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名もなきもの

    名もなきもの

    胸の奥が動きたがっている
    それは衝動でも証明でもなく
    もっと静かなもの


    風のあと


    風が通り抜けるとき
    わたしはいなくなった
    それは何にもない
    ただ満ちた場所だった

    ○

    風の通り過ぐるとき
    われはふと消えにけり
    それは何にもあらず
    ただ満ちわたるところ


    風のように

    すき が こわい に隠れてしまうことがある

    知らぬ間に避けていて
    そのことにすら 気づかない

    すきはそれだけで どこへでも行けるのに
    すきに形を与えると 重たくなった

    すきは移ろい 形を変えてゆく
    わたしがそれを見つめてしまえば
    風のように すきは渡ってゆく


    その前で

    「好き」への入り口の前で
    立ち尽くす

    一瞬の光を
    思考は書き換える

    体は先に受け取っていた
    ピリピリと

    ○

    好くといふ心の門の前にて
    ただ立ち尽くしぬ

    刹那の光を
    思ひはたやすく
    書きかへてしまふ

    されど身は
    はやくより知りにけり
    ひりひりと


    ためらい


    言葉にしなくていいのに と思う

    それでも言葉にしたい と思う

    どうしようもなく 人らしい

    ○

    言の葉にせぬがよきにやと思へど

    なほ言の葉にせむと思ふ

    いかんともしがたく人らし


    触れられないままで

    わたしの外側が
    揺れて
    音を増しても

    ずっと静かな場所がある

    小さく瞬く
    それは

    柔らかいまま
    わたしの内に満ちている


    やめるとき

    わたしが楽を選ぶと

    あなたは 微笑んだ

    わたしが休むことを選ぶと

    あなたは 安心した

    わたしががんばることをやめると

    あなたは 応えた


    休むとは

    休むとはなんだろう

    目を瞑ること
    口を閉じること
    その場を離れること

    ただ
    眺めること
    見送ること

    ため息を吐くこと
    呼吸を深めること
    風の音を聴くこと

    眠たいときに眠ること

    放っておくこと
    振り返らないこと

    今にいること

    休むとはなんだろう

    体の声を聴くこと
    感覚にまかせること


    あわい

    名を与え
    役割を与え

    暮らしてきた

    善も悪もなく
    ただ 在った

    ○

    名を与へて分かつは
    人のわざなり

    されどものは
    いづれともなきあはひにて

    分かるるにあらず


    真ん中には

    平均は
    真ん中には いない

    みんなの平均も
    わたしの真ん中には いない
    あなたの真ん中にも 

    真ん中には
    なにもない

    みんなって
    いたのかな


    でこぼこ

    でこぼこのまま

    そのままで

    削らず
    埋めず

    そうでなければ
    あなたには届かない


    もうひとつのかたち

    わたしを生きること
    それは
    あきらめに似た安らぎ
    おそれに似た光
    わたしを動かす ひとつの灯火


    それは

    それは 馬鹿げている
    それは 道化だ
    それは どこか悲しい
    それは 悲しいことではない

    奥底で鳴り続け
    リズムを刻む

    柔らかく形を変え
    時に跳ね返す

    善と悪がない
    ただそのものだ

    海の底で漂い
    山の頂で風になる

    軽やかで
    留まらない

    それは
    この世界では
    相反するかたちに見える


    ちびピーマン

    赤ピーマンを切ったら
    中に緑のちびピーマンがいた

    そうか
    ちびピーマンは
    恥ずかしくて隠れていたのかもしれない
    子どもがお母さんの後ろに隠れるみたいに

    恥ずかしさで
    真っ赤になったけれど

    内側では
    なんてことない顔で
    いたのかもしれない ︎


    宙

    投げたボールは 宙に消えた

    ある日 光が差し
    背中が じんわりとあたたかい

    わたしはただ
    じっと そこにいた

    遠くで 緑が揺れ
    鳥が 囀っていた

    それだけだった


    すでに幻想

    光の中に わたしはいて
    背中が じんわりと熱を持つ
    肌のうえに
    ひんやりと やわらかさが触れる

    なにもないのに
    なにかに触れた

    それは 以前から そこにあって
    いまも そこにある

    わかろうとすると わからなくなる
    見ようとすると 見えなくなる
    知ろうとすると 遠ざかる

    不確かなものが
    もっとも 確かに感じられる

    音が混じり
    光が交差し
    重さを含んで 重なり合う

    それが 目の前に現れたとき
    それは
    すでに幻想


    ほんとうは

    本当を探さなくても
    ぜんぶ ニセモノだ

    意味を見つけなくたって
    ぜんぶ むいみだ

    ただ ここに愛がある 光がある

    それを わたしと呼んでもいい

    名のないものに名がついたときから
    ほんとうは 影を潜めた


    ことばのあと

    言の葉は ただなぞる
    意味は風に消えてゆく
    芯に触れるのは
    人の内なるもののみ

    収録作品

    ・名もなきもの
    ・風のあと
    ・風のように
    ・その前で
    ・ためらい
    ・触れられないままで
    ・やめるとき
    ・休むとは
    ・あわい
    ・真ん中には
    ・でこぼこ
    ・もうひとつのかたち
    ・それは
    ・ちびピーマン
    ・宙
    ・すでに幻想
    ・ほんとうは
    ・ことばのあと

     
     
    詩や小説、エッセイを書いています𖤐 ˚₊‧

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