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4.8億円の設計図は7位だった——xGで読む甲府の2024年

    今日はようやくシーズン初観戦だ。仕事に追われて気づけば春、年明けから年度末までこんなに忙しくなるとは思わなかったよ、パトラッシュ。ともかく今、新宿発のあずさの車内でこれを書いている。窓の外はすっかり山。勝てるかどうかはさておき、「今年こそ」と思えるのが開幕戦のいいところだ。
    それはそうと、あずさの車内揺れすぎじゃない?こんなに揺れたっけ、と思いながら文字を打っている。今回はiPadでの作成なので表などが雑になっているかもしれない。ご容赦いただきたい。

    第1回で甲府のフロント(A)を、第2回でなぜ人件費を上げられないかの構造を書いた。ここまで2回、お金の話しかしていない。サッカーのコラムなのにボールが一回も転がっていない。さすがに今回はピッチの話をしたい。
    フレームワークを思い出してほしい。A. フロント=お金を作り、回す → B. 監督=お金をチャンスに変える → C. 選手=チャンスをゴールに変える。第1回の結論は「Aは合格だが、配分(人件費率27%)が低すぎる」だった。今回はBとC、つまり現場が限られた予算で何をしたのかを、xGという指標で見ていく。
    結論から書く。監督の戦術設計は7位相当だった。しかし選手の守備が最下位クラスで、その成果は帳消しになり、順位は14位。4.8億円で7位の設計図を描けていたことに、僕は観ていて気づかなかった。小瀬で「今日もダメだ」とビールを飲んでいた2024年の裏側に、そんなデータがあったのか。


    ・xGモデルの精度はプロバイダーにより異なり、他サイトのxGとは一致しない場合がある
    ・篠田・大塚両監督期のxG分割データはJリーグ公式からは取得できず、全体数値のみで分析している
    ・選手別xGはJリーグ公式の選手別スタッツから取得
    ・本稿は公開データに基づく個人の分析・見解であることに留意いただきたい


    xGとは何か——チャンスの質を値で捉える


    xG(Expected Goals、ゴール期待値)は、「あのシュートが入る確率は何%だったか」を数値化したもの。ゴール前でGKと1対1のような至近距離のシュートで0.7前後(ペナルティキックが0.76)、30mのミドルが0.03あたり。甲府を観ているとそもそもシュート数自体が多くないので、数少ないチャンスひとつひとつに「頼む、入ってくれ」と念を送ることになる。xGはその「入ってくれ」を確率として数値化したもの、と思えばいい。

    xGの要点は、シュートを打った選手の技量ではなく、チャンスそのものの質を測ることにある。誰が打ったかは問わず、どこから、どういう形で、どんな場面で打たれたか。その組み合わせから「このシチュエーションなら何%入るか」を歴史的データで算出する。だからチーム全体のxGは、監督が組み立てた攻撃の設計図そのものの成績表として読める。

    xGが測るのは「過程」、Gが測るのは「結果」。そう考えておくと見通しがいい。

    xG = 監督が作ったチャンスの質と量(戦術)
    G−xG = 選手がそれをゴールに変えた効率(決定力)
    GA−xGA = 選手が守備で踏ん張った度合い(阻止力)

    A→B→Cのフレームに当てはめると、xGが「B. 監督」、G−xGとGA−xGAが「C. 選手」に対応する。ようやくサッカーコラムらしい話題になってきた。

    xGは万能ではない。単試合のブレも大きく、シーズン通算で見るのが基本だ。本稿ではJリーグ公式が採用しているData Stadiumのモデル(Jリーグ公式スタッツ)を使う。

    J2全20クラブのxGマップ

    では、2024年J2リーグ全20クラブのxGデータを並べてみよう。

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    数字の嵐で目がくらむかもしれないが、甲府の行だけ見てほしい。xG 51.4(7位)、xGA 44.1(7位)。人件費10位のクラブが、xGでもxGAでも7位。監督は予算以上の仕事をしていたらしい。
    で、実際の順位は14位である。右端の「GA−xGA」に答えがある。+12.9、リーグワースト。戦術的には「44点で抑えられるはず」のシーズンで57点取られた。13点分の上乗せ。これが14位の正体だ。

    監督の仕事は悪くなかった——xG差分+7.3の意味

    この結論は、僕自身にとっても意外だった。2024年は篠田監督が途中解任され、大塚コーチが昇格するというドタバタのシーズン。メインスタンドで見ていた体感では「また失点した」「また負けた」「またか」の3語で要約できる1年だった。帰りのあずさで反省会をする気にもならない試合が何度もあった。

