
19歳大学生、クレジットカードで203円のミルクティーを買う。
私の収入といえば、数ヶ月に一度、業務委託の仕事を受けて稼ぐくらい。
年収にしてみると、ちょっと良いパソコンが買えるか買えないかぎりぎりのラインである。
マイペースに仕事をして、マイペースに学んでいる19歳の大学生。それが私だ。
定期的な収入があるわけではない私だが、なんとこのたびクレジットカードを作った。
スマホの機種変更と乗り換えをする際にあった「〇〇会社のクレジットカードを持っていたら今ならなんと〇万ポイントもらえます! 実質〇万円引き!」という魔法にやられたわけだ。
母と一緒に行った携帯ショップでクレジットカードの申し込みを始める。
第一段階・ブランド選択の時点で、私の脳内はクエスチョンマークでいっぱいになった。
Visa、MasterCard、JCB、American Express……。
世の中のクレジットカードを持つ大人たちはどうやってこれを選んでいるのだろう。そもそも何が違うのだろう。このブランドはこんな味がするなどはあるのだろうか。
まさしく迷走である。
隣にいた母に尋ねたら、こんな解説が返ってきた。
「このブランドは使えるお店が比較的多くて、これとこれはその次くらいに多いかな。この辺がわりとメジャーじゃない?」
うん、わからん。そして、どれがどれのことを言っていたのか微妙に覚えていない。
「母はこのブランドを使ってるんだよね?」
「そうね。だけどまあ、迷うんだったらこれかこれかこの辺りから柄で選べば?」
柄……、柄である。デザインや模様を意味するあの「柄」である。
そんな軽い感じで良いのかとナチュラルに驚いた。
あまりにも悩むのが楽しすぎてうんうん唸っていたら、携帯ショップの店員さんから苦笑されてしまった。
すみません店員さん、私、クレジットカードを作るのが初めてなんです。
親や周囲の大人たちが当たり前の顔をして使っているあの伝説の大人しか使えないクレジットカードを初めて作るんです。
心の中でそっと謝った数分後、結局私は「これかこれかこの辺り」のブランドの中から、なんか可愛い感じのキャラクターが描かれているものを選んだ。
あとは必要事項を入力していくだけ。
自分の収入や職業(学生)のほかにも世帯収入やら何やら色々と必要なことに、私は子どもっぽく「なんか、大人だ……」と感動した。
「審査中」という表示が出たときには、審査に通るのかという不安感と初めてのこと尽くしの高揚感にドキドキしすぎて「どうして? なんで?」と母に聞きまくった。
「審査って誰がやってるの?」
「審査に落ちることってあるの?」
「審査はいつ結果が出るの?」
「審査に落ちたらどうなるの?」
「審査ってすぐに通るものなの?」
母はなんだかんだ苦笑しながらも逐一質問に答えてくれた。
「なんか組合的なやつじゃない」
「ブラックリストに乗ってたら落ちるかもね」
「そのうち出ると思うよ」
「そしたらクレジットカードは作れないね」
「特に何もないならだいたい通るんじゃない?」
またもや店員さんから子どもを見るような目で見られてしまったが、私の勢いはそれくらいのことでは止まってくれなかった。
「クレジットカードってなんか怖くない?」
「なんでそう思ったの?」
「いやだって、チャージした分だけ使えるんじゃなくてあとから使った分だけ引かれるんでしょ?」
「そりゃそうね。クレジットカードは信用で成り立ってるものだからね」
ふとどこかで聞いた言葉を思い出した。
クレジットカードは「信用」を担保にしてお金を使える仕組みだ、と。
信用を裏切るようなこと=使った分のお金を返せないとなれば、それは未来の自分が困ることになるのだろう。
かといってその可能性を過度に恐れていては、ある意味何もできなくなる。
キャッシュレスが普及した世の中、クレジットカードが使えないというのは結構不便なことのように思えるのだ。
通販や電子書籍サイト、ネット印刷などでお金を払う手段がない(もしくは払いづらい)のはだいぶ困ってしまうだろう。
実際、業務委託の仕事で私はネット印刷を使うことがあるから。今までは母に頼んでクレジットカードを使ってもらっていたが、これから先ずっとその方法でやることはできないはず。要はめんどくさいのだ。
だからこそ、クレジットカードを普段使いしている大人というのはすごいと思った。
便利なものを使うために、それ相応の責任を負う。
大人という存在はなんとも自由であり、それでいて不自由だ。
今の日本は18歳で成人とされている。
私は19歳、クレジットカードを作れる「大人」となった。そうなってしまったとも言えるだろう。
ああ、憧れの「大人」になるということはこんなにも怖いのか……。
そんなことを思いながら、無事にクレジットカードの申し込みは終わった。
