幽霊探し専門探偵事務所【雅】④
もらった名刺の住所を頼りに、ビルが立ち並ぶ街の中を進む。ここは大学から数駅離れた場所にあるビル街である。そこの大通りから少し外れた場所に、探している建物はあるようだった。
(……ここら辺だよな)
名刺に書かれた住所をスマホに入力し、地図を確認しながら、ここまでやってきた。
スマホを持つ手とは反対の手に、あの犬のぬいぐるみを持って。
(佐藤が快く譲ってくれて良かったぜ)
そう、佐藤にお願いしたこととは、悪夢のきっかけともなった犬のぬいぐるみを譲ってもらうことだった。佐藤も夢の中の出来事をはっきりと覚えていたため、思うところがあったのだろう。
『このぬいぐるみは神楽さんに託します。あとはよろしくお願いします』
そう言って、このぬいぐるみは俺に任されたのであった。
「ここか」
たどり着いたのは、二階建ての雑居ビルだった。看板などは何もなく、ここがどんな場所なのかは外見からは窺い知ることはできなかった。
しばらく建物を見つめていたが、人が出てくる気配もない。住所はここで間違いないはず。とりあえず、ドアをノックしてみるべきか?
ドアの前に立ち、思い悩んでいると――――。
「あ」
「待ってましたよ。神楽尊くん」
突然、ドアが開き誰かが顔を覗かす。
そこにいたのは、金髪碧眼の男。和服の柳色の着流しを身にまとい、黒の中折れ帽子を被り、扇子を片手にこちらを見ている。
出会ったときと変わらない姿で、時夜見ミヤビさんが現れた。
「さあ、依頼人が待っていますよ。中に入って下さい」
「は? え、ちょっと待って」
時夜見さんは俺の手を掴み、有無を言わせず部屋の中へと引き込む。
ドラマで見るような探偵事務所。それが部屋の中に入った感想だった。ドラマと違うのは一つ一つの家具が外国製の高そうなアンティークものだったこと。多分、めちゃくちゃ高価なやつ。赤い絨毯の上を歩き、連れられてきた先には一人の女性がいた。
「こちらの方は?」
「今回の依頼の協力者、神楽くんです。神楽くん、こちらは依頼人の藤田涼花さんです」
「こ、こんにちは」
テーブルのそばで車椅子に座り、こちらを見つめる女性――藤田さんに挨拶をするが、それはこの状況が理解できているからではなかった。ただ、紹介されてしまったから、日本人のさがとして思わず挨拶をしただけである。心の中はどうしてこうなったのだろうと困惑することしかできていない。
「さあ、藤田さんにそれを」
しかし、時夜見さんは何も説明することもなく話を進めてしまう。とりあえず俺もテーブルのそばにあった椅子に座ったが、マジで状況が理解できていない。
それ? それって何だよ? もう、わけがわからないんだが。
思わず、手に持っていたぬいぐるみを握りしめる。そして、ハッとあることに気がついた。
(それって、ぬいぐるみのことなのか?)
ぬいぐるみを持って事務所にきてほしい。そう言われたのには、何か意味があると思ってはいたが、もしかしてこのぬいぐるみは藤田さんの――――。
「……やっぱり、ちびちゃんのぬいぐるみだ」
「……え」
「返してもらってもいいですか?」
「……どうぞ」
ちびちゃんのぬいぐるみ。貸してほしいではなく、返してほしい。じゃあ、やっぱり、このぬいぐるみは。
「これ、私がプレゼントしたちびちゃんお気に入りのぬいぐるみなんです。ずっと、探していたのに、私が家に帰ったときにはなくなっていて。そうなの。帰ってきたんだ」
俺からぬいぐるみを受け取った藤田さんはそれを大事そうに抱きしめる。その表情は懐かしさと寂しさの二つでいっぱいだった。
「ぬいぐるみは、お探しの幽霊と共に在りました。見つけてくれたのは、神楽くんです」
「そうなんですね。ありがとうございます」
お礼を言われても何も返事ができなかった。だって、ぬいぐるみを持ってきたのは時夜見さんの指示で、俺はそれを探している人がいたなんて夢にも思っていなくて。何より【お探しの幽霊】という言葉に驚いて何も言葉が出なかった。
「では、本題に入りましょうか」
時夜見さんは夢の中で見た小さな壺を取り出した。
「お探しの幽霊は、無事見つかりました。最後のお別れの準備はできていますか?」
「――――はい」
その言葉を聞いて、時夜見さんは微笑んだ。
