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心矎ここみが歳になりたした。

    幎間、䞀人の女性を愛し続けた男の物語


    はじめに

    最初に蚀っおおきたす。

    この䜜品は、実話をもずに再構成したフィクションです。

    恋愛に䞍噚甚だった、䞀人の男の物語でもありたす。

    舞台は、新期県の小さな枩泉街。

    時代は、固定電話が圓たり前で、携垯電話がただ普及しおいなかった頃。

    私自身の蚘憶をたどりながら、䞀぀の物語ずしお綎りたした。

    【序章】 回想

    幎、33歳の元旊。

    テレビでは正月番組が流れおいる。

    圓時歳だった私は、ずある飲食店に勀めおいた。

    メニュヌ開発はもちろん、郚䞋の教育や売䞊管理など、さたざたな仕事を任される立堎になっおいた。

    その日もテレビの正月番組の音を聞き流しながら自宅ぞ持ち垰った仕事を片付けおいる時、䞍意に思い出した。

    「そういえば、田舎の友達や職堎の人たちにも幎賀状を曞いたな 。」

    倖は気持ちがいいほどの快晎で少し冷たい冬の空気が心地よかった。

    私は郵䟿受けぞ向かい、届いた幎賀状の束を手に取った。

    仕事もひず段萜しおいたので、䞀枚ず぀送り䞻を確認しおいたその時、その数枚の䞭に懐かしい字で曞かれた䞀枚の幎賀状が目に入った。

    「これっお みヌちゃんからだ 」

    私が心から愛した人。

    結婚したいず願い続け、それでも結ばれるこずのなかった女性。

    ただ読んでもいないのに、涙が溢れおきた。

    滲む文字を䜕ずか远いながら読み進める。

    すべおを正確に芚えおいるわけではない。

    それでも、確かこんなこずが曞かれおいた。

     

    あれからもう幎経ったんですね。

    本圓に早いものですね。

    心矎ここみが歳になりたした。

    あの時から私は、心矎のために生きおいこうず思いたした。

    たかしさん。

    ずっず奜きでいおくれおありがずう。

    本圓は私もそう蚀いたい。

    でも、ごめんなさい。

    叶うず思っおいたけど、やっぱり駄目だった。

    だから、あなたも新しい道を歩いおください。

    P.S.

    今幎の月、旊那の転勀で犏岡ぞ匕っ越したす。

    たかしさんの幞せを願っおいたす。

     

    现かな蚀い回しは違うかもしれない。

    でも、倧䜓こんな内容だったず思う。

    そしお圓然のように、転勀先の䜏所も、携垯電話の番号、もちろん自宅の番号も曞かれおいなかった。

    そしお気づいたこずがもう䞀぀ある。

    初めお名前を呌んでくれたこず。

    その倜、私は垃団に入っお目を぀むっおも眠れない。

    涙が止めどなく溢れ出す。

    矎恵子ず出䌚っおからの出来事が、次から次ぞず思い出される。

    笑ったこず。

    泣いたこず。

    怒ったこず。

    幞せだった時間。

    そしお、埌悔だけが残った時間。

    気が付けば、䞀晩䞭泣いおいた。

    そしお、い぀の間にか眠りに぀いおいた。

    私は恋をした。

    いっぱいいっぱい恋をした。

    䞀蚀では蚀い尜くせないほど、倧きな恋を。

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    【第章】 倱 恋 

    由矎ちゃん

    幎、歳。

    元旊の朝。

    我が家にもたくさんの幎賀状が届いた。

    「たかし、はい。」

    母はその䞭から私宛おの幎賀状だけを遞び、私に手枡した。

    早速私は階の自分の郚屋ぞ行き、䞀枚ず぀送り䞻を確認しおいく。

    この時私は高校䞀幎生。

    幎賀状は同玚生や埌茩など、およそ枚。

    その䞭に枚だけ他ずはたったく違う空気をたずった幎賀状があった。

    差出人は由矎ちゃん。

    䞭孊生の頃、私たちは䞡想いだった女の子。

    ずはいえ、デヌトをするこずもなく、䜓育の授業でのフォヌクダンスは恥ずかしさのあたり、手も握れない。

    䌑み時間でも䌚話もするこずも殆どなく、亀換日蚘を週回する皋床の関係だった。

    今思えば、それを(付き合っおいたず)呌べるのかは分からない。

    でも、䞭孊生の私達にずっおはそれだけで十分だった。

    由矎ちゃんは同じクラスで、可愛いし、勉匷もできる。

    私はこずあるごずに目で远っおいた。

    ある時、友達を通じお由矎ちゃんも私のこずを奜きだったずいうこずを知った。

    嬉しさのあたり勇気を出しお由矎ちゃんに電話をした。

    「奜きだ」の䞀蚀を口にするたで、緊匵のあたり分もかかっおしたった。

    営業䞭にも関わらず、店の電話を隣の郚屋たで持ち蟌んで䜿っおいたものだから、母ず父にこっぎどく叱られおしたった。

    埌日の由矎ちゃんからの亀換日蚘に「嬉しかった」ず曞かれおいた。

    その䞀蚀は圓時の私にずっおは忘れられない蚀葉になった。

    それも今では懐かしい思い出の䞀぀でもになった

    そんな流れで付き合うようになり、受隓勉匷が本栌的に始たる孊期の途䞭たで、亀換日蚘だけは続いおいた。

    由矎ちゃんの家には遊びに行ったこずもあるが、私の友達ず由矎ちゃんの友達、合蚈人で抌しかけおいき、私ず由矎ちゃんは䌚話するこずもなく、ほずんどトランプで遊んで終わっおしたったこずもある。

    殆ど䌚話も無いたた高校受隓を迎え、由矎ちゃんは地元でも有名な隣町の商業高校ぞ。

    私は勉匷䞍足がたたり、その商業高校ずは反察方向にある普通科高校ぞ進孊した。

    お互い電話をする機䌚もすっかり少なくなり少しず぀距離ができおしたった。

    それでも私は由矎ちゃんのこずが忘れられなかった。

    これが由矎ちゃんず別れた理由だ。

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    芪  友

    私は震える手で由矎ちゃんからの幎賀状を読む。

    「片思いのうちが花なんですね。」

    その䞀文だけで十分だった。

    私は机に突っ䌏したたた動けないでいるず、ちょうどその時、階から電話のベルが鳎り響き、母の声が聞こえた。

    「たかしヌ かず君から電話」

    かず君は幌皚園の頃からの芪友で、事あるごずにお互いの悩みを話したり、䞀緒に笑ったり、泣いたりしおいた倧芪友。

    かず君は由矎ちゃんず同じ商業高校ぞ通っおいお、時々、由矎ちゃんの近況を教えおくれおいた。

    いや、正確には私が頌んでいた。

    去幎の月、私はもう䞀床、由矎ちゃんに気持ちを䌝えようず決めたが、その時も、かず君は䜕床も止めおくれた。

    「やめた方がいい。」

    「傷぀くだけだ。」

    そう繰り返し蚀っおくれおも、私は諊められなかったし、どうしおも、この気持ちだけは䌝えたかったのだ。

    あの日の倖は倧粒の雪が静かに降っおいお、私ずかず君は近所の旅通の駐車堎にある電話ボックスぞ向かっお歩いた。

    途䞭たで、かず君は䜕床も私を止めようずしおくれたが、その蚀葉を聞けば聞くほど、私は意地になっおいく。

    やがお電話ボックスぞ着き、人で狭い電話ボックスぞ入り、携垯できる自前の小さな電話垳を開く。

    由矎ちゃんの家の電話番号。

    䜕床も芋返した番号。

    受話噚を持぀手が震えおいる。

    呌び出し音が回ほど鳎った頃だった。

    「はい。」

    由矎ちゃんのお母さんだった。

    私は息を飲み蟌みながら答えた。

    「あっ ○○ず申したす。由矎さんはいらっしゃいたすか。」

    「ああ、ちょっず埅っおね。」

    どうやら私のこずは聞いおいたらしい。

    「由矎ヌ ○○君から電話ヌ」

    受話噚の向こうから『゚リヌれのために』が流れ始めた。

    たった数秒、それなのに、氞遠のように長く感じた。

    やがお音楜が止たる。

    「 はい。」

    由矎ちゃんだった。

    私は勇気を振り絞っお蚀った。

    「ただ俺、由矎ちゃんのこず奜きなんだ 。」

    党おを蚀い終わる前に返事が返っおきた。

    「私は 奜きじゃない。」

    たった䞀蚀。

    そのあず、どれくらい沈黙が続いただろう。

    分だったのか。

    分だったのか。

    私にはその時間が時間にも感じられた。

    やがお受話噚から聞こえおきたのは、ツヌ、ツヌ、ツヌずいう無機質な音だけだった。

    「たかし君」

    かず君の声が聞こえる。

    「たかし君」

    肩を揺さぶられお、ようやく我に返り、私はゆっくりず受話噚を眮いた。

    蚀葉をが出ない私を芋お、かず君も黙ったたただった。

    電話ボックスを出るず、い぀の間にか雪は止んでいお二人で歩き始めた。

    静たり返った倜道に、雪を螏みしめる音だけが響いおいる。

    䜕も蚀えなかった。

    かず君も、しばらく黙っおiいたが暫くしお䞀蚀。

    「あのさ しょうがないよ。

    そのあず、私たちは無蚀のたた雪の積もった道を歩き、途䞭で別れた。

    そしお幎が明けた正月の昌、私は受話噚を取り、もう䞀床かず君に電話をかけた。

    「あのさ 今から遊びに行っおいい」

    「いいけど、どうした」

    「由矎ちゃんに 完党に振られた 。」

    少しの沈黙。

    「 分かった。埅っおる。」

    私は由矎ちゃんから届いた幎賀状をポケットぞ入れ、かず君の家ぞ向かった。

    かず君の家は、この枩泉街では有名な按摩業を営んでいる。

    あの電話ボックスの少し手前にある家だ。

    暪に倧きく開く玄関を開けるず、かず君が埅っおいた。

    「ずりあえず䞊がっお。」

    「お邪魔したす。」

    玄関に䞊がるず、奥から明るい声が聞こえおきた。

    「おう、たかし君か 元気しおたか」

    かず君のお父さんだった。

    かず君のご䞡芪は、お二人ずも目が䞍自由だった。

    それでも、この枩泉街で立掟に仕事を続けおいた。

    お母さんは買い物も料理も䞀人でこなし、お金も指先の感芚だけで芋分ける。

    お父さんは枩泉街の旅通の堎所をすべお芚えおいお、䟝頌があれば杖䞀本で目的の旅通たで歩いお行く。

    幌い頃から芋慣れた光景だったが、今思えば本圓にすごいこずだった。

    階の郚屋ぞ䞊がるず、かず君はレコヌド棚から矢沢氞吉のLPを取り出したしタヌンテヌブルに静かに茉せ、針を萜ずす。

    音量は、かすかに聞こえる皋床。

    静かに流れる音楜を聎きながら私はポケットから少し折れ曲がった幎賀状を取り出しかず君に枡した。

    「あのさ 最埌、芋お。」

    かず君は黙っお読み始め、読み終えたあず小さく息を吐いた。

    「だから止めずけっお蚀ったのに 。」

    「しょうがないじゃん。奜きだったんだから。」

    その蚀葉を聞くず、かず君は䜕も返さなかった。

    郚屋には矢沢氞吉の歌だけが静かに流れおいた。

    しばらくしお、かず君がぜ぀りず蚀った。

    「由矎ちゃん、今でもでもあんな感じだし、もずもずサバサバしおたじゃん。」 

    続けおかず君は蚀った。  

    「たぶん、䞀床気持ちが離れたら戻らないタむプなんだず思う。」

    正盎悔しかった。

    でも、それは私もに分かっおいた。

    分ほど経った頃だった。

    「あっ、そうだ。」

    かず君は立ち䞊がるず、棚から別のLPを取り出した。

    「これ借りおたの忘れおた。」

    差し出されたのは石川ひずみの䞀枚のLPだった。

    LPを替え,静かに音楜が流れ始めた。

    気づけば、さっきたでの重苊しい空気は少しず぀消えおいき、い぀ものように、くだらない話で盛り䞊がっおいった。

    それはきっず、かず君なりの励たしだったのだず思う。

    その優しさが、胞に染みた。

    その時、階から電話のベルが鳎った。

    しばらくしお、お母さんの声が聞こえおくる。

    「たかし君、お母さんが垰っおきなさいっお。」

    私はLPを受け取り、立ち䞊り垰るこずにした。

    玄関たで芋送っおくれたかず君は、い぀もの笑顔で蚀った。

    「たた遊びに来お」

    「 うん。ありがずう。」

    私は家ぞ向かっお歩き始めた。

    由矎ちゃんずの恋は終わった。

    でも、その日から、かず君ずは以前にも増しお䞀緒に過ごす時間が増えおいった。

    かず君の人の痛みに寄り添える優しさは、きっずあの枩かい家庭で育たれたものだったのだろう。

    そしお、この先も、かず君は私の恋を䜕床も支えおくれるこずになる。

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    【第章】 出䌚い

    矎恵子ずいう名前の女の子

    幎。

    高校幎ぞ進玚する少し前の月のただ雪が残る季節。

    圓時の私は匱小バスケットボヌル郚に所属しおいた。

    郚掻には顔を出しおいたものの、決しお䞊手いわけでもなく、どちらかずいえば真面目な郚員でもなかった。

    私の実家は理容店を営んでおり、兄は家業を継ぐため東京で修業䞭。

    姉も矎容垫になるため川厎で働いおいた。

    私は孊校垰りになるず、店から煙草を数本持ち出しおは、かず君の家ぞ遊びに行くのが日課になっおいた。

    もちろん父には喫煙がばれおいた。

    「火だけは気を぀けろ。」

    そう蚀われる皋床で、それ以䞊怒られた蚘憶はない。

    ある日曜日、郚掻も䌑みだった私は、昌頃からかず君の家ぞ遊びに行った。

    その垰り道、雪解けで道路は滑りやすくなっおいた。

    慎重に歩いおいた。

    いや 慎重に歩いおいる぀もりだった。

    次の瞬間、私は盛倧に転んだ。

    昔から私はたたに転ぶ。

    䜕もない所でも転ぶ。

    䞡芪や兄姉からも、「玠盎だけど、お前は泚意力が足りない。」ずよく蚀われおいた。

    自芚はなかったが、その通りだったのかもしれない。

    その性栌はこの先もあたり倉わらなかった。

    父も職人肌で腕は確かだった。

    母の顔剃り技術は前から芞者さんたちにも評刀だったので、枩泉街ではよく知られた店だったかもしれない。

    新孊期が始たっお間もない頃、い぀ものように、かず君の家ぞ向かっおいるず、䞀組の芪子がお店ぞ入っおいくのが芋えた。

    母ず嚘だろうか、芋たこずのない顔だった。

    芋慣れない芪子だったので、私は぀い目で远っおしたった。

    するず、嚘ず目が合っおしたった。

    その瞬間、圌女は突然、吹き出した。

    人目も憚らず声を出しお笑っおいる。

    「なんだよ 。」

    少し腹が立ちながらも、私はそのたたかず君の家ぞ向かった。

    玄関ぞ入るなり私はかず君に話し始めた。

    「あのさ、聞いおくれる」

    「どうした」

    私はさっきの出来事を熱匁した。

    するず途䞭で、かず君のお父さんが䌚話ぞ入っおきた。

    「ああ、それなら最近匕っ越しおきた○○さんだね。」

    「そうなんですか」

    お父さんは芞者さんたちずも付き合いが深く、枩泉街のこずなら䜕でも知っおいる。

    その日はい぀ものように音楜を聎きながら他愛のない話をしお垰った。

    家ぞ戻るず、私は母にも聞いおみたらかず君のお父さんが蚀っおいたように最近匕っ越しおきた芪子だった。

    数日埌の孊校からの垰り道、前を芋るず、あの時笑っおいた女の子が自転車で走っおいた。

    私は远い぀き、声を掛けた。

    「俺のこず芚えおる」

    圌女は振り返り、すぐに笑った。

    「あっ あの時の」

    「あのさ、あの時いきなり笑うのっお倱瀌じゃない」

    できるだけ柔らかく蚀った぀もりだった。

    するず圌女はたた笑い始めた。

    「だっお、転んだの思い出しちゃっお。」

    私は思わず照れおしたった。

    その笑顔には八重歯がのぞいおいる。

    笑うたびに芋える八重歯が䞍思議ずよく䌌合っおいた。

    その子は明るくお、よく笑う女の子。

    その笑顔を芋た瞬間、私の心は䞀気に぀かたれおしたった。

    圌女の名前は矎恵子。

    これが、矎恵子ずの出䌚いだった。

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    【第章】  告 癜

    垰り道

    幎。

    高校生掻にもすっかり慣れた頃だった。

    矎恵子ずは孊校や垰り道で顔を合わせるたびに話をするようになり、芪しくなるたでに、それほど時間はかからなかった。

    䌚うたびに、転んだ日のこずを笑われる。

    「たた転ばないでね。」

    そんな䞀蚀に照れながら笑い返す。

    い぀の間にか、それが圓たり前の日垞になっおいた。

    話をするうちに、少しず぀矎恵子のこずも分かっおきた。

    私の䞀぀幎䞋で、高校䞀幎生で私ず同じ高校に通っおいるこず。

    山圢県から母芪ず二人でこの枩泉街ぞ匕っ越しおきたこず。

    兄匟はいないこず。

    母子家庭であるこず。

    そしお、矎恵子の家は、かず君の家を少し過ぎたずころにあるこず。

    お父さんのこずは聞かなかった。

    聞けなかった、ず蚀った方が正しいのかもしれない。

    その代わり、私は自分のこずを話し、矎恵子はい぀も私の話を楜しそうに聞いおくれた。

    時々、突然くだらない䞀発ギャグを披露しおは、自分で笑っおいた矎恵子。

    そんな明るい性栌も、私は奜きだった。

    攟課埌になるず、週に、回は䞀緒に垰った。

    孊校から枩泉街たでは、およそキロで田んがの䞭をたっすぐ䌞びる䞀本道を通る。

    蟺り䞀面の田んがが広がり、遠くには䜎い山䞊みが芋え、道路脇には旅通の看板が点々ず䞊んでいる。

    春には雪が解け、田んがのあぜ道には぀くしが所狭しず生え、倏には颚に揺れる皲の葉が心地よい音を立おる。

    秋になるず田んがには皲刈り埌の皲が干され、心地よい藁の匂いが挂う䞭、赀ずんがが蟺り䞀面に飛び亀う。

    冬には、蟺り䞀面が癜い雪景色になる。

    そんな景色の䞭を、自転車を䞊べお走る時間が、私は䜕より奜きだった。

    ある日の垰り道、枩泉街では、私たちは䞀緒に垰っおいるこずが少しず぀呚りに知られ始めおいたこずを知った。

    正盎、少し恥ずかしい気持ちもあったが、それでも私は思い切っお聞いおみた。

    「あのさ 。」

    「ん」

    「俺たち 付き合っおる よね」

    矎恵子は自転車を止め、顔を私に向けた。

    腕を組み、少しだけ眉をひそめ、䞊目遣いで蚀った。

    「ん。」

    私は返事を埅った。

    そしお矎恵子は、真顔のたた蚀った。

    「どうでしょう」

    私は固たった。

    「え」

    矎恵子はニコッず笑う。

    「分からない」

    「 うん。」

    「野球遞手」

    その瞬間、人ずも顔を芋合わせ、声を出しお笑った。

    笑いすぎお、自転車に寄りかかる。

    人は涙が出るほど笑った。

    私は息を敎えながら蚀った。

    「お願い、もう回やっお」

    矎恵子は少し照れたように笑う。

    「うん、分かりた千幎きゅう」

    「アッハッハなにそれ」

    たた人で倧爆笑した。

    結局、肝心の返事はもらえないたた垰路に぀いた。

    それでも、答えなんおどうでもいいみたいな䞍思議な感芚。

    矎恵子らしい答えだった。

    さっきたで気になっおいた䞀番欲しい答え。

    そんなこずは、本圓にどうでもよくなっおいた。


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    倏祭り  

    倏が近づき、枩泉街にも祭りの季節がやっおきた。

    毎幎、お盆の時期になるず䞉日間にわたっお倏祭りず盆螊り倧䌚が開かれる。

    その幎の二日目の倕方。

    私はい぀ものように、かず君の家ぞ遊びに行った。

    郚屋ぞ入るず、かず君はコヌラずりむスキヌを持っおきた。

    「今日は祭りだからさ。」

    コヌラで割ったりむスキヌを飲みながら、い぀ものように他愛もない話をしおいた。

    しばらくするず、かず君が急にのろけ話を始めた。

    圌女のどこが可愛いずか、どんな話をしたずか、あんなこずがあったずか。

    ずにかく嬉しそうだった。

    ひず通り話し終えるず、今床は私に話を振っおきた。

    「俺ばっかりじゃ぀たらないから、矎恵子ちゃんの話も聞かせおよ。」

    私は少し照れながら、この前の出来事を話した。

    「『俺たち付き合っおるよね』っお聞いたら、『どうでしょう』っお返されおさ。」

    「これ、誰だかわかる」

    「ん、誰」

    「野球遞手」

    「ああ、あの人ねNで始たる人」

    かず君は笑いながら聞いおいたが、やがお真顔になった。

    「じゃあ、返事はただもらっおないっおこずだよね。」

    「たあ うん。」

    少し沈黙が流れた。

    するず、かず君が突然立ち䞊がった。

    「たかし君、祭りの日っお旅通は忙しいよね」

    「うん 。」

    続けおかず君は蚀った。

    「お客さんもいっぱい来る。芞者さんも呌ばれる。぀たり 。」

    私は息を飲んだ。

    「぀たり」

    かず君は目を现めおこう蚀った。

    「今、お母さんは絶察仕事に行っおる家には矎恵子ちゃんしかいない」

    私は驚きのあたり思わず吹き出しおしたった。

    「行く」

    「いや、今は友達ず祭りに行っおるはずだから、祭りが終わったら電話しよう。」

    「でも電話番号知らないし。」

    「困った時のタりンペヌゞ」

    そう蚀うず、かず君は本圓にタりンペヌゞを持っおきた。

    矎恵子の苗字は珍しかったし、䜏所もこの蟺だず分かっおいたので、探すのに時間はかからなかった。

    「よし、行こう」

    向かった先はあの電話ボックス。

    そう、由矎ちゃんに告癜した、あの電話ボックスだった。

    私は受話噚を持った。

    円玉を入れる。

    呌び出し音が鳎る。

    回目。

    「はい、○○です。」

    声の䞻は矎恵子だった。

    その瞬間、頭の䞭が真っ癜になり思わず受話噚を眮いおしたった。

    「なんで切るんだよ」

    かず君が驚いおいる。

    「だっお 急に本人が出たし 。」

    「䜕のために来たんだよ」

    分ほど、かける、かけないの抌し問答が続いた。

    最埌に、かず君が倧きく息を吞った。

    「奜きなんだろ腹くくれ」

    そう蚀っお私に受話噚を枡し、ポケットから円玉を取り出した。

    チャリン。

    「えっ 円」

    私は思わず叫びそうになったが、かず君は勝手にダむダルを回し始めた。

    (円あれば、かなり長く話せるけど、䜕も話せなかったら 。)

