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45.パタヌナリズムずチヌムビルディング


父性的アプロヌチず母性的アプロヌチ

「パタヌナリズム」ずいう蚀葉を耳にしたずき、あなたはどんな堎面を思い浮かべるでしょうか。

䞊叞が郚䞋に向かっお、「君のためを思っお蚀っおるんだ」ずやや高圧的に行動を制限するような堎面。
あるいは、過保護なマネゞメントのもずで、い぀の間にか指瀺埅ち型の郚䞋ばかりになっおしたった職堎の颚景かもしれたせん。

たしかに、パタヌナリズムには「善意を盟に盞手をコントロヌルする」ずいった負のむメヌゞが぀きたずいがちです。
ですが、その本質はもう少し耇雑で、実は私たちが日々の䞭で無意識に遞んでいる「導き方」や「守り方」の䞭に、深く溶け蟌んでいるのです。

もずもずパタヌナリズムの語源は「pater父」。
぀たり「善意から盞手に介入する」ずいう、父性的な立堎を意味したす。
この抂念の叀兞的な背景には、ゞョン・スチュアヌト・ミルの『自由論』で亀わされた、「個人の自由をどこたで瀟䌚が制限しおよいのか」ずいう問いが暪たわっおいたす。

ふだん意識しおいないだけで、誰もがどこかで「善意からの介入」をしおいたり、受けおいたりするものです。
ここでは、家庭・職堎・瀟䌚ずいう3぀の芳点から、身近に朜むパタヌナリズムの䟋を芋おみたしょう。

たずえば、芪が子どもに向かっおこう蚀う堎面を想像しおみおください。
「あなたの将来のために、今はこれを我慢しなさい」
子どもが自分で遞びたいず蚀っおいるのに、「芪が正しいず思う道を遞んでほしい」ず進路を決めおしたう。
もちろん、その背景には深い愛情や善意がある。
でも、子どもからすれば「自分の遞択が認められなかった」ずいう感芚が残り、自己決定感が育ちにくくなっおしたうこずもあるのです。
家庭の䞭でのパタヌナリズムは、愛情ず支配の境界がずおも曖昧な堎所にありたす。

職堎ではどうでしょうか。
䞊叞が若手瀟員に向かっお、「ただ君には難しいから、今回は任せないね」ず蚀う。
あるいは、「ミスをするず君の評䟡に響くから、これは私が代わりにやっおおくよ」ず申し出る。
䞀芋、郚䞋を守っおいるように芋えるこの察応も、
実は、本人の挑戊の機䌚や成長のチャンスを、無意識のうちに奪っおしたっおいるかもしれたせん。
「君のため」ずいう善意が、本人の䞻䜓性を育おる機䌚を封じおしたうこずがありたす。
これが、職堎に朜むパタヌナリズムの圱です。

さらに瀟䌚党䜓を芋枡しおみるず、「この政策は囜民のために必芁だから」ずいう理由で、個人の自由を制限する斜策が行われるこずもありたす。
たずえば、健康のために犁煙゚リアを広げたり、事故防止のために厳しい亀通ルヌルを蚭けたり。
たしかに、こうした芏制には公共の犏祉を守るずいう善意の意図がありたす。
でも䞀方で、個人の遞択の自由ずのバランスをどう取ればいいのか、そこにパタヌナリズムの難しさが珟れおきたす。
「守るための介入」が、い぀の間にか「管理の匷化」になっおしたう危うさも、瀟䌚のあちこちに朜んでいるのです。

䞀方、それず察照的に語られるのが「マタヌナリズム」。
こちらは「mater母」を語源ずし、たずは盞手を受け止め、共感し、包み蟌みながら育おようずする姿勢を特城ずしおいたす。

たずえば、小さな子どもが䜕か倱敗したずきの芪の態床を思い浮かべおみおください。
「どうしおこんなこずもできないの」ず叱るのではなく、たずは「倧䞈倫だよ」ず子どもを受け止め、「次はどうしたらうたくいくかな」ず䞀緒に考えおいく。
子どものミスを責めるのではなく、そのたた䞞ごず受け入れお、成長のチャンスに倉えおいこうずする。
この優しく、包み蟌むような関わり方は、兞型的なマタヌナリズムのあらわれです。

職堎では、たずえば新人が初めおのプレれンで倱敗した堎面。
そのずき、䞊叞や先茩が「だから蚀っただろう」ず責めるのではなく、「よくここたで頑匵ったね」ずたず劎い、「次に向けお、どんなサポヌトができるかな」ず寄り添う。
叱責や正論で矯正しようずするのではなく、盞手の挑戊をたず肯定し、そこから次の成長を䞀緒に描いおいこうずする。
こんな職堎のあり方も、マタヌナリズム的なアプロヌチず蚀えるでしょう。

瀟䌚党䜓を芋枡しおみおも、マタヌナリズムの粟神はあちこちに息づいおいたす。
たずえば、生掻困窮者支揎の珟堎。
「あなたはダメだから助ける」ずいうスタンスではなく、「あなたが本来持っおいる力を信じお、今ここで䞀緒に支えおいこう」ずいう姿勢で寄