メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byyukko_96

病気にかからない。私の体。多分愛情。

    goku

    北の

    街で私は幼少期を過ごした。夏休みが2週間で、冬休みが2ヶ月そんな所だ。
    私は生まれたときから病気がちで、大げさでは無く週1回は内科に通っていた。
    血管注射、点滴も覚えているし、優しい看護婦(当時は)さんが
    「今日は何味にする?」と飲み薬をイチゴやチョコレートに味を変えてくれていた。

    親からは

    「なんで、そんなに!」「夜ふかしするからだ!」「オダツナ!」とほぼ毎日叱られていた。
    一人で病院に行くこともあったが、母とバスに乗り片道30分掛け通った。

    都会に引っ越し

    病院は近くなったが母の自転車の後ろに乗り10歳までは、ほぼこの状態だった。
    ざっと勘定してもトータル240回は病院に通った。(たぶんもっと)
    でも高学年になる頃には、風邪一つ惹かなくなった。
    今に至るまで所謂「風邪・インフルエンザ」等の流行病に罹っていない。

    思い当たるフシ

    がある。所謂「液性免疫」もあったのだろうけど。
    母に「外に出て遊びなさい!」と言われ続けていた。
    当時は「私をめんどくさがって、外に出そうとしている」と感じていた。
    違うな…とコロナ渦に理解した。
    母が学ばせようとしたのは「危機管理」と「フットワーク」だ。

    現在の私は

    ・危機(予測や在庫)管理
    ・フットワーク(気持ちと行動の切り替え)
    で、何とかやって来ている。
    母に教わったのはこれらの基礎である「外の世界に注目する」というコトだった。
    内にこもっていては、そもそも管理する対象が少なすぎる。
    親の機嫌と生活必需品、嗜好品ぐらいだろう。
    しかし、「外」に出れば、「車」「他人」「天気」…を危機の対象として捉える必要があり。それを「避ける」「止まる」「受け止める」…の選択肢を迫られる。
    これをベースに、処理できるようになり現在が有る。

    そんなつもりじゃなかったよ

    と母は言っただろうが、肌感覚でこれは「愛情」に違いない。

    あなたへのおすすめ