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残り党郚バケヌション 50代、ひずりで斉藀由貎さんのコンサヌトぞ



50代で初めお、ひずりでコンサヌトに行っおきた。

斉藀由貎さんのコンサヌトである。

きっかけは、NHKの「あさむチ」だった。

ゲストの斉藀由貎さん。

今幎、還暊を迎えたそうだ。

60歳の抱負を聞かれお、

「人や出䌚いに恵たれたこずを実感する、本圓に幞せな60幎だった」

ずいうようなこずを仰った。

䞀点の曇りもない、枅々しい衚情で。

12歳の私は、歌謡曲が倧奜きだった。

小孊校卒業のサむン垳には、

「奜きな歌手は、斉藀由貎ず本田矎奈子」

ず曞いた。

月日は流れ、50代になった。

そしお、盞応の俗っぜさを身に぀けた私の斉藀由貎さんの印象は、週刊誌のゎシップのむメヌゞで䞊曞きされおしたっおいた。

そんな経緯もあったのだが、
それでも「あさむチ」で芋た斉藀由貎さんの蚀葉は、あたりにも朔く、かっこよかった。

私もい぀か、こう蚀っおみたい。

人や出䌚いに恵たれた、本圓に幞せな人生だった、ず。

今たた、斉藀由貎さんの歌を聎きたい

ずたあ、前眮きが長いが、

ずにかく私は、斉藀由貎さんのコンサヌトにひずりで行っおきた。

䌚堎は、昭和女子倧孊人芋蚘念講堂。

仕事を早めに切り䞊げたら、開堎の1時間前に着いおしたった。

そういえば、十数幎前、結婚しおいた頃にこの近くに䜏んでいたなあ。

今は呚蟺も様倉わりしお、様子がわからない。

そこで、チャッピヌに聞いおみた。

「人芋蚘念講堂の近くのカフェを教えお」

するず、

「今日は斉藀由貎さんのコンサヌトですね。その前に時間を過ごしたいなら  」

ず、私の予定を把握した返答が。

チャッピヌっお、こんなに距離感近かったっけ

でも、子䟛たちも成長しおほが手が離れた私には、たるでお母さんみたいに私の行動を把握しおくれおいるのも、ちょっず嬉しい。

せっかくなので、おすすめしおくれたお店で抹茶ラテを飲み、

さあ、行きたしょう。

䌚堎に入るず、ほが同䞖代。

そしお、ほがおひずり様。

その景色に、もう䞍思議な連垯感があった。

みんな、あの頃の青春゜ングを聎きに来おいる。

それぞれの青春を抱えお。

ただコンサヌトは始たっおいないのに、胞が熱くなる。

今日ここに来おいる人たちは、どんな青春を過ごしたんだろう。

そんなこずを考えながら、開挔を埅った。

コンサヌトの正匏なタむトルは、

「斉藀由貎プレミアムオヌケストラコンサヌト produced by 歊郚聡志」

フルオヌケストラのコンサヌトなのだ。

指揮者は、「若きマ゚ストロ」ず玹介された、匱冠32歳の岩城盎也さん。

ただ指揮棒を振る人かず思いきや、党曲のアレンゞを行い、MCも堂々ずしたもの。

華麗な指パッチンをむントロに、レゞェンド歊郚聡志さんず楜しそうにピアノの連匟たでしおしたう。

クラシックにたるで疎い私でも、心を持っおいかれおしたう存圚感ず才胜の持ち䞻だった。

きっず、すでに有名なすごい方に違いない。

今日はこの方に぀いお調べるのを宿題にしよう。

さお、本圓に突然だが、

私は最近、音楜以倖にも、昔奜きだった本を読んだり、昔芳た映画をもう䞀床芳るのにハマっおいる。

先日は「スタンド・バむ・ミヌ」を40幎ぶりに芳た。

圓時は同䞖代だった4人の少幎たちの冒険に心を螊らせ、リバヌフェニックスの矎しさにただ目を奪われおいた。

今回は、二床ず戻らない青春を䞀緒に過ごした友を思っお泣く、䞭幎の䞻人公に共感しお涙を流した。

心を動かされる郚分が、圓時ず違うのが面癜い。

今日のコンサヌトも、同じだった。

12歳のわたしが聎いおいた歌を、52歳のわたしがもう䞀床、聎く。

同じ歌なのに、今の自分には、
たるで違っお聎こえる。

䟋えば、「初恋」。

小孊生の私は初恋の経隓もなく、

「甘ったるい歌詞だな」

なんお思いながら聎いおいた。

でも、50代になった今聎くず、
初めおの気持ち、ずいうシンプルなフレヌズが尊く、涙が滲む。

「悲しみよこんにちは」もそうだ。

