
ぼくと、わたしと、おれ
ぼくと、わたしと、おれ
人は同じ「自分」を指すのに、場面ごとに呼び方を変える。
「ぼく」と「わたし」と「おれ」。
その使い分けには、無意識のうちに心のモードがにじみ出る。
「ぼく」は柔らかい。少し子供っぽさが残っていて、力みがない。
相手を威圧したくないときに自然に出てくる。
穏やかな気持ちで話す自分には「ぼく」が出てくる。
今風に言うなら「受け」モードかな(笑)。
ふだんの私は「わたし」で中立的だ。ニュートラルだ。
フォーマルな場だけでなく、ふだんから私は「わたし」だ。
強いて言えば、フォーマルは漢字の「私」、ふだんはひらがなの「わたし」。
相手や場に合わせて、自分を整えるための一人称でもある。
何も飾らないときの、気取らない「わたし」。
「おれ」は自己主張の強い言葉だ。
本当に自信があるときに出てくるのかもしれない。
若い頃の「おれ」には、少し背伸びも混じっていた。
でも今は、自信しかないので、変な力が入っていない「おれ」。
無理に強く見せなくてもいい。
そして”思考中、頭の中では「おれ」”になっている。
「ぼく」と「わたし」と「おれ」。
どの一人称を選ぶかで、そのときの自分の心のモードが映し出される。
同じ日、同じ相手との会話の中でも、
一人称が変わっているのかもしれない。
もしそうだとしたら、その会話とその相手は、
私をかなり揺らがせているのだろう。
今日の私は、今の私は「ぼく」か「わたし」か「おれ」か。
一人称は小さな鏡のように、心の揺れをそっと映してくれる。