
似たもの親子
久しぶりに実家へ泊まった。
我が家と実家は隣の市にある。近いのに、なかなか帰ることがない。
地図で見ればそれほど離れていないし、車が運転できればすぐの距離なのかもしれない。それなのに、私はなかなか帰ることがない。日帰りで年に1度お正月に顔を出すくらいだろうか。
子どもが小さい頃は、夏休みや冬休みになるたびに大きな荷物を抱えて泊まりに行っていた。けれど子どもたちが大きくなり、それぞれの生活が始まると、実家はすっかり遠い場所になってしまった。
最近ひとりで泊まったのなんて、数年に1度開かれる同窓会の時くらいだ。
帰らない理由は、いつも決まって電車のせいにしていた。
我が家から実家へ行くには、路線を乗り継がなくてはならない。ひとつ目の電車を降り、乗り換えのホームへ向かうが、相変わらず次の電車との接続が悪い。次の発車まで20分待ち、なんてこともある。
ベンチに座り、スマホの乗り換え案内を見つめながら、「こういうとこなんだよなー」と心の中で悪態をつく。
私はなぜ、こんなにも実家に帰らないのか。自分のアクティブさの足りなさを棚に上げて、駅のベンチに腰掛けながら、足が遠のく理由をあれこれと並べ立てて頭の中で答え合わせをしていた。
実家のマンションに着き、階段を上がっていたら、ちょうどドアが開き、母が顔を出した。
あまりにタイミングが良すぎて声が出た。
「なんでいま来るってわかったの?」
驚いて問う私に、
「マンションが揺れたから」
と、白髪ショートカットの74歳は真顔で冗談を言った。
今回、わざわざ泊まりがけで実家へ帰った理由は、母から「パソコンの調子を見てほしい」と頼まれたからだ。
聞けば、数年に一度まわってくるマンションの理事会役員に当たってしまったらしい。これから先、お知らせの作成や書類の管理などでパソコンを使う機会が増えるかもしれない、と今から戦々恐々としているのだという。
まだ何の役職になるかも決定したわけでもないのに。
母にはそういうところがある。
最近、給湯器とキッチンの水回りを合計27万円出して新しいものに変えたという。壊れたからかと聞くとそうではなく、この先壊れることがあったら不安だから、と言う。
未来の不安を先回りして、徹底的に今を準備しておくのだ。
それは暮らしだけでなく、身体も同じらしい。
母は今も元気にカーブスへ通っていて、体内年齢はなんと54歳なのだと自慢げに教えてくれた。毎日、豆類や海藻、しらすを欠かさず食べ、毎食アボカドとトマトジュースを摂取しているという。
「ちょっとまた太ったんじゃない? 気をつけなさいよ」
54歳の身体を持つお利口な老婆に、50歳の私の太り具合まで心配されてしまった。
まだ壊れていない水回りを心配し、まだ決まってもいない役職のためにパソコンの前で右往左往し、まだ見ぬ病気のために毎食健康的な食事を取る母。
私はそんな母を、半分呆れながら、半分は頼りにされた嬉しさを感じながら眺めていた。
頼まれたパソコンの確認は、長期戦を見越して泊まりがけで対応する気でいたが、拍子抜けするほど簡単なものだった。
「これでもう安心だわ」と大袈裟にホッとしている母の横顔を見ていた時、ふと、ここへ来る途中の駅のベンチが頭をよぎった。
接続の悪い電車のホームで、「こういうとこなんだよなー」と実家から足が遠のく理由を並べ立てていた私。
まだ乗ってもいない電車の面倒くささを先回りして考えて、勝手に帰省を億劫にしていた。
先のことばかり考えて不安になる母と、先のことばかり考えて足が重くなる私。
「何が原因でなかなか帰らないのか」なんて駅で格好をつけて考えていたけれど、答えは簡単だった。
私たちは、びっくりするほどよく似ている。
未来の心配性。
自宅へ戻った私に、母から連絡があった。
私を見送った日の夕飯は、すっかり疲れ果ててしまいスーパーで天丼のハーフ弁当を買って済ませたらしい。
思わず笑ってしまった。
未来のためにあんなに完璧に先回りして健康管理をしている母が、娘が泊まりに来たという「今」にすべてのエネルギーを使い果たし、体内年齢54歳のスマートな生活を放り出して天丼を食べたという。
なんだか母が無性に愛おしかった。
先のことばかり考えて不安になる母と、先のことばかり考えて足が重くなる私。
私たちはびっくりするほどよく似ているけれど、「今」を全力で迎えてくれる人がいるのなら、電車の乗り継ぎの悪さなんて、もうどうでもいいような気がしてきた。

と出された実家に置きっぱなしの私の荷物の一部。
いらないものが全くない。