
動物園の獣医さん その12:シロクマの治療

ある日のこと
シロクマ担当のキーパーさんから連絡が入った
「シロクマの歩き方がおかしいので来て下さい」
急いで
シロクマの展示している場所に向かった
離れた所から観察してみると…
どうやら、右の後ろ足を痛そうに引きずって歩いている

どうやって治療をしようか?
なにぶん相手はシロクマ、おいそれとはさわれない動物だ
「足を見せてっ」と言っても通じないし
誰かが、しっかりもってくれるか?
いや、そんな人誰もいない!
キーパーさんに
エサのお肉に薬を埋め込んで、投薬してもらうことにした
治って欲しいと願いながら
しかし
数日の投薬でも、いっこうに治らない
相変わらず、足を引きずっている
そこで
麻酔をかけて、足の状態をみることにした
体重は、やはり目測 だいたい500kgか?
麻酔の量をきめて、吹き矢で注射する
吹き矢は、自作していた5mlの注射器
1本の吹き矢には、多くて3mlしか薬は入らないため
5~6本を用意しなければならなかった

寝室に、入っているシロクマに
フッフッフッ
檻の隙間から、次々に吹き矢を吹いていく
全て、命中!
麻酔が効くのを待つ
ウロウロと寝室内を動き回っていたシロクマは
だんだんと、動きがにぶくなり座りこんだ
まもなく伏せの姿勢になり
頭もうなだれ、とうとう横になった
しかし、本当に効いているのか?
入ったとたんに
ガバッと起きてきたら…
扉の隙間から、身を乗り出して
棒で、ツンツン突っついて反応をみる
動かない
もう少し、強く
ツンツンと突っついてみる
動かない
念のため、扉からもう一度身を乗り出して足を引っ張った
動かない
麻酔は、しっかり効いたようだ
ホッとして、シロクマの寝室に入る
すぐに、呼吸を妨げないようにシロクマの首を伸ばす
首を曲げたままだと
呼吸ができずに窒息の恐れがあるからだ
本来ならば、気道に気管チューブを挿管するところだが
当時はそこまでの設備がなかった
すぐに、右足を触診してみる
シロクマの足の裏は、思った以上に分厚くて
ゴムのラバーのような感触だった

問題の右の足の裏は、明らかにぷっくり腫れている
どうやら、その分厚い肉球の下に液体が溜まっているようだ
一箇所、穴のような傷もある
シロクマの運動場には
溝に落ちないようにぐるっと
トゲトゲの鉄板が敷かれている
そのトゲを踏んで傷ついたか?
足の裏を消毒し、針を刺してみる
赤い液体が、飛び出した
足の裏の腫れている所を押さえて排液する
勢いよく、ピューーと赤い液は
ー噴水のように飛び出す
結構な量が、足の裏に溜まっていた
溜まっていた液体がなくなると足の裏は、ぺったんこになった
これでひとまず大丈夫だろう
シロクマの太ももに化膿止めの抗生物質
覚醒させるための、麻酔拮抗薬を注射して
みんなは、サッと寝室の外に出る
麻酔が、しっかり覚めるまで観察が必要だ
麻酔は、導入期と覚醒期がリスクが高い
無事、醒めてくれるか?
この、瞬間がいつもドキドキだ
麻酔の効果が切れてくると呼吸が、少し速くなってくる
まぶたが、しばしばしてくる
おやっ
意識戻ったようだ
シロクマが首を持ち上げて前足を踏ん張り立ち上がろうとする
おおっ!しっかり、立ち上がった
そして…
シロクマは

治療の次の日から
しっかりした足取りで歩いてくれた
キーパーさんにも、笑顔が戻った
それからしばらくは、また傷口から感染しないように
化膿止めの抗生物質を、エサの肉の中に仕込んで
投薬してもらった
内心は…
もう腫れないで!と、ヒヤヒヤしながら
シロクマの観察を続ける毎日だったんだけどね~
イラスト はるいら さん
https://x.com/hal_kakeibo