ゆっくりと丁寧な動作で壺の蓋を開けた。
煙のような何かが壺から出てくる。それはやがて動物の形へと変化し、見覚えのある姿へと変わっていく。
「っちびちゃん!!」
「ワン! ワン、ワン!!」
夢の中で見た犬の幽霊。夢の中と違うところは、怪我が綺麗に治っていること。まるで今も生きているかのような元気な姿で、犬の幽霊は藤田さんの膝に飛び乗った。藤田さんは涙を流しながら犬の幽霊を抱きしめる。
「ごめんね。ずっと探していたんだよね。私もちびちゃんに会いたかったよ」
「クゥーン、ワン!!」
その瞬間、理解した。
犬の幽霊――ちびちゃんの飼い主は藤田さんなのだと。
一人と一匹の再会を見て、思わず胸が熱くなった。どちらも再会を心の底から待ち望んでいたことが、見ていて伝わってきた。
再会できて良かったなと、素直にそう思った。
「藤田さんは数年前、事故に遭われました」
「!」
藤田さんとちびちゃんの邪魔をしないようその姿を静かに見つめていると、時夜見さんが話し始める。
「愛犬のちびちゃんとの散歩中に起きた不慮の事故。藤田さんは何とか命は取り留めたものの数年間、意識不明のまま寝たきり状態でした。ちびちゃんは即死だったそうです」
「!!」
「意識不明となった藤田さんの他にちびちゃんの引き取り手はおらず、遺体は行政が処理しました。藤田さんが奇跡的に目覚めた頃には、骨も残っていなかった。ちびちゃんが幽霊となったのもそんな最後が原因だったのだと思います」
その話を聞いて、胸が痛んだ。
ちびちゃんが佐藤を襲った悪霊だったことは忘れていない。理由があったとしても誰かを傷つけて良いわけがないこともわかっている。でも、藤田さんとちびちゃんの最後は悲しい話だと思ってしまった。
「きっとちびちゃんは、藤田さんに会いたかったのでしょう。しかし、藤田さんは病院で意識不明となっており、見つけることができなかった。会いたいという未練はいつしか暴走し、人を傷つける悪霊へと成り果てた。まあ、これはあくまで私の推察ですが」
時夜見さんの推察は外れてはいないと思った。
悪霊だったちびちゃんが佐藤を襲ったのも、案外佐藤を藤田さんだと思い込んでいたからかもしれないな。
「でも、藤田さんはなんでちびちゃんが幽霊になったって知っていたんですか」
「夢を見たそうですよ」
夢?
「意識が戻ったあと藤田さんは、いつからか夢を見るようになったそうです。ちびちゃんが自分を必死で探しているのに、見つけることができず彷徨っている夢を」
「……」
「ちびちゃんは死んだあとも自分を探しているのだと直感した藤田さんは、とある方からの紹介で私の事務所を訪れました。そして、私に依頼をしたのです」
「――――幽霊になったちびちゃんを探してほしいと、ですか」
「えぇ。私の仕事にちょうどいい依頼でしたから、勿論了承しました」
あとは君の知っている通りですよと、時夜見さんは笑った。
ここにきた目的は真相を知りたかったから。その目的は今の話を聞いたことで果たされた。藤田さんとちびちゃんの話が聞けて良かったと思う。だって、ここに来なければ俺はちびちゃんのことを佐藤を襲った悪霊としか見られなかっただろうから。
(幽霊にも事情があるんだよな)
幽霊にだって良いやつと悪いやつがいる。悪いことをしているやつにも、何かしらの事情があることもある。そのことは俺も理解していたつもりだったのに、まだまだだったらしい。
(というか、時夜見さんが俺の前に現れたのは、依頼の幽霊であるちびちゃんを見つけるためだったんだよな)
だが、時夜見さんと出会ったのは、佐藤の件を知る前の話である。もしかして、俺が佐藤と出会うことすらも予想していたのだろうか。だとしたら、やはりこの人は只者ではないな。時夜見さんの姿を横目で見ながら、そう思った。
「ワン!」
「ちびちゃん、体が……」
俺と時夜見さんが話している間に、お別れの時間になったようだ。
幽霊は生前の未練が引き起こす現象。言い換えれば未練がなくなった幽霊は、この世にとどまることはできない。
「どうやらお別れの時間のようです」
「ワン!」
藤田さんと再会できたことで、ちびちゃんの未練はなくなったのだ。ちびちゃんは笑顔で尻尾を振り、藤田さんを見つめている。