それから一週間と数日後——。
あの日申し込んだクレジットカードが届いた。
開封してみると、画像で見ていた「なんか可愛い感じのキャラクターが描かれている」クレジットカードが確かにあった。
表には当たり前に私の名前が印字されていて、裏には当たり前にクレジットカード番号が書かれている。
今までほとんど触れたことがなかったあの「大人」っぽいクレジットカードが私のものとして手元にあるのだ。ついでにタッチ決済にも対応しているらしい。
まるで、宇宙から見た地球の“写真”を眺めて「地球は、青かった……」と呟いたような気分だった。
宇宙へ行ってこの目で地球を見たわけではないのに、地球は青いと言ってみる。まるで実感がない。
もうこうなったら実際に使ってみるほかないだろう。
やったことのないことを実感するには、やってみることが一番早い。至極当然な思考である。
現金で払うよりクレジットカードを使った方がポイントが貯まってお得なのは確かなのだから、前々から気になっていたミルクティーを買ってしまおうじゃないか。
その次の日、偶然、母と一緒に外出する機会があった。
なんとも都合の良いことに、母もコンビニへ行く用事があるらしい。初めてのクレジットカードを初めて使うというのは、思いの外ハードルが高い。
まさに大チャンスだった。
狙っていたミルクティーを手に取って、少し離れたところにいる母に近づく。
「これを買います、クレジットカードで」
なぜか絶妙な倒置法になった。
返ってきたのは私の覚悟よりもずっと軽い言葉だった。
「買えば。ポイント貯まるよ?」
うん、そうだね。そうだと思います。
ちょうど用事を済ませたらしい母が何も言わずについてきてくれる。びっくりするくらいに心強かった。
レジに並んでいる数分が、途方もなく長い時間に感じた。
早くクレジットカードを使ってみたい。
いや待てよ、本当に大丈夫なのか。
大丈夫かどうか確かめないとでしょ。
まあ実際それはそうなんだけどぉ……。
もちろんポーカーフェイスである。隣の母も気づいていないと信じたい。
ちょっと待て、やはり気づいてほしい。気づいてくれ。
「クレジットカードってさ……」
「うん」
「どうやったら払えるの……?」
「お支払い方法で『クレジットカード』を選択すればいける」
「……ふーん」
という会話をしていたら、レジの店員さんに「どうぞ」と言われてしまった。
私は「お願いします」とミルクティーのペットボトルを差し出して、財布から私のものとなったばかりのクレジットカードを取り出す。
ちょっともたついてしまった。謎にほんの少しだけ手が震えていた。レジの店員さんはきっと「どうしてこの人はこんなに緊張感を漂わせているんだろう?」と思ったはずだ。
そして隣にいる見守りの視線を向ける私の母を見て「まあ、大丈夫か」と安心したのかもしれない。
「お支払い方法を選択してください」という画面で、私は、母が指差してくれた「クレジットカード」というボタンをタップした。
光った。クレジットカードをタッチしてお支払いできるあの名前のわからない機械が光った。
私は食い気味にそこへクレジットカードをタッチさせた。
数秒後、「ぴんこーん」という音を立ててレシートが出てくる。
「ぺいぺいっ!」の音は比較的慣れているが、「ぴんこーん」の音は初めてだ。これは果たして本当に自分が支払った音なのか、と一瞬疑ってしまった。
母の顔を見てみたら「これでよし」と副音声が聞こえてきそうな風に頷かれたし、レジの店員さんからは「ありがとうございました」と言われる。
どうやら私はクレジットカードでの支払いに成功したようだった。
店員さんにありがとうの言葉を返して、心臓をドキドキさせながら出入り口へと向かう。
横に並んだ母に、思わずこんなことを言ってしまった。
「え、こわ……」
「何がよ?」と突っ込まれたのはそれはそうだという話だ。それに対して返す言葉は「クレジットカード、こわ……」である。
この薄いカードをたった一度あそこにタッチさせるだけで、203円が支払われた。
あの一瞬をもって、自分の口座から203円を引き落とされることが確定した。
もし自分の口座に203円がなかったら、私は「信用」を失ってしまうことが決まった。
「クレジットカード、必要以上に使わないようにしよ……」
心の底から深く、本当に深くそう思った。
「どうせ買うんだったらポイント貯まった方が良くない?」
その母の言葉には素直に納得してしまった。だから私はさっきの言葉を、
「クレジットカード、気をつけて使お……」
に訂正しておいた。
今日この日、本当にクレジットカードでものを買ったのだと、
203円のミルクティーを買ったのだと、
私も自由で不自由な「大人」になってしまったのだと、そこでやっと実感した。