    でもxGは、僕の体感とは違う景色を見せる。
    甲府のxG差分(xG−xGA)は+7.3。攻撃で作ったチャンスの質が、守備で与えたチャンスの質を7.3点分上回っている、という意味だ。リーグ全体で見ても、この水準は上位陣と肩を並べる。

    xG差分で並べ直すと、上位5つは横浜FC(+27.4)、清水(+23.4)、岡山(+14.9)、千葉(+13.9)、秋田(+11.2)。甲府の+7.3はその次に来る。4.8億円で描いた設計図としては、まあ上出来だろう。

    人件費トップ3の清水(21.6億)、長崎(15.2億)、横浜FC(14.1億)はxGでも1〜3位。この「ビッグ3」を超えるには2倍以上の資金力が要る。ただし、その壁の下では金額と戦術効率の相関はかなり崩れる。秋田は人件費わずか3.0億(18位)でxG差分5位。甲府もその系譜に連なる、中位予算で上位の戦術を実現した側のクラブだった。

    問題は、Bではなく、Cにあった。

    守備が崩れた話——GA−xGA +12.9の中身

    GA−xGA +12.9。これがどれだけ外れ値か、他と比べるとよくわかる。
    リーグ平均は−0.2(xGAよりわずかに少ない失点で済む)。横浜FCは−4.6、岡山は−13.3、山形は−14.7。上位クラブの守備陣はxGAの予測よりもさらに少ない失点に抑え込んでいる。GKのセービング、CBの対人守備、組織的なブロック形成。つまり選手個人の質が出ている。

    甲府はその逆をやった。xGA 44.1、つまり「44失点で終えられるはず」の守備設計でありながら、実際は57失点。差分+12.9は、2位の熊本(+8.9)を引き離すワーストである。
    背景を三つ、整理しておく。

    まず主力の大量流出。キャプテンだった須貝英大は2023年夏に鹿島に引き抜かれ、2024年の開幕前には長谷川元希(→新潟)と三浦颯太(→川崎)、井上詩音(→名古屋)と天皇杯優勝とACL出場で名を上げた選手が次々にJ1へ渡った。さらにシーズン途中の8月には今津佑太(→鳥栖)まで移籍。レギュラーCBが次々と抜け、穴が埋まらないまま夏を迎えた。第2回で書いた「甲府は人材を育てて送り出すクラブ」の裏面がここに出ている。
    次にGKの同時離脱。河田晃兵と渋谷飛翔が同時に負傷で離脱してしまった。Football LABのセーブCBP(GKのセーブ貢献度)で甲府はJ2の19位、ワースト2位。xGAモデルはGKの質を加味しないので、GKの水準低下はGA−xGAの悪化にストレートに反映される。

    そしてクロスとセットプレーからの失点。これはデータがはっきりしている。Football LABの失点パターン分析によると、甲府の全57失点のうちクロスからの失点が15(26.3%)、セットプレーからの失点が10(直接1+間接9で17.5%)。合わせて25失点、全体の44%がクロスとセットプレー絡みだ。

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    面白いのは、CB孫大河(187cm)や今津佑太(184cm)と高さ自体は足りていたことだ。にもかかわらず、Jリーグ公式の空中戦勝利数で甲府は20チーム中17位(564回)。トップの秋田(1,237回)の半分以下。高さの問題というより、マーキングの受け渡しやポジショニングの連携が噛み合っていなかった。あるサポーターのシーズン振り返りでも「相手のクロスからファーで合わされるお決まりの失点パターンから脱却できない」と書かれていて、スタンドで見ていた体感と一致する。


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    (2024年の写真ではありません)



    もうひとつ数字を足すと、甲府の被シュート成功率は11.9%でJ2ワースト2位。被シュート数自体は12.4本/試合でリーグ9位(少ない方から)だから、「撃たせないところまではできているが、撃たれたら入ってしまう」という構造がはっきり出ている。

    ただ、ここは少し留保がいる。xGAは「シュート時点の状況」で評価するので、マーキングが破綻した瞬間のノーマークのシュートは、本来なら高xGで計上される。つまり甲府のxGAが低いなら、破綻そのものはそれほど頻発していなかったという読みになる。なのに、クロスからの失点が15。xGAが拾いきれていない種類の失点(マークが曖昧で、GKの反応が半拍遅れるような、シーンの流れの問題)が混じっている可能性は十分ある。
    最終局面での個の質、すなわちGKのセーブ、CBのクロス対応、マーキングの統一、これらが足りなかったのは確かだ。しかし、監督の守備設計が完全無欠であったかというと、それもまた怪しい。設計と実行の境界線をデータで厳密に引くことは、実のところ、難しい。

