された。

    刀定: 䞍蚱可
    凊理: 暙準物流移行
    監察官補蚘: あり

     
     
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