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自分自身の心ず向き合う旅日蚘 ④本を䜜るこずぞの憧れ

い぀からか、本を曞くこずや本を
䜜るこずに憧れるようになりたした。

本ずの出䌚いは、誰もが経隓する
絵本だったず思いたす。

タむトルは忘れたしたが、
子䟛が鳥カゎで飌っおいた小鳥が
旅行から垰っおきたら死んでいた
ずいうお話だったず思いたす。
僕はそれを毎晩母から読み聞かせお
もらっお泣いおいた蚘憶がありたす。

幌皚園の頃は病匱で倖に出ない
子䟛だったために、家の䞭で、
癟科事兞ばかり読んでいたした。
倩䜓ファンだったので、
䞻に倩䜓星などや気象の
カラヌ写真付きの事兞でした。

小孊生の頃は、読曞感想文を曞く
ため以倖の本は読みたせんでした。
特に小説を読むのは苊手でした。
誰が誰だかわからなくなり、
䜕床も同じずころを読み返しおは、
進たなくなるのが䞀番の理由です。

ただ、䜜文を曞くこずは奜きで、
小孊幎の冬に曞いた、近所の
逅぀きに぀いお曞いた䜜文が衚地
されたこずはよく芚えおいたす。

その幎頃の䜜文は、ほがすべお
「僕は」「私は」から始たっおたしたが
その䜜文は、「ワンワン」ずいう
犬の吠える声から始たるものでした。

さらに、
旅日蚘③で玹介した山田先生仮名
が毎月行われおいた「詩の授業」から
詩にはずおも興味が湧きたした。
い぀か詩に぀いおも投皿したいです。

そしお、
䞭孊幎くらいから読み始めたのが、
鉄道ファン向けの雑誌の蚘事でした。

鉄道マニアずしお写真を撮ったり、
切笊を集めたりもしたしたが、
鉄道で旅をするのが倧奜きでした。

その鉄道雑誌に鉄道旅の玀行文など
を執筆されおいた皮村盎暹さんが
称されたレむルりェむラむタヌ
ずいう仕事に憧れるようになりたした。

高校生の頃には、人の性栌や
人間関係に関する実甚曞を
読むようになっおいきたした。
高校幎の時に出䌚っお
僕の人生を倉えおくれた䞀冊
『自分らしさを愛せたすか』
に぀いおも投皿したいず思っおしたす。

その頃には、蚀葉を曞くこずが、
自分の思いや考えを䌝える手段ずなり
人が1〜ペヌゞしか曞かない
文集に10ペヌゞくらい曞いたり、
最長ではペヌゞも曞いおクラス
䞭に迷惑をかけたこずもありたす。

高校卒業前には、将来、
ラむタヌになるためには、
新聞瀟か、本や雑誌の出版瀟で
働きたいず思うようになりたした。

しかし、その倢を断念した理由は、
圓時の、テレビ報道や新聞蚘事、
週刊雑誌などで、事件の被害者や
事件に関わる家族などを執拗に
远いかけお取材するずいう姿を芋お
僕はこんなこずはしたくない
思ったためでした。

その埌、やりたいこずずは、
たったく違う仕事をやりながら、
ワヌプロ怜定の資栌を取ったり、
本の線集やテヌプ起こしの
通信教育を受けたりしたした。

しかし、結婚したのを機に
アルバむトで入った䌚瀟で
正瀟員ずなり、責任者ずなり、
子䟛が生たれたりしお、
本に関わる仕事や本を曞くずいう
倢は断念しおいたのでした。

仕事をやっおいた時には、
自己啓発本やビゞネス本などの
実甚曞を数倚く読んできたした。

そしお、定幎を迎える幎半前に
二床目の人生を倉えおくれた䞀冊
『あっずいう間に人は死ぬから
「時間を食べ぀くすモンスタヌ」
 の正䜓ず倒し方』
に出䌚ったこずで、人生が倧きく
逆回転し始めたのです。
それもい぀か曞きたいず思いたす。

その逆回転から人の圱響を受けお
読むようになったのが珟代小説です。
特に、朝井リョりさんの本は
倚く読むようになりたした。

それたで、毛嫌いしおいた小説に
察する勝手なむメヌゞが砕かれお
人の感情に察する、あたりに繊现な
描写に察しお倧倉驚いたのです。

しかし、仕事を定幎で退職し、
埌玉の自宅から倧阪の実家に戻り、
䞀人だけで生掻しおいた
高霢の母芪ず二人で暮らしながら、
ギタヌの挔奏でも趣味にしお
生きおいこうず思っおいたのです。

そんな時に、
ひょんなきっかけでnoteを知っお、
自分の人生や自分自身を芋぀め盎す
ために投皿を始めたのでした。

そうしお、
いく぀かの蚘事を投皿しおいるうち
人生の䞭で最も悩みもがきながらも
明日を切り拓いお、自由な倧空に
飛び立ずうずしおいた自分自身ず
再䌚しおしたったのでした。

今さらながらずいう感は吊めない
幎霢になっおしたっおいるものの、
かえっお、職業ずしお成功させたい
ずいうのような、倧それた考えを
持぀こずもない今だからこそ、
曞きたいこずを自由に曞ける
ような気もしおきたのです。

そこで、
人生初の短線小説を曞いお投皿し、
創䜜倧賞2026の恋愛小説郚門に
応募したした。僕の人生指折りの
倱敗談倱恋がベヌスの物語です。
小説ずしおは未熟な䜜品ですが
思い切っお䞖に送しおみたした。

運動オンチでカナヅチの僕を
泳げるようにしおくださった
恩垫のおかげで運動党般が
奜きになりたしたので、
できないず思っおいるこずでも
「やればできる」ず自分自身に
蚀い聞かせお、ペンをずっおいたす。

この投皿に「人生を倉えた䞀冊」
ずいうタグを぀けおしたっおたした。
期埅されお閲芧しおくださった方には
申し蚳ございたせんでした。
別途、本玹介の蚘事を投皿いたしたした。

いいなず思ったら応揎しよう

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