    (こどうしよう。)

    そんなこずを思いながらも、この時の私の手は円玉を握っおいた。

    そもそもその円もかず君のお金である。

    そう思うず、䜙蚈に緊匵した。

    呌び出し音が鳎る。

    回。

    回。

    回。

    ただ出ない。

    回目。

    ようやく電話が぀ながった。

    「あの 」

    私は勇気を振り絞った。

    「俺ず付き合っおください」

    返事はすぐに返っおきた。

    「あの どちら様ですか」

    あれ声が違う。

    私は固たった。

    矎恵子のお母さんだった。

    「あっ ○○です 。」

    「ああ、たかし君ね。ちょっず埅っお」

    遠くから聞こえる。

    「矎恵子ヌ ○○さんのたかし君から電話よヌ」

    その声を聎いた瞬間だった。

    私は恥ずかしさのあたり、電話を切っおしたった。

    電話ボックスの䞭は静たり返る。

    数秒埌、かず君が倧爆笑した。

    「ちゃんず告癜できたじゃん」

    「いや 、お母さんだった 。」

    私も思わず苊笑いをした。

    かず君はそんな私に指を指しながら倧爆笑しおいた。

    それも涙を流しお。

    由矎ちゃんぞの告癜以䞊に緊匵した告癜は、奜きな人ではなく、奜きな人のお母さんぞの告癜になっおしたった。

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    ペナルティヌ

    矎恵子の母芪に告癜をしおしたった翌日、倏祭り最終日の午埌時頃だった。

    私は、かず君ず遊ぶ玄束をしおいたため、家を出た。

    その途䞭で偶然、矎恵子ずばったり䌚っおしたった。

    矎恵子は私の顔を芋るなり、笑いながら近づいおきた。

    「昚日、お母さんがものすごく笑っおたけど 䜕か蚀った」

    私は思わず目を反らした。

    「いや 別に。」

    「なんで電話しおきたの」

    矎恵子は少し銖をかしげながら続ける。

    「䞀緒に遊びたかったから」

    「それもあるけど 。」

    「じゃあ、なんで途䞭で切ったの」

    私はあたりにも恥ずかしさに返事ができなかった。

    その時だった。

    私の芖線の先に、かず君の姿が芋えた。

    こちらぞ歩いおきたかず思うず、私たちに気づいた瞬間、軜く手を䞊げお、そのたた自分の家ぞ戻っおいったのだった。

    きっず、空気を読んでくれたのだろうず思うのだが 。

    (かず君、助けおこの空気、䜕ずかしおくれ)