    攻撃はアダイウトンに救われた——G−xGが映す一本足打法

    守備がこの有様だった一方で、攻撃のG−xGは+2.6とプラスを維持した。xGの予測よりわずかに多い得点を挙げているから、攻撃の決定力は「並よりやや上」。で、そのプラスを一人で叩き出していたのがアダイウトンだった。知ってた。見ていればわかる。

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    アダイウトンのG−xG +5.1はJ2でもトップクラスの「過剰達成」。ドリブルで相手を剥がしてから打つシュートは、xGモデルが想定する「平均的なJ2選手のフィニッシュ」より遥かに精度が高い。彼の14得点のうち5点分は、いわば「個人の才能による上乗せ」だったことになる。


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    40歳のウタカは、xG 8.8というポジショニングの妙でチャンスを作り出す力は健在だった。フィニッシュはxGをわずかに下回ったが、40歳でJ2 16位相当のxGを稼ぐ嗅覚がそもそもおかしい。そこから少し目減りするのは、もう誤差だ。三平のG−xG ±0.0はまさに教科書通り。期待通りに決めて、期待通りに外す。それはそれで一つの仕事だと思う。


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    ただ、チーム全体で見ると攻撃はアダイウトンの個人技に大きく依存していた。彼がいなければG−xGはマイナスに沈んでいる。

    監督交代はチームを変えたか

    2024年の甲府は2人の監督がピッチに立った。数字だけで追う。

    篠田善之(第1〜22節):6勝7分9敗、勝点25(1試合平均1.14)
    開幕5試合は3勝2分と好調だったが、その後17試合で3勝5分9敗。8試合連続未勝利で7月2日に契約解除された。

    大塚真司(第23〜38節):6勝2分8敗、勝点20(1試合平均1.25)
    コーチから昇格。勝率は27%→38%に改善したが、引き分けが激減して敗率も41%→50%に上がった。勝つか負けるかのギャンブル性が高まった、とも言える。

    1試合平均勝点は篠田1.14→大塚1.25とわずかに改善。年間換算しても47.5点で、昇格プレーオフ圏(例年60点前後)には遠く及ばない。大塚体制ではウタカ、アダイウトン、三平という平均年齢35歳超の攻撃陣の体力マネジメントに腐心していた印象がある。

    本当は監督期別のxGを比較したかったのだが、Jリーグ公式は監督期別の分割データを公開していない。篠田時代と大塚時代でチャンスの作り方にどれだけ差があったか、実はわからないのだ。ここは分析の限界として正直に書いておく。

    お金でxGは買えるか

    第1回で人件費と勝ち点の相関を見た。xG差分との関係も似た形で、「お金をかけるほどxG差分は上がる」傾向は確かにある。ただし決定係数は0.4程度、サンプルは20クラブだけ。相関はそこそこ、くらいの水準だ。以下のランキングも、傾向を見る程度にとどめたい。

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    回帰線からの「ズレ(残差)」が面白い。残差がプラスなら予算の割に戦術が機能している、マイナスなら金をかけた割に回っていない、ということを示す。いわばxG版の費用対効果。

    甲府の残差+11.5は、リーグ上位の戦術効率ということになる。4.76億からは「xG差分−4.2」が予測されるのに、実際は+7.3を出した。予測を約12点分上回っている。

    見えてくるのは、J2には「戦術効率クラブ」と「資金力クラブ」の二つの生き方があるということ。秋田・岡山・いわき・甲府は少ない予算から監督の設計力で戦術的優位を作り出す。清水・長崎は潤沢な予算でxG差分をプラスにするが、投入した金額から期待されるほどの効率は出ていない(それでも絶対値で勝つから問題はないのだが)。

    これは、古典的な経営戦略の構図とも重なる。規模を武器にコストで押し切るか、限られた資源で独自性を磨くか。どちらも成立する。が、中途半端な位置こそがもっとも苦しい、というのがセオリーである。J2の中位下位のクラブをこの眼で見直すと、得るものがある。
    ただ、戦術効率だけでは昇格できない。秋田は残差1位の+19.2だが、G−xG −17.8という壊滅的な決定力不足で10位に沈んだ。54ゴール分のチャンスを作って36点しか入らない。秋田のサポーターの心中やいかに。甲府も残差+11.5の戦術効率を、GA−xGA +12.9の守備でほぼ全額食い潰した。戦術で稼いだ貯金を、守備で使い果たした格好だ。

