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ながらぞば私ず癟人䞀銖

     教宀にはたださっきの札が読たれた埌のざわめきが残り、読み䞊げる偎ずしおも、次は䞊の句からよく聞いおおけよず、やや長く静寂を埅぀ようだ。なぜなら、「ちはや  」ず、その瞬間だけは、ほずんどの生埒が死に物狂いで飛び぀くから。

     始たりは、癟人䞀銖からなのか、それずも生たれ぀いた負けず嫌いからなのか。小孊校の䞀幎ず䞉幎では、毎週、癟人䞀銖をやる時間があり、勝ち䞊がるごずに垭を移動しおいく。五色癟人䞀銖ずいうや぀で、䞀回で二十枚しかやらないが、䞀察䞀の真剣勝負だった。
     デフォルトの垭がたたたた、いちばん匷い人がたどり着く垭だった。どうせならそこから萜ちたくない、そしお自分もそこそこに匷い気がする、ずいうので、小孊生時代ならではの䞀途な頑固さも盞たっお、私の絶察に負けられない戊いが始たった。負けたくなさすぎお、毎週氎曜日五時間目がくるのが嫌すぎお、テレビの早送りみたいにここだけスキップできないものかず思いながら登校した。芪も癟人䞀銖の挫画を買ったり緎習衚をトむレに貌ったりしおくれたのでなおさら、癟人䞀銖に頭が支配される。そしお歌の意味や䜜者のこずもわかっおくるず、奜きになっおしたった。奜きになるず、玔然たるゲヌムずしお無邪気に芋境なく癜熱するクラスメむトたちにいっそう負けられない、䜕やら別のプラむド、別の戊いたで始たっおしたった。

     私が匷いこずはバレおいたし、小䞉ぐらいになるず私は瀟䌚党䜓に察する反抗期に入っおいたので、男子らにビビられながら札を奪取したし、二点差で自慢げにする奎なんかにムカ぀いおいた。五色の五色目も終わりずいう日たで私は無敗だった。それによっおいよいよ、負けるずいう屈蟱を䜕よりも恐れる、偏狭なプラむドがギチギチに銖を締めおいた。

     最埌の日にあたったのは、誰にでも、私にすらも優しく、明るく、ピアノが䞊手で、い぀も䜕事にも䞀生懞呜で倩䜿みたいな子だった。具䜓的にいうず、小䞀のずき、逆䞊がりができない私の緎習に付き合っおくれお、補助板付きでできるようになっただけで倧喜びしおくれたような、そんな子。
     圌女は䜕のわだかたりもなく、癟人䞀銖にも䞀生懞呜取り組んでいた。「こい぀はなかなか匷敵だろう」ず思いながら、そしお、私は圌女に負けた。䞀枚差で。

     思うに、アむデンティティを確立するのが䞍噚甚な思春期はなおさら、自分が唯䞀無二になれそうなものに固執しおしたう。私には特に、そういう傟向が匷い。人ず違っおなんがだから、浮いおおいいから、少しでもできるこずにしがみ぀いた。そんな鉄壁が厩されお、私の狭い癟人䞀銖ラむフの䞭では唯䞀の汚点ずなった。

     たかが公立小孊校のお遊びレベルの癟人䞀銖で無敗だった、ずしお、別にすごいっちゃすごいけど、だから䜕だずいうレベルであるこずに、冷静になれば気づくのだが。家族も玔然ず癟人䞀銖関連のものを提䟛しおくれるので、「ちはやふる」なんかを耇雑な気持ちで芋ながら、いやここたでのガチ勢ではないし、別に倧したこずないんだよな、だから負けたこずも別に  などず思い぀぀、それでもどこかで萜ち蟌み぀぀、私は勝぀こずじゃなくお、和歌を、叀兞を愛するこずにシフトしおいった。癟人䞀銖から枅少玍蚀や玫匏郚に興味を持ち、子䟛向けの叀兞シリヌズを読みふけお、新たな自分の䞖界を手に入れた。それは今の私の倧きな基盀になっおいるから、感謝しおいる。党おに。

     さお、䞭孊䞉幎の時、あの癟人䞀銖の圌女ず再び、同じクラスになった。が、ずにかくそのクラスは私にずっお史䞊最悪だった。そんな䞭でも圌女の気質が倉わっおいなかった。矀れない私ず、誰にでも優しく芋える圌女は、新孊期の頃はそこたで深く関わるこずはなかったが、あるずき、昌䌑みの曎衣宀でなんずなく近くにいたので話した。そのうちに、癟人䞀銖の話になった。

     なんでも楜しくこなしおいるように芋えおいたけれど、圌女も圌女で、なんずしおも私に勝ちたくお頑匵っおいたのだそうだ。それでなんずか勝おたこずを、ずにかく嬉しそうに話しおいた。「九察八だった」ず、そんな现かいこずなんお、負けた偎が芚えおいればいいこずなのに。私は䞀枚差だった悔しさしか芚えおいなかった。

     奜きな歌を聞かれた。ちなみに圌女は、小野小町の「花の色は  」で、そのシンプルで玠盎なずころも圌女らしかった。
     藀原枅茔朝臣の歌、

     ながらぞば たたこの頃や しのばれむ 憂しず芋し䞖ぞ 今は恋しき

     私は癟人䞀銖で奜きな歌を聞かれたら、これを答える。あたり目立぀歌ではないず思う。情景描写ずか、蚀葉の響きずか、䜜者の背景でいったら、もっず奜きな歌は他にもあるが、いちばん心に眮いおおきたいのはこの歌。

     この先も生き氞らえたなら、苊しい今のこの時さえ、い぀か懐かしいず思い出されるだろうか。か぀お、あんなに぀らかった日々でさえ、今は恋しく思われるのだ。 

     そんなふうに生きおいる。そんなふうに思っお生きおいた人が遠い昔にいたず思えば、心づよい。これからどんな憂き目を芋おも、い぀か、い぀か思い返しお芋返しおやれるず信じお生きおいく。
     圌女に、この歌に぀いお話しながら、今たさにそうだず思ったのだった。もしあの時勝っおいたら、私は非の打ち所のない、茝かしく些现な栄光を手にしたろうが、同じく目に芋えない重圧も背負ったたただっただろう。負けたこずが正盎圓時かなり倧打撃だっただけに、私はあれから癟人䞀銖に぀いお傲慢になるこずはなく、䜕かの折にやるこずになっおも、プレッシャヌに抌し぀ぶされず、そこそこの気楜さで取り組めるようになった。
     そしお、息苊しい教宀を生き延びながら。明るく振る舞っおいるように芋えお、圌女もこのクラスに思うずころがかなりあったらしかった。倏以降、䞀緒に過ごすこずも増えた。最埌の枅流だず思った。

     孊幎末に癟人䞀銖倧䌚があった時は、気楜に気楜に  ず蚀い聞かせながら、受隓ず孊幎末テストの埌にしっかり自䞻緎しお、グダグダなチヌム戊で盞手を完党に癜けさせながら䞀人で八十枚ぐらい取っおしたった。そんで取った枚数で衚地される謎ルヌルのトップに螊り䞊がる、ずいうようなこずもいたしたした。二䜍は圌女だった。

     あの時生き延びたこずを、今でも幎に数回䌚っおはよく話しおいる。私は今たた、「ながらぞば  」のこずを思い出しおいる。どんな苊しいこずがあっおも、い぀か、い぀か、振り返っおくれるこずを信じれば、ただ頑匵れる気がする。

     
     
    いた・ここでない堎所に心を逃がしおおく䜜業