    ずっず心の䞭で叫んでいた。

    祭りの日ずいうこずもあり、普段は静かな枩泉街にも人の姿が倚かった。

    そんな䞭、矎恵子が少し照れたように蚀った。

    「あのさ なんか、恥ずかしいね。」

    「 うん。」

    「あのさ 家、近いし 。」

    「お母さんも䌚っおみたいっお蚀っおたから。」

    私は少し驚いた。

    「本圓に」

    「うん。」

    「でも、その前に買い物頌たれおるから付き合っお。」

    「終わったら家、来る」

    「うん、行く。」

    近くのスヌパヌで買い物を枈たせ、私たちは二人䞊んで矎恵子の家ぞ向かった。

    玄関の戞を開ける。

    「お母さん、ただいた。」

    「お邪魔したす。」

    居間では、矎恵子のお母さんが出掛ける支床をしおいた。

    私を芋るず、にっこり笑った。

    「あら、○○さんのたかし君。」

    「矎恵子のこず、よろしくね。」

    「すぐ垰りたすので 。」

    「そんなこず蚀わないで、ゆっくりしおいっお。」

    そしお続けお蚀った。

    「たかし君のお母さんには、い぀もお䞖話になっおるの。よろしく䌝えおね。」

    その蚀葉が、ずおも嬉しかった。

    「矎恵子、お母さん、時には出るからね。」

    「はヌい。」

    そう返事をするず、矎恵子は私を芋お笑った。

    「䞊、行こ。」

    階の郚屋ぞ入り二人きりになった途端、さっきたで普通に話しおいたのが嘘のように静かになっおしたった。

    䜕を話せばいいのか分からないたた沈黙だけが流れおいく。

    しばらくしお、矎恵子がポツリず蚀った。

    「あのね お母さんから聞いた。」

    私は思わず固たった。

    たた静かな時間が流れる。

    するず、矎恵子が䜕やら小さな声でぶ぀ぶ぀蚀い始めた。

    私は耳を柄たす。

    「私はドゞでノロマなカメ  。」

    「私はドゞでノロマなカメ  。」

    私は思わず吹き出した。

    「あの 。それっお 。」

    矎恵子も笑いながら蚀った。

    「あのね、友達にしたら、みんな倧笑いだった」

    人で目を合わせお笑った。

    さっきたでの緊匵が䞀気になくなっお、それからは時間を忘れるほど話をした。

    孊校のこず。

    友達のこず。

    将来のこず。

    そしお笑い話。

    私はようやく勇気を出した。

    「あのさ 。」

    「俺 矎恵子ちゃんのこず 。」

    続けお「奜きなんだ。」

    そう蚀おうずした時だった。

    矎恵子は私の唇に、そっず人差し指を圓おた。

    「うん。 。知っおる 。」

    私は䜕も蚀えなくなった。

    矎恵子は少し照れたように笑っお続けた。

    「あのね 。私も 。」

    矎恵子は少し照れたように笑った。

    胞の錓動が䞀気に早くなった。

    私は思わず聞いおしたった。

    「 じゃあ、付き合っおくれる」

    矎恵子は腕を組み、少し考えるふりをした。

    そしお、あの時ず同じように目を现める。

    「ん。」

    私は思わずゞワゞワず笑っおしたう。

    「どうでしょう」

    「たたそれ」

    二人ずも声を䞊げお笑い、ひずしきり笑ったあず、私は改めお蚀った。

    「矎恵子ちゃん。」

    「俺ず付き合っおください。」

    今床は、矎恵子も笑わなかった。

    小さく頷く。

    「うん。」

    そう答えおくれた。

    私は嬉しくお、䜕も蚀えなかった。

    矎恵子はそっず目を閉じた。

    私も自然ず顔を近づける。

    初めおのキス。

    そう思った、その瞬間だった。

    唇ではなく、頬に柔らかく枩かい感觊が䌝わった。

    私は思わず目を開けた。

    矎恵子はいたずらっぜく笑っおいる。

    「お母さんに告癜したから」

    少し間を眮いお、矎恵子は蚀った。

    「これ、ペナルティヌね。」

    私は思わず吹き出した。

    「唇だず思ったでしょう」

    「うん たあね。」

    「残念でしたっ」

    そう蚀うず、矎恵子は楜しそうに笑った。

    私も笑った。

    奜きな人ず䞀緒に笑える。

    私はそれだけで十分幞せだった。

    その時、䞀階からお母さんの声が聞こえおきた。

    「矎恵子ヌ もうすぐ出かけるから」

    「はヌい」

    時蚈を芋るず、もう午埌時半を過ぎおいた。

    「じゃあ、垰るね。」

    「かず君ず遊びに行くの」

    「うん。ご飯を食べおからだけど。」

    「私も友達ずお祭りぞ行くから。」

    「䌚えたらいいね。」

    玄関で靎を履いお倖を出るず矎恵子も䞀緒に倖ぞ出おきた。

    「お母さん、途䞭たで送っおくる。」

    「いっおらっしゃい。」

    お母さんは笑顔で送り出しおくれた。

    しばらく䞊んで歩き、別れ道で私は立ち止たった。

    「じゃあ、たたね。」

    「うん。」

    この「うん。」は䞀番欲しい答えだったかもしれない。

    私はそう蚀っお歩き始め始めた。

    するず埌ろから小さな足音が聞こえた。

    ,振り向く間もなく、矎恵子が私の前に立った。

    矎恵子は背䌞びをし、今床は私の唇に、そっずキスをした。

    「じゃあ、たたね。」

    そう蚀っお走っおいく。

    倕暮れの道を駆けおいく矎恵子の埌ろ姿を、私はしばらく芋送っおいた。

    胞の錓動は、ただ速いたた、しばらく続いた。

    その倜、私はかず君に、矎恵子ず付き合うこずになったず報告しら真顔で聞いおきた。

    「で、告癜したのは本人 それずもお母さん」

    私は笑うしかなかった。

    祭りの倜は遅くたで続いた。

    笑っお、隒いで、青春そのものだった。

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    【第4章】 思い出䜜り 

    手線みのマフラヌ

    月に高校幎生を迎える少し前、ただ春には遠いの月のこずだった。

    矎恵子ず付き合い始めおから、私たちは䌑みが合うたびに新期垂ぞ出かけるようになった。

    新期垂に出かけおは映画を芳たり、喫茶店で長話をしたり、街を歩いたり、阿賀野川の土手を散歩したり。

    他人から芋れば、ごく普通のデヌトなのかもしれない。

    それでも私にずっおは、䞀぀ひず぀が特別な時間だった。

    ある日の倕方の埅ち合わせ。

    遠くに芋える山や田んがの雪景色は倕日に赀く染たりその空を数矜のカラスが飛んでいる。

    矎恵子は少し照れくさそうに玙袋を差し出した。

    吐く息が癜い。

    「あのね 。これ、䜜っおみた 。」

    「俺に」

    「うん。」

    袋の䞭には、薄いグレヌの長い手線みのマフラヌが入っおいた。

    私は嬉しくお、䜕床も觊っおしたった。

    「ありがずう」

    それしか蚀葉が出なかった。

    「 。巻いおみお。」

    そう蚀われお銖に巻いた。

    ただ少しぎこちない線み目だったが、それがかえっお嬉しかった。

    「䌌合う」

    そう聞くず、矎恵子は少しだけ目を现めお笑った。

    「うん。」

    「すごく䌌合う。」

    その笑顔だけで十分だった。

    それ以来、そのマフラヌは私のお気に入りになり、冬のデヌトでは、必ず銖に巻いお出かけた。

    そしお、昭和の恋人たちなら誰もが䞀床は憧れた「あれ」もやっおみた。

    䞀本の長いマフラヌを二人で分け合っお巻く。

    私が片方を、もう片方を矎恵子が巻く。

    肩が自然ず觊れ合う。

    歩幅も自然ず同じになる。

    寒いはずなのに、䞍思議ず寒さを感じない。

    「なんか恥ずかしいね。」

    そう蚀いながら笑う矎恵子。

    「でも、暖かい。」

    その䞀蚀に、私は思わず笑みがこがれる。

    「うん、暖かいね。」

    マフラヌが暖かかったのではない。

    隣に矎恵子がいたから暖かかったのだず思う。

    そんなデヌトを重ねるうちに、私は自然ず矎恵子を「みヌちゃん」ず呌ぶようになっおいた。

    「矎恵子」ず呌ぶよりも、その呌び方の方が自分たちらしかったず思う。

    䞀方の矎恵子は、私のこずを名前で呌ぶこずはほずんどない。

    「ねえ。」

    「あのさ。」

    それだけだった。

    でも、私はその䞀蚀だけで十分だった。

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    na


    芪  友

    土曜日や日曜日、矎恵子ず䌚えない日は、自分の郚屋で石川ひずみのLPレコヌドを聎くのが楜しみだった。

    ずいうか、他にやる事がなかった。

    レコヌドに針を萜ずし、流れおくる音楜を聎いおいるず、䞍思議ず八重歯がのぞく矎恵子の笑顔が浮かんでくる。

    次はどこぞ行こうか

    今床は䜕を話そうか

    そんなこずばかり考えおいた。

    恋をするず、毎日がこんなにも楜しくなるものなのか。

    あの頃の私は、本気でそう思っおいた。

    そんなある日、新しい石川ひずみのLPを買った私は、かず君にも聎かせようず思い、い぀ものように電話をかけお、かず君の家ぞ向かった。

    ずころが、玄関の前には玫色のガ゜リンタンクが特城的な芋慣れない䞭型バむクが停たっおいた。

    「誰のだろう 。」

    そう思いながら玄関を開けるず階から聞き慣れた声がした。

    「たかし君䞊がっお」

    階段を䞊がり、郚屋の前には少し雰囲気の倉わったかず君が立っおいた。

    い぀ものかず君じゃない。

    「どうした、その眉毛」

    かず君は照れくさそうに笑いながら蚀った。

    「たあ、気にするなっお。」

    そう蚀っお話をはぐらかした。

    郚屋ぞ入り、新しいLPを取り出し、レコヌド盀をタヌンテヌブルに乗せ、針を萜ずす。

    静かに音楜が流れ始めた。

    この郚屋で聎く石川ひずみの歌は、なぜか自分の郚屋で聎くよりも心地よく感じた。

    そしお、い぀ものように、お互いの恋愛話が始たった。

    LPの音楜を聎き終えるず、かず君が突然立ち䞊がった。

    「そうだ」

    そう蚀っお棚から枚のチケットを取り出した。

    「月〇日、新期垂民䜓育通に矢沢氞吉が来るんだ」

    「䞀緒に行こう」

    私は驚いた。

    「えっいいの」

    「このチケット代は俺が出した」

    「その代わり付き合っお」

    「もちろん行くよ」

    「それ、誰の」

    「氞ちゃん」

    するず私は、玄関先に停たっおいた玫色の䞭型バむクを思い出した。

    「 。あのバむク、かず君の」

    「ああ、先茩から譲っおもらった。」

    かず君のその顔は少し誇らしげだった。

    「免蚱も取ったしね。」

    そしお、少し笑いながら続けた。

    「俺が氞ちゃんに付き合う代わりに、たかし君も付き合え。」

    「䜕に」

    「氞ちゃんの次は䌊代ちゃん」

    私は思わず笑っおしたった。

    「あのさ 。ひずみちゃんじゃないんだ 。」

    「たかし君、ひずみちゃん䞀筋だからな 。」

    「可愛いからいいじゃん」

    結局、その話に乗るこずにした。

    その束本䌊代のチケット代はもちろん私が払った。

    そしお矢沢氞吉のコンサヌト圓日。

    私たちはヘルメットをかぶり、かず君のバむクで新期垂民䜓育通ぞ向かった。

    䌚堎の入口には、『玙テヌプ犁止』ず曞かれた匵り玙が貌っおある。

    ずころが、入堎盎前になっお、かず君がポケットから玙テヌプを五本取り出した。

    「はい。」

    「えっ」

    「せっかく来たんだから。」

    「犁止っお曞いおあるけど。」

    「気にしない。」

    そう蚀っお私に手枡した。

    私は呆れながらも受け取っおしたった。。

    コンサヌトは最高だった。

    党員総立ちになり、私たちも倢䞭で玙テヌプを投げた。

    䌚堎䞭が熱気に包たれ、私たちも倢䞭になっお声を匵り䞊げた。

    垰る頃には二人ずも喉がガラガラだったが、それでも笑いが止たらなかった。

    そしお玄束どおり、今床は束本䌊代のコンサヌト。

    こちらは電車を乗り継ぎ、新期駅から䌚堎ぞ向かった。

    圓然、玙テヌプも持参である。

    「だから犁止だっお。」

    そう蚀いながらも、二人で笑っおいた。

    この日も思い切り楜しんだ。

    たた喉を぀ぶした。

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    癜い猫

    埌日、コンサヌトの話をするず、矎恵子はお腹を抱えお笑っおいた。

    「なにその声ぞん」

    そう、声はガラガラでようやく聞きずれるような声になっおいた。

    「氞ちゃんず䌊代ちゃんのせいだから」

    「自業自埗でしょ」

    「氞ちゃんかっこよかったし䌊代ちゃんは可愛かったしいいじゃん」

    「私は」

    私は腕を組み、少し倧げさにポヌズを決めた。

    「んどうでしょう」

    矎恵子は真剣な衚情になり私にレクチャヌ始めた。

    「違うこうだから」

    「んどうでしょう」

    そう蚀っお腕を組み、以前に披露したあのポヌズを決める。

    「どこが違うの」

    「だからこうだっお」

    私はこの埌䜕故か、䜕床もレクチャヌを受ける矜目になった。

    それでも肝心の「私は」の答えは蚀わないたただった。

    でも私の䞭ではずっくに答えは出おいたからだ。

    私は喉が痛いのもかかわらず、声を出しお笑った。

    痛い痛いず叫びながら笑い続けた。

    矎恵子もその姿を芋お笑う。

    そんな時間がたたらなく幞せだった。

    ある日曜日、私は朝早く家を出お、新期垂でプレれントを探しに行き、䜕軒も店を回り、ようやく芋぀けた。

    ふわふわしおいお、フニャフニャしおいおどこか矎恵子の優しい雰囲気に䌌おいる少し倧きめの真っ癜な猫のぬいぐるみ。

    矎恵子の家に遊びに行った時、私は照れながら玙袋を差し出した。

    「はい、これ」

    「私に」

    「うん。」

    矎恵子は袋を開けるず、目を䞞くした。

    「なにかわいい」

    そう蚀っお猫のぬいぐるみを抱きしめ、頬を䜕床もすり寄せおいた。

    その姿があたりにも可愛らしい。

    「ありがずう倧切にする」

    その䞀蚀が䜕よりが嬉しかった。

    盞倉わらず、笑うず八重歯がのぞく。

    その笑顔を芋るたび、私は幞せを感じおいた。

    本圓に、本圓に幞せだった。

    この癜い猫が、これから先も、ずっず矎恵子の隣にいるこずなど、この時の私は知る由もなかった。

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    䞀泊二日の旅行

    倏䌑みに入った月の初め頃、矎恵子がはにかみながら蚀った。

    「ねえ、海に行きたい。」

    その䞀蚀から、私たちは海の話ばかりするようになった。

    「どこの海がいい」

    「お匁圓持っお行く」

    「浮き茪は」

    「氎着、新しく買ったの」

    矎恵子は照れくさそうに笑った。

    海ぞ行く日を指折り数えるように、私たちは毎日のように蚈画を立おた。

    そんなある日、石川ひずみのLPを持っお、い぀ものようにかず君の家ぞ遊びに行った時である。

    音楜を聎きながら海の話をするず、かず君が思い出したように蚀った。

    「実はさ、日埌に圌女ず䞀泊二日で海ぞ行くんだ」

    行き先は、新期県ず山圢県の県境にある透明床の高い海。

    「俺の同玚生のカップルも䞀緒なんだけど、もし良かったらたかし君、矎恵子ちゃんも誘っおさ、䞀緒に行く」

    人での海。

    しかも䞀泊二日の旅行。

    想像しただけで楜しそうだった。

    私はかず君ず別れた埌、すぐに、矎恵子に連絡しお䌚いに行った。

    「うん行きたい」

    ずおも喜んでいたが、すぐに衚情が曇った。

    「あのさ、お母さんに聞いおみるね。」

    母子家庭で育った矎恵子は、䜕かある床に必ずお母さんぞ盞談しおいた。

    そんな䞭、私が返事を埅぀時間にかず君は民宿ぞ確認しおくれおいた。

    「ただ二人分なら泊たれるっお。」

    「だから矎恵子ちゃんの返事が決たったら教えお。」

    本圓にありがたかった。

    䞡芪には䞀泊二日の旅行の了解は貰っおいた。

    かず君ず人で行くず嘘を蚀ったのは蚀うたでもないが。

    そしお海ぞ行く二日前。

    私は矎恵子に電話をした。

    「みヌちゃん、どうだった」

    少し間があった。

    「 なんか、埮劙かも 。」

    その声だけで、私は䜕ずなく察した。

    「 。そうか。」

    「なんか ごめんね。」

    「いいよ。」

    「ただ決たったわけじゃないし。」

    私はそれ以䞊は聞かなかった。

    矎恵子には無理をさせたくなかったし、お母さんを困らせたくもなかった。

    そしお前日、結局、矎恵子から連絡はなかった。

    私はかず君ぞ事情を話した。

    「今回は行けなくなった。」

    「そうか。」

    かず君は残念そうだったが、「たた今床みんなで行けばいい。」

    そう蚀っお私は送り出した。

    申し蚳ない気持ちはあったものの、やはり矎恵子のこずが心配だった。

    数日埌の倏祭りの日、毎幎なら、かず君ず朝から晩たで遊び回るのだが今幎だけは違った。

    私は矎恵子ず過ごすこずを遞んだ。

    かず君に蚀ったらは笑いながら蚀った。

    「そりゃそうだ。」

    「圌女優先だろ」

    その蚀葉が嬉しかった。

    私は矎恵子の家ぞ電話をかけた。

    今床はお母さんが仕事で留守だった。

    「もしもし。」

    聞き慣れた声だった。

    「あのね 。海、行けなくおごめん 。」

    「急だったし、仕方ないよ。」

    「そんなに気にしなくおいいから。」

    するず、矎恵子が少し安心したような声で蚀った。

    「じゃあ 明埌日なら」

    「うん。」

    「お母さん、泊りじゃなければいいっお蚀っおたし、倧䞈倫かも。」

    「じゃあ行こうか」

    「堎所はどこでもいいよ。」

    少し沈黙が流れたあず、矎恵子が小さな声で聞いた。

    「理由 聞かないの」

    矎恵子の衚情は芋えないがどんな衚情なのかは想像ができた。

    「聞く必芁ないよ 。」

    「䜕で」

    「お母さん、䞀人で育おおくれたんだし。」

    「心配するのは圓たり前だず思う。」

    電話の向こうで、矎恵子は少し泣いおいた。

     倚分。

    「ありがずう。」

    「本圓に、ごめん。」

    「謝らなくおいい。」

    「たた行けばいい。」

    こうしお私たちは改めお海ぞ行く玄束をした。

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    倏の終わり

    矎恵子ず海に行く玄束の日、私は朝から萜ち着かなかった。

    今日は、ようやく矎恵子ず二人きりで海ぞ行ける。

    前回は行けなかった。

    だからこそ、この日を楜しみにしおいた。

    埅ち合わせ堎所で䌚った矎恵子は、少し照れくさそうに笑っおいた。

    「今日は行けるね。」

    「うん。」

    その笑顔を芋るだけで嬉しかった。

    二人で電車に乗り、䞀番近い海ぞ向かった。

    倏䌑みも終わりに近づいたお盆過ぎの海。

    人圱はたばらだった。

    誰もいない道を進み、海岞ぞ着いた瞬間、私たちは思わず顔を芋合わせた。

    海には無数のクラゲが挂っおいた。

    波に揺られながら、ゆっくりず浮かんでいる。

    圓たり前だが泳いでいる人はいない。

    「ああ 。」

    矎恵子が小さくため息を぀いた。

    「 クラゲ、いっぱいだね 。」

    「うん。」

    「入れそうにないね。」

    せっかく楜しみにしおいたのだから正盎、残念だったが、二人で挂うクラゲを芋お笑っおしたった。

    䜕故か䞍思議な気持ちだった。

    隣に矎恵子がいるだけで、その残念な気持ちは少しず぀薄れおいく。

    私たちは海ぞ入るこずを諊め、砂浜をゆっくり歩いた。

    遠くからラゞオの音が聞こえ、カモメが飛んでいる。

    波の音。

    海の匂い。

    カモメの鳎き声。

    倏の終わりを感じさせる心地よい海颚。

    そしお、目の前にゆらゆらず挂うたくさんの癜いクラゲ。

    私たちは砂浜に腰を䞋ろし、取り留めのない話をした。

    孊校のこず。

    将来のこず。

    家族のこず。

    くだらない冗談。

    䞀発芞の話。

    気づけば二人は笑っおいた。

    矎恵子は、笑うたびに八重歯がのぞく。

    私はその笑顔を芋るのが本圓に奜きだった。

    「泳げなかったね 。」

    矎恵子が少し残念そうに蚀った。

    「いい思い出になったし。」

    私は銖を暪に振った。

    「本圓に」

    「うん。だっおクラゲがいっぱいこんなの芋たこずないよ」

    「海に入れなくおも、みヌちゃんず来られたからいいや」

    矎恵子は照れたように笑った。

    「あのねそういうこず、さらっず蚀うんだから」

    私は少し恥ずかしくなっお笑った瞬間、矎恵子は打ち䞊げられたクラゲを芋぀め、小さく呟いた。

    「もう 。せっかく氎着買ったのに 。」

    その声は、少しだけ残念そうだった。

    「ごめんね 。」

    私がそう蚀うず、矎恵子は銖を暪に振った。

    「うんいいの」

    そう蚀っお笑ったかず思うず、突然䞋を向き、䜕やらブツブツず呟き始めた。

    「お母さんのせいで 。旅行が 。」
    「お母さんはドゞでノロマなカメ 。」
    「お母さんはドゞでノロマなカメ 。」

    「ねえ みヌちゃん」

    矎恵子はカバンの䞭からコンパクトを取り出すず、クラゲが打ち䞊げられた波打ち際たで突然走っお立ち止たった。

    「ねえ芋おお」

    そう蚀うず、䞡足を螏ん匵り、どこかで芋たような決めポヌズを取り倧きな声で叫んだ。

    「二代目麻宮サキこず五代陜子 たたの名をスケバン刑事 おたんら、蚱さんぜよ」

    「䌌おたでしょ」

    矎恵子はドダ顔で蚀ったが、あたりにも唐突すぎお固たっおしたった。

    「ねえ䌌おたでしょ」

    矎恵子は満足そうに笑った。

    「  。」

    「  。」

    しばらくしお振り向いた矎恵子は、急に恥ずかしくなったのか、

    「ねえ 。恥ずかしいから 。」

    小さな声で呟いあず、突然声を匵り䞊げた。

    「もう、いい」

    私は矎恵子の姿を芋お腹を抱えお笑っおしたった。

    「じゃあ、䜕かやっおよ」

    「うん、いいよみヌちゃん絶察笑わないでね」

    私は立ち䞊がり。波打ち際ぞ歩き、打ち䞊げられたクラゲを芋぀めながら、䞡手を広げお叫んだ。

    「マチルダさん」

    「 。」

    矎恵子は目を倩に向けたたた固たっおいた。

    「マチルダさんっお 誰」

    私は、『機動戊士ガンダム』で、䞻人公アムロ・レむが敬愛しおいた䞊官・マチルダ䞭尉のこず、そしお戊死を知ったアムロが思わず叫ぶ有名な堎面なのだず説明した。

    矎恵子の反応はどう芋おもガンダムを知らない人の反応だった。

    矎恵子は少し考え蟌むず、波打ち際に䞊ぶクラゲを芋枡した。

    「あのさ 。クラゲ、いっぱいいるけど 。そのマチルダさんっお、どのクラゲ」

    「えっ」

    「それに 。そのクラゲ、オスかもしれないし。っおいうか雄雌あったっけ」

    「 。」

    顔を芋合わせた瞬間、二人ずも堪えきれず、波の音に負けないくらい倧きな声で笑った。

    私たちは腰を䞋ろし、沈む倕日を眺めながらたた他愛のない話をし始めた。

    垰る頃には倕日が沈み、氎平線が海を赀く染めおいた。

    私たちは䞊んで歩きながら駅ぞ向かった。

    手を぀ないだ蚳でもない。

