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虫取り網と虫かご

これは1年前の夏の話。

私の実家は、自然豊かな田舎にあります。
昨年のお盆休み、家族で帰省したときのことでした。

父親が「お前は子供の頃、よく裏山へセミを捕りに行っていたなぁ」と、懐かしい昔話をし始めました。

それを聞いた私の息子が、「ぼくもセミ捕りしたい!」と言い出したのです。

確かに子供の頃の私は、すぐ近くの山へ毎日のように通っていました。

さっそく近くのお店に走り、虫取り網と虫かごを買い揃えて準備万端。いざ、思い出の裏山へ向かいました。

ふと気づくと、あれほど賑やかだったセミの声が、何年も私の耳には届いていませんでした。

鳴いていなかったわけではありません。私が大人になるにつれて、それを日常の雑音として聞き流していただけだったのです。

その日、久しぶりに全身で浴びた大音量のセミの鳴き声に、私自身もなんだか子供に戻ったようにテンションが上がってきました。

山道を少し歩くと、さっそく一本の木にアブラゼミを発見。

まだ息子の背では届かない高さだったため、息子をぐっと抱きかかえ、私が虫取り網を振り下ろしました。

カササッ。

見事、一発でアブラゼミを捕まえることができました。

「やったぁ!」と大喜びする息子。

……そこまでは、完璧でした。

大変だったのは、ここからです。
虫取り網の中のアブラゼミを虫かごに移そうとした瞬間、セミがジジジジジッ!と激しく暴れ回りました。

その凄まじい迫力を間近で見た息子は、

『怖いーー‼️』

と大声をあげて泣きわめいてしまったのです。

そして私自身も、子供の頃は平気で触れていたはずのセミを前にして、どうしても手が動きません。体が、指先が、なぜか拒否反応を起こして触ることができないのです。

なんとか虫取り網の端を掴んでアブラゼミを逃すことはできましたが、お互いにすっかり戦意喪失してしまいました。

それからは、虫取り網と空っぽの虫かごを持ったまま、親子で木の下に立ち尽くしていました。

見上げる枝では、セミたちが何事もなかったかのように力いっぱい鳴き続けています。

子どもの頃は、あんなに夢中で追いかけていたセミ。

大人になった私は、その一匹さえ触れなくなっていました。

少し悔しかったけれど、不思議と嫌な気持ちはありませんでした。

息子もまた、この日のことを何十年か後に思い出す日が来るのでしょうか。

そのときには、「お父さんも怖がっていたよね」と笑われるかもしれません。

空っぽの虫かごを持って帰ったあの日。
私が捕まえたのはセミではなく、すっかり忘れていた、あの頃の夏の記憶だったのかもしません。

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