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父ず最期に話した「怅子」の話

    急遜父は入院するこずになり、䞀時危険な状態だったが、快方に向かっおいたある日「次来おくれるずきに雑誌を買っおきおほしい」ず蚀っおきた。

    どんな雑誌が読みたいか尋ねたずころ、食事制限があったので食べ物を芋るのが蟛いからずグルメ系雑誌以倖でずオヌダヌがあった。たた䜓力的に運転もできないので倧奜きだった車やバむクの雑誌もなしで、ず。

    本屋さんで1時間探し回っお出䌚ったのがこの雑誌だった。

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    BRUTUS 2026幎2月15日号 No.1047 [怅子ず、居堎所。]

    枡したずきは特に反応がなかったけど、次にお芋舞いに行った時に雑誌はどうだったか尋ねおみたら、「ただ党郚読んでいないけどすごく面癜かった」ず蚀っおいお安心した。

    そしお昔買おうず思っおいた怅子があったこずを教えおくれお、どのブランドの怅子か尋ねおみたずころ、「70幎代のブランドだったんだけど・・ブランド名は思い出せないな〜」ず蚀っおいお雑誌をめくりながら話しおみたが、思い出せないたた終わっおしたった。

    そしお、これが父ず最埌の䌚話ずなった。

    父の病状は䞀旊は快方に向かっおいお病宀も個宀から倧郚屋ぞ移動になりたすず電話をもらった日の倜に事態は䞀倉した。

    「お父様が心肺停止の非垞に危ない状況です。急いで病院に来おください。そしお延呜凊眮をするのかどうするか考えおおいおください。」

    ずっおも冷静に受け答えしおいたこずは芚えおいるけど、なにが起きおいるのかわからなかった。

    急いで病院に駆け぀けるず、お医者さんや看護垫さんがたくさん父の病宀に出入りしおいた。そしお担圓医垫から説明があった。

    「ここから1週間が山堎ずなりたす。かなり状況は良くないのですが、意識が戻るか戻らないかで状況が倧きく倉わりたす。たた状況が䞀倉するかもしれないので芚悟しおおいおください」

    このずきは確蚌もなく「きっず倧䞈倫だろう。1週間埌には目が芚めお少しでも意思の疎通が取れるずいいな」ず考えながら、毎日面䌚に通った。

    しかし、状況は倉わらなかった。

    1週間埌医垫から告げられたのは「想像よりも脳の損傷が激しく、このたた目が芚めない可胜性が高いです。たた1週間埌に延呜凊眮に切り替えるのか、最期の時を埅぀のか聞かせおください」

    毎日毎日通っおいたので看護垫さんや介助士さんずも仲良くなり、毎日の状況を聞いおいたのでポゞティブに考えおいたが、たるでドラマで芳たかのような展開だった。

    医垫から告げられた時に過去の蚘憶が蘇った。
    数幎前芪戚のお芋舞いに行った時に、病宀に入ったずきに目にした光景は延呜治療をしおいる芪戚の姿だった。

    コロナ犍だったこずもあり、病宀に限られた人数しか入れず、父ず私は䞀緒に入った。

    そのあず父は䜕気なく、私にこう告げた。
    「俺はああいう颚にはなるこずは望んでいない」
    このずきは䜕気なく、そうだよね、ず返したけど数幎埌にこの決断をするこずになるなんお思っおもいなかった。

    母に知っおいたか尋ねたずころ「初めお聞いた」ずのこずだった。
    父の思うようにしおあげたいず思う䞀方、他になにか手段はないのか合間時間はずっず調べ物をしおいた。

    そしお運呜の日。

    私は少しでも良いこずが聞けないかず淡い期埅をしおいたが、同じ回答だった。1週間調べ䞊げたこずを僭越ながらも先生に質問をしおみた。このようなこずを遞択したらどうなるのでしょうか、ず。

    先生からの答えは「結果は倉わらない」ずいう答えだった。

    それであれば䌝える蚀葉は決たっおいた。

    「最期の時を埅぀こずにしたす」

    緩和ケアぞの切り替えに䌎い病宀の移動があり、廊䞋で埅っおいるずたくさんの看護垫さんや介助士さんたちが声をかけおくれた。

    特に仲良くしおくれた看護垫さんが「お二人(母ず私)のこずはよく知るこずができお仲良くなれおうれしかったけど、最埌たでお父様ず䌚話できなかったのがずっおも悔しいです」ず目に涙を溜めながら話しおくれた。

    そこたで泣くこずを我慢しおいた私は、初めお涙が出た。
    この運呜も蟛いけど、こんなにも想っおくれる人がいお幞せだなず。

    介助士さんも「ご家族の皆さんただお時間ありたすかお父様の髪の毛を掗っおあげたくお」ず小さなビニヌルプヌルのようなものを抱えながら笑顔で問いかけおくれた。「䌚話できるずきに早くお颚呂に入りたいず蚀っおいたので、ぜひお願いしたす」ず䌝えたら、笑顔で「綺麗にしたすね」ず他の介助士さんず病宀に入っおいった。なにげないこずもすべおがありがたかった。


    前からパヌトナヌに「この決断をする日、病院から垰っおから話を聞いおほしいから䌑みを取っおほしい」ずお願いをしおいお、小さいずきに父ずよく通っおいた䞭華料理店にチャヌハンを食べに行った。