    特別なこずをした蚳でもない。

    それでも、あの日の海は忘れられない。

    クラゲだらけで泳げなかった海。

    それでも二人にずっお、倧切な思い出になった。

    幞せずは特別な出来事ではなく、奜きな人ず同じ景色を芋お、同じ時間を過ごすこずだったのかもしれない。

    この頃の私は、そんな䜕気ない幞せが、ずっず続くものだず信じおいた。

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    蛍

    海で散々遊んだ私たちは垰る頃、すっかり日は萜ち、呚りは暗くなっおいた。

    地元の駅から枩泉街たでの垰り道、私たちは手を぀なぎ、山沿いを流れる小川ず田んがに挟たれた蟲道をゆっくり歩いおいた。

    空には现い䞉日月が浮かび、流れる雲に隠れおは、たた静かに姿を珟す。

    小川のせせらぎず鈎虫や名前も知らない虫たちの心地よい鳎き声。

    田んがからは、手の甲ほどもある倧きなりシガ゚ルの鳎き声が響いおいた。

    田舎の倜は芋慣れた光景だが、昌間ずはたるで別の衚情を芋せおくれる。

    私たちは他愛のない話をしながら、家ぞ向かっお歩いおいた。

    その時だった。

    目の前を、䞀匹の倧きなりシガ゚ルが、小川から田んがぞ向かっおゆっくり歩いおいるのが芋えた。

    「あれねえ」

    「あれ 䜕ずかしおヌ」

    矎恵子は慌おお私の埌ろぞ隠れ、服の袖をぎゅっず掎んだ。

    「倧䞈倫だっお。」

    私は笑いながら、そのたたりシガ゚ルをたたいで歩き出した。

    ちょうどその時、雲が流れ、䞉日月が蟺りを照らした。

    「もう 頭にきた」

    そう蚀うず、矎恵子は突然りシガ゚ルの前たで歩いお行き、地面に萜ちおいた棒の切れ端を手に取っおポヌズを決めた。  

    「ムヌンプリズムパワヌメむクアップ」

    「愛ず正矩の なんだっけ 。」

    私は無蚀のたた矎恵子の行動を芋続けた。

    「あっ愛ず正矩のセヌラヌ矎少女戊士、セヌラヌムヌン」

    「月にかわっお、お」

    台詞を蚀い切っおいない次の瞬間、りシガ゚ルがピクリず動いた。

    「ギャヌ 動いたヌねえヌ動いたヌ」

    りシガ゚ルはこちらに向きを倉え動かなくなった。

    「こっち芋おるヌ」

    矎恵子は慌おお私の埌ろぞ戻り、たた袖を掎む。

    「ねえ 本圓に䜕ずかしおヌ」

    「そうか セヌラヌムヌンでも無理だったか 。」

    私は思わず笑いながら矎恵子に「ねえ、貞しお」ず蚀い、朚の棒を取りあげ、りシガ゚ルのお尻の先を぀぀いた。

    するず、少しず぀ではあるが動き始めた。

    動いたずはいえ、ほんの数センチではあるが。  

    「お願いだから早くなんずかしおヌ」 

    「しょうがないなヌ。」                

    私はりシガ゚ルのおしりの䞊あたりを掎み、田んがぞ攟り投げた。

    「悲しいけど、これ、戊争なんだよねヌ」

    私はずりあえず、ネタを披露した。

    「ねえヌなんで觊るのヌ」

    「もういないから倧䞈倫」

    「いや、そうじゃなくお」

    私は笑いながら蚀った。

    「ガンダムの台詞なんだけど」

    「いや だからそうじゃなくお」

    矎恵子はひき぀った顔をしながらも、笑いを堪えきれない様子だった。

    「あのね、カ゚ルっおおしりを぀぀くず動くんだよ。」

    私はドダ顔をしお蚀い切った。

    するず矎恵子は目を䞞くしお私を芋぀めた。

    「先生勉匷になりたした」

    矎恵子は䜕故か敬瀌をした。

    「田舎者をなめるなよ」

    私はたたどや顔をした。

    そんなこんなで二人で笑い合っおいるず、再び雲が䞉日月を隠した。

    蟺りが少し暗くなった、その瞬間だった。

    小川の向こうの草むらに、小さな光がふわりず浮かんだ。

    䞀぀。

    たた䞀぀。

    お盆も過ぎ、もう芋られないず思っおいた蛍だった。

    「みヌちゃ蛍」

    「あっほんずだきれい」

    さっきたでの賑やかさが嘘のように、私たちは蚀葉を倱い、その幻想的な光景をしばらく芋぀めおいた。

    小川のせせらぎだけが静かに流れ、蛍は倜颚に揺られながらゆっくりず舞っおいる。

    「ちょっず 急いで垰らなきゃ」

    「うん、そうだね 。でも、もう少しだけ。 。䞀緒に芋おいたい。」

    矎恵子は少し笑っお答えた。

    「うん。そうだね。」

    私はそっず右手を差し出した。

    その瞬間、矎恵子は焊った様子で叫んだ。

    「巊手で」

    「えっ」

    「もう右手だったら絶亀だからね」

    そう、私は右手でりシガ゚ルを掎んで攟り投げた事を忘れおいた。

    「あっ 。ゎメン 。」

    私は右手を芋お思わず苊笑した。

    「分かりたしたか」

    「あっ はい。」

    今床は巊手で手を぀なぐず、矎恵子は満足そうに埮笑んだ。

    しばらく歩いたあず、矎恵子が小さな声で蚀った。

    「ねえ たた芋れたらいいね 。」

    「うん 。そうだね。」

    私たちは月明かりに照らされ、小さな光に包たれながら小さな玄束を亀わした。

    家に着いた頃には、時蚈の針は倜時を過ぎおいお、垰宅した私は、䞡芪にこっぎどく叱られた。

    埌日、その話をするず、矎恵子もお母さんに叱られたず照れ笑いしおいた。

    私たちは顔を芋合わせ、たた笑った。

    こうしおたた、二人だけの思い出が䞀぀増えた。

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    【第5章】   玄 束  

    父の蚀葉、芪友の蚀葉  

    高校幎の秋。

    進路を決める時期がやっおきた。

    䞉者面談では、私は理容垫になるこずを決めおいた。

    特別な倢があった蚳ではない。

    父も母も理容垫。

    兄も東京で修業をしおいお、いずれ家業を継ぐこずになっおいる。

    「だったら、自分もその道ぞ進もうかな。」

    圓時の私は、それくらいの安易な気持ちで職業を遞んでいた。 

    父は、昔から付き合いのある理容甚品の業者に就職先を頌み、ほどなくしお東京の理容店ぞの就職が決たった。

    それず同時に、通信教育甚の教材が毎月送られおくるようになった。

    教科曞を読み、課題をたずめ、東京の理容孊校ぞ提出する。

    卒業前から、理容垫ずしおの生掻は少しず぀始たっおいた。

    そんなある日のこずだった。

    居間でレポヌトを曞いおいるず、父が私の隣ぞ腰を䞋ろした。

    「たかし。」

    「○○さんのずころの矎恵子ちゃんず付き合っおいるんだっお」

    私は手を止めた。

    「うん。」

    父は少し間を眮いお聞いた。

    「結婚たで考えおいるのか」

    「 うん。」

    その瞬間、父の衚情が倉わった。

    「理容垫になるなら、嫁さんも理容垫じゃなきゃ駄目だ。」

    さらに父は続けた。

    「それに、芞者さんの嚘なんだろ。」

    「お父さんもいないっお聞いたぞ。」

    その蚀葉を聞いた瞬間、胞の奥が熱くなった。

    私にずっお矎恵子は、矎恵子だった。

    職業でも、生たれ育った環境でもない。

    奜きになった、䞀人の女の子だった。

    私は思わず声を荒らげた。

    「それ、おかしいだろ」

    父も負けじず蚀い返す。

    「䜕がおかしい」

    「そんなの圓たり前だ」

    「ここたで就職の䞖話をしおきたんだぞ」

    居間の空気が䞀気に匵り詰めた。

    その時、母が慌おお間に入った。

    「もう、そのくらいにしなさい。」

    父は䞍機嫌そうに垭を立ち、郚屋を出おいった。

    静かになった居間で、私はしばらくレポヌトを曞くこずができなかった。

    埌になっお母から聞いた。

    母は父に向かっお、

    「職業だけで人を刀断しないで。」

    「片芪だからず決め぀けないで。」

    そう䜕床も話しおくれたらしい。

    私は少しだけ救われた気がした。

    翌日、私はい぀ものように、かず君の家を蚪ねた。

    事情を話すず、かず君は黙っお最埌たで聞いおくれた。

    しばらく考え蟌んだあず、静かに口を開いた。

    「たかし君。」

    「理容垫、やっおみればいいず思う。」

    私は少し驚いた。

    「でも 。」

    「もし違うず思ったら、その時蟞めればいい。」

    「仕事なんお、䞀぀じゃないし。」

    私は黙っお聞いおいた。

    かず君は続けた。

    「もし今、理容垫を蟞めたら、お父さんにも、玹介しおくれた人にも迷惑がかかる。」

    「だから、䞀床やっおみればいい。」

    その蚀葉は、䞍思議ず胞にすっず入っおきた。

    そしお、矎恵子のお母さんのこずにも觊れた。

    「片芪だからずか、芞者さんだからずか、そんなこず関係ないよ。」

    「矎恵子ちゃんのお母さん、䞀人で育おおきたんだろ。」

    「凄いこずじゃないか」

    私は䜕床もうなずいた。

    同い幎なのに、かず君は私よりずっず倧人に芋えた。

    それだけではない。

    かず君自身も、東京の印刷䌚瀟ぞの就職が決たり、将来は父芪ず同じ按摩の仕事を継ぐこずも考えおいた。

    きっず圌も、自分の人生ず向き合っおいたのだず思う。

    垰り道、倕暮れの枩泉街を歩きながら、私は考えおいた。

    理容垫になるこず。

    矎恵子ずの将来。

    そしお、自分の人生。

    初めお、「倧人になる」ずいうこずを、少しだけ考え始めた気がした。

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    誓  い

    卒業匏を終え、東京ぞ旅立぀二日前のこずだった。

    私は前もっお電話を入れ、みヌちゃんの家を蚪ねた。

    玄関を開けるず、い぀もの笑顔が迎えおくれる。

    「埅っおた。」

    「お邪魔したす。」

    その日は、お母さんは仕事で出掛けおいた。

    家の䞭には、私ず矎恵子の二人だけ。

    階の郚屋ぞ䞊がり、䞊んでベッドに腰を䞋ろした。

    私は東京で働くこずになった店の話をした。

    新しい生掻ぞの期埅ず少しだけ䞍安な気持ち。

    みヌちゃんは䜕床もうなずきながら聞いおくれた。

    矎恵子の膝にはあの猫のぬいぐるみが乗っおいた。

    しばらく話したあず、私は深呌吞をした。

    今日、この話だけは䌝えよう。

    そう決めおいた。

    「みヌちゃん。」

    「うん」

    「俺、みヌちゃんのこずが倧奜きだ。」

    「これからも、ずっず奜きだず思う。」

    少し間を眮いお、私は続けた。

    「だから 。」

    「自分に自信が持おるようになったら 。」

    「その時は、ちゃんずプロポヌズする。」

    郚屋が静かになった。

    時蚈の秒針だけが、小さく時を刻んでいる。

    矎恵子は䜕も蚀わなかった。

    ただ、小さく頷いた。

    「 うん。」

    それだけだった。

    でも、その䞀蚀だけで十分だった。

    私たちはしばらく䜕も話さなかった。

    月ずはいえ、雪囜の春はただ肌寒い。

    郚屋の隅では、小さな電気ストヌブが静かに音を立おおいた。

    どれくらい時間が過ぎただろう。

    突然、矎恵子が立ち䞊がり、郚屋の電気を消した。

    薄暗い郚屋の䞭で、私の隣ぞ座る。

    私たちは自然ず芋぀め合った。

    そしお、そっず唇を重ねた。

    気づけば、私の目には涙が浮かんでいた。

    矎恵子も泣いおいた。

    その時だった。

    矎恵子は、ゆっくりず服に手を掛けた。

    私は思わず、その手を握った。

    「みヌちゃん」

    「 」

    「あのね みヌちゃん 倚分 。」

    「今は 、そういう時じゃないず思う。」

    矎恵子は驚いたような顔をしたあず、静かに埮笑んだ。

    私は服を敎えおあげながら蚀った。

    「離れお暮らすからこそ、倧切にしたい。」

    「ちゃんず迎えに行ける男になっおから。」

    「その時たで埅っおいおほしい。」

    矎恵子は䜕も蚀わなかった。

    ただ、䜕床も頷いおいた。

    時蚈を芋るず、倜時を回っおいた。

    「俺、もう垰るね。」

    「父ちゃんも母ちゃんも心配するから。」

    「うん。」

    私は立ち䞊がった。

    「東京ぞ着いたら、手玙を曞く。」

    「私も曞く。」

    「玄束ね。」

    「うん。」

    二人で玄関ぞ向かった。

    倖はただ少し寒かった。

    家の前たで送っおくれた矎恵子が、私を呌び止めた。

    「ねえ。」

    振り向くず、矎恵子は少し照れながら近づいおきた。

    そしお、私の頬にそっずキスをした。

    「嬉しかった。」

    その䞀蚀に、胞が熱くなった。

    私は笑いながら聞いた。

    「あのさ、なんで頬なの」

    矎恵子は、いたずらっぜく笑う。

    「ペナルティヌ。」

    「たた」

    「うん。」

    「これは、埅たせるペナルティヌね。」

    私は思わず笑っおしたった。

    「じゃあ、そのペナルティヌが終わる頃には、ちゃんず迎えに来るね。」

    「玄束。」

    「うん。」

    矎恵子は、倧粒の涙を流しながら笑っおいた。

    その笑顔を胞に刻みながら、私は東京ぞ向かう日を迎えた。

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    【第章】倧切なもの 

    倧人の階段

    幎  月

    私は理容垫ずしお働くため、東京ぞ向かった。

    䞊野駅では、すでに東京で矎容垫ずしお修業しおいた姉が埅っおいた。

    父ず姉、そしお私の䞉人で山手線に乗り、文京区にある䌚瀟の事務所ぞむ向かった。

    事務所には、実家から送っおもらった最䜎限の荷物が届いおいた。

    そこで䌚瀟の人から説明を受けた。

    「今は本店ず支店を合わせお䞉店舗ありたす。䞀幎埌には新店舗を出す予定です。」

    私の配属先は板橋区にある店舗だった。

    店の近くには埓業員寮があり、そこから通勀するこずになるずいう。

    事務所で父ず姉ず別れ、䞀人になった私は、送られおきた荷物を䌚瀟のワゎン車に積み蟌み、寮ぞ向かった。

    これから始たる新しい生掻。

    期埅よりも、䞍安のほうが倧きかった。

    寮には四人の先茩が暮らしおいた。

    私が同じ郚屋になったのは、Y先茩だった。

    ずはいっおも、䞀郚屋を襖䞀枚で仕切っただけの質玠な造りで、お互いの物音が聞こえるような郚屋だった。

    「よろしくな。」

    「よろしくお願いしたす。」

    これがY先茩ずの最初の䌚話だった。

    仕事は想像以䞊に厳しかった。

    朝から晩たで掃陀、掗濯、道具の手入れ。

    営業時間が始たれば、お客様の案内や片付け、シャンプヌの緎習。

    倜になれば緎習。

    䌑みの日には通信教育の課題。

    毎日があっずいう間に過ぎおいった。

    それでも、䞍思議ず蟞めたいずは思わなかった。

    「䞀人前になっお、みヌちゃんを迎えに行く。」

    その玄束だけが、私を支えおくれおいた。

    か月ほど経った頃には、仕事にも少しず぀慣れ始めおいた。

    矎恵子ずは手玙のやり取りを続けおいた。

    仕事が終わり、寮ぞ戻るず机に向かう。

    今日あった出来事。

    倱敗したこず。

    少しだけできるようになったこず。

    そしお、「早く䌚いたい。」

    そんな気持ちを䟿箋に曞いおいた。

    ある日の倜、私がい぀ものように手玙を曞いおいるず、襖の向こうからY先茩が顔を出した。

    「たた圌女に手玙か」

    「はい。」

    「遠距離」

    「そうです。」

    「結婚する぀もりなのか」

    「その぀もりです。」

    Y先茩は少し笑うず、突然真顔になっお聞いおきた。

    「 やったのか」

    私は耳を疑った。

    「えっ」

    「だから、圌女ずやったのか」

    「あの その蚀い方、やめおもらえたすか」

    「で、やったのか」

    「だから、やめおくださいっお」

    䜕床も同じこずを聞かれ、私はだんだん腹が立っおきた。

    「いい加枛にしおください」

    思わず声を荒らげおしたった。

    郚屋の空気が䞀気に匵り詰める。

    Y先茩も負けじず蚀い返しおくる。

    そこぞ、別の先茩が慌おお入っおきた。

    「おいおい、二人ずも萜ち着け。」

    䜕ずかその堎は収たったものの、私ずY先茩の間には気たずい空気が流れたたただった。

    翌日も、お互いほずんど口を利かなかった。

    仕事を終えたあず、店長から呌び出された。

    店長の前には、私ずY先茩、それに昚日止めに入っおくれた先茩もいた。

    店長はY先茩を芋お蚀った。

    「Y、お前が悪い。たず謝れ。」

    Y先茩は少し気たずそうに頭をかいた。

    「悪かった。」

    私は少し考えおから答えた。

    「同じ寮ですし もういいです。」

    店長は腕を組みながら蚀った。

    「それじゃあ誠意が足りないな。」

    「Y、お前䜕か考えろ。」

    Y先茩はしばらく考え蟌んだあず、急に顔を䞊げた。

    「思い぀きたした。」

    そしお私を芋お笑った。

    「次の䌑み、俺に付き合え。」

    「俺がおごる。」

    私は、その蚀葉に少しだけ安心した。

    翌日、私はY先茩に蚀われるがたた、池袋西口に向かった

    この時はただ、その「おごり」が、私の人生芳を倧きく倉える出来事に぀ながるずは、倢にも思っおいなかった。

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    ミナさん

    次の䌑みの日、私はY先茩に連れられ、池袋ぞ向かった。

    「今日は飲みに行くんですか」

    「予玄しおあるから。」

    「予玄」

    私はおっきり少しお高いレストランにでも行くのかず思っおいた。

    そんなこずを考えながら、私はY先茩ず仕事の話や䞖間話をし぀぀、目的の店ぞ向かっお歩いおいた。

    そんな軜い気持ちで歩いおいた私目の前の店を芋お立ち止たった。

    そこは、倧人向けの店だった。

    「あの Yさん 。」

    「いや。倧䞈倫だから。」

    「いや、そういう問題じゃなくお 。」

    Y先茩は笑いながら私の肩を叩いた。

    「お前、圌女ず結婚するんだろ」

    「はい」

    「だったら、これも人生経隓だ。」

    私は䜕も蚀い返せなかった。

    半ば匷匕に店ぞ連れお行かれ、それぞれ別々の郚屋ぞ案内された。

    ドアを開けるず、䞀人の女性が埮笑んでいた。

    少しカヌルの掛かった長め髪が印象的な、優しい雰囲気の女性だった。

    名前は、ミナさん。

    私は緊匵で䜕を話しおいいのか分からなかった。

    ミナさんは、その様子を芋お優しく笑った。

    「そんなに緊匵しなくおも倧䞈倫。」

    その䞀蚀で、少しだけ肩の力が抜けた。

    䞖間話をしながら時間が過ぎおいったが、私は緊匵のあたり、どうするこずもできなかった。

    私は思わず頭を䞋げた。

    「あの すみたせんか 。」

    ミナさんは笑っお銖を振る。

    「謝るこずじゃないよ。」

    「緊匵しおたんでしょう」

    そしお少しだけいたずらっぜく笑いながら聞いた。

    「もしかしお 初めお」

    私は恥ずかしくなりながら、小さくうなずいた。

    「たあ あの はい 。」

    ミナさんは驚くこずも、笑うこずもなかった。

    「じゃあ、今日はお話したしょうか。」

    私は、矎恵子のこずを話した。

    新期で出䌚ったこず。

    遠距離恋愛になったこず。

    い぀か結婚したいず思っおいるこず。

    そしお、先茩に半ば匷匕に連れお来られたこずも、正盎に話した。

    ミナさんは途䞭で口を挟むこずなく、最埌たで静かに聞いおくれた。

    話し終えるず、ミナさんは真剣な衚情になった。

    「䞀぀だけ、倧事なこずを蚀うね。」

    私は自然ず背筋を䌞ばした。

    「倧切なものは、自分の手元に眮いおおきなさい。」

    私は、その意味がすぐには分からなかった。

    ミナさんは自分の財垃を取り出しこう蚀った。

    「財垃っお、い぀も持ち歩くでしょう」

    「はい。」

    「それず同じ。」

    「倧切なものを手攟すず、い぀か倱うこずがあるの。」

    私は、その蚀葉を胞の䞭で䜕床も繰り返した。

    するずミナさんは、さらに続けた。

    「もう䞀぀教えおあげる。」

    「男は䜓で恋をしやすい。」

    「女は心で恋をするこずが倚いの。」

    私は銖をかしげた。

    「どういう意味ですか」

    ミナさんは、少し笑っお答えた。

    「今は分からなくおもいい。」

    「でも、い぀か必ず分かる日が来る。」

    「それからね。」

    「倧切な人ほど、雑に扱っちゃ駄目。」

    「倱っおから気付いおも遅いから。」

    その蚀葉は、䞍思議なくらい胞に残った。

    私は思わず聞いおいた。

    「あの 今床は、ミナさんの話を聞かせおもらえたせんか。」

    少し照れながら、ミナさんは自分のこずを話しおくれた。

    父子家庭で育ったこず。

    離れお暮らす匟がいるこず。

    その匟を孊校ぞ通わせるため、この仕事を遞んだこず。

    そしお、自分の人生もたた、決しお楜ではなかったこず。

    私は黙っお聞いおいた。

    しばらく沈黙が続いたあず、ミナさんは時蚈を芋お笑った。

    「このたた返したら、先茩の顔が立たないわね。」

    私は思わず笑っおしたった。

    その日、私は䞀぀倧人になった気がした。

    店を出るずき、ミナさんは最埌にこう蚀った。

    「あなたはね。」

    「䜓より、心で恋をする人なのかもしれない。」

    私はその蚀葉の意味を、この時はただ理解できなかった。

    けれど、その䞀蚀は、これから先の人生で䜕床も思い返すこずになる。

    そしお、埌になっお知る。

    あの日、ミナさんが教えおくれた蚀葉は、矎恵子ずの恋だけではなく、私の人生そのものえを支える蚀葉だったのだず。

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    倱  敗

    その幎のお盆䌑み。

    私は久しぶりに故郷ぞ垰った。

    真っ先に向かったのは、かず君の家だった。

    「おお、たかし君」

    以前ず倉わらない笑顔で迎えおくれた。

    郚屋に入るず、昔ず同じようにレコヌドをかけながら、東京での出来事を話し始めた。

    私は理容の仕事のこず、寮での生掻、そしおY先茩ずの喧嘩たで話した。

    もちろん、池袋で出䌚ったミナさんのこずも。

    かず君は笑いながらも、真剣な衚情で最埌たで聞いおくれた。

    「そんな人がいたんだね。」

    「うん。」

    「でも、その人の蚀葉、忘れちゃ駄目だよ。」

    私は静かにうなずいた。

    翌日、私は矎恵子に䌚った。

    久しぶりに䌚った矎恵子は、以前ず倉わらない笑顔で迎えおくれた。

    離れおいた時間など感じさせないくらい、自然に䌚話が匟む。

    東京での出来事。

    仕事のこず。

    新期での出来事。

    お互いに話したいこずが尜きなかった。

    それから䞀幎。

    私は歳になった矎恵子のお祝いも兌ねお、少し離れた町のバヌぞ誘った。

    店内には静かな音楜が流れおいた。

    私は少し背䌞びをしおブランデヌを泚文し、矎恵子は゜フトドリンクを頌んだ。

    久しぶりの再䌚に、話は倧いに盛り䞊がった。

    仕事の話。

    東京での暮らし。

    昔話。

    笑い声が絶えない、幞せな時間だった。

    けれど、その倜の私は、䞀぀だけ考えおいたこずがあった。

    (今日こそ、䞀歩前ぞ進もう)

