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Photo byslow_life0404

颚船が切れたその先に―わが子に残しおあげられるもの―

    去幎の春、母方の祖母が亡くなった。
    幌皚園に転園したばかりの息子ずワンオペの日々を過ごしおいる䞭。

    倧埀生だった、ず思う。瀬戞内の海よりも山に近い堎所にある老人ホヌムに祖父ず暮らしお。タバコが倧奜きだった祖父が随分早くに亡くなり、ずもにホヌムに来おいた愛犬も芋送り、ず少しず぀終わりに向かっおいた祖母の人生。私の䞭の祖母は、最埌たで、幌い頃に共に過ごした、庭でたくさんの怍物にホヌスで豪快に氎をかけおいた祖母であり、花の名前を沢山教えおくれた祖母であり。昌䞋がりにパンケヌキや、フルヌチェ、フレンチトヌストをささっず䜜っおくれた祖母のたただった。

    私が地元を離れお、東京で暮らしおいたから、ず蚀うこずもあるかもしれない。

    地元で暮らす、私の母、祖母にずっおは嚘、からは、亡くなる数幎前から、䜕床も「おばあちゃんはもうダメかもしれない」ず時折思い出したように連絡が来おいた。珟に送られお来る動画に映る祖母は、自宀のベッドで苊しそうに眠る姿ばかりで、起き䞊がっおいる姿を芋るこずが枛っおきおいた。しかし、亡くなる盎前も、䜕も食べられなくなった、ず聞いた数日埌に、スヌパヌカップのバニラアむスを䞀぀ペロリず食べた、ず聞いたりしお。やはり私の䞭の祖母は、葬儀で芋送ったその埌もなお、元気だったあの頃のお茶目で頌りになる、祖母のたただった。死ぬ間際たで、スヌパヌカップを食べおいたおばあちゃん。そんな、くすっず笑っおしたうような、幞せな蚘憶の䞊柄みだけを残しおくれた、最埌たでそんな存圚だった。

    䞀方で、実の母を亡くした、私の母に぀いお思いを銳せた時。祖母よりも先に、祖父(母にずっおは実の父)を亡くしおいる母にずっおは䞡芪がいなくなったずいうこずなのだよなあず気づく。その時、ふず脳裏に浮かんだのは、母をこの䞖で支えおきた、二぀の颚船の糞が、ぷ぀り、ぷ぀りず切れお、遠い空のかなたに飛んで行っおしたう、そんな光景だった。

    人は誰しも、生たれお来る時は、二぀の颚船を持っお生たれおくるのではないか。䟋えば、生物孊䞊の父芪ず母芪。いろんな理由でその颚船は䞀぀だったり、時には䞉぀以䞊あったりするけれど、この䞖で生きおいくために、欠かせない物。地面の底、よりずっず深い所に、堕ちおしたわぬように、支えおくれる颚船。䞖の䞭ず自分を繋ぎ止めおくれる颚船、そういった存圚をもっお、この䞖に生たれおくるように思う。

    歳を重ねるごずに、自分でできるこずが増えおゆき、自立もしお、自分の足で立っおいるように思う時も。実は意識しないずころで、この颚船が私たちを支え続けおくれおいる。だから、本圓の本圓の奈萜には、堕ちおしたわずに、なんずか螏みずどたれる、そんなシヌンがあるのではないかず思う。

    生たれた時に無条件で䞎えられたこの颚船を、気づかないたたに私たちは握っおいる。幌い手でしっかりず握っおいた子䟛のころ。自由に生きおいるように思いながら実は支えられおいた孊生時代。瀟䌚に出おも、意識もしないたたに、この颚船の存圚は、きっず自分自身を守っおくれおいる。そしお、芪が健圚な時には、気づくこずができず、亡くしお初めお。その存圚に気が付くのだず思う。

    自分自身を、安心できる䞖界に繋ぎ止めおくれおいた存圚。ぷ぀っず糞が切れお、たず䞀぀。そしお、たた䞀぀。䞡芪ずいう倧きな支えがなくなっおゆく。

    母の颚船、二぀が切れおしたった、そう思った祖母の死をきっかけに、私は自分の息子のこずを思った。息子は、きっず今は、私ず倫の二぀の颚船をしっかり握っおいるず思う。私たち䞡芪が元気なうちは、息子がその颚船の存圚に気が付かないくらい、しっかりず、息子を支えおあげたいず思う。

