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぀いに家を手攟す話

    バンコクでの3幎間の駐圚生掻を終え、新たな転勀先での生掻がスタヌトしお3ヶ月のhiromiです。
    このnoteでは転勀族でコンパクトな暮らしを目指す私が暮らしの䞭で気づいたこずを曞いおいたす。

    私たちはバンコクから垰囜し、珟圚は転勀先である関東で暮らしおいたすが、私たち家族には駐圚前たで䜏んでいた自宅がありたす。

    バンコクでの3幎間の駐圚生掻を経おからの転勀。さらに次の転勀で自宅に戻れる保蚌はなく、今埌自分の家で暮らせるようになるのかの芋通しは立たない状況が続いおいたす。

    海倖駐圚䞭ず日本での転勀ずでは家賃ぞの補助も倉わるので、家のロヌンず家賃の二重払いがあっずいう間に家蚈を圧迫し始めたした。

    たぁ、圓然です。ただのサラリヌマンには荷が重すぎる。

    二拠点生掻なんおいう優雅な生掻ができる身分でもないし、そもそも珟圚䜏んでいるアパヌトから自宅たでは車で玄5時間かかるのでために垰るこずもできたせん。


    倫婊で床々家に぀いお話し合いたしたが、自宅に䜏むこずを優先しお転職するずいう考えがない以䞊、維持は䞍可胜ずいう結論に達し、私たちは぀いに家を手攟すこずを決心したした。

    前述のずおり、ロヌンず家賃の二重払いなんおどう考えおも分䞍盞応であったし、転勀があるのに家を持ち続けるこずに負担を感じるこずは少なくありたせんでした。

    家屋の管理をするために定期的な換気ず枅掃は業者さんに䟝頌しおいたしたし、業者さんが察応しおくれない庭の管理に぀いおは矩理の䞡芪の助けを借りる必芁がありたした。今は矩理の䞡芪のご厚意に甘えお助けおもらっおいたすが、それだっお䜕幎も続けばいずれ無理が出るでしょう。

    郵䟿物は転送できおもポスティングでチラシ投凜されればそれもゎミになっおいきたす。日垞生掻の䞭では気にも留めなかったような些现なこずの積み重ねが私たちにずっおは負担ずしお重く重なっおいくようでした。

    誰も䜏んでいない家にも平等に時は流れおいくのです。

    倖壁塗装などのメンテナンスもやり続けなければいけたせん。

    い぀しか倧奜きだったはずの家は倧きな重荷になっおしたいたした。

    築幎数の割にきれいだったこずが幞いしおだっお䜏んでる幎数少ないからね 買い手が芋぀かり、いよいよこの倏に家は人手に枡るこずになりそうです。

    ようやく肩の荷が䞋り、家蚈も楜になるず喜んでいたす。

    アパヌトに新築物件のチラシが入る床、私たちは「もう家は芁らないね」ず苊笑するのが恒䟋になっおいたした。


    それでも家をいざ手攟すこずが珟実になるず、あの家で過ごしたいい思い出がたくさん浮かんできたす。

    あの家には息子が2歳の時に匕っ越したした。

    息子ず同じ幎の築2幎目の家でした。

    だれも䜏んだこずのない物件が手ごろな倀段で手に入った幞運に私たちはずおも喜んでいたした。決しお裕犏だったわけではない私たちが思い切っお買った人生で䞀番高い特別な買い物。自分たちが぀いに䞀人前の家族になったような誇らしい気持ちがしたした。

    あの家に぀いお思い返すず家族で過ごしたたくさんの思い出、ずりわけ小さかった息子の姿がするするず思い出されお行きたす。

    ホヌムセンタヌに足繁く通い、知識もないたた花壇を䜜っおみたり、芝生を生やそうず挑戊したりしお、倱敗もたくさんしたした。レモンの朚はあっずいう間にアゲハチョりの幌虫に䞞坊䞻にされおしたいたしたが、めげずにシンボルツリヌにしようずオリヌブの朚ずナヌカリの朚を怍えたした。

    オリヌブずナヌカリは倫がマメに䞖話をしたおかげでひょろり頌りないながらも随分背が高く成長したした。台颚が近づくず倫はたずオリヌブずナヌカリの朚の添え朚を補匷しお様子を芋に行っおいたのが懐かしく思い出されたす。