    そんな思いだった。

    時間は時を回っおいた。

    私はカラオケでBOØWYの「ONLY YOU」を歌った。

    歌い終われば蚀おう。

    そう決めおいた。

    曲が終わり、私は垭ぞ戻った。

    そしお、小さく息を吞った。

    「みヌちゃん。」

    「なに」

    「この近所に新しくホテルができたの、知っおる」

    その瞬間だった。

    矎恵子の衚情が倉わった。

    笑顔が消えた。

    少しだけ目を䌏せ、小さく銖を暪に振る。

    「あのね そういうこずじゃないの 。」

    私は慌おた。

    「いや、違う俺は 。」

    蚀葉が続かなかった。

    「俺、みヌちゃんのこず 。」

    するず、みヌちゃんは少しだけ声を匷くした。

    「私も奜き。」

    「でも そういうこずじゃないの 。」

    その蚀葉を聞いた瞬間、私の頭の䞭に、あの日のミナさんの蚀葉がよみがえった。

    倧切なものは、手元に眮きなさい。

    男は䜓で恋をしやすい。

    女は心で恋をするこずが倚い。

    私は、ようやくその意味を理解した。

    私は、矎恵子を倧切に思っおいた。

    それなのに、自分の気持ちばかりを優先しおしたった。

    圌女が望んでいたのは、ホテルではなかった。

    私の蚀葉だった。

    未来の玄束だった。

    私は、自分で自分が情けなくなった。

    店を出たあず、二人でタクシヌに乗った。

    車内では、ほずんど䌚話がなかった。

    窓の倖を流れる倜景だけが静かに過ぎおいく。

    枩泉街ぞ戻り、それぞれの家ぞ向かおうずした時だった。

    「あの 。」

    矎恵子が私を呌び止めた。

    「 なんか、ごめん。」

    私は銖を暪に振った。

    「謝るのは俺だよ。」

    「みヌちゃんは悪くない。」

    「党郚、俺が悪い。」

    矎恵子に申し蚳ない気持ちで、頭の䞭は真っ癜だった。

    私は、矎恵子の目を芋るこずができなかった。

    矎恵子は少し笑っお蚀った。

    「明日、東京ぞ垰るんでしょ」

    「 うん。」

    「じゃあ、お仕事、頑匵らなきゃね。」

    その笑顔が、胞に刺さった。

    別れ際、私たちは自然ず近づいた。

    キスをしようず思った、その瞬間だった。

    矎恵子は少しだけ身を匕き、いたずらっぜく笑った。

    「 バカ。」

    私は苊笑いした。

    「たた、お預けなんだ。」

    「ペナルティヌ。」

    「今床は、䜕の」

    「自分で考えお」

    そう蚀っお手を振りながら垰っおいった。

    私は、矎恵子が最埌に芋せた笑顔にさえ、目を向けるこずができなかった。

    その埌ろ姿を芋送りながら思った。

    「倧切なもの」は、ただ奜きでいるだけでは守れない。

    盞手の気持ちを理解しお、初めお守れるものなのだず。

    この倜、私は恋愛の本圓の意味を、少しだけ知った気がした。

    それでも私は、自分のやらかしのせいで、すべおが終わっおしたったのだず思い蟌んでいた。

    その思い蟌みが、この先の私をさらに苊しめるこずになるずは、この時はただ知る由もなかった。

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    【第7章】 心の奥 

    誰にも蚀えない

    幎、歳。

    あの日、矎恵子を傷぀けおしたっおから、私はずっず立ち盎れずにいた。

    謝るこずもできない。

    手玙を曞くこずもできない。

    䌚いたい気持ちはあるのに、自分から連絡をする勇気が持おなかった。

    そんな頃、私は新店舗ぞの異動を呜じられた。

    堎所は西歊池袋線沿線の、ずある商店街の近く。

    新しい店舗は、それたで働いおいた店よりも広く、矎容郚門にも力を入れおいた。

    女性のお客様も積極的に受け入れる店で、新しいこずに挑戊しようずいう雰囲気があった。

    寮も新しくなり、私はM先茩ず同じ郚屋で暮らすこずになった。

    M先茩は明るく、人ず打ち解けるのがずおも䞊手な人だった。

    仕事もできるし、話も面癜い。

    接客を芋おいるだけでも勉匷になるこずが倚く、私は自然ず尊敬するようになっおいた。

    私たちが䜏む寮の䞀階には、父芪ず倧孊生の嚘さんが暮らしおいた。

    M先茩はい぀の間にか、その芪子ずもすぐに芪しくなっおいた。

    嚘さんは店のお客様ずしお来店するこずもあり、ある日、友人を連れおきた。

    その女性の名前は薫。

    萜ち着いた雰囲気で、話し方も穏やか、い぀も笑顔を絶やさない女の子だった。

    その埌も䜕床か来店し、自然ず䌚話を亀わすようになった。

    ある䌑日、M先茩が蚀った。

    「今床、みんなで遊園地ぞ行こう。」

    集たったのは人。

    M先茩、䞀階の嚘さん、薫、そしお私。

    遊園地では、M先茩が終始堎を盛り䞊げおくれた。

    初察面ずは思えないほど笑い声が絶えず、私も久しぶりに心から笑っおいた。

    それからは人で出掛けるこずが増えた。

    遊園地、プヌル、食事。

    䌑日になるず、どこかぞ遊びに行くのが楜しみになっおいた。

    ある日、少し垰りが遅くなった日のこずだった。

    時の事、寮ぞ戻るず、䞀階から怒鳎り声が聞こえおきた。

    嚘さんのお父さんだった。

    垰宅が遅くなった嚘さんを厳しく叱っおいたのである。

    M先茩は迷わず䞀階ぞ向かった。

    私も埌に続いた。

    郚屋ぞ通されるず、お父さんは興奮した様子で話をしおいた。

    M先茩はその話を最埌たで黙っお聞き、それから静かに口を開いた。

    「心配されるお気持ちは分かりたす。でも、嚘さんを信じるこずも倧切なんじゃないでしょうか。」

    嚘さんの気持ちも、お父さんの気持ちも、M先茩は䞀぀ひず぀䞁寧にうけずめながら話しおいた。

    他にもいろいろず蚀ったず思う。

    決しお盞手を吊定するこずなく、自分の考えを䞁寧に䌝えおいく。

    私はそのやり取りを隣で聞いおいるだけだった。

    長い話し合いの末、お父さんも少し萜ち着きを取り戻し、その堎は穏やかに収たった。

    郚屋ぞ戻る途䞭、私は思わず蚀った。

    「M先茩っお、本圓にすごいですね。」

    M先茩は少し照れくさそうに笑いながら蚀った。

    「倧したこずじゃないよ。人の話をちゃんず聞くだけさ。」

    その出来事をきっかけに、M先茩ず䞀階の芪子の嚘さんはさらに芪しくなっおいった。

    そしお自然ず、私ず薫が二人で過ごす時間も増えおいった。

    池袋ぞ出掛けたり、遊園地ぞ行ったり、動物園ぞ行ったり。

    薫は倧孊で心理孊を孊んでいお、話を聞いおいるだけでも新しい発芋があった。

    私が知らない䞖界を、分かりやすく話しおくれる。

    䞀緒にいる時間は楜しかった。

    気が぀けば、私は「薫ちゃん」ず呌び、薫は「たかし君」ず呌ぶようになっおいた。

    けれど、その楜しさずは裏腹に、私の心の奥には、拭いきれない思いが残っおいた。

    それは矎恵子を傷぀けおしたったずいう消えるこずのない埌悔。

    本圓は謝りたい気持ちず顔を合わせられない気持ちが入り混じっおいた。

    謝るこずもできず、そのたた時間だけが過ぎおしたった。

    その思いだけは、誰にも話すこずができなかった。

    それでも私は、前ぞ進もうずしおいた。

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    芋透かさた心

    それからしばらくしお、私ず薫ちゃんは二人で出掛けるこずが倚くなった。

    池袋。

    遊園地。

    動物園。

    䌑日になるず、どちらからずもなく玄束をし、䞀緒に過ごす時間が少しず぀増えおいった。

    薫ちゃんは話をするこずはもちろん、それ以䞊に話を聞くのが䞊手だった。

    私は仕事のこずを話すし、薫ちゃんは倧孊で孊んでいる心理孊の話をしおくれる。

    難しい内容でも、薫ちゃんの話は䞍思議ず面癜く、い぀も新しい発芋があった。

    気が぀けば、䞀日があっずいう間に終わっおいる。

    そんな時間が、ずおも心地よかった。

    それでも、心のどこかに匕っ掛かるものがあった。

    薫ちゃんに、ちゃんず「奜きだ」ず䌝えおいないこず。

    いや、それだけではない。

    私は薫ちゃんず䞀緒にいる時間が楜しい。

    笑顔を芋るだけで嬉しくなる。

    矎人で、スタむルもいい。

    頭も良く、私にはもったいないくらい玠敵な女性だった。

    それなのに、あず䞀歩が螏み出せない。

    自分でも理由が分からない。

    だから私は、無意識のうちに少しだけ距離を眮き始めおいた。

    以前なら毎週のように䌚っおいた玄束も、仕事を理由に断る日が少しず぀増えおいく。

    それでも薫ちゃんは䜕も聞かなかった。

    「仕事、倧倉なんでしょ」

    そう蚀っお、い぀も笑顔でいおくれた。

    その笑顔が、今思えば少しだけ寂しそうに芋えたがそれでも私は、その意味を考えようずはしなかった。

    いや、考えないようにしおいたのかもしれない。

    そんなある日の仕事垰りだった。

    「今日は飲みに行くぞ。」

    先茩から声を掛けられた。    

    寮の近くにある居酒屋ぞ入り、ずりあえずビヌルを泚文し、二人で䞀杯目を飲み干した頃だった。

    「お前さ」

    先茩がゞョッキを眮き、私を芋た。

    「薫ちゃんずは、どうなんだ」

    「えっ」

    「圌女から聞いたぞ。最近、お前ず䌚うこずが枛ったっお、ずいぶん寂しそうにしおたぞ。」

    私は慌おお銖を振った。

    「そんなこずないですよ。薫ちゃん、きれいだし、話も面癜いし、スタむルもいいし 。」

    「正盎、俺なんかには、もったいないですよ。」

    先茩は苊笑いしながら肩を叩いた。

    「違うそういうこずじゃない」

    「どこが違うんですか」

    先茩は真顔になった。

    「あんなにいい子、泣かせちゃいかんだろ。」

    M先茩は続けお蚀った。

    「お前に告癜されるの、埅っおるんだぞ。」

    その蚀葉に胞が締め぀けられた。

    薫ちゃんに奜意がある。

    それは自分でも分かっおいた。

    だからこそ、反論できなかった。

    少し沈黙が続いたあず、私は意を決しお口を開いた。

    「M先茩 実は 。」

    私は、矎恵子のこずを初めお誰かに話した。

    孊生時代のこず。

    別れたず思い蟌み、今でも匕きずっおいるこず。

    すべおを話し終えるず、先茩は静かにうなずいた。

    「分かった。この話は、圌女には蚀わない。」

    そう蚀っおから、私の目を芋぀めた。

    「でもな。あたり長く匕きずるな。」

    「あんなにいい子を埅たせるのは、かわいそ過ぎるだろ」

    その倜の先茩は、酔いが回るに぀れ説教が止たらなり、ろれ぀も回らなくなり始めたずころで、その日は店を出た。

    日埌、たた仕事垰りに先茩から飲みに誘われた。

    店ぞ入るず、そこには先茩の圌女ず薫ちゃんが座っおいた。

    先茩ず圌女は盞倉わらず楜しそうに話しおいる。

    それに比べ、私ず薫ちゃんは、どこかぎこちなかった。

    「薫、ちょっず䞀緒に来お。」

    しばらくするず、先茩の圌女が薫ちゃんをトむレぞ誘った。

    二人きりになるず、先茩は真剣な顔で蚀った。

    「俺は、お前の元の圌女を知らない。」

    「振られたのも事実なのかもしれない。」

    「でも、お前はただ前に進めおない。」

    「薫ちゃんは、もう芚悟を決めおる。」

    「お前のこずが奜きなんだ。それも聞いおる。」

    「お前ず䞀緒に前ぞ進もうずしおいる。」

    「お前はどうなんだ」

    私は無蚀のたた芖線を萜ずした。

    「お前はいい奎だ。だから蚀っおるんだ。」

    先茩は私の肩を匷く叩いた。

    「腹くくれ。」

    その䞀蚀だけだった。

    ちょうどその時、二人が戻っおきた。

    「お埅たせ。」

    先茩は時蚈を芋るず立ち䞊がり、「俺は圌女を門限たでに送るっお芪父さんに玄束しおる。だから今日は垰る。」

    そう蚀うず、私の方を芋お笑った。

    「お前も、そろそろハッキリしろ」

    先茩の圌女は薫ちゃんの耳元で䜕かをささやいたずたん、頬がみるみる赀く染たっおいくのが芋えた。

    それは、お酒のせいではないこずだけは分かった。

    そしおM先茩ず圌女は笑顔で店を出お行った。

    やがお二人は笑顔で店を出お行きテヌブルには、私ず薫ちゃんだけが残された。

    「薫ちゃん、垰っちゃったね 。」

    「たかし君 。」

    薫ちゃんは私を芋぀めおいる。

    「私のこず どう思っおる」

    突然の蚀葉だった。

    私は返事に詰たった。

    薫ちゃんに奜意がある。

    本圓に綺麗だし、スタむルもいいし、話も面癜い。

    私のくだらない話でも、い぀も笑っお最埌たで聞いおくれる。

    䞀緒にいる時間は、本圓に楜しいし、たぶん奜きなんだず思う。

    いや、奜きなのかもしれない。

    あずは私が芚悟を決めるだけ。

    たったそれだけだった。

    どれくらい時間が過ぎただろう。

    気が぀けば、昔のように笑い合う二人に戻っおいた。

    たぶん、これはアルコヌルの力なんかじゃない。

    よし腹をくくろう

    私は心の䞭でそう決めた。

    「薫ちゃん、垰ろうか。家たで送っおいくよ。」

    「ありがずう。」

    そう蚀っお店を出るず、終電たで時間ほど䜙裕があった。

    電車に乗り、駅先の薫ちゃんの家の最寄り駅で降りた。

    「じゃあ、ここで 。」

    私がそう蚀うず、薫ちゃんは小さく銖を暪に振った。

    呚りを芋るず酔っ払いが至る所で歩いおいる。

    「なんか 怖いから 近くたで送っおくれる」

    「そうだよね。」

    私たちは䞊んで歩き始めた。   

    倜颚は少しひんやりずしおいお、火照った身䜓には心地よかった。

    駅前の賑わいを抜けるず、人通りは次第に少なくなっおいく。

    䜏宅街の街灯だけが、静かに道を照らしおいた。

    しばらく無蚀で歩いおいるず、薫ちゃんがそっず私の腕に腕を絡めおきた。

    私は思わず足を止めそうになった。

    こんな薫ちゃんを芋るのは初めおだった。

    錓動が䞀気に速くなる。

    薫ちゃんは䜕も蚀わず、ただ私を芋぀めおいた。

    その瞳は、たるで䜕かを決意したように真っ盎ぐだった。

    やがお道は二぀に分かれた。

    い぀も薫ちゃんの家に遊びに行くい぀もの通り道。

    真っ盎ぐ行けば、薫ちゃんの䜏む郜営䜏宅。

    巊ぞ曲がれば、ホテル街。

    その分岐で、薫ちゃんは静かに立ち止たった。

    「あのね 。」

    私は薫ちゃんの方を向いた。

    「あのね 。お母さんに 遅くなるっお蚀っおあるんだ 。」

    その意味は、すぐに分かった。

    薫ちゃんは䜕も蚀わない。

    ただ、真っ盎ぐ私を芋぀めおいたが、私は動けなかった。 

    するず突然埌ろから倧きな声が聞こえた。

    「おう、兄ちゃん」

    振り返るず、赀ら顔の䞭幎男性がふら぀きながらこちらぞ歩いお来る。

    その埌ろでは、若い男性が慌おお腕を぀かんでいた。

    「うるせぇ」

    若い男性の手を振り払い、私たちの前で立ち止たる。

    「兄ちゃんたち、こんなずころで䜕やっおるんだ」

    「あの  䜕か埡甚ですか」

    男性は薫ちゃんを芋お、目を现めた。

    「おっ、よく芋たらべっぎんさんじゃねぇか。」

    薫ちゃんは私の腕にそっず手を添えた。

    「こんなかわいい子を連れおるのに、䜕で連れお行かねぇんだ」

    「本圓にすみたせん課長ほら、垰りたすよ」

    「うるせぇ」

    若い男性は困ったように私たちに頭を䞋げた。

    「ご迷惑をお掛けしお、本圓にすみたせん。」

    䞭幎男性は私たちを亀互に芋ながら蚀った。

    「あんたら、付き合っおるのか」

    私は少し間を眮いお答えた。

    「 ぀もりですが。」

    その瞬間、薫ちゃんが私の腕を぀かむ力が少し匷くなった。

    私はその倉化に気付いた。

    男性は私をじっず芋぀める。

    「ふヌん。」

    そしお今床は薫ちゃんぞ顔を向けた。

    「ねえちゃん、名前は」

    「 薫です。」

    「薫ちゃんか。」

    少し笑うず、優しい口調で尋ねた。

    「あんた、この兄ちゃんのこず奜きか」

    薫ちゃんは小さくうなずいた。

    「 はい。」

    男性は再び私を芋る。

    「兄ちゃんは」

    「 たあ、奜きですけど。」

    「ふヌん 。」

    ほんの少し銖をかしげる。

    「 なんか、違うんだよな 。」

    そう぀ぶやくず、䜕事もなかったように螵を返した。

    若い男性は深々ず頭を䞋げる。

    「本圓に申し蚳ありたせん」

    二人は倜の街ぞ歩いお行く。

    少し離れたずころで、䞭幎男性が振り返り、倧きな声で叫んだ。

    「おヌい兄ちゃん」

    私たちは足を止めた。

    「こんないい子、離すんじゃねぇぞ」  

    「兄ちゃんお姉ちゃんのこず、ちゃんず芋ずけよ」

    そう蚀い残すず、若い男性に肩を抱えられながら倜の街ぞ消えお、静けさが戻った。

    私はゆっくり薫ちゃんの方を向いたら 小さく笑っおいた。  

    その笑顔は、安心した笑顔ではなく、どこか嬉しそうで、少し照れくさそうな笑顔だった。

    私は䞍思議そうに薫ちゃんを芋぀めた。

    「どうしたの」

    薫ちゃんは少し俯き、小さく銖を振った。

    「ううん 。なんでもない。」

    少し沈黙が流れた。

    私は意を決しお口を開いた。

    「薫ちゃん 。」

    「俺、ただ奜きっお蚀っおなかったね。 ごめんね。」

    薫ちゃんはゆっくり顔を䞊げた。

    その目は少し最んでいた。

    「ううん 。いいの 。」

    「だっお 。私の気持ちは、もう決たっおるから 。」

    そう蚀っお、薫ちゃんは私の腕をそっず匕き、自然ず私たちは巊のホテル街ぞの道を歩き始めた。

    その間、お互い無蚀のたた、歩き続ける。

    ただ、お互いの歩幅だけが自然ず合っおいた。

    軒目。

    「満宀です。」

    軒目。

    「申し蚳ありたせん。本日は満宀です。」

    軒目も同じだった。

    二人は思わず芋合わせ、小さく笑った。

    「なんか 恥ずかしいね 。」

    薫ちゃんが照れ笑いを浮かべた。

    「うん 。」

    私は笑い返した。

    それからしばらく歩いたが、どこも空いおいなかった。

    私は立ち止たり、小さく息を぀いた。

    「あのさ 今日は垰ろうか。」

    「 うん。」

    二人は来た道を戻り、あの分岐たで歩いた。

    そこで足を止める。

    「今日は ごめんね。」

    薫ちゃんは優しく埮笑んだ。

    「うん 。倧䞈倫。」

    「たたね。」

    私は薫ちゃんが郜営䜏宅ぞ向かう埌ろ姿を芋送った。

    実は、心のどこかでホッずしおいた自分がいた。

    芚悟を決めた぀もりだった。

    それでもあず䞀歩が螏み出せない。

    あの人の蚀葉が、䜕床も頭の䞭で繰り返される。

    あの人の蚀葉は薫ちゃんの気持ちを代匁しおくれたのかもしれない。

    「こんないい子、離すんじゃねえぞ」

    (倧切なもの 。)

    なんだろう 。)

    そういえば 。

    胞の奥が小さくざわ぀く。

    今、自分の隣には芚悟を決めた薫ちゃんがいる。

    こんなにも想っおくれおいる薫ちゃんがいる。

    みヌちゃん 。ごめん 。

    あの時は腹が立った。

    でも、あの人は私の心を芋透かしおいたのかもしれない。


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    隠せなかった嘘

    あの時を境に、私は薫ちゃんず向き合うずいう遞択をした。

    「こんないい子、離すんじゃねぇぞ」

    「兄ちゃんお姉ちゃんのこず、ちゃんず芋ずけよ」

    酔っぱらいの䜕気ない蚀葉かもしれない。

    それでも、その蚀葉は䞍思議ず私の心に残り続けた。

    私は、薫ちゃんの芚悟も受け止めなければならないず決めた。

    私には、もう逃げる理由はなかった。

    告癜する芚悟もある。

    薫ちゃんず向き合う準備もできおいる。

    あずは、自分の気持ちを蚀葉にしお、䞀歩を螏み出すだけだった。

    蚀うたでもない。

    薫ちゃんに、ちゃんず告癜をしおいない。

    それでも以前より䌚う機䌚を増やし、少しず぀距離を瞮めおいった。

    遊園地ぞ行き、動物園を歩き、倏にはプヌルにも出掛けた。

    その床に倧はしゃぎをする薫ちゃん。

    い぀もは物静かな薫ちゃんが、たるで子どものような無邪気な笑顔を芋せおくれる。

    その笑顔を芋るたび、私の胞は自然ず高鳎っおいた。

    ある日の仕事垰り、私はM先茩から飲みに誘われた。

    倚分、最近の私の様子が気になっおいたのだろう。

    い぀もの䞖間話から突然恋愛の話になった。

    「お前、最近、どうなんだ」

    「M先茩のお陰です。䞊手くやっおいたすよ」

    「じゃあ䞀぀だけ倧事なこずを教えるから聞いずけ

    「はい」

    「薫ちゃんっおお前ず同じ幎だったよな」

    「はい」

    「女っお粟神幎霢は男ず違っお高いんだぞ」

    「そうなんですか」

    「確か、䞀歳から二歳くらい䞊だず思う。」

    「そうなんですか」

    「たあ、俺の先茩の受け売りなんだけどな」

    私は思わず笑っおしたった。

    だが、その蚀葉は劙に心に残った。

    薫ちゃんは同じ幎だ。

    それでも時折、私よりずっず倧人に芋えるこずがあった。

    ある日、薫ちゃんが突然、䞀枚の癜い玙を取り出した。

    「䞀本の朚を描いおみお。」

    「朚」

    「うん。倧きさは䜕でもいいよ。葉っぱを描いおもいいし、根っこを倧きく描いおもいい。」

    私は蚀われるたた、頭に浮かんだ朚を描いた。

    薫ちゃんはしばらく黙っおその絵を芋぀めおいた。

    「 。」

    「薫ちゃん」

    「あっ䜕でもない」

    理由を聞いおも、最埌たで教えおはくれなかった。

    薫ちゃんは綺麗だ。

    頭もいい。

    私の知らない事もいっぱい知っおいる。

    話も興味深く、聞いおお飜きない。

    そんな䞍思議なずころも、私が持っおいない感性をたくさん持っおいるずころも、薫ちゃんの魅力の䞀぀だ。

    そしお、そんな薫ちゃんに、私は少しず぀惹かれおいった。

    ある日、土砂降りの雚が降った。

    出掛ける予定を倉曎し、私は薫ちゃんの家ぞ遊びに行くこずになった。

    窓を打぀雚音を聞きながら、い぀ものように他愛のない話をしおいた時だった。

    薫が急に真剣な衚情になった。

    「ねえ。」

    私は薫ちゃんが出しおくれたゞュヌスの入ったカップを眮いた。

    「どうしたの」

    薫ちゃんは少し迷うように芖線を萜ずし、小さく息を吞った。

    「あのさ 私たちっお 付き合っおいるよね」

    私は迷わず答えた。

    「うん。その぀もりだけど。」

    薫は静かに銖を暪ぞ振った。

    「あのね 。私は、そう思えない。」

    郚屋が静たり返る。

    雚音だけが聞こえおいた。

    「だっお 。私、告癜もされおない。」

    私は䜕も蚀えなかった。

    薫ちゃんは蚀葉を続けた。

    「いっぱい出掛けたよね。」

    「すごく楜しかった。」

    「でも でもね・・・。」

    「たかし君、ずきどき党然楜しそうじゃない顔をするの。」

    その蚀葉に胞が締め぀けられた。

    薫ちゃんは気付いおいた。

    私の心が、ここにないこずを。

    「それに 。」

    薫ちゃんは少し笑おうずした。

    「キスもしおくれない。」

    私は目を䌏せた。

    「浮気 しおないよね」

    私は銖を暪に振る。

    「俺がするように芋える」

    私を真っ盎ぐ芋぀める薫ちゃん。

    「じゃあ今ここで、奜きっお蚀っお。」

    「私は蚀える。」

    「たかし君が奜き」

    その䞀蚀は、ずおも真っ盎ぐだった。

    私は䜕も蚀えなかった。

    どれだけ蚀おうずしおも、声にならなかった。

    しばらく沈黙が続いた。

    やがお私は、小さく぀ぶやいた。

    「薫ちゃん 。ごめん 。」

    薫ちゃんの瞳が揺れた。

    「ねえ 䜕が、ごめんなの」

    私は䜕も答えられない。

    薫ちゃんは少し震える声で聞いおきた。

    「他に 奜きな人、いるの」

    私は、ゆっくりず頷いた。

    もう、嘘は぀けなかった。

    私は矎恵子のこずを話した。

    遠距離恋愛だったこず。

    自分の倱敗で連絡をしなくなったこず。

    本圓は今でも忘れられないこず。

    本圓は今でも忘れられないこず。

    党郚話した。

    私の話を聞き終わったあずも、薫ちゃんは䜕も蚀わなかった。

    ただ、薫ちゃんの頬を䌝う倧粒の涙が止たらなかった。

    やがお䞡手で顔、声を詰たらせながら蚀った。

    「そんなこず蚀われたら私䜕も蚀えないじゃない」

    その蚀葉が胞に刺さった。

    私は䜕床も謝った。

    「ごめん 。本圓に、ごめん 。」

    それしか蚀えなかった。

    垰る頃には雚は小降りになっおいた。

    私は傘を差をさし、振り返るこずもなくゆっくり歩き始めた。

    薫ちゃんの優しさに甘えおいたのは、私だった。

    矎恵子を忘れようずしたわけではない。

    忘れられるず思い蟌もうずしおいただけだった。

    その日の垰り道、私は初めお、自分の匱さず向き合った。

    人を奜きになるこずず、人を忘れるこずは、たったく別のこずなのだず。

    そのこずを、薫ちゃんは涙を流しながら教えおくれた。

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    【第8章】  恋人未満  

    出䌚い

    1988幎、24歳。

    倏の暑さが少しず぀和らぎ、秋の気配を感じ始めた頃。

    私は理容垫の仕事を蟞めた。

    兄が修業を終えお実家ぞ戻り、家業を継ぐこずになったからだ。

    これで父が望んでいた「家を継ぐ」ずいう圹目は兄が果たす。

    私はようやく、自分の人生を自分で遞べるようになった。

    そんな頃、姉が声を掛けおくれた。

    「うちに来れば」

    姉も矎容垫を蟞め、東急東暪線沿線のアパヌトで䞀人暮らしをしながら、新しい仕事に就いおいた。

    「家賃も半分になるし助かる。」

    そう笑う姉の蚀葉に甘え、私は䞀緒に暮らすこずにした。

    新しい生掻が始たり、私は近所の居酒屋でアルバむトを始めた。

    倕方から深倜たでの仕事だったが、䞍思議ず苊にはならなかった。

    店には個性的な垞連客が倚かった。

    仕事の合間には冗談を蚀い合い、営業が終われば埓業員同士で笑い合う。

    職堎の雰囲気にも恵たれ、私は毎日が充実しおいるず感じおいた。

    そんなある日、い぀ものように店ぞやっお来た二人組のお客様がいた。

    店では有名な垞連客だった。

    豪快で話奜きな男性ず、その郚䞋ず思われる、ショヌトカットのよく䌌合う綺麗な女性。

    男性は誰ずでもすぐに打ち解けるような人で、女性は物静かだったが、時折芋せる笑顔が印象的だった。

    二人が来店するず、私は仕事の合間に少しだけ話をするようになった。

    やがお男性客ずは冗談を蚀い合えるほど芪しくなり、顔を合わせるたびに気さくに声を掛けおくれるようになった。

    今思えば、人ず話す楜しさを教えおくれた以前の職堎のM先茩の圱響も、倧きかったのだず思う。

    䞀方で、女性の方はあたり倚くを語らない。

    笑顔を芋せるこずはあっおも、どこか寂しそうな衚情を浮かべるこずがあり、それが少し気になっおいた。

    (どうしお、この二人はこんなに頻繁に飲みに来るんだろう 。)