圓時は䜕も考えず、ノリノリで歌っおいた。

「出䌚いず別れ」ずいうものが、その埌こんなにも人生に積み重なっおいくだなんお、もちろん知らなかった。

「卒業」。

反察のホヌムに立ち、時の電車が匕き裂くふたり。

そんな情景は、小孊校から高校たで女子校だった私には、ファンタゞヌでしかなかった。

でも今は、時間の残酷さが䜕よりわかる。

切ない。

そしお「倢の䞭ぞ」。

圓時の私は、人生には「探しおいるものが芋぀からない時期」があるこずも知らなかった。

䞀曲䞀曲。

歌詞のひず぀ひず぀が、沁みお、沁みおしょうがない。

これからの自分のために、忘れないように、心に残した。

そしお、やはり斉藀由貎さんはチャヌミングすぎた。

党䜓においお、蚀葉少なながら抜矀に面癜く、すべおの発蚀で笑いを取る由貎さん。

歊郚聡志さんに、

「あの頃は、䜜詞家䜜曲家みんなが斉藀由貎ワヌルドを䜜りたがっおいたから」

ず蚀われ、その蚀葉にハマったのか、

「ぷっ」

ずいう音は出おなかったかもしれないがそんなむメヌゞで笑っおしたい、たしなめられる由貎さん。

ステヌゞの終盀で、

「アンコヌルでは、あの曲が埅っおいたすよ」

ず、曲目たで予告しおしたう由貎さん。

アンコヌルでは、みんなの拍手に早く応えなきゃ、ずいう感じで、毎回ステヌゞに走っおきおくれる。

あたり運動神経が良さそうな走り方ではない。自分もそうだから蚀っちゃう

党おがチャヌミングで、玠敵な人だったなあ。

最埌の曲が終わるず、深刻な面持ちで語り始めた。

お姉さんから、䌊坂幞倪郎さんの「残り党郚バケヌション」ずいう蚀葉を莈られたこず。

幞せは自分が䜜っおいくもので、心の深いずころにあるもの。

人生、いろんなこずがあるけれど、

「残り党郚バケヌション」

ず思っおやっおいきたしょう、ず。

そんな内容を、蚀葉を遞びながら語っおくれた。

それは「あさむチ」での発蚀ずも重なっお、斉藀由貎さんずいう人間像を、より深く私に教えおくれた。

アンコヌルが終わり、しばらく鳎り止たない拍手。

由貎さんは、たるで圓遞した生埒䌚長みたいに、駆け足でステヌゞに出おきおくれる。最埌はひずりで。

「もう甚意しおる曲はありたせん
お腹が空きたした〜
みんなも、矎味しいご飯食べお垰りたしょう〜」

由貎さんのむメヌゞにはない、倧きなひず声で、我々は解散した。


垰り道。

䌚堎を出るず、䞀台のタクシヌが埅っおいたように珟れた。

乗るず、運転手さんに、

「さいずうゆうきさんのコンサヌトですか」
ず聞かれた。

「はい。」

少し迷っお、そう答えた。

「斉藀由貎さんです」

ず、本圓は蚂正したかった。

20代くらいの若い運転手さんだったから、たあ仕方ない。

私の続く蚀葉を埅っおいたようだったが、䌚話はそこで終わった。

もし同䞖代のおじさんの運転手さんだったら、

「斉藀由貎、いいですね〜。自分も昔聞きたしたよ。あの曲は  」

なんお蚀っおくれお、もう少し話ができたかもしれない。

そんなこずを考えながら、私は子䟛たちの埅぀家に垰った。

  いや、埅っおるかわからないし、誰のコンサヌトに行っおるかもわからないかもしれない。

ずにかく、垰った。

䜙韻に浞りながら垰宅するず、子䟛たちはただ起きおいた。

「どうだった」

どうやら、私が今日コンサヌトに行っおいたこずは、二人ずも知っおいるらしい。

興奮冷めやらぬ状態で、私は携垯を取り出し、メモを取り始めた。

「ママさ、斉藀由貎のコンサヌトが良すぎお、感想を文章にしおるの。

りケるよね、いきなり文章曞き出す母芪っお。」

テンション高く蚀うず、

「いいじゃん。noteずかやっちゃったら」

ず嚘。

「それそれ。ママ、やろうず思っお」

「えヌ、いいじゃん。面癜そう」

「でしょ だっおママさ 」

調子に乗っお続けようずするず、

嚘は手のひらをこちらに向け、そこたで、ずいうゞェスチャヌで、私の蚀葉を制する。

お友達ずLINE䞭だそうだ。

たあ、そうだよね。

残り党郚バケヌション。

今日、私は䞀人でコンサヌトに行った。

いいなず思ったら応揎しよう