    だけれど、い぀か、芪ずいう颚船が切り攟されたその時に。支えるものを倱っお萜ちおしたうのではなく。気づいたら、自分のお尻の䞋にも、たくさんの支えおくれる颚船があった、ずいう状態になっおいお欲しいず思う。子を育おるのは、支えるのは、芪だけじゃない。息子を支えおくれる颚船が、䞀぀でも倚くあるこず、心から願う。

    ◇

    祖母が亡くなっおから幎が経った今幎の春。私は二人目を劊嚠しおいた。おかげさたで健康に過ごせる劊婊生掻だったけれど、季節の倉わり目の息子の䜓調䞍良をもらい、半ば持病ずなっおいる副錻腔炎をすっかりこじらせおしたっおいた。

    錻が詰たるので息がしづらく、劊婊なのでい぀もの匷い薬が飲めず、治りも悪い。さらに、劊婊は、通垞よりも心拍数が䞊がり、呌吞も荒くなりやすい。そんな䞭、息子ず二人きりの倜に食べた、玍豆タラスパで私は䞀瞬、死を芚悟した。

    この話をするたびに、タラスパで死 ず、倫や友人らに笑われるのだけれど、玍豆×たらこ×豆でできた麺の「息ができなくなる感じ」をなめおはいけない。錻が詰たった状態で、空腹に負けお掻き蟌んだ私を襲ったのは、猛烈な息苊しさだった。し 死ぬかもしれない そう思いながら、胞を叩く。口に入れたものを咀嚌し終えた埌も、党身で呌吞をしおも、酞玠が足りないのがわかる。時間にしお分はあったず思う。ようやく、意識せずに呌吞ができるようになったずきに、私は、息子に「もし二人きりの時にママが倒れたら」ずいうこずを教えようず思った。

    我が家はワンオペが倚い。劊嚠䞭もそれは倉わらずで、䞍枬の事態が起こる可胜性はある。その時に、息子に自然ず䌝えおいたのは、「おばちゃんズを頌りなさい」ずいうこずだった。息子には、心匷い、おばちゃんズずいう“芋守り隊”が存圚しおくれおいるのだ。

    おばちゃんズの䞀人目は、倫にずっおのお母さん、息子にずっおは、実の祖母。同じマンションのフロア違いに䜏んでいる。歳になっお、初めお䞀人で゚レベヌタヌに乗っお、ばヌばのお郚屋にお遣いに行く、ずいうこずもやっおみた。なので、もしママが倒れたら、たずはばヌばのおうちに行くこず、そう䌝えた。息子は神劙に頷く。

    もし、ばヌばがいなかったら、䞀個䞋のやたださんのおうちに行くこず。やたださん、は、ご倫婊ずかわいいワンちゃんずいう二人ず䞀匹で暮らしおいる女性で、息子のこずを日ごろからずおも気にかけおくれおいる。そもそもは成長ずずもに煩くなっおしたった息子の足音を謝眪するこずから始たった䌚話だったけれど、いたはその足音さえも、元気で安心するよ、ず蚀っおくれるありがたい存圚。息子自身も、存圚を党肯定しおもらっおいる安心感があるようで、ずおも懐いおいる。

    もし、やたださんもいなかったら、マンションの入り口に出お、管理人さん。管理人さんも、マンションの管理䌚瀟が倉わっお、矩母ず幎霢の近い女性の管理人さんに代わっおから、息子のこずをい぀も気にかけおくれおいる。矩母経由で、管理人さん手䜜りの煮物や炊き蟌みご飯を頂いたりもしお、息子やわれわれ家族を芋守っおくれおいる、ありがたい“おばちゃんズ”のおひずりなのだ。

    管理人さんもいなければ、䞡隣のおばちゃんお二人のおうちもピンポン。そう説明しお、気づく。䜏んでいるマンションだけで、こんなにも息子を芋守っおくれおいる目があるずいうこずに。くしくも、党員が幎の近いおばちゃんズずいうずころも、なんだか安心感がある。

    その倜、仕事を終えお垰っおきた倫に、もしもママが倒れたらの説明をしたず䌝えたら、たずiPhoneの緊急連絡のやり方を教えたらず、冷静な突っ蟌みがあったけれど、それずは別で、「困ったずきに、駆け蟌める人がいる」ずいう安心感を息子には䌝えおあげたかった。お互いに顔がわかる、緊急飛び蟌み先。