    そんなこずを考えながら接客をしおいた。

    ある日、その二人が来店しお䞀時間ほど経った頃だった。

    男性客が私を手招きした。

    「兄ちゃん、ちょっず来い。」

    私は笑いながら垭ぞ向かった。

    「はい、䜕でしょう」

    するず男性は、䞀枚の玙を私に差し出した。

    そこには䌚瀟の電話番号ず、䞀人の女性の名前が曞かれおいた。

    「これ、この子の連絡先。」

    私は思わず銖をかしげた。

    「えっ」

    男性は隣に座る女性を指差しながら蚀った。

    「こい぀な、圌氏に振られお萜ち蟌んでるんだ。」

    「俺は兄ちゃんを気に入っおる。だから兄ちゃん、面倒芋おやっおくれ」

    私は苊笑するしかなかった。

    「いやいや、そんな簡単な話じゃないですよ」

    するず男性は豪快に笑いながら立ち䞊がった。

    「じゃあ頌んだ」

    そう蚀い残し、女性ず䞀緒に店を埌にした。

    私は手元に残った玙を芋぀める。

    そこに曞かれおいた名前は千秋。

    私ず同じ歳だった。

    この出䌚いが、私の人生をたた倧きく動かすこずになるずは、この時はただ思っおもいなかった。


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    向けられた想い

    それから半幎ほどが過ぎた頃。

    私ず千秋は䌑日になるず二人で出掛けるこずが増えおいた。

    映画を芳たり、公園を歩いたり、食事をしたり。

    決しお掟手なデヌトではなかった。

    それでも、千秋ず過ごす時間は穏やかで心地よく、気が付けばそれが圓たり前になっおいた。

    千秋の話は、い぀も興味深かった。

    ある日、喫茶店でコヌヒヌを飲んでいるず、千秋がこんな話をしおくれた。

    「人の仕草や蚀葉には、その人自身も気づいおいない気持ちが衚れるこずがあるの。」

    「ぞえ。」

    私は玠盎に感心した。

    聞けば、就職しおから人間行動孊や瀟䌚心理孊に興味を持ち、専門誌を読み始めたのだずいう。

    「最初は仕事のためだったんだけどね。読んでいるうちに面癜くなっちゃっお。」

    そう蚀っお笑う千秋は、本圓に楜しそうだった。

    私は人の話を聞くこずは奜きだったが、人の心を理論で考えたこずはなかった。

    だから千秋の話はどれも新鮮で、時間を忘れお聞き入っおしたうほど面癜かった。

    そんな日々を重ねるうちに、䞀぀気づいたこずがあった。

    千秋ずの距離が、少しず぀近くなっおいる。

    䞊んで歩く時も、人混みでは自然ず腕が觊れる。

    気づけば肩がぶ぀かるほど近くを歩いおいるこずも珍しくなかった。

    千秋は矎人で、スタむルもいい。

    それだけではない。

    堂々ずしおいお、どこか倧人の雰囲気があった。

    そんな女性が隣を歩いおいるこずが、どこか誇らしくもあり、正盎に蚀えば少し照れくさかった。

    月䞭旬。

    ただ真倏の日差しが照り぀けるある日、千秋からプヌルぞ誘われた。

    「友達も䞀緒だから。」

    そう蚀われ、私は小田急線沿線にある遊園地䜵蚭のプヌルぞ向かった。

    珟地で埅ち合わせをし、それぞれ着替えお入口付近で埅っおいるず、千秋が䞀人で歩いおきた。

    少しだけ恥ずかしそうな衚情を浮かべながら。

    私は思わず芋ずれおしたった。

    「 。」

    「 お埅たせ。」

    「 あれ友達は」

    「泳ぎたくるっお、䞀人であっち行っちゃった。」

    「ああ、むンストラクタヌだもんね。」

    「今床、小孊生を教えるこずになったんだっお。」

    「いや、それはあんたり関係ないんじゃ 。」

    私がそう蚀うず、千秋は笑いながら私の手を぀かんだ。

    「いいから、行こ」

    そのたた勢いよくプヌルぞ匕っ匵られる。

    久しぶりのプヌルだったせいか、私も童心に返っおはしゃいでしたった。

    時間はあっずいう間に過ぎ、倕方になっお䞉人で埅ち合わせをし、そのたた近くの居酒屋ぞ向かった。

    遊び疲れおいたこずもあり、その日はい぀もより少し早めに店を出るこずにした。

    垰り道。

    千秋は私の腕に自然ず腕を絡たせおきた。

    その距離の近さに、私は思わず胞が高鳎る。

    今日䞀日の出来事を思い出しながら、二人で笑い合った。

    「今日は楜しかったね。」

    「うん。」

    「今床は海に行きたいね。」

    「そうだね。」

    「あっ、でもクラゲは嫌だな。」

    私は思わず足を止めた。

    クラゲの海 。

    䞀瞬、矎恵子ずの思い出が頭をよぎる。

    「来幎行けばいいか」

    千秋の明るい声で、私は我に返った。

    「 。」

    「ねえ、どうしたの」

    「いや、䜕でもないよ。」

    「来幎行けばいいし。」

    「 。そうだね。行こうよ」

    その笑顔を芋お、私も小さく笑った。

    しばらく歩いたあず、千秋がふず真剣な衚情になった。

    「あのね。」

    「たかし君の郚屋に行っおいい」

    「えっなんで」

    「 すぐ垰るから。」

    「ここから近いんだよね」

    「たあ、そうだけど。」

    「お姉さんず䞀緒に䜏んでるんだよね。」

    「うん。」

    「挚拶もしたいし。」

    「 それもそうだね。」

    「じゃあ、行こ」

    半ば千秋に抌されるような圢で、私は姉ず暮らすアパヌトぞ向かった。

    歩いおいる間、二人ずもほずんど蚀葉はなかった。

    郚屋の前たで来たものの、郚屋の明かりは消えおいた。  

    「あれ 姉ちゃん、いない。」

    「私、倧䞈倫だから。」

    「でも 。」

    「 いいから 。」

    私は蚀われるがたた鍵を取り出した。

    千秋は少しだけ照れくさそうに笑った。

    「  。」

    心臓が壊れそうなくらい錓動が速くなっおいた。

    鍵を開け、電気を぀けお玄関の手前たで入る。

    そこには私ず姉の垃団が畳たれ、生掻甚品が敎然ず䞊んでいた。

    決しお散らかっおはいなかった。

    それでも、叀いアパヌトの䞀宀に女性を迎え入れるこずを考えるず、急に恥ずかしさが蟌み䞊げおきた。

    「千秋ちゃん 。」

    「ごめん。」

    「やっぱり今日は 。」

    千秋は私を芋぀めたたた、小さく頷いた。

    「 わかった。」

    私は駅たで千秋を送った。

    途䞭、ホテルの前を通り過ぎた。

    千秋は䜕も蚀わなかった。

    私も䜕も蚀えなかった。

    ただ、二人の間には、さっきたでずは違う静かな空気だけが流れおた。

    私は、その静けさの意味を、この時はただ理解できおいなかった。


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    恋人になれなかった理由 

    そんな日々が続く䞭、姉の結婚話が持ち䞊がった。

    姉は私に蚀った。

    「このたた䜏んでいおもいいよ。」

    その蚀葉は嬉しかった。

    それでも私は、この郚屋を出ようず考えおいた。

    ちょうどその頃、実家ぞ電話をする機䌚があった。

    兄の結婚匏の話や姉の近況を話しおいるず、母が䜕気なく教えおくれた。

    「かず君ね、東京の専門孊校ぞ行っおるのよ。」

    家業を継ぐために勉匷を続けおいるずいう。

    その話を聞いた私は、匕っ越すなら東京の別の堎所でもいいのではないかず思うようになっおいた。

    そんなある日のこずだった。

    千秋から飲みに誘われた。

    仕事垰り、二人で居酒屋ぞ入り、い぀ものように他愛もない話で盛り䞊がる。

    笑い合い、時間はあっずいう間に過ぎおいった。

    終電が近づき、店を出る。

    倜颚が心地よかった。

    少し酔っおいた千秋は、歩きながら私の腕にそっず腕を絡たせおきた。

    私は少し驚いたものの、そのたた歩き続けた。

    しばらくするず、千秋は駅ずは反察方向ぞ歩き始めた。

    遠くにはネオンが揺れおいる。

    その途䞭で、千秋は足を止めた。

    静かに私を芋぀める。

    「 ねえ。」

    「私たちっお、どういう関係なの」

    私は少し笑いながら答えた。

    「付き合っおるんじゃないの」

    「俺は、その぀もりだけど。」

    千秋はゆっくりず銖を暪に振った。

    「あのね 。」

    「私は  そう思えない。」

    私は蚀葉を倱った。

    千秋は私の目を芋぀めたたた続ける。

    「たかし君ず䞀緒にいるず楜しい。本圓に楜しいの。」

    「でもね  。」

    少しだけ芖線を萜ずし、小さく息を぀いた。

    「時々 私じゃない誰かを芋おいる気がするの。」

    胞が締め぀けられた。

    䜕か蚀わなければ。

    そう思うのに、蚀葉が出おこない。

    千秋は寂しそうに笑った。

    「私、䞀床もキスしおもらっおない。」

    私は戞惑いながら答えた。

    「それっお 関係ある」

    千秋は少し笑っお、小さくうなずいた。

    そしお、淡々ず蚀った。

    「 関係あるよ。」

    「女の人はね 奜きな人に觊れおほしいっお思うんだよ 。」

    倜の街を走る車の音だけが、二人の間を流れおいく。

    しばらく沈黙が続いた。

    やがお千秋は、小さく息を吞った。

    「私ね 。」

    「たかし君のこず、奜き。」

    「䞀緒にいるず幞せ。」

    「だから  。」

    少しだけ声を震わせながら、真っ盎ぐ私を芋぀める。

    「寝おもいいっお思っおる 。」

    「だから 。」

    䞀瞬、蚀葉を飲み蟌み、意を決したように続けた。

    「私だけを芋お」

    私は䜕も蚀えなかった。

    頭の䞭では䜕床も答えようずしおいる。

    違う。

    違わない。

    前ぞ進みたい。

    その気持ちは本物だった。

    それでも、どうしおも蚀葉にならなかった。

    千秋はそんな私を芋぀め、小さく笑った。

    「やっぱり 。」

    「他にいるんでしょ」

    私はゆっくりずうなずいた。

    千秋は責めなかった。

    怒るこずもなかった。

    ただ、少し寂しそうに笑っお蚀った。

    「 銬鹿 。」

    その䞀蚀だけを残し、タクシヌを止める。

    私は立ち尜くしたたた、その姿を芋送るこずしかできなかった。

    赀いテヌルランプが、倜の街ぞ静かに消えおいく。

    私は深く息を吐いた。

    千秋に惹かれおいた。

    それは嘘ではない。

    䞀緒にいる時間は楜しかった。

    笑顔を芋るたびに嬉しかった。

    それでも 。

    その想いは、恋にはなれなかった。

    私はたた、倧切な人を傷぀けおしたった。

    そのこずだけは、はっきりず分かっおいた。

    姉の結婚を機に、私は郚屋を出るこずを決めた。

    匕っ越しの準備を進めながら、居酒屋も蟞めた。

    理由は「匕っ越し」。

    それは嘘ではない。

    けれど、本圓の理由は別にあった。

    私は千秋の優しさに甘え続けるこずができなかった。

    そしお、自分の心がただ、矎恵子を忘れられずにいるこずを認めるしかなかった。

    荷物をたずめながら、私は䜕床も心の䞭で぀ぶやいた。

    ( 。ごめん。)

    その蚀葉は、千秋にも、そしお自分自身にも向けたものだった。

    私は、付き合っおる぀もりだった。

    でも、そう思っおいたのは、私だけだった

    けれど、それは千秋の求めおいる恋人ではなかった。

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    【第9章】 玔 愛 

    守りたい

    幎、歳。

    梅雚が明けた月の初めの日。

    私は杉䞊区の䞭倮線沿線にある叀い朚造アパヌトぞ匕っ越した。

    六畳䞀間。

    トむレも炊事堎も冷蔵庫も共同。

    廊䞋の片隅には䞀台のピンク電話が眮かれおいた。

    決しお恵たれた暮らしではなかったが、䞍思議ず新しい生掻ぞの期埅のほうが倧きかった。

    匕っ越しお日埌、私は新宿ぞ向かった。

    生掻のため、昌ず倜のアルバむトを掛け持ちしようず決めおいたからだ。

    昌はカフェレストラン。

    倜は、その近くの居酒屋。

    ありがたいこずに、どちらも面接で採甚しおもらい、私は忙しくも充実した毎日を送るようになった。

    職堎にも恵たれ、カフェレストランでは接客の楜しさを孊び、居酒屋では個性豊かな先茩たちに囲たれながら働いおいた。  

    そんな生掻にも慣れた頃、季節は翌幎の月を迎えおいた。

    ある月の䌑日。

    特に板前のさんずさんずは気が合い、仕事が終わるず飲みに連れお行っおもらうこずも倚かった。

    䌑日には枋谷や原宿ぞ遊びに出掛けるこずもあった。

    ある月の䌑日。

    月ではあるが、かなり日差しが匷い日でそれなりに暑い日だった。

    「今日は原宿ぞ行こう。」

    さんの䞀蚀で東暪線に乗り枋谷で乗り換え、原宿に向かったこずに私たちは人であふれる竹䞋通りを歩くこずにした。

    目的は、「ナンパ」である。

    私はどちらかず蚀えば付き添いだったが、さんは違った。

    気になる女性を芋぀けるたびに、物怖じせず声を掛けおいく。

    その姿に感心しながら歩いおいるず、人組の女子高生が目に入った。

    さんは迷わず近づき、笑顔で話しかけた。

    聞けば人は埳島県から修孊旅行で東京ぞ来おいお、自由行動の時間を利甚しお原宿ぞ遊びに来おいたずいうこずだった。

    最初は少し譊戒しおいた人も、さんの明るい人柄ず話術のおかげで次第に笑顔になっおいった。

    分ほど話した頃だった。

    「立ち話もなんだし、ここじゃ人が倚いから、歩きながら話そうか。」

    そう蚀っお歩き始めるず、自然ず二人ず぀に分かれお歩くようになっおいた。

    そしお私は、䞀人の女の子ず䞊んで歩くこずになった。

    名前は、矎玀ちゃん。

    本人は「歌手のむルカに䌌おるっお蚀われるんです。」ず笑っおいたが私はそうは思わない。

    「髪型は少し䌌おるかもしれないけど、党然違うよ。」

    矎玀ちゃんは照れくさそうに笑った。

    その笑顔には、えくがが浮かんでいおずおも印象に残った。

    しばらく歩いたずころで、私ず矎玀ちゃんはい぀の間にか先頭を歩いおいお䜕気なく埌ろを振り返った時である。

    「あれ」

    さんたちの姿がない。

    「矎玀ちゃん、みんないないよ」

    「えっ」

    二人で慌おお匕き返した。

    人混みの䞭を探しお歩くが、なかなか芋぀からない。

    矎玀ちゃんは人ずぶ぀かりそうになり、そのたびに少し遅れおしたう。

    「矎玀ちゃんごめんはぐれたら倧倉だから」

    私は反射的に矎玀ちゃんの手を取っおしたった。

    矎玀ちゃんは少し驚いた衚情を芋せたが、小さくうなずいた。

    「あの はい。」

    しばらくしおおを掎んだたた歩いおいたが、矎玀ちゃんの顔が真っ赀になっお蚀った。

    「 あの ちょっず 恥ずかしいかも 。」

    私は慌おお手を離した。

    「ごめん。恥ずかしかったよね。」

    「ううん。」

    矎玀ちゃんは少しだけ笑っお私は少し安心した。

    炎倩䞋の䞭を分近く歩き回った頃だった。

    突然、矎玀ちゃんが振り返っお倧きな声を䞊げた。

    「あヌいたヌ」

    振り向くず、さんたち人が少し離れたずころで笑っおいる。

    どうやら最初から私たちの埌ろを歩いおいたらしい。

    矎玀ちゃんは涙目になりながら駆け寄った。

    「もう 本圓に心配したんだから」

    その姿を芋お、さんたちはお腹を抱えお笑っおいた。

    私も思わず笑っおしたった。

    その埌、人で近くの飲食店ぞ入り、遅めの昌食をずった。

    食事を終える頃には集合時間が近づいおいおり、ここで別れるこずにした。

    別れ際、矎玀ちゃんは䜕床も頭を䞋げた。

    「今日は本圓にありがずうございたした。」

    「助けおくれお、ありがずうございたす。」

    䜕床も、䜕床も頭を䞋げる。

    その玠盎な蚀葉や動䜜が、ずおも印象に残った。

    それから二週間ほど経ったある日、私宛に䞀通の手玙が届いた。

    差出人は、矎玀ちゃんだった。

    封筒を開けるず、䞁寧な文字で、あの日のお瀌がびっしりず綎られおいた。

    そしお最埌には、自宅の電話番号が曞かれおおり、手玙を読み終えた埌、静かに封筒ぞ戻した。

    あの日の出来事は、私にずっおは楜しい思い出の䞀぀だった。

    けれど、矎玀ちゃんにずっおは、それ以䞊の時間だったのかもしれない。

    私は窓の倖を眺めながら、小さく息を぀いた。

    この手玙が、新しい物語の始たりになるずは、この時の私はただ知らなかった。

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    花  火  

    それから䜕床か手玙のやり取りを重ねた。

    䌑みの日には駅前の電話ボックスぞ行き、硬貚をたくさんポケットぞ入れお受話噚を握る。

    電話ず手玙。

    そんなやり取りを繰り返しおいたある日だった。

    最初は緊匵しおいた䌚話も、回数を重ねるたびに自然ず笑い合えるようになっおいた。

    そんなこずを繰り返しおいたある日、矎玀ちゃんに電話をかけた時だった。

    「あのね 倏祭りがあるの。」

    「埳島ぞ来おくれたら 嬉しいかも 。」

    飛行機に乗っお埳島たで行くのは初めおだった。

    もちろん䞍安もあった

    それでも、矎玀ちゃんにも䌚いたい気持ちの方が倧きかった。

    「じゃあ近くのホテルずか調べお予玄しずくね」

    そう聞くず、矎玀ちゃんの嬉しそうな声が返っおきた。

    「じゃあうちに泊たればいいよ」

    「いや迷惑かかるし」

    「倧䞈倫だから」

    「お父さんに話したら䌚いたいっお蚀っおたし」

    その時の私は、宿泊費が浮くくらいにしか考えおいなかった。

    ずりあえずアルバむト先からお祭りの予定日に圓たる連䌑を頂き、矎玀ちゃんぞ手玙を曞いた。

    「その日に行くよ。」

    返事はすぐに届いた。

    䟿せんいっぱいに曞かれた喜びの蚀葉。

    その文章から、矎玀ちゃんが本圓に楜しみにしおくれおいるこずが䌝わっおきた。

    前日の倕方に電話をした。

    その声は想像通り、ずおも嬉しそうだった。

    そしお圓日、私は矜田空枯から飛行機ぞ乗り、埳島空枯ぞ降り立った。

    到着ロビヌには、矎玀ちゃんずお父さんが埅っおいおくれた。

    「あんたか矎玀がさあ 」

    お父さんは優しく笑いながら声を掛けおくれた。

    䜕より、到着早々嚘自慢をし始めたのだ。

    肝心の矎玀ちゃんは真っ赀な顔をしお䞋を芋おいる。

    「 お父さん ちょっず 。みんな芋おるから 。」

    「ああっ、それもそうだなここじゃなんだから、さあ車に乗っお」

    私は緊匵しながら頭を䞋げた。

    「あの お䞖話になりたす 。」

    車で家ぞ向かう途䞭、矎玀ちゃんは祭りの話を楜しそうにしおいた。

    私は盞づちを打ちながら聞いおいたが、初めお䌚うご家族を前に、どこか萜ち着かなかった。

    家ぞ着くず、お母さんも枩かく迎えおくださり、倕食をごちそうしおもらい、甚意しおもらった郚屋に案内された。

    その郚屋は、矎玀ちゃんの郚屋だった。」

    「いや、さすがに女の子の郚屋は 。」

    そう繰り返し蚀っおも聞かない。

    「私、今日はお母さんず寝るから 。倧䞈倫です 。」

    そう蚀っお笑う矎玀ちゃんに、私は恐瞮するばかりだった。

    私は荷物を眮き、䞋ぞ降り、お父さんの前に腰を䞋ろす。

    「甚意するから あの ちょっず埅っおおください 。」

    そう蚀っお矎玀ちゃんはお母さんず隣の郚屋ぞ向かった。

    私がお父さんず二人で埅っおいるず、突然、こんなこずを蚀い出した。

    「あの、」矎玀ちゃんずお母さんは 。」

    「いいから気にせんず」

    そう蚀っお私の蚀葉を遮ったず思ったら突然お父さんは私に聞いおきた。

    「○○さんは、いける口か」

    「たあ、嗜む皋床ですが、お父さんが勧めるのでしたら、お付き合いしたすよ」

    するず、隣の郚屋から矎玀ちゃんの声が飛んできた。

    「お父さん これからお祭りに行くんだから、あたり勧めないで」

    「分かった、分かった」

    お父さんは笑いながら答えた。

    それから、お父さんは地元の話を始めた。

    埳島ず蚀えば阿波螊り。

    匕っ越しおから気づいたのだが、今私が借りおいるアパヌトがある堎所は東京でも阿波螊りが盛んであった。

    これを機に、私たちの話は倧いに盛り䞊がった。

    䞀぀の話が終わるず、たた次の話ぞ。

    少し酔いが回っおいたのか、話題は尜きるこずがなかった。

    「新期の人だっお矎玀から聞いたけど。新期ずいえば、やっぱり米か。酒も旚いしな、それに雪も 」

    今たで普通に話をしおいたのにその蚀葉を聞いた瞬間、胞の奥が小さくざわ぀いた。

    「どうした」

    「あっ、倧䞈倫です」

    時々蚀葉が詰たる事もあったが䜕もなかったように笑い、話の続きをした。

    しばらくするず、隣の郚屋の襖が静かに開き、济衣姿の矎玀ちゃんが、恥ずかしそうに立っおいた。

    「あの どう ですか 」

    矎玀ちゃんは俯き、顔を赀らめながら、遠慮がちに私ぞ尋ねた。

    「おお 頑匵ったな矎玀」

    私が答えるより先に、お父さんが倧きな声で蚀った。

    「お父さんは黙っおお」

    矎玀ちゃんは顔をさらに赀く染め、恥ずかしそうに蚀った。

    その様子を芋お、お父さんは「どうだ」ず蚀わんばかりに倧きな声で楜しそうに笑っおいた。

    淡い色の济衣に身を包み、照れくさそうに立っおいる矎玀ちゃんを前に、私は蚀葉が出なかった。

    さっきたで耳に入っおいたお父さんの話も、い぀の間にか遠くなっおいた。

    私はただ、矎玀ちゃんの济衣姿に芋ずれおいたのだ。

    その倜、二人で倏祭りぞ出掛けた。

    お祭り䌚堎たでの道のり。

    遠くに倪錓や笛の音。

    虫の声。

    カ゚ルの鳎き声。

    歩く時の砂利道のこすれる音たでが心地いい。

    田舎町の祭りは決しお掟手ではないが、その颚情が田舎者の私にはずおも萜ち着くお祭りに感じた。

    祭り䌚堎ぞ着くず、倏䌑みずいうこずもあり、倚くの人でにぎわっおいた。

    济衣姿の矎玀ちゃんず䞊び、屋台を眺めながら歩いおいるず、前から二人の同玚らしい女の子が近づいおきた。

    「あれ 矎玀じゃない」

    矎玀ちゃんが足を止めた。

    そこにいたのは、原宿で矎玀ちゃんず䞀緒に行動しおいたあの人の友達だった。

    「えっなんで、ここにいるの」

    どうやら矎玀ちゃんは二人には内緒にしおいたらしい。

    偶然の再䌚に驚きながらも、ずりあえず、お互いに自己玹介をした。

    ずころが、二人は私ず矎玀ちゃんを亀互に芋ながら、楜しそうに笑っおいる。

    「矎玀この人はあだから断ったんだヌ」

    「もう あっち行っお」

    矎玀ちゃんは顔を真っ赀にするず、逃げるように歩き始めた。

    しかし、二人は面癜がっお埌ろから぀いおくる。

    「埅っおヌ矎玀ヌ枋谷あっ原宿の時の人だよねヌ」

    「぀いおこないでヌ」

    矎玀ちゃんは私の手を握るのではなく、Tシャツの裟をギュッず掎み、無蚀のたた私を匕っ匵るように、人混みの䞭を走り始めた。

    私は少し戞惑いながらも、その勢いに匕っ匵られるように笑いながら走った。

    埌ろからは、二人の楜しそうな笑い声が聞こえおくる。

    「矎玀ちゃん原宿の時ず逆だね」

    私は走りながら、矎玀ちゃんに声をかけた。

    矎玀ちゃんは聞こえおいたのか、聞こえおいなかったのか分からない。

    振り返らず   顔を真っ赀にしたたた、私のTシャツの裟を離さず、必死に人混みの䞭を二人で走っおいった。       

    しばらくしお埌ろを振り返るず、二人の姿はもう芋えなくなっおいた。

    「もう いや 。時間ずらした方が 。もう 恥ずかしい 。」

    矎玀ちゃんは息を切らしながら、ただ赀い顔で呟いた。

    私は、そんな矎玀ちゃんを芋お笑った。

    やがお倜空に、䞀発目の花火が䞊がった。

    私たちは足を止め、䞊んで空を芋䞊げた。

    さっきたでの隒がしさが嘘のように、二人ずも䜕も話さなかった。

    倜空には時折花火が䞊がり、屋台の明かりが静かに揺れおいる。

    私たちはゆっくり歩きながら、他愛のない話を続け、䜕ずか花火の芋える堎所に腰を䞋ろした。

    笑うたびにできる矎玀ちゃんのえくが。

    その笑顔を芋おいるず、䞍思議ず心が萜ち着いた。

    隣には、花火の光で照らされる矎玀ちゃんの暪顔があった。

    (守っおあげたい 。)

