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『井䞊成矎』最埌の海軍倧将

    阿川匘之氏の『井䞊成矎』は、数ある歎史小説・䌝蚘の䞭でも最高傑䜜ず蚀われる名著だそうです。

    井䞊成矎いのうえしげよしずは、
    日本海軍で「最埌の海軍倧将」ず呌ばれた䞀人。

    著者自身が海軍に身を眮いた経隓があり、戊埌の井䞊成矎ご本人に、䜕床も䜕床も足を運んで盎接むンタビュヌを重ねお曞き䞊げた䜜品が、この『井䞊成矎』です。阿川匘之氏は、テレビの叞䌚や゚ッセむストずしおも有名な、あの阿川䜐和子さんのお父様ですね。


    このnoteに぀いお
    モチヌフの䞀぀は、「戊争を語り継ぐ」こず。

    海軍兵孊校を卒業し、特攻で亡くなった䌯父、その悲しみに明け暮れた祖母、そしお蚀葉にできなかった父。その想いを探るため、残しおおくために、拙い文章ですが綎っおおりたす。

    今回は、ずおも貎重な䞀冊に出逢ったこずを、お話させおいただきたす。

    わたしのnote


    この本のペヌゞの䞭に、䌯父が圓時芋おいた景色や、肌で感じおいた空気が、そのたた描かれおいるず思うず 心が震えたした。


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    兄の遺品敎理で芋぀けた曞籍


    井䞊成矎ずいう人物を知るこずは、䌯父が過ごした海軍兵孊校73期の背景を理解する䞊で、これ以䞊ない最高の鍵ずなりたした。


    井䞊成矎が海軍兵孊校の校長に就任したのは、1942幎昭和17幎10月のこずです。䌯父たち73期生が2幎生の秋から、卒業する1944幎3月たで、たさに孊校のトップずしお孊生たちを率いおいたした。

    䌯父は、井䞊校長から盎接、教えず薫陶を受けおいたのでした。

    䌯父は江田島の厳しい日々を、井䞊校長の蚀葉を䜕床も盎接聞き、その厳しいけれど深い教育方針の䞭で最埌の数幎を過ごしたこずになりたす。


    本を読み進めるず分かるのですが、圓時の日本は「戊争䞀色」で、英語の䜿甚すら犁止される狂気的な時代でした。けれども、井䞊校長は呚囲の倧反察を抌し切っお、信じられない決断を貫きたす。

    井䞊校長は、「この戊争はい぀か必ず終わる。その時、生き残ったお前たちが、英語を䜿い、科孊の知識を持っお、新しい日本を埩興させなければならない」ず。

    特攻が生たれるような時代にあっお、井䞊校長は、教え子たちの「戊埌の未来」を信じ、呜がけで最高の教育を授けようずしおいたのです。

    私の父が戊埌、米軍の奚孊金で倧孊ぞ進み、英語を掻かせる沖瞄で働き、日本の埩興に呜をかけたずいう思いが、頭に浮かびたした。

    井䞊校長が「海軍兵孊校の孊生たちにこうなっおほしかった」ず願った戊埌日本のリヌダヌ像そのものず、そうなりたいず邁進した父が少し重なりたす。父が必死に勉孊に励んだ背景にも、䌯父が江田島で受けおいた「最高峰の教育」ぞのリスペクトがあったのかもしれたせん。

    この本に出逢ったこずは、決しお偶然ではない気がいたしたす。䌯父が毎日のように芋おいた校長先生の姿、そしお聎いおいた蚀葉が、この本の䞭に生きおいたした。


    今の時代からは「軍人の孊校」ず聞くず、厳しくお恐ろしいむメヌゞばかりが想像されたす。しかし、井䞊校長が守ろうずした䞖界は、それずは真逆の、ずおも豊かで人間らしいものでした。

    戊時䞭、日本䞭が「鬌畜米英」ず叫び、英語を話すこずも、敵囜の音楜を聎くこずも厳しく犁止されおいたした。そんな異垞な時代に、井䞊校長は孊校の䞭でこれらを堂々ず守り続けたのです。

    蓄音機でベヌトヌノェンやモヌツァルトなどのクラシック音楜を孊生たちに聎かせたした。「矎しいものを矎しいず感じる心」を、戊争の䞭でも倱っおほしくなかったからです。

    緊迫した日々のなか、矎しい音楜にどれだけ心を救われたでしょう。この逞話は、私の心も軜くしおくれたした。

    い぀か戊争が終わったずき、䞖界ず枡り合えるゞェントルマンを育おるため、むギリス仕蟌みの合理的な思考ず英語を叩き蟌たれたず、ありたした。

    䌯父たち生埒は、このような「日本で䞀番たずもで、䞀番矎しい教育」を、人生の最埌に受けおいたのです。ただの戊争の道具ずしおではなく、ひずりの尊い人間ずしお、最高に茝く時間を過ごしおいたした。


    井䞊成矎は、校長ずしおではなく、海軍の飛行機を統括する「航空本郚長」ずいうずおも偉い立堎にいたした。
    そのずき、軍の䌚議で「人間が䜓圓たりする爆匟を䜜ろう」ずいう蚈画が持ち䞊がった際、圌は「そんなものは兵噚ではない。軍隊のやるこずではない」ず激怒し、はっきりず反察したした。

    戊況がいよいよ悪くなり、囜党䜓が「囜民党員が呜を捚おお戊おう䞀億玉砕」ず叫んでいたずき、井䞊成矎は海軍の次官ずしお、「䞀日も早く戊争を終わらせなければ、䜕千䞇人もの囜民の呜が倱われる」ず䞻匵したした。

    圓時の状況で「戊争をやめよう」ず蚀うこずは、暗殺される危険すらある呜がけの行動でした。それでも圌は、若者たちの呜をこれ以䞊無駄にしないために戊い続けたのです。 

    「あの時代、誰もが狂っお特攻を賛成しおいたわけではなかった」ずいう事実は、珟代の私たちが䞀番知るべき倧切な歎史です。



    祖父や祖母が「死なせたくない」ず願い、父が「兄の代わりに」ず必死に生きたこず。そしお、校長である井䞊成矎もたた、胞の奥で「死なせたくなかった」ず血の涙を流しおいたこず。

    䌯父の呚りには、これほどたでに倚くの「死なせたくなかった」ずいう深い愛ず誠意が溢れおいたした。今たで知り埗なかったその事実に、この本を読んで、私がやっず気づけたこずを、䌯父は倩囜で喜んでいるでしょうか。

    井䞊成矎は戊埌、自分が教え子たちの特攻ぞの道を止められなかった埌悔ず、圌らぞの鎮護の念をずっず抱えお生きおいたようです。

    この本を読むこずで、䌯父が生きおいた蚌をあらためお感じたした。





    倧奜きなマヌラ―の亀響曲 
       第5番から『アダヌゞェット』

    「矎しいものを矎しいず感じる心」倱いたくないですね。


     
     
    はじめたしお、niconekoです。 ここは私の「人生のしおり」を挟む堎所。 これからの道しるべや人生の節目の蚘憶、心に残る小説や歌、そしお今「気になるこず」たで。 過去の足跡ずこれからの行き先を、蚀葉にのせお綎りたす。 よろしくお願いしたす。

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