「……ちびちゃん、私はね、私は」
「ワン」
「……ッ貴方と出会えて幸せだった! 私はちびちゃんの分まで頑張って生きるから、だから」
藤田さんは泣きながらちびちゃんを抱きしめる。
「見守っていてね。今までありがとう」
「ワン!」
こぼれ落ちる涙を拭うように、ちびちゃんは顔をなめる。最後まで尻尾を振り続けたまま、ちびちゃんは消えていった。
(……良かったな、ちびちゃん)
どうかあの世で罪を償ったあとは、安らかに過ごしてほしい。
約束した通り、藤田さんを見守りながら。
◇
藤田さんは車椅子に乗ったまま深々とお辞儀をしたあと、帰っていった。
その後ろ姿を時夜見さんと手を振って見送る。藤田さんの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。
(……こんなお別れ方もあるんだな)
偶然だが、幽霊を除霊したことがある。幽霊の最後を見届けたのも初めてではない。だが、ここまで人も幽霊も穏やかに、愛と感謝を伝え合ってお別れをする光景を見たのは、人生で初めてだった。
「ちびちゃんは無関係の人を襲った罪がある。あの世に行けば今までの贖罪をしなければならない」
時夜見さんの言葉に頷く。ちびちゃんがしたことは、許されることではないのだろうと。と、同時にそうだとしても最後に二人が再会することができて良かったなと思うのだ。
「でも、最後の最後ぐらいちょっと良いことがあってもいいじゃないですか」
そんな俺を肯定するかのように、時夜見さんは微笑んだ。
「私はね。人と幽霊の終わりを少しでも良いものにしたいんです。だって幽霊は未練を残すほどこの世界を愛しているのだから。誰かがその愛を生きている人に伝える手伝いをしてもいいじゃないですか」
その言葉を聞いて、俺は目を見開いた。
(そんなこと考えたこともなかった)
でも、さっきの藤田さんとちびちゃんのお別れを見たからこそ、時夜見さんの気持ちがわかる気がした。
「あぁ、そういえばきちんと自己紹介をしていませんでしたね。改めまして、こちらをどうぞ」
「?」
手渡されたのは、一枚の名刺。
そこに書かれていたのは――――。
「幽霊探し専門探偵事務所【雅】
探偵【時夜見ミヤビ】」
「はい。最初に渡したのは、カモフラージュ用の名刺です」
一般の方には幽霊を探す仕事なんて信じてはもらえませんから。
ハハハと笑いながら扇子を扇ぎ、時夜見さんはそう言った。
「幽霊探し専門だなんて、そんなの聞いたことがない」
「えぇ、きっと世界で私だけが名乗っている肩書でしょうね。大変なことも多いですが、その分やりがいがある仕事ですよ。何より―――」
扇いでいた扇子をパチンと閉じる。
「人と幽霊を繋ぐことができる仕事ですからね」
人と幽霊の終わりを少しでも良いものにしたいと言っていた時夜見さんには、ぴったりの仕事なのだろう。自分の職業に誇りを持っていることが、その表情から見て取れた。
そして、時夜見さんは何故か俺の方を見て、にっこりと笑った。その笑顔を見て、何だか背中がゾワゾワとしてきた。
「ただ、残念なことに私一人の個人経営ですから、人手が足りなくて大変なんです。それはもう、大変で、大変で」
(な、なんだか嫌な予感がする)
ずっと気になっていたことがある。何故、時夜見さんはここまで丁寧に俺に説明してくれたのだろうと。正直、部外者の俺に話して大丈夫なのかと思うようなデリケートな話もあったというのに。
(まさか、この人最初から)
「そこで神楽くんに一つお願いしたいことがあるのですが」
幽霊探し専門探偵事務所。
個人経営で人手不足。
そこに現れた幽霊が見えて除霊もできる俺。
それらの情報から導き出した俺の予想は、見事に的中することとなった。
「私の助手になってくれませんか?」
「すいません、お断りします!!」
俺は普通の大学生活を送ることをまだ諦めてはいないのだ。幽霊と密に関わる仕事など真っ平御免である。
――――だが、俺は知らなかった。
時夜見さんの誘いを断りきれず、結局助手になることも。助手になったことで、様々な幽霊事件に巻き込まれることになるのも。たくさんの素敵な人たちとの出会いがあることも、この時の俺はまだ知る由もなかったのである。
幽霊探し専門探偵事務所【雅】 終わり