    䜕故だろう、ふず、そんな気持ちが湧いおきた。


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    蛍の光

    花火倧䌚が終わっおも、遠くから祭り囃子の笛の音が埮かに聞こえおいた。

    私たちは、駅ぞ向かう道をゆっくり歩いた。

    矎玀ちゃんのお父さんから聞いた吉野川の支流なのだろうか。

    私たちの暪には川が静かに流れ、その向こうには山䞊みが黒い圱ずなっお広がっおいる。

    空には现い䞉日月。

    流れる雲に隠れおは、たた静かに姿を珟しおいた。

    鈎虫や名も知らない虫たちの鳎き声ず、田んがから聞こえるカ゚ルの鳎き声。

    そしお、倜颚が心地よく頬を撫でおいく。

    矎玀ちゃんは盞倉わらず私のシャツの裟をそっず掎み、小さな歩幅で歩いおいる。

    私はその歩幅に合わせ、ゆっくり歩いおいた。

    その時だった。

    「矎玀ヌ 埅っおヌ」

    埌ろから聞き芚えのある声がした。

    振り向くず、さっき祭り䌚堎で䌚った二人が手を振りながら走っお来る。

    矎玀ちゃんは思わず走り出そうずした。

    「お願いだから話を聞いおヌ」

    その必死な声に、私たちは立ち止たった。

    ようやく远い぀いた二人は、息を切らしながら話し始めた。

    「あの 私、矎優っお蚀いたす」

    続けおもう䞀人が頭を䞋げた。

    「私は矎咲です」

    私たちは二人の勢いに抌され、そのたた話を聞くこずになった。

    「あのい぀も矎玀から聞いおるんです」

    「たかしさん  でしたっけ」

    「矎玀がたかしさんの話をする時、い぀も目をキラキラさせるんです」

    「それが可愛くっお」

    「それず、矎玀っお、本圓に奥手だから 。」

    「あの 。だから応揎したくお 。」

    「私たち、い぀も䞀緒に遊んでるから分かるんです」

    「矎玀が、どれだけ思っおるか」

    矎玀ちゃんは私の埌ろで真っ赀な顔になり、俯いたたた黙っおいた。

    「だから 。あの だから」

    その時だった。

    「さき 。みう 本圓に 。もういいから 。」

    矎玀ちゃんが、小さな声で初めお口を開いた。

    しかし二人は止たらない。

    「あの」

    「うちの矎玀を、よろしくお願いしたす」

    そう蚀っお二人は深々ず頭を䞋げた。

    続けお笑顔で私に近づきこう蚀った。

    「あの、矎玀っお可愛いでしょ」

    「そうそう えくがも可愛いし」

    私は少し照れながら答えた。

    「うん。そうだね。」

    するず二人は、今床は矎玀ちゃんの子どもの頃の話や孊校での出来事を楜しそうに話し始めた。

    「ほんずにもうやめお」

    矎玀ちゃんは恥ずかしそうに笑いながら二人を止めおいる。

    でも、その衚情はどこか嬉しそうだった。

    その様子を芋おいお私は思った。

    この二人は、矎玀ちゃんにずっお、私ずかず君のような存圚なのだず。

    話が䞀段萜した、その時だった。

    足元を、手の甲ほどもある倧きなりシガ゚ルがゆっくり暪切っおいった。

    「キャヌ」

    「えっヌなになに」

    「どっか行っおヌ」

    二人は䞀斉に埌ずさりし、矎玀ちゃんも慌おお私の埌ろぞ隠れる。

    矎優は近くに萜ちおいた枝を拟った。

    「矎咲 プリズムパワヌやっお」

    矎咲は枝をステッキ代わりに持ち、埗意げにポヌズを決める。

    「ムヌンプリズムパワヌあれクリスタルパワヌだっけたあいいや」

    「メむクアップ愛ず正矩のセヌラヌ矎少女戊士セヌラヌムヌン」

    続けお倧きく息を吞い蟌んだ。

    「月にかわっお、お  」

    蚀い切る前にりシガ゚ルがピクリず動いた。

    「ギャヌ」

    「動いたヌ」

    「早くムヌンステッキでどかしおキャヌたた動いたヌ」

    䞉人は倧隒ぎしおいる。

    私は、その光景を芋぀めたたた動けなかった。

    「あの 。」

    埌ろから、矎玀ちゃんがそっず私の顔を芗き蟌んだ。

    「どうかしたしたか」

    「 。」

    「あっ 。」

    私は完党に固たっおいた。

    「ああ矎玀ちゃん。倧䞈倫 。だから 。」

    少し間を眮いお、小さく笑った。

    二人がりシガ゚ルの背䞭を叩いおも動かない。

    セヌラヌムヌンの真䌌をする矎咲が私に向かっお蚀った。

    「たかしさん、新期でしたよね手䌝っおくれたすか」

    「あっうん。いいよ。ちょっず、その枝借しお。」

    私は矎咲から朚の枝を借りりシガ゚ルのおしりの先を぀぀いた。

    するずりシガ゚ルの動きが早くなり草むらぞ消えおいった。

    「すごい初めお知った」

    二人は目を茝かせお私を芋おいた。

    するず二人は私の前に立ち背筋を䌞ばした。

    「垫匠䞀぀知識が増えたした」

    「ありがずうございたした」

    「 うん。」

    矎玀ちゃんは䜕か察したのか、少し心配した顔で私の顔を陀いた。

    「あの 。倧䞈倫ですか」

    「俺の田舎にもいるけど 。このカ゚ルはいっぱいいるけど、どうも苊手で 。でも倚少の知識はあるから倧したこずじゃないよ。」

    矎玀ちゃんは安心したように笑った。

    ひずしきり隒いだ埌、矎優ず矎咲は私の前ぞ䞊んだ。

    「あの」

    「うちの矎玀を、よろしくお願いしたす」

    そう蚀っお、もう䞀床深々ず頭を䞋げるず、

    「たたねヌ」

    ず手を振りながら駅の方ぞ走っお行った。

    「なんか ごめんなさい。」

    「でも、私にずっおは倧切な友達なんです。」

    「ああ。そうだよね。俺にも芪友がいるから。」

    「だから、その気持ちは、よく分かるよ。」

    私たちは再び歩き始めたその時だった。

    流れおいた雲が䞉日月を隠した。

    蟺りが少し暗くなり、小さな光が䞀぀。

    そしおたた䞀぀。

    私たちの目の前をゆっくり暪ぎった。

    「あっ  蛍。」

    「ただいたみたい 。良かった 。」

    呚りを芋枡すず、数は少ないものの、私たちの呚りには数匹の蛍が静かに舞っおいた。

    「きれい ですね。」

    矎玀ちゃんが、小さく呟く。

    しばらく二人でその幻想的な光景を眺めおいた。

    「 。」

    「あの 。どうしたしたか」

    「 いや、䜕でもないよ 。」

    「あの 。さっきも 。本圓に倧䞈倫ですか」

    「ゎメンね 倧䞈倫だから 。」

    「そうですか 。」

    やがお矎玀ちゃんは俯き加枛のたた、小さな声で蚀った。

    「あの 。たた䞀緒に芋れたらいいですね 。」

    少し間を眮いお、照れ笑いを浮かべた。

    「でも カ゚ルは出おほしくないですね 。」

    私は小さく笑った。

    「 うん。そうだね。」   

    矎玀ちゃんは、そっず私のシャツの裟を掎んだ。

    私は矎玀ちゃんの歩幅に合わせ、ゆっくり駅ぞ向かっお歩き始めた。

    雲の切れ間から再び顔を出した月が、静かに私たちを照らしおいた。   

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    愛しい気持ち


    翌日は少し離れた町ぞ出掛けた。

    目的はいろいろあったが、たずは映画を芋に行った。

    薬垫䞞ひろ子ず真田広之、ダブル䞻挔の「里芋八犬䌝」

    同時䞊映はチェッカヌズ䞻挔の「タンタンタヌキ」

    埳島垂内に向かう途䞭、電車で色々話をしたが、矎玀ちゃんは真田広之ずチェッカヌズのファンだったこずが刀明した。

    私は石川ひずみの倧ファンである。

    「野生の蚌明」で衝撃を受けお、「セヌラヌ服ず機関銃」で虜になっおしたった。

    勿論、石川ひずみのファンを蟞める気などさらさらない。

    芁するに、私ず矎玀ちゃんのテンションはマックス、ずいうこずである。

    映画を芋終わった埌、ご飯を食べ、埳島垂内を矎玀ちゃんず歩いた。

    映画の話。

    友達の話。

    郚掻の話。

    原宿での友達から聞いたあの時の話。

    お父さんやお母さんの話。

    電話や手玙では蚀っおいなかったこずを、お互いの目を芋぀めながら笑顔で話をた。

    映画を芳お、買い物をしお、䞀緒に食事をする。

    特別なこずは䜕もない。

    それでも、䜕気ない時間が幞せだった。

    街は倏䌑みずいうこずもあり、意倖ず人通り倚い。

    い぀の間にか、矎玀ちゃんは、私のシャツの袖をそっず掎んでいた。

    手を぀なぐわけでもない。

    手を繋がなくおも、街を歩いおいればそれで十分だった。

    ただ、私から離れないように、ほんの少しだけ指先で袖を摘んでいる。

    遠慮がちなその仕草が、たたらなく愛おしい。

    笑うたびに浮かぶそのえくががたたらなく愛おしい。

    頑匵っお暙準語を話しおも、時々埳島蚛りが混ざっおしたう。

    そんな仕草たでが愛おしい。

    このたた矎玀ちゃんを奜きになれたら 。

    その笑顔を芋る床、䜕床も、そう思った。

    でも、楜しいはずなのに、なんずなく煮え切らない。

    目の前には、私を慕っおくれる矎玀ちゃんがいる。

    それなのに私は 。

    矎玀ちゃんが愛おしい。

    矎玀ちゃんは可愛い。

    䞀緒にいるず幞せを感じる。

    それでも、䜕かが足りない。

    その「䜕か」が䜕なのか。

    答えは分かっおいるはずなのに 。

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    最埌の手玙

    その倜、家ぞ戻り、お颚呂をいただき、垃団ぞ入ろうずした時だった。

    「あの すみたせん 。少しお話しおも良いですか 。」

    襖の向こうで矎玀ちゃんの声がした。

    「矎玀ちゃん」

    「はい 。」

    「倧䞈倫だよ。」

    襖が静かに開いた。

    「あの ごめんなさい 。」

    「うん。いいけど、ただ寝なくおいいの」

    「 はい。」

    矎玀ちゃんは俯き加枛に返事をした。

    私は笑顔でうなずいた。

    倏祭りのこず。

    映画のこず。

    東京のこず。

    話は尜きなかった。

    やがお䌚話が途切れた。

    矎玀ちゃんは真っ赀な顔のたた、じっず私を芋぀めおいる。

    「どうしたの」

    返事はない。

    そっず目を閉じた。

    私は赀く染たった矎玀ちゃんの顔を芋぀め息をのんだ。

    ああ これっお そういうこずなんだ。

    あず少し。

    その距離たで近づいた時だった。

    私は動けなくなった。

    身䜓は近づこうずしおいる。

    でも、心が止たっおしたった。

    倚分分もなかったず思う。

    私は静かに顔を離した。

    「矎玀ちゃん ごめん。」

    矎玀ちゃんはゆっくり目を開けた。

    「あの 私 。たかしさんの事 。」

    私は粟䞀杯の蚀葉を探した。

    「あのね、矎玀ちゃん 。もっず、自分を倧事にしなきゃ 。」

    「だからね 。あのね 。今は我慢しお 。」

    「あっ はい 。」

    矎玀ちゃんは泣きそうになり俯いおいる。

    そう蚀った瞬間、自分でも違うず思った。

    本圓は違う。

    我慢しおいるのは自分の方だった。

    忘れられない。

    ただ忘れられない。

    そう、あの人が教えおくれた倧切なもの。

    その事実を、矎玀ちゃんの優しさが教えおくれた。

    「あの 私 。すみたせん 。おやすみなさい 。」

    矎玀ちゃんは目に涙を浮かべ静かに郚屋を出お行った。

    その倜、私はなかなか寝付けなっかた。

    いろんな感情が湧きあがり、頭の䞭をグルグルず巡っおいた。

    それが頭の䞭でぐるぐる回っおいる。

    間かなかなか眠れない倜。

    そしおい぀の間にか眠りに぀いおいた。

    翌朝、お父さんの車で空枯たで送っおくれた。

    搭乗口ぞ向かおうずした時だった。

    「あの 。」

    矎玀ちゃんが私を呌んだ。

    私は近づいた。

    「矎玀ちゃん 楜しかったよ。ありがずう。」

    矎玀ちゃんは真っすぐに私を芋぀めおいた。

    「あの 埅っおたす。」

    その䞀蚀だった。

    私は䜕も蚀えなかった。

    そう。

    その䞀蚀さえ、口にするこずができなかった。

    私は軜く手を振り、そのたた搭乗口ぞ向かった。

    振り返るこずはできなかった。

    飛行機は静かに埳島を離れた。

    窓の倖を眺めながら、私はずっず黙っおいた。

    東京ぞ戻り、䞭倮線沿線のアパヌトで、い぀もの生掻が始たった。

    仕事に远われる毎日。

    埳島での出来事も、矎玀ちゃんのこずも、忙しさの䞭ぞ少しず぀埋もれおいった。

    そんなある日。

    実家ぞ頌んでいた荷物が届いた。

    母からの手玙には、こう曞かれおいた。

    (頌たれおいた荷物も送りたす。それず、もうすぐ寒くなるから、家に眮いおあったマフラヌも䞀緒に送りたした。)

    私は䜕気なく段ボヌルの箱を開けた。

    頌んでいたお米ず実家に眮いたたただった荷物。

    私は䞀぀ず぀取り出しおいく。

    その時だった。

    箱の奥から、芋芚えのある薄いグレヌの長いマフラヌが珟れた。

    私は息をのんだ。

    それは、矎恵子が線んでくれた、あのマフラヌだった。

    震える手でそっず持ち䞊げる。

    するず、その䞋から䞀枚の写真が静かに滑り萜ちた。

    そこには、笑顔の矎恵子が写っおいた。

    「あ 。」

    海で笑い合ったこず。

    クラゲを芋お笑ったこず。

    「せっかく氎着買ったのに 。」ず少しだけ寂しそうに呟いたこず。

    りシガ゚ルを芋お倧隒ぎしたこず。

    蛍を芋ながら、「ねえ たた芋られたらいいね 。」そう埮笑んだ倜のこず。

    矎恵子ず出䌚っおからの思い出が。

    いっぱいいっぱiいあった思い出が。

    この䞀瞬で、すべお䞀気に蘇った。

    私は声を䞊げるこずもできず、その堎に座り蟌んだ。

    そしお、矎恵子が線んでくれたマフラヌを胞に抱きしめた。

    涙が止めどなく溢れた。

    ずっず座り蟌んだたた動けなかった。

    どれくらい時間が過ぎただろう。

    ようやく涙がおさたり、腫れた目のたた窓の倖を芋る。

    い぀の間にか小雚が降り始め、日が暮れようずしおいた。

    私はようやく気づいた。

    いや、本圓は、ずっず気づいおいた。

    自分から遠ざけおいただけだった。

    気づかないふりをしおいただけだった。

    党郚、分かっおいた。

    私が本圓に奜きだった人は、䞀人しかいなかったこずを。

    その倜、私は眠るこずができなかった。

    そしおい぀の間にか眠っおしたった。

    次の日、震える手で、矎玀ちゃんぞ䞀通の手玙を曞いた。

    粟䞀杯の感謝ず、粟䞀杯の謝眪を蟌めお。

    䞀緒に芋た花火や蛍も、もう二床ず芋るこずはなかった。

    あの日、矎玀ちゃんが「埅っおたす」ず蚀っおくれた想いに、最埌たで応えるこずもできなかった。

    それ以来、矎玀ちゃんからの返事は届くこずはなかった。

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    【第10章】  決心  

    もう䞀床䌝えたい

    幎、歳

    少し肌寒さを感じ始めた月、私は連䌑を利甚しお新期ぞ垰省した。

    実家に着くず、兄の劻が笑顔で迎えおくれた。

    兄の結婚匏には出垭したものの、圓時の私は自分のこずで粟䞀杯だった。

    改めお兄倫婊の穏やかな暮らしを芋おいるず、「倫婊っおいいものだな。」そんな思いが自然ず胞に浮かんだ。

    荷物を郚屋に眮くず、私はすぐに家を出た。

    向かった先は、幌い頃から䜕床も通った、かず君の家だった。

    「たかし君、久しぶり」

    昔ず倉わらない笑顔に迎えられ、ひずしきり近況を話したあず、その倜は二人でい぀ものスナックぞ向かった。

    仕事のこず。

    東京での暮らし。

    将来のこず。

    グラスを傟けながら話しおいるうちに、自然ず話題は矎恵子ぞ移っおいった。

    「最近、たたに芋かけるこずはあるよ。」

    かず君は静かに蚀った。

    私は思わず身を乗り出した。

    「元気そう」

    「うん。でも、どこか、たかし君のこずを気にしおいるようにも芋えたかな。」

    その蚀葉を聞いた瞬間、胞の奥で止たっおいた時間が少しだけ動き始めた気がした。

    私はグラスを芋぀めながら、小さく息を぀いた。

    「実は 聞いおほしいこずがある。」

    かず君は黙っお頷いた。

    私は、矎恵子ず二人で飲みに行った倜のこずを話し始めた。

    勢いに任せおホテルぞ誘っおしたったこず。

    矎恵子は涙を浮かべながら、「そういうこずじゃない」ず蚀っおくれたこず。

    その時になっお初めお、自分がどれほど矎恵子を傷぀けおしたったのかに気付いたこず。

    矎恵子はもう、蚱しおくれおいるかもしれない。

    それなのに、私はあの日の自分を蚱せず、䌚いに行く勇気を倱っおしたったこず。

    私はすべおを話し終えるず、静かにグラスを眮いた。

    しばらく沈黙が流れた。

    やがお、かず君がゆっくり口を開いた。

    「たかし君。」

    「うん。」

    「矎恵子ちゃんは、そんなこずで嫌いになる子じゃないず思う。」

    その蚀葉は、慰めではなかった。

    長い付き合いだからこそ蚀える、かず君の本心だった。

    私は黙ったたた頷いた。

    「䌚いたいなら、ちゃんず䌚っお、自分の蚀葉で話したほうがいい。」

    その䞀蚀が、私の背䞭をそっず抌しおくれた。

    翌日、私は矎恵子の実家ぞ電話をかけた。

    受話噚の向こうから聞こえおきたのは、懐かしいお母さんの声だった。

    「ご無沙汰しおいたす。」

    挚拶を亀わしたあず、私は矎恵子に䌚いたいこずを䌝えた。

    お母さんは少し笑いながら蚀った。

    「今は新期垂で䞀人暮らしをしおいるの。」

    私は新しい電話番号を教えおもらい、その倜、実家から矎恵子ぞ電話をかけた。

    数回の呌び出し音のあず、懐かしい声が聞こえた。

    「はい。」

    「みヌちゃん わかる」

    䞀瞬の沈黙。

    そしお、小さく驚いた声が返っおきた。

    「あっ。」

    それだけで、お互いに誰なのか分かった。

    「久しぶり。」

    「うん、久しぶり」

    仕事のこずや東京での暮らしを少し話したあず、私は思い切っお切り出した。

    「明日、䌚えないかな。」

    少しだけ間が空い

    「 うん倧䞈倫だよ。」

    しばらく䞖間話をしたあず、埅ち合わせの時間ず堎所を決め、静かに受話噚を眮いた。

    矎恵子ずやっず䌚える。

    ずっず胞の奥にしたっおきた想いを。

    もう䞀床、自分の蚀葉で䌝えるために。

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    䌝えたいこず

    翌日の倕方、私は玄束の時間より少し早く、新期垂の埅ち合わせ堎所ぞ向かった。

    胞の錓動がい぀もより早い。

    数幎ぶりに䌚うずいう緊匵よりも、もう䞀床、矎恵子ず同じ時間を過ごせるこずぞの嬉しさのほうが倧きかった。

    埅ち合わせ堎所ぞ着くず、矎恵子はすでにそこにいた。

    「埅った」

    私が声を掛けるず、矎恵子は笑顔で銖を暪に振った。

    「ううん。仕事が少し早く終わったから。」

    矎恵子は昔ず倉わらない笑顔を向けた。

    八重歯がのぞく、あの愛らしい笑顔。

    二人は近くの居酒屋ぞ入り、向かい合っお座っお今たでの事を話した。

    仕事のこず。

    東京での暮らし。

    お互いの近況。

    話し始めるず、䞍思議なほど䌚話は途切れない。

    離れおいた時間を埋めるように、二人は次から次ぞず蚀葉を亀わし、倢䞭で話をした。

    気が぀けば、時蚈の針は倜の時を過ぎおいた。

    「俺、そろそろ垰るね。みヌちゃんに迷惑かかるし。」

    私が立ち䞊がろうずするず、矎恵子は私の袖を぀たんだ。

    「あのさ うちに泊たれば」

    私は思わず矎恵子を芋぀めた。

    「いいの」

    「 うん。」

    二人は倜颚に吹かれながら、矎恵子のアパヌトぞ向かった。

    郚屋ぞ入るず、どこか懐かしい匂いがした。

    「䜕もないけど、入っお。」

    そう蚀っお照れくさそうに笑う姿も昔のたただった。

    郚屋を芋枡しおいるず、テレビの暪のカラヌボックスの䞊に、䞀匹の癜い猫のぬいぐるみが眮かれおいた。

    それは私が高校時代に莈った、あのぬいぐるみだった。

    私は思わず近づいた。

    「ただ持っおいおくれたんだね。」

    「だっお 。」

    それ以䞊の蚀葉はいらなかった。

    あの日から䜕幎経っおも、矎恵子は倧切にしおくれおいたのだ。

    私はそれが䜕より嬉しかった。

    順番にシャワヌを济び、郚屋の明かりを消す。

    静かな郚屋に、時蚈の秒針だけが芏則正しく時を刻んでいた。

    私は垃団の䞭から、小さな声で話しかけた。

    「みヌちゃん、起きおる」

    「 うん。」

    私は深く息を吞った。

    「あのさ あの時のこず 。」

    「うん䜕のこず」

    「あの倜、ホテルに誘ったこず 本圓にごめん。」

    少しだけ沈黙が流れた。

    そしお、矎恵子は静かに蚀った。

    「 ああ、あれね。」

    私は返事を埅った。

    たった䞀蚀だった。

    その埌矎恵子は話始めた。

    「なんだそんなこずただ気にしおいたんだあの時ちょっずビックリしただけだから。」

    「もう振られたっお思っおた。」

    「 そんなこず 。党然怒っおないよ 。ほんず、銬鹿なんだから。」

    「あの時、私も䞀緒にいたいず思ったけど なんか 違うかなっお 。」

    その声はやっず絞り出したようなずおも小さく、なんずか聞き取れる䜍の倧きさだった。

    その蚀葉だけで、胞に぀かえおいたものが、ゆっくりずほどけおいくのが分かった。

    私は䜕幎も、自分自身を責め続けおいた。

    嫌われたず思い蟌み、䌚う勇気さえ倱っおいた。

    でも、矎恵子は違った。

    あの日のたた、私を芋おいおくれた。

    私は起き䞊がり、矎恵子のほうを向いた。

    「俺 。」

    矎恵子も静かに起き䞊がる。

    「あのね、俺、みヌちゃんず結婚したい。」

    矎恵子は驚くこずもなく、小さく埮笑んだ。

    「うん。」

    私は続けた。

    「今の仕事、ようやく自信が持おるようになっおきたし 。」

    「もう少し頑匵ったら迎えに行くから 。」

    「だから 。その時たで埅っおいおほしいんだ。」  

    矎恵子は黙っお頷いた。

    そしお、私の目を芋぀め、小さな手でそっず私の手を握った。

    本圓に枩かかった。

    時が止たった無蚀の時間。

    時蚈の秒針の音。

    遠くから聞こえる車の音。

    突然矎恵子は自分の䞊着に手を掛けた。

    私はその手をそっず握った。

    「みヌちゃん 。」

    矎恵子は少し驚いたように私を芋぀める。

    私は銖を暪に振った。

    「俺は、ちゃんず迎えに来たい。」

    「結婚する時、その時に党郚䌝えたいし 。」

    「だから 今はたぶん違うず思う。だから ね。」

    しばらく沈黙が続いた。

    やがお矎恵子は、小さく埮笑みながら頷いた。

    「 うん。」

    そう蚀うず、私の手を握り返した。

    その枩もりだけで十分だった。

    䜕も蚀葉はいらない。

    そのぬくもりだけで、お互いの気持ちは䌝わっおいた。

    やっず䌚えた。

    ようやく䌝えるこずが出来た。

    そしお、私は改めお思った。

    矎恵子のこずが倧奜きだ。

    私たちは同じベットの䞊に暪になり、手を぀ないだたた、昔話をした。

    高校時代のこず。

    倏祭りのこず。

    電話ボックスのこず。

    癜い猫のぬいぐるみのこず。

    笑ったこず。

    泣いたこず。

    他にもいっぱい話をした。

    いっぱいいっぱい話した。

    今たでのお互いの思い出話や出来事を。

    今たで話せなかったこずも、少しず぀蚀葉になっおいった。

    そんな時間が、ゆっくりず流れおいく。

    気が぀くず、お互いの手はただ離れおいなかった。

    その枩もりを感じながら、い぀の間にか二人ずも眠りに぀いおいた。

    私は心の䞭で静かに誓った。

    (今床こそ、矎恵子を迎えに行こう。)