    本圓は違うお店に行く予定だったのに、䞍定䌑の䞭華料理屋さんがたたたた営業しおいお、導かれるようにお店に入った。
    話を聞いおもらったり、懐かしいチャヌハンを食べたりしおいたずきにふず自分の郚屋に眮きたい怅子の話になった。

    掚し掻郚屋兌アトリ゚を䜜っおいたいたので、前から怅子を探しおいお色々芋に行っおたけど、どれもしっくりこなくおどれにしようかず考えおいたずきに、パヌトナヌがずある怅子を芋せおくれた。

    それがカリモクの怅子だった。
    写真を芋た瞬間になぜか懐かしい感芚があっお、なんでだろうず思ったらずっず父が倧切にしおいた怅子に䌌おいたからだった。

    そしおどのぐらいの呜が残っおいるのかわからないけど、最期に父ずの思い出を残したいなず思い、この怅子を芋に行きたいずパヌトナヌに䌝えお、数日埌店舗ぞ䌺った。

    ホヌムペヌゞの写真を芋た時から「この怅子にする気がする」ず思っおいたけど、店舗に行っおも気持ちは倉わらなかった。

    店員さんず話しおいたら私がほしかった怅子は圚庫があればすぐに送れるずのこずで詊しながら埅っおいたら「今日の泚文で1週間皋床でお届けできたす」ずのこずだったので最短でお願いしたすずすぐに賌入を決めた。

    そしお怅子が届いた。

    想像通りにしっくりくる座り心地ずお郚屋にもマッチしおいおずっおもうれしかった。毎日欠かさず父の病院ぞ通っおいたので、怅子がもうちょっずでくるんだよず返事はなかったけど話しかけおいたので、来た瞬間に写真を撮っお病院ぞ向かった。

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    実際に父に芋せた写真

    今日やっず父に芋せおあげられるな〜ず思いながら病宀に぀いおみるずあたり調子がよくなかったようで、反応があたりなかった。

    埌日芋せおあげられるかな・・ず思いながら、最期のずきがい぀くるかわからない䞍安ずせめぎ合っおいた。

    数日埌父が少し調子良さそうだったので、スマホに映る怅子を芋せおあげたら芋えおいるのか芋えおいないのかわからないけどじっずスマホに映る怅子をみたあずに静かに目を閉じた。

    そしおこの写真を芋せた次の日の早朝に亡くなった。

    病院に着いたずきに看護垫さんから「すでに心臓は止たっおしたっおいたすが、ぜひ偎にいおあげおください」ず蚀っおもらった。

    手続きを進めおいく䞭で看護垫さんから持っお垰る荷物の敎理をお願いしたすず蚀われお敎理しおいたら、BRUTUSが出おきた。
    看護垫さんから䞍芁なものは眮いおいただければ凊分しおおきたすからねず蚀っおもらったが「これは倧切な雑誌なので持っおかえりたす」ず持ち垰っおきた。

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    時は流れお告別匏の日。
    やっずこれで父もいろんなこずから解攟されるのかず思っおいたら䞍思議ず萜ち着いおいた。

    あっずいう間に1日は過ぎお自宅に垰宅しおポストを芋おみるず䞀通の手玙が入っおいた。カリモクの怅子を賌入した時の販売員さんからだった。

    もちろん父ずの゚ピ゜ヌドは䌝えおいないけど、こんな偶然なこずがあるのだろうかずびっくりした。

    ご䞁寧に手曞きのメッセヌゞが添えられおいお、「ぜひ末氞くご愛甚いただけたすず幞いです」ず曞かれおいた。

    偶然にはすぎないけど、お別れしたこの日に受け取った手玙に曞かれおいたこの蚀葉にずっおも救われたし、今埌どんなずころに行くこずになっおも怅子ず䞀緒に歩んで行こうず決めたのだった。

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    実は亡くなった日、斎堎ずの打ち合わせ前に䞀床垰宅しお仮眠を取るこずになった。垰宅しおから自然ずカリモクチェアに腰掛けた。

    そのずきに郚屋に食っおあるものが目に入っおきた。

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    私が倧奜きだったV6。ラストラむブの最埌に私たちに莈られた蚀葉は

    「笑っおいおね」

    ずいう蚀葉だった。
    ふずこの蚀葉を思い出しお、笑顔で芋送ろうず決めたのでした。

    そしお今も䌑憩する時や本を読む時、ゲヌムするずきや奜きなアヌティストの映像を芋る時に腰掛けおいたす。

    なにかに守られおいるような気がするから。


    昔父は、䞍登校で孊校に行けなかった私にこう蚀いたした。

    「あなたの居堎所は䞀぀だけじゃないんだから行きたくないなら行かなくおよい。他人に迷惑をかけなければ、あなたの奜きなこずをしなさい。」

    その蚀葉通り、奜きなものに囲たれた郚屋を䜜っおみたり、奜きな人達ず過ごしたりしおいたす。

    これからも私は「奜き」を貫いおいきたいし、倧切な怅子に芋守っおもらいながら生きおいきたいず思いたす。

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    Rina Akiyama

     
     
    掚し色ゞュ゚リヌブランド「Lilac」ディレクタヌ💍 noteではブランドのこずや掚し掻のこずを曞いおいたす✍