
内省編|私が仕事を辞めた理由〜精神科での気付き〜
〈はじめに〉
私は大学卒業後、約4年半にわたり精神科病院で医療事務として働いていました。
その経験の中で、
「働くとは何か」
「社会とは何か」
「幸せとは何か」
について深く考えるようになりました。
安定した仕事でしたが、
同時に、見たくなかった現実にも数多く直面しました。
この記事では、
・精神科病院で働いて見えた人間社会の一面
・働く意味への疑問
・私が仕事を辞める決断に至った理由
について書いていきます。
少し重たい内容になるかもしれませんが、
お付き合いいただけたら幸いです。
〈精神科病院で働いてみて〉
私が勤務していた病院は、約800床を有する大規模な精神科病院でした。
入院患者だけでなく救急対応も行っており、
認知症、アルコール依存、大量服薬、自傷行為、解離性障害、職場のストレスによる適応障害など、
実にさまざまな背景を持つ方々が日々来院していました。
私は医療事務として、受付・会計・入退院手続き、電話対応、請求業務などに関わっていましたが、
業務を通じて「病気」だけでは説明できない人間の苦しさに触れる機会が多くありました。
私は働き始めるまで、
「精神的な問題は甘えではないのか」
という、
世間でよく語られる言葉を
疑いもせずに受け入れていました。
今思えば、
何も知らない若さゆえの、
非常に浅い認識だったと思います。
しかし働く中で、
・自分がどれほど恵まれた環境にいたのか
・家庭環境が人に与える影響
・人の心の脆さ
・そして、抗いようのない不幸
そうした現実に少しずつ触れるようになりました。
気づけば私の考え方は、
「個人の問題」ではなく
「社会の構造の問題」
へと移っていったのです。
〈人間社会という闇〉
私は医師でも看護師でもありません。
ただの事務職員です。
ですが精神科で働く中で、
様々な理由で受診に訪れる人たちを日常的に目にしてきました。
依存、過労、対人関係、事故、喪失、
ルッキズム社会、承認欲求、資本主義社会…。
理由は本当に様々です。
その中でも、
私が最も強く心を揺さぶられたのは、
家庭環境によって精神を病んだ人たちでした。
親から十分な愛情を受けられずに育った人。
そしてその親もまた、同じように愛を知らずに育ってきた人。
そんな「負の連鎖」が現実に存在していることを、
私はこの場所で初めて知りました。
家庭で与えられる安心感や愛情は、
単なる感情的な問題ではありません。
それは身体や脳の発達に影響し、
自己肯定感を育て、
他者を信頼する力や感情を整える力の土台になります。
そして何より、
安心できる場所があることで、
人は初めて外の世界へ挑戦する勇気を持つことができます。
逆に言えば、
その土台が築かれなかったとき、
人は生きる上で必要な多くのものを持たないまま
社会に放り出されることになります。
それは「本人の弱さ」ではなく、
環境によって形作られた結果でした。
〈働く人間の姿〉
これは私の職場だけかもしれませんが、
やりがいや目標を持って働いている人は、ほとんどいませんでした。
もちろん、ドクターやナースではなく、
医療事務員の話です。
そして私自身も、例外ではありませんでした。
やりがいも、目標もない。
ただ、
「ここで働き続けたくはない」
しかし、
「辞めた後にやりたいこともない」
当時の私は、そんな状態でした。
社会人として生きていく以上、
お金は避けて通れない存在です。
そしてそのお金を得るためには、
働かなければならない。
つまり、
生きることと働くことは、切り離せない
という現実がありました。
それならば、
人生の多くの時間を費やす“働く”という行為を、
せめて納得できる形にしたい。
どうせ働くのなら、
多少なりとも楽しく、
自分の興味や関心に近い分野で働くべきではないか。
そう考えるようになっていきました。
振り返ってみると、
私はこれまでの人生で、
「何が好きか」ではなく、
「何ができるか」
という基準だけで選択をしてきました。
そこに、自分の意思はほとんどなかったように思います。
そんな中で思い出したのが、
ワーキングホリデーという選択肢でした。
まずは外に出て、
見聞を広げる。
その過程で、
自分が本当に好きなこと、
やりたいと思えるものを見つけ、
将来の仕事へと繋げていけたらいい。
そう考えるようになったことが、
仕事を辞める決断へと繋がっていったのです。
〈本当の幸せとは〉
この職場に来るまで、
私は幸せについて、ここまで深く考えたことがありませんでした。
以前の私は、
・安定した仕事があり
・定期的な収入があり
・社会から外れず
・大きな問題もなく日々を過ごすこと
それが「幸せ」なのだと思っていました。
いわば、減点されない人生です。
ですが、
実際に働き始め、精神科で目にした現実は、
その前提を静かに壊していきました。
安定しているはずの人が崩れていく。
“普通”の人生を歩んでいたはずの人が、
ある日を境に立てなくなる。
そこには、
・家庭環境
・社会構造
・どうしようもない偶然
といった、個人の努力ではどうにもならない力が確かに存在していました。
その中で、私は気づきます。
安定と幸せは、イコールではない。
そして、
「安全に生きること」と
「実感を持って生きること」は
まったく別物なのだと。
では、私にとっての幸せとは何か。
それは、
安定ではなく、
▶ 納得
外側の評価ではなく、
▶ 内側との一致
幸せとは、
何かを手に入れた“状態”ではなく、
自分の意思で選び続けているという
“在り方”なのだと思うようになりました。
〈まとめ〉
私は、精神科で働いた4年半の中で、
人の弱さや、
社会の構造、
家庭環境の影響、
そして、
「普通」に生きることの脆さを知りました。
それは同時に、
これまで自分が
どれほど恵まれた環境で生きてきたかを
思い知らされる時間でもありました。
働くことの意味を考え、
幸せとは何かを考え、
そして辿り着いたのは、
安定ではなく、納得を選びたい
という思いでした。
外側の評価や、
社会のレールではなく、
自分の内側と一致した選択を
して生きていきたい。
仕事を辞めたのは、
逃げではなく、
その価値観に基づいた
一つの選択です。
これから先も、
迷うことはきっとあると思います。
それでも、
自分が納得できる方向へと
歩み続けたい。
そう思えたこと自体が、
私にとっての
大きな一歩でした。