    郜䌚の子育おは、ずもすれば“孀育お”になりがちで、隣の人は䜕する人ぞのようにもなる。珟に、倫婊二人で暮らしおいたずきは、そうだった。䞍芏則な生掻をする、共有廊䞋にビニヌル傘を眮きがちな、正䜓䞍明の若い倫婊、だったず思う。おばちゃんズにも、譊戒されおいたず思う。それを繋いでくれたのが、息子の存圚で、子どもが生たれおから、おばちゃんズずの関係性は目に芋えるように倉わった。子どもを育おながら、音声メディア配信をされおいる女性が、「子はかすがいずいうけれど、子が繋いでくれるのは倫婊だけじゃない。瀟䌚ずも繋いでくれる」ず蚀っおいたけれど、本圓にそうだなず思う。気づかぬうちに、息子や私たちの䞋には、たくさんの芋守っおくれる存圚が生たれおいる。

    ◇

    息子を支える颚船、は、物理的に近くにいる人だけではないこずに気づいたのは、呌吞困難事件から数週間が経ったころのこず。

    その時、私は間もなく生たれる二人目のためのスペヌスを確保するために、家の荷物の抜本的敎理に着手しおいた。その察象は、自分自身のものだけではなく、息子のものにも及んでいお、目䞋のタヌゲットは、息子が幌皚園から持ち垰った倧量の工䜜たちだった。

    本人が気づかないうちに、倧切そうなものだけを残しお、凊分しおしたおう、そう考えおいた。そんな母の思いに気づいたのか、少しず぀枛っおいく荷物の䞭で、際立っお芋えたからかは分からない。息子がある晩、「僕の倧切な工䜜」ず蚀いながら、䞀぀ず぀取り出し始めたこずがあった。

    その工䜜は、すべお、幎少の倏䌑み明けに䜜られたものだった。通垞の幌皚園の時間ではなく、幌皚園にずっおは延長時間ずなる預かり保育時に䜜られたもの。

    月の䞀か月間を、歳から通った保育園で過ごした息子。その反動からか、倏䌑み明けの幌皚園の預かり保育での拒絶反応が凄たじかった。毎日、行きたくないず倧隒ぎをし、泣き止たず、したいには先生を叩く蹎るの暎挙たで。その結果ずしお、幌皚園偎が取り入れおくれたのが、息子だけの別宀保育だったのだ。

    別宀保育では、すずき先生、ずいう女性の先生が䞀察䞀で息子ず向き合っおくれおいた。そしお、毎日、たくさんの工䜜を二人でやっおくれた。迎えに行くたびに増えおいく牛乳パックの電車は、日々クオリティがあがっおいき、説明されなくおも、䜕線の電車かわかるほどになっおいた。電車の数が本を超えるころだろうか。きっかけがあったのかは分からないけれど、息子は埐々に預かり保育でもみんなず過ごせる時間が増えおいき、秋が深たるころには、別宀に明かりが灯る日が少なくなった。

    そんな栌闘の日々、を象城する電車は捚おるに捚おられず、ずっず残しおいたのだけれど、改めお時を経おも倧切そうに扱っおいる息子を芋お思った。これは、ただの牛乳パックでできた電車じゃない。息子にずっおは、䞍安で぀らかった日々に、根気よく寄り添っおくれた、すずき先生ずの思い出なんだ、ずいうこずを。

    電車だけじゃない。サプリの空き箱に入った「くじ」もあった。そのくじには䞀枚䞀枚むラストず文字が曞かれおいお、䟋えば「すずき先生ずあそぶ」、や「電車を぀くる」、「ママずあそぶ」、「おいしいご飯をたべる」、「スむカをたるごず食べる」など。息子が喜ぶこずばかりが蚘された特補の“くじ”。箱の䞭に入った玙を䞀枚ず぀取り出しお、幞せそうに眺める息子を芋お気づいた。

    息子の䞭に、すずき先生が䞎えおくれた“幞せな蚘憶”がたくさんある。そしお、その思い出は、確かに息子を支えおくれおいる。

    人を支える、ずいうのは、物理的な存圚だけじゃない。時には、誰かにしおもらったこずや、泚いでもらった愛情が、確かなものずしお、歩いおいくずきの䞋支えになる。

    そう考えるず、ぷ぀りぷ぀りず颚船が切れおしたったずしおも、無数の思い出ず愛情が息子を支えおくれるのではないか。目に芋える存圚だけでない、無数の“颚船”が。

    それならば、芪の私がいたしおあげられるこずは。
    息子に無数の”颚船”を。そちら偎、に転げ萜ちおしたわないように。
    気づかぬうちにお尻を支えおくれおいる、たくさんの颚船を。

    ひず぀、たたひず぀、ず増やしおあげるこずが、芪の私にできる、唯䞀のこずかもしれない。




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