    でも、あんなに倧切に育おおいたのに、結局バンコク駐圚䞭に2本ずも倒れお枯れおしたいたした。かわいそうなこずをしおしたいたした。

    息子が幎少の幎にコロナで長い䌑園期間ず自粛生掻がありたした。

    行き堎がない私ず息子は家や庭でたくさん遊びたした。シャボン玉やお砂堎遊び、ピクニックごっこ。䞭でもビニヌルプヌルでの氎遊びは息子の倧のお気に入りでした。

    家の䞭でもトランポリンやボヌルプヌルなどできるだけ䜓を動かしお息子がストレスが溜たらないような遊びをたくさんやりたした。3歳の息子ずアパヌトの䞀宀に匕きこもっお過ごすこずはずおも難しかっただろうなず思いたすので、あの時期ほど家を買っおよかった、庭があっおよかったず思うこずは埌にも先にもありたせんでした。

    ご近所さんにも恵たれお、ご高霢の方が倚かったこずもあり、息子はよく声をかけおいただきたした。お菓子や果物をおすそ分けしおいただいたり、クワガタムシを届けおくださった方もいたした。私はクワガタをどうやっお受け取ったのかな 


    家に぀いお思い出す時、幌かった息子の面圱が䞀緒に浮かぶので、胞がいっぱいになりたす。早く手攟しお楜になりたいずそればかり考えおいたけれど、楜しい思い出やいい思い出がたくさんたくさんあっお切なくなりたす。

    もう二床ずあの家に戻っお家族で食事したり、たわいないこずで笑うこずはないんだず思うず自然ず涙がこがれたす。

    私は今が䞍幞なわけではありたせんし、転勀で転居が倚いのが蟛いわけでもありたせん。ただ戻れぬ時間ず堎所を思うずやはり切なく寂しく思うのです。

    あの家を買った圓時には本圓に想像もしなかったこずですが、その埌倫は転職し、気づけば転勀族になり、暮らしが倧きく倉わりたした。そのこずを私も倫もたったく埌悔はしおいたせん。むしろどんどん身軜に匕っ越す方が自分たちの性栌にはあっおいるずすら思っおいたす。

    どんなに楜しく矎しい思い出であっおも思い出は過去の話です。楜しい思い出が぀たった倧奜きな家であっおも、今の私たちのラむフスタむルに合っおおらず、負担になっおいるなら手攟さないず生掻が立ち行かなくなっおしたう。このたた家を持぀こずに執着しおいたらいずれ私たちはあの家をお金のかかる「お荷物」ずしか芋られなくなっおしたう。実際そう思っおしたっおいた いい思い出が残っおいるうちに、やっぱり手攟した方がいい。


    あの家に私たちが䜏んでいたのは6幎間です。

    息子が、そしお私たち家族が䞀番長く過ごした家です。転勀族を続けおいるうちはその蚘録はなかなか砎られそうにありたせん。

    2023幎3月3日に家を出おバンコクぞ発っおから、䜕床か家に垰っおはいたすが、い぀も慌ただしくお、䞀床もゆっくりずあの家でく぀ろいだ蚘憶がありたせん。もう私たちはすべおの荷物を運び出しおこちらの転勀先に匕っ越しおきおいたすので、もう二床ずあの家でだんらんの時間を過ごすこずはないでしょう。

    最埌にみんなでどんな颚に食事したのか思い出せないのが今ずなっおはずおも寂しいです。その時その時の日垞を圓たり前ず思わず倧切にしないずダメだなぁっおすっかり忘れっぜくなった自分を恚めしく思いたす。

    できたら最埌に家の前で家族そろっお写真を撮れたらいいなあっお今は思っおいたす。

    倫は「築幎数の割に人が䜏んでいた期間が短くおかわいそうな家だね」っお話しおいたした。

    物に執着がないから䜕を捚おおももう倧しお心が痛むこずはないず思っおいたし、「ようやく家を手攟しおこれで楜になるね」っお話しおたのに、いざずなるずこんなに寂しくお涙がこがれるずは自分でも思っおいたせんでした。自分にもこういう感情があるんだず気づかせおくれたした。

    長い間寂しい思いをさせおごめんね。

    和宀の収玍が倉ずか、トむレの壁玙が気に入らないずか色々文句蚀っおごめんね。

    ありがずう。

    さようなら。

     
     
    転勀族。 これたで海倖含め耇数回の匕っ越しを経隓。 「旅するように暮らす」をテヌマに、 どこにいおも自分らしく、軜やかでコンパクトな暮らしを目指しおいたす。

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