    昇格するには「戦術効率」か「資金力」のどちらかだけでは足りないらしい。横浜FC(残差+11.9かつ資金力14億)のように、両方を持っているクラブが上に行く。甲府は効率の方は持っている。足りないのは、やはりお金だ。

    A→B→Cの変換効率で見た甲府の2024年

    ここまでの分析を、フレームワークに沿って整理する。

    A. フロント → B. 監督:お金をチャンスに変える
    人件費4.76億(10位)→ xG 51.4(7位)、xGA 44.1(7位)。回帰残差+11.5(リーグ6位の戦術効率)。限られた予算から「7位相当」の戦術を引き出し、予測を12点分上回った。A→Bの変換は、合格。

    B. 監督 → C. 選手:
    チャンスをゴールに変える

    xG 51.4 → 実得点54(G−xG +2.6)。攻撃の変換はほぼ適正。アダイウトンの個人技で下駄を履いていたとはいえ、チーム全体としてはxG並みの決定力は出ていた。

    失点を防ぐ
    xGA 44.1 → 実失点57(GA−xGA +12.9)。ここで漏れた。リーグワーストの守備実行力が、7位の設計図を14位まで引きずり下ろした。
    一行にするとこんな感じだ。

    4.76億(10位)→ xG差分+7.3(7位相当)→ ゴール差−3(14位)

    A→Bまでは通っているのに、B→Cで失速する。これは監督の問題ではなく、選手、特に守備の人材の問題だ。そして人材の質は、結局のところ人件費と紐づく。話はAに戻ってくる。

    xGデータの面白いところは、同じ「昇格できなかった」クラブでも、失速のかたちがまるで違うのが見えることにある。秋田はxGでは上位でありながら、ゴール前で選手が外し続けた(G−xG −17.8)。甲府は守備で漏れた(GA−xGA +12.9)。水戸は攻撃の決定力不足(G−xG −10.7)、大分も同じ(−13.6)。第1回でトルストイを引いたが、あの一文はここにも効く。昇格するクラブは、A→B→Cがきれいに揃う。昇格できないクラブは、それぞれの場所で壊れる。

    今回のまとめ

    2024年の甲府をxGで見てみた結果は、案外シンプルだった。
    監督の設計図は7位相当だった。選手の守備がそれを14位に戻した。

    xG 51.4、xGA 44.1は、人件費10位のクラブとしては出来すぎだ。篠田さんも大塚さんも、チャンスの作り方じたいは悪くなかった。小瀬で「今日もダメだ」と嘆いていた僕の体感は、戦術の部分については少し不当だったのかもしれない。監督には、ここで小さく謝っておく。

    篠田さんについては、もうひとつ書いておきたいことがある。僕は戦術の細かいことはわからないが、篠田さんのサッカーはフィジカルを求める色が濃かった印象がある。走れ、戦え、球際で負けるな、という。甲府にいた最後の時期に篠田監督の指導を受けた長谷川元希が、新潟に移籍してJ1で活躍しているのを見ると、あのフィジカルを問われる環境で鍛えられたことが、J1でやれる素地を作ったのではないかと思う。素人の感想だけれど。
    ただGA−xGA +12.9というリーグワーストの守備数値が、その成果を全部帳消しにした。ACL後のCB流出、GKの同時離脱、クロスからの失点44%。原因は複合的だが、根っこにあるのは「育てた人材が引き抜かれた穴を同じ予算水準では埋められない」という構造の話だ。

    これは開発経済学でいう「漏れバケツ」に近い。水は注がれているのに、底の穴から流れ出ていく。甲府の「器」はJ1に比べれば小さく、蛇口も細い。地方の中小メーカーが優秀な技術者を育てても大企業に引き抜かれる、という産業史の風景と、構造としては地続きだ。水源が限られたまま流出を止められないなら、残るのは育成のノウハウと、次世代を育てる責務ばかりということになる。

    第1回の経営分析と、今回のxG分析が同じ場所に着地したのは、偶然ではない。戦術でどれほど絞り出そうと、実行する人材の質には天井がある。2024年は、それが守備のかたちで現れた。ただそれだけのことだ。

    自分の応援するクラブを3回続けて掘ったが正直、次は視点を引いて、このA→B→CをJ2全体に当てはめてみようかと思っている。数年ぶんの推移も一緒に追えば、J2というリーグじたいがどう変わってきたかも見えるはずだ。

    ……と書いているうちに、あずさはもうすぐ甲府駅に着く。今日の試合がxG通りに進むのか、裏切ってくれるのか。スタンドに座って、ビールを片手に確かめにいく。

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