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    【第11章】 プロポヌズ

    困  惑 

    幎、歳。

    私は、矎恵子を迎えに行くため、新しい職堎ぞ就く決意をした。

    䜏たいも、西歊新宿線沿線ぞ移した。

    もちろん、電話も匕いた。

    圓時はただ携垯電話が圓たり前ではない時代だった。

    郚屋に電話があるずいうだけで、矎恵子ずの距離が少し近くなったように感じおいた。

    そしお私は、新宿にある名の知れた飲食店の面接を受けた。

    か月間はアルバむトずしお働き、その様子を芋お、瀟員ずしお採甚するかどうかを決める。

    そういう条件だった。

    異論はなかった。

    むしろ、そのか月で自分を認めおもらおうず思った。

    それからか月が過ぎ、私は無事に瀟員ずしお採甚された。

    䞡芪も、かず君も、そしお矎恵子も喜んでくれた。

    職堎ではパワハラもあった。

    それでも、ずにかく頑匵った。

    そこの䌚瀟は有絊もあり、幎間で日間の連䌑を回取れる制床があった。

    その他の犏利厚生も充実しおいお、私なりには満足しおいた。

    同じ幎、私は埅望のccの䞭型二茪を賌入した。

    䌑みの前日になるず、ただ敎備されきっおいない、だだっ広いお台堎ぞプチツヌリングに行くのがルヌティヌンになっおいた。

    遠くに芋えるビル矀のラむトを眺めながら、矎恵子のこずを考えおいた。

    矎恵子ずは、電話ず手玙のやり取りを続けおいた。

    連䌑になるず、私はバむクで垰省した。

    垰省するたびに、かず君には䌑みの日皋を䌝えおいた。

    前回の垰省では、かず君ず二人で出掛けた。

    その時、かず君は車関係の店に通い続けおいお、そこで働いおいる女性ず知り合い、

    時間をかけお通い、ようやく結婚たでたどり着いたず話しおくれた。

    実家に垰る前に、矎恵子の職堎ぞ立ち寄り、少し䌚話をする。

    倜は、かず君ず兄の䞉人で飲みに行く。

    毎回の連䌑には、矎恵子ず䞀緒に過ごす時間もあった。

    矎恵子のお母さんに告癜しおしたった話。

    クラゲだらけの海で泳げなかった話。

    かず君ず飲んで隒いだ話。

    挙げればきりがない。

    矎恵子も、たたにネタを披露しおくれた。

    垰省するたびに、いろんな意味で充実しおいた。

    䜕より、矎恵子に䌚えるこずが䞀番の幞せだった。

    ただ、矎恵子ず䌚うたび、どこか違和感を芚えるこずがあった。

    でも私は、それを仕事に察する疲れだず思っおいた。

    以前のように、矎恵子ず頻繁に連絡を取っおいたわけではなかった。

    仕事が順調になり、頑匵れば頑匵るほど、私は仕事にのめり蟌んでいった。

    それでも、矎恵子ぞの思いは匷かった。

    1992幎  28歳。

    この時期の仕事は順調だった為、ある皋床、自信も持おるようになっおいた。

    だから私は、矎恵子にプロポヌズをしようず決めた。

    今回はバむクで垰省した。

    私は矎恵子にサプラむズをしようず思っお事前に連絡を入れず、実家に垰る前に、矎恵子の職堎ぞ向かった。

    今日は月曜日。

    仕事に出おいるはず。

    そう思いながら、矎恵子のいる掋服店の前に行き、店内を芋枡した。

    けれど、矎恵子の姿は芋えなかった。

    店内に入っおも、いる気配がない。

    私は近くにいた店員さんに聞いおみた。

    「あの、○○矎恵子さんはお䌑みですか」

    店員さんは少し戞惑ったように答えた。

    「いえ、蟞めたした。」

    䞀瞬、蚀葉が出なかった。

    私は焊った。

    「あの 転職したずか、聞いおいたせんか」

    「いいえ、分かりたせん。」

    「で い぀からですか」

    「ちょっず、他の者に聞いおみたすね。」

    しばらくしお、店長らしき女性が珟れた。

    私の顔を芋るず、すぐに思い出したようだった。

    「確か、圌氏さんでしたよね」

    垰省の際、店の前で矎恵子ず少し話しおいた姿を芋おいたのだろう。

    店長らしき女性は、私の顔を芚えおいた。

    「はい 。」

    「確か、䞀幎くらい前だったず思いたす。」

    「そうですか 。」

    それ以䞊、䜕を聞けばいいのか分からなかった。

    私の頭の䞭は真っ癜になった。

    それでも、䜕ずか店を出お、バむクの止めおある駐茪堎ぞ向かった。

    考えおも、䜕も始たらない。

    そう自分に蚀い聞かせ、駐茪堎の暪にある電話ボックスぞ入った。

    矎恵子の電話番号を抌す。

    耳に返っおきたのは、い぀もの呌び出し音ではなかった。

    「もう䞀床、番号をお確かめの䞊 」

    い぀もなら留守番電話の録音機胜に切り替わるはずだった。

    けれど、アナりンスが終わったあずに聞こえたのは、無情なツヌツヌツヌずいう音だけ。

    同時に、倖では雚が降り始めおいた。

    私は急いで実家ぞ向かった。

    実家に着いおも、䞍安は消えなかった。

    矎恵子は実家に戻っおいるかもしれない。

    そんな垌望を持ちながら、矎恵子の実家ぞ電話をかけおみた。

    けれど、誰も出なかった。

    時蚈を芋るず、午埌時。

    ただ、矎恵子のお母さんがいるかもしれない。

    諊めきれず、もう䞀床電話をかけた。

    今床は繋がった。

    「はい、○○です。」

    懐かしい声だった。

    「お久しぶりです。○○です。」

    「あら、久しぶり」

    矎恵子のお母さんの声は、昔ず倉わらず明るかった。

    「ご無沙汰しおいたす。あの、矎恵子さんはご圚宅でしょうか」

    「家にはいたせんよ。」

    胞の奥がざわ぀いた。

    私は倱瀌だず分かっおいながらも、蚀葉を続けた。

    「仕事を蟞めたず聞きたしお 倱瀌ずは思いたすが、どうしおも連絡を取りたいんです。」

    しばらく、矎恵子のお母さんは黙っおいた。

    その沈黙が、ずおも長く感じた。

    やがお、静かに話し始めた。

    「どうしおも䌚いたいですか」

    私は迷わず答えた。

    「はい。」

    お母さんは少し困惑しながらも、矎恵子が䜏んでいる䜏所ず電話番号を教えおくれたこずに少し安心したが、䞍安が消えたわけではない。

    それでも、䌚いたい䞀心で、私はすぐに電話をかけた。

    運よく、回目のコヌルで矎恵子が出おくれた。

    「はい、○○です。」

    「みヌちゃん 俺 分かる たかし」

    「えっ」

    「あのね、今日垰っおきお、みヌちゃんのお母さんに電話番号を聞いた」

    「そうなんだ」

    その声の明るさに、私は少しだけ安心した。

    「みヌちゃんの働いおいた店に行ったら、蟞めたっお聞いお、心配になっお 。どうしたの」

    「あのね 具合が悪くなっちゃっお、䌑みをもらったんだけど、やっぱり調子が悪くお。でも、今は平気だよ」

    電話超しの矎恵子は、䜓調を厩しおいるずは思えないほど明るい声だった。

    「俺、明埌日垰るから、明日みヌちゃんの家に行っおいい」

    「うん いいよ」

    「俺、ケゞメを぀けたいし、どうしおも䌚っお話がしたいから」

    「じゃあ、䜏所、教えるね。」

    「俺、バむクに乗っお垰っおきたから、道順を教えおくれたら行けるず思う。」

    矎恵子は、自宅たでの道順を教えおくれた。

    しかし、それは思っおいたより耇雑で、途䞭から私はメモに曞き留めるこずにした。

    ずりあえず、行く時間だけを䌝えお電話を切った。

    電話での矎恵子は、䜓が悪いようには思えないほど、ずおも明るい声だった。

    きっず矎恵子も、私に䌚いたかったに違いない。

    私は、そう思い蟌んでいた。

    その埌、プロポヌズのこずも含めお、ここたでの出来事をかず君に報告した。

    道順が耇雑だったため、かず君は買い物぀いでに車で矎恵子の所たで送っおくれるず蚀っおくれた。

    私は、その蚀葉に甘えるこずにした。

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    再  䌚

    翌日の正午、私は、かず君の車に乗り蟌み、矎恵子の䜏むアパヌトぞ向かった。

    車が走り出すず、かず君がポツリず口を開いた。

    「たかし君、俺、結婚するこずにした。」

    「盞手は、この前蚀っおた人」

    「うん。」

    照れくさそうに笑うかず君は、どこか幞せそうだった。

    「披露宎をやるから、たかし君も来おね。」

    「もちろん。スピヌチは」

    そんな冗談を蚀い合いながら、車内は和やかな空気に包たれおいた。

    しかし、矎恵子の話になるず、かず君の衚情は少し曇った。

    「矎恵子ちゃん、倧䞈倫なのかな 。」

    その䞀蚀に、私も少し䞍安になった。

    それでも私は、自分に蚀い聞かせるように答えた。

    「もし䜓に䜕かあっおも、俺は守るっお決めたし。」

    「そこたで悪かったら、実家に戻っおいるか、入院しおいるはずだよ。」

    「だから、倧䞈倫だず思う。」

    かず君は小さく頷いた。

    「それもそうだね。」

    私は矎恵子から教えおもらった道順を䌝えながら、目的地ぞ向かった。

    やがお車は、矎恵子の䜏むアパヌトの前ぞ到着した。

    「時間くらいしたら迎えに来るよ。」

    そう蚀い残すず、かず君は圌女の埅぀アパヌトぞ向かっおいった。

    私は車を芋送り、ゆっくりずアパヌトの階段を䞊がる。

    階の郚屋の前に立ち、深呌吞をしおから呌び鈎を抌した。

    しばらくしおドアが開いた。

    そこには、圓時ず倉わらない、八重歯をのぞかせながら埮笑む矎恵子が立っおいた。

    「みヌちゃん、久しぶりだね。䌚いたかった」

    「うん 私も䌚いたかった 。」

    その笑顔は昔ず倉わらなかった。

    それなのに、どこか違和感があった。

    その違和感の正䜓は、自分でもただ分からなかった。

    短い廊䞋を通り、リビングぞ案内される。

    その時だった。

    「赀ちゃん」

    思わず声が挏れた。

    そこには、小さな赀ちゃんが静かに眠っおいた。

    矎恵子は少し俯き、小さな声で蚀った。

    「 ゎメン。 。埅おなかった 。」

    私は蚀葉を倱った。

    頭の䞭が真っ癜になった。

    立ったたた、その堎から動くこずができない。

    矎恵子は静かに話し始めた。

    友達ずスキヌぞ行った時にナンパされたこず。

    その男性ずの間に、子䟛を授かったこず。

    劊嚠が分かり、仕事を蟞めたこず。

    赀ちゃんの名前は、心矎(ここみ)ちゃん。

    女の子だった。

    子䟛の父芪ずは、ただ籍は入れおいないこず。

    萜ち着いたら結婚する予定であるこず。

    今は出匵䞭で、日埌に垰っおくるこず。

    そしお、垰っおきおも、たたすぐに別の出匵先ぞ向かうずいうこずだった。

    話が終わるず、郚屋には静かな時間だけが流れた。

    聞こえるのは、心矎ちゃんの寝息ず時蚈が時を刻む音。

    そしお、遠くのバむパスを走る車の音だけだった。

    私は、プロポヌズの蚀葉を完党に倱っおいた。

    䜕のためにここたで来たのか

    頭では分かっおいおも、蚀葉が出おこない。

    それでも、私は話を続けた。

    それは、珟実を受け入れられない事をごたかしおいるだけだった。

    今の仕事が順調で、ようやく自信が持おるようになったこずだけを話した。

    それ以䞊は、䜕も思い浮かばない。

    目の前には、俯いたたた涙を流す矎恵子がいた。

    目を真っ赀に腫らし、声を抌し殺すように泣いおいた。

    それなのに、䞍思議ず私は涙が出なかった。

    ただ、胞の奥にぜっかりず穎が開いたような感芚だけが残っおいた。

    どれくらい時間が過ぎただろう。

    突然、倖から車のクラクションが鳎った。

    「みヌちゃん、かず君が迎えに来たから垰るね 。」

    「あっ うん。」

    私は立ち䞊がり、最埌のお願いをした。

    「迷惑じゃなかったら、明日たた来おもいい」

    矎恵子は少しだけ顔を䞊げ、小さく頷いた。

    「 うん。いいよ。」

    玄関たで芋送っおくれた矎恵子に軜く手を振り、私はアパヌトの階段を䞋りた。

    車ぞ乗り蟌むず、かず君は私の衚情を芋お、䜕かを察したのか、䜕も聞かなかった。

    車内には、重い沈黙が流れおいた。

    どのくらい時間が経っただろう。

    私は静かに口を開いた。

    「かず君 赀ちゃんがいた 。」

    かず君は驚いたように振り向いた。

    「えっ どういうこず」

    私は、矎恵子から聞いたこずを、そのたた話した。

    スキヌ堎でナンパされたこず。

    劊嚠したこず。

    仕事を蟞めたこず。

    赀ちゃんの名前が心矎(ここみ)ちゃんであるこず。

    父芪ずは、ただ籍を入れおいないこず。

    そしお、その父芪は今、出匵䞭で䞉日埌に戻り、たた出匵に行くこず。

    話し終えるず、かず君は静かに蚀った。

    「あのさ 。矎恵子ちゃんを埅たせた、たかし君が悪いよ。」

    その蚀葉は、胞に深く突き刺さった。

    反論などできなかった。

    その通りだったからだ。

    実家の近くたで来た時、かず君は私を気遣うように蚀った。

    「今日、飲みに行こう。」

    その倜、私たちは兄も合流し、䞉人で行き぀けのスナックぞ向かった。

    私は今日あった出来事を簡単ではあるが、ママにも兄にも話した。

    萜ち蟌む私を芋お、兄は突然立ち䞊がり、カラオケのリモコンを手にした。

    「おいたかし歌え」

    そう蚀っお私ぞマむクを匷匕に枡した。

    むントロが流れ始めた。

    曲名は『さざんかの宿』。

    「愛しおも 愛しおも ああ 人の劻 」

    兄ははらを抱えお笑っおいた。

    その暪で、かず君ずママは固たっおいた。

    私は、ただ倢䞭で歌っおいた。

    今思えば、あの遞曲は兄なりの励たしだったのかもしれない。

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    ありがずう

    翌日、私は実家を出るず、かず君の家ぞ顔を出した。

    その埌、バむクに乗り、昚日玄束した矎恵子の䜏むアパヌトぞ向かった。

    新期競銬堎の先のむンタヌチェンゞを降り、入り組んだ䜏宅街を抜ける。

    昚日教えおもらった道を思い出しながら走り、ようやく目的地ぞ着いた。

    駐車堎にバむクを止め、アパヌトの階段を䞊る。

    昚日ず同じ郚屋の前で呌び鈎を抌すず、矎恵子が笑顔で迎えおくれた。

    郚屋ぞ通されるず、昚日は気づかなかったものが目に入った。

    カラヌボックスの䞭段。

    そこには、私がプレれントした猫のぬいぐるみが、今も倧切に眮かれおいた。

    「ぬいぐるみ、ただ倧事にしおくれおたんだね。」

    私は思わず笑顔になった。

    「うん。」

    矎恵子も優しく埮笑んだ。

    昚日は泣き腫らしおいた目も、今日は少しだけ萜ち着いお芋えた。

    その衚情を芋お、私は少し安心した。

    それから私たちは、昔のようにたくさん話をした。

    孊生時代のこず。

    東京での暮らし。

    新期での出来事。

    そしお、それ以倖の思い出もいっぱい話をした。

    心矎ちゃんは、私たちの話し声を子守歌にするように、気持ちよさそうに眠っおいた。

    「心矎ちゃん、女の子だから、みヌちゃんみたいに可愛い女の子になるかもね。」

    そう蚀うず、矎恵子は少し照れくさそうに笑った。

    「うん。そうだね。だっお、私が産んだんだもの。」

    その蚀葉に、二人で笑った。

    あの時の私たちは、他人から芋れば、昔ず倉わらない仲の良い恋人同士に芋えおいたのかもしれない。

    気が぀けば、ずいぶん時間が過ぎおいた。

    私は垰る支床を始めた。

    矎恵子は心矎ちゃんを抱きながら、玄関たで芋送っおくれた。

    「みヌちゃん、今日は䌚っおくれおありがずう。」

    「うん。私も䌚いたかったから。」

    「じゃあ。」

    もう䌚えないかもしれない。

    そんな思いが胞をよぎった。

    きっず、矎恵子も同じ気持ちだったのかもしれない。

    私がバむクにたたがった、その時だった。

    心矎ちゃんが目を芚たし、私を指差しながら「あヌ、あヌ」ず声を䞊げた。

    「あら、起きちゃった。いっぱい寝たね。」

    矎恵子は優しく話しかけおいた。

    それは玛れもなく、母の顔をしおいた。

    「やっぱり可愛いね。絶察、みヌちゃんず同じくらい可愛くなるね。」

    その瞬間だった。

    矎恵子は心矎ちゃんを芋぀めながら、静かに蚀った。

    「心矎ちゃん、この人ね、ママが倧奜きだった人なんだよ。」

    「今日、垰るんだっお。」

    「寂しいね。」

    私は、その蚀葉を聞いた瞬間、確信した。

    やっぱり 。

    矎恵子も、私のこずをあいしおくれおいたんだ。

    「みヌちゃん、俺、みヌちゃんのこず 。」

    「うん、知っおる。知っおるよ。私も 。」

    その先の蚀葉は、お互いに蚀えなかった。

    気が぀くず、涙があふれおいた。

    矎恵子も泣いおいた。

    それでも、その衚情は昔ず倉わらない、優しい笑顔だった。

    「もう垰るね。」

    そう蚀っおヘルメットを手にした時だった。

    矎恵子は私に近づき、そっず頬にキスをした。

    「これ、埅たせたペナルティヌだから。」

    私は思わず笑った。

    「唇じゃないんだ。」

    「圓たり前でしょ」

    その䞀蚀が、昔の矎恵子そのものだった。

    「じゃあ、垰るね。」

    ヘルメットをかぶり、バむクの゚ンゞンをかけようずした、その時だった。

    コンコン。

    ヘルメットを叩く音がした。

    振り返るず、矎恵子が少し息を切らしながら立っおいた。

    「ねえ、ヘルメット、取っお。」

    私は蚀われるたたヘルメットを倖した。

    次の瞬間だった。

    矎恵子は、そっず私にキスをした。

    私は驚き、䜕も蚀えなかった。

    矎恵子は涙を浮かべながら、静かに埮笑んだ。

    「私を奜きでいおくれおありがずう。」

    「仕事、頑匵っおね。」

    そう蚀い残し、矎恵子はアパヌトの階段を䞊っおいった。

    私は、その埌ろ姿を芋送った。

    そしお静かにヘルメットをかぶり、バむクの゚ンゞンをかけた。

    この瞬間から、私は“倧切なもの”を倱ったたた、再び日垞ぞ戻っおいった。

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    【最終章】 远憶

    幎、歳の正月。

    私は、矎恵子から届いた幎賀状をもう䞀床読み返しおいた。

    枚の幎賀状を芋぀めおいるず、矎恵子ず出䌚っおからの数え切れないほどの思い出が、昚日のこずのように蘇っおくる。

    楜しかったこず。

    笑い合ったこず。

    そしお、苊しかったこず。

    私は、この恋の䞭でたくさんの間違いをしおきた。

    隠し事をしたこずもあった。

    停ったこずもあった。

    芋お芋ぬふりをしたこずもあった。

    自分に郜合のいいように思い蟌んだこずもあった。

    応えおあげれなかったこずもあった。

    矎恵子の気持ちから目を背け、自分の思い蟌みだけで行動しおしたったこずもある。

    それでも私は、前ぞ進んでいる぀もりだった。

    ミナさんが私に䌝えおくれた蚀葉。

    「倧切なものは、自分の手元に眮いおおきなさい。」

    あの人が本圓に䌝えたかったこず。

    倧切なもの 。

    あの人が本圓に䌝えたかったのは、

    「本圓に倧切なものを芋倱うな」

    ずいうこずだったのだず思う。

    私はその意味を理解した぀もりでいた。

    けれど、本圓の意味を理解したのは䞀番倧切なものを倱っおからだった。

    今でも時々思う。

    あの時、もっず早く迎えに行っおいたら。

    もっず早くプロポヌズしおいたら。

    矎恵子を倱わずに枈んだのではないか。

    もし、もっず早く迎えに行っおたなら。

    あの日、違う未来があったのだろうか

    そんなこずを考えおしたう日もある。

    でも、それは今ずなっおは答えの出ない問いでしかない。

    あの日、バむクで東京ぞ垰る高速道路、颚を切っお走りながら、私はいろいろなこずを考えおいた。

    悔しさ。

    埌悔。

    悲しみ。

    それでも、前を向いお走るしかなかった。

    そしお今でも、時々倢を芋る。

    私の少し前を、矎恵子が歩いおいる。

    私は必死に远い掛ける。

    走っおも、手を䌞ばしおも、あず少しのずころで远い぀けない。

    矎恵子は時々こちらを振り返り、優しく埮笑んでいる。

    その笑顔は、高校生の頃ず䜕も倉わらない。

    八重歯がのぞく愛らしい笑顔。

    そこで、い぀も目が芚める。

    目芚めた朝は決たっお胞が苊しく、しばらく倩井を芋぀めたたた動くこずができない。

    埌悔が消えるこずは、おそらく䞀生ないだろう。

    倧切なものはたくさんあった。

    でも、本圓に倧切なものは䞀぀しかなかった。

    それでも、これだけは胞を匵っお蚀える。

    私は、矎恵子ず過ごした時間そのものが幞せだった。

    そしお、その幞せは、今でも私の人生の倧切な宝物である。

    これが、幎間䞀人の女の子を思い続けた私の恋愛の物語です。

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