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プロベーション・レポート ~新入社員の四カ月~ 第三章5

    第三章 最終話「型の定着」

    スーツの人を見なくなって一週間が経つ。
    あの日、お肉とワインの力を借りて限界以上に熱を高めた私の心は盛大に空回りしたと言っていい。

    月曜日の朝は気持ち早めに出勤しては彼を探してみたけれど、休憩所にも喫煙所にも、工場のどこにも彼の姿は見当たらなかった。

    次の日も、その次の日も、今日こそはと、でも多分もう来ないということを自分でも少しずつわかり始めていた。
    それでも他の誰かに彼のことを聞いてみる勇気もなくて。

    何故私は勝手に裏切られたような気持ちになっているのか。
    彼に落ち度があろうはずもないのに。

    とはいえ職場はあれからも変わらず結構明るくて、楽しく仕事ができている。

    流石に彼がいた時ほど騒がしくはないけれど。
    みんな笑顔で元気よく、なんていうごく当たり前に楽しい気分で仕事をしている。

    私はといえば月曜の朝礼でも彼の姿が見えないことに動揺し、彼がいなくなってもなお続くと宣言された早歩きの鬼ごっこの鬼に立候補していた。

    今後は部長が鬼をローテーションで回していくと言っていたので、文字通り全員参加のレクリエーションが1日の始まりだ。

    私はどうにか彼にもう一度会いたいと思ったし、名前と連絡先を聞こうと決意していた。
    なのに精米からのお使いとやらでこちらに来るのは前からよく見る陰気なメガネくんだけだった。

    「なんで向こうのお使いはローテーションじゃないんだ!」
    と野村さんに愚痴ったりもした。

    なんかこの一週間の記憶がぐちゃぐちゃだ・・・

    彼女がいるって聞かされた時は普通にショックだった。

    ・・・"普通に"ってなによ。


    ある日の昼休み、意を決して野村さんに聞いてみた。

    「あのー、野村さん。スーツの人わかります?あの人の名前と連絡先を・・」

    「かーっ!いかん!それはいかんぞ派遣ちゃん!」

    え?

    「あーいつはいかん!まず彼女がおる。」

    あー終わった。
    最初から芽などなかった。

    「それにこないだの飲み会であいつ何したと思う?」

    知りたくない。

    「フィリピンパブのお姉ちゃんお持ち帰りしやがったんだぁ!とんっでもなく手癖の悪ぃやつだ!やめとけやめとけ!」

    野村さんの発言が本当なのか嘘なのかは知らないけど、何故だか恐ろしく腹が立ってきた。

    「なんなの!?野村さんサイッテー!!」

    「お、おい。あいつはほんとに」
    「やめて!!」


    ・・・なんてこともあったなぁ。


    あーあ・・・私は思ったより深刻なのか。

    「お疲れ様でーす。」

    「あー藤田ちゃんおつかれさまー!また明日ね!」

    すっかり化粧の落ち着いたパートさん達がいそいそと帰路に着く。

    浮かない顔をしているのは私だけか・・・
    と帰り支度を整えると、岡本くんが何やら真剣に何かのメモ?を見ているのが目に入った。


    「お疲れ様ですー。」

    「あ、お疲れ様です。すみません気づかなくて。どうされました?」

    うぅむ。
    随分と歳下なのにすごい落ち着いた子なんだよなぁ、この子。

    「あ、いえ何かを真剣に見てらっしゃったのでなにかなーって。あ、もちろん社外秘とかなら私見ちゃいけないですし。」

    「あははは!社外秘!藤田さん面白いですね!」

    んん?なんだこいつ急に。
    馬鹿にしているのか。

    「すみません笑ってしまって。これ先週の業務改善ウィークの計画?についてのメモ書きだそうで、こっちはすごく緻密な工場の視察結果が書いてあります。こっちは、まあ見て貰えばわかりますよ。
    殴り書きっぽくてすごく読みづらいんですが、部長が是非読んでおけと。」


    『一週間残業ゼロブートキャンプ!!』

    ・早歩き鬼ごっこ!←ガチ!
    ・部長の爆速オペレーションチャレンジ!
    ・部長!夜の猛特訓!
    ・テンションブースター!!
    ・みんな楽しく!←すっごい大事!!
    ・型の定着←あとはたのみます


    「ふふっ、なんですかこれ?鬼ごっこのことも書いてありますし部長さんの実演もありましたね。スーツの人が書いたんですかね?」

    「ええ、そうです。部長からそう聞いて預かりましたから。あの一週間で炊飯工場を立て直すために部長があの人を呼んだんだそうです。
    元々飲食店で店長をやられてた方みたいで、部長は工場について何かのヒントを貰おうぐらいの気持ちで頼んだそうなんですが、月曜の夕方にはこれが出来てたそうです。
    ・・・話聞いて笑っちゃいました。
    なんか仕事に対する熱量っていうか、やる気っていうか、僕とは、全然、違うなって。」


    岡本くんが少し言葉を詰まらせたような気がした。

    「正直僕この間まで辞めるつもりだったんです。工場長はあんな人ですし、僕嫌われてましたから。仕事が楽しいと思ったことがなかった。
    でも、先週一週間でやっぱり頑張ってみようと思いました。僕は工場長になって、あの人みたいにみんなに楽しく仕事をしてもらいたいです。」

    なんて、なんて立派な若者なんだろう。
    お母さん嬉しいわ、みたいな気持ちになった自分が少し恥ずかしい。


    でも、本当にこのメモはなんか好きかも。

    ・・・特に『みんな楽しく!!』ってところ。
    ぐるぐる丸で囲ってあるところが、好き。

    あー・・・こういうとこなんだろうなぁ。

    「んーっ、私もちゃんと就活してみようかなぁ。」

    「ふふ、藤田さんなら大丈夫でしょう。きっとうまくいきますよ。お疲れ様でした。」

    歩きながらふと考える。
    まず第一に、岡本くんにすらスーツの人の名前を聞き忘れたことを。

    だって社員じゃん!絶対知ってるじゃん!
    なんなら社用のケータイあるだろうし、呼んでもら・・・うのはやめとこう。


    ともあれ社員さんとああやって仕事について話すのなんて初めてだった。

    前の派遣先でもその前のところでも私たち派遣は派遣だったし、立場の差がそのまま人付き合いの壁だった。
    もちろんそんなとこばかりじゃないのかもしれないけど。

    名前も知らない濃い顔のスーツの人は、急に来ては急にいなくなったけれど、職場にあった壁という壁はほとんど無くなったように感じる。

    正直あのメモを見たところで彼が本当に仕事できる人なのかも疑わしい、とは思う。
    けれど、彼は間違いなく私たちの職場を明るく楽しくして去っていったのだ。


    あれから一ヶ月、一日は鬼ごっこから始まる。
    あれほど嫌いだった職場は離れることが惜しくなるほどに、好きな場所になっていた。

    「あ!野村さん!」
    私も煙草に火をつけた。

    「お!おう派遣ちゃん!おつかれー!」

    「あのー、今日こそあの人の」

    「だから辞めとけってー。女癖悪いっちゅーのは何度言やわかるんだ。」

    「えぇ?だって野村さんの言うことですよ?」

    「っかぁー!信用ねぇなぁ!じゃあ教えてやんなぁーい!でもおまけに一つ教えてやろう。
    あいつが来とった時な、昼休みにここに来たら毎日会えたんだぞ?」

    「は!?え!?なんでそれ早く言わないのよ!!」

    「かっかっ!まぁそうは言ってもあいつも頑張ってたんだろ。ここのベンチに寝っ転がって煙草吹かしては、なんでか上半身裸になって昼寝しとったわ!メシ食うよりも寝たかったっつってな。裸ついでに教えてやるが、あいつの腹には四つの傷が」

    なんでここで北斗の拳なのか、なんで四つなんだよ!七つだろそこは!!

    「あのー・・・嘘ばっかつくの辞めてもらえません?」

    「何を言うか!おれぁいつでも本当のことしか言っとらん!」

    「もー!」

    今日も炊飯は平和です。

    第三章 完

    ー次回ー 第四章 事務長の章
    第一話「リセット不能」

    第三章の一覧はこちら

    概要・目次はこちら

    登場人物紹介はこちら

     
     
    元飲食業。 働く人たちの空気や、職場の歪みと妙な連帯感を書いています。 noteにて小説『プロベーション・レポート』連載中。 この度、作中企業である米崎ライス株式会社様より、外部広報のお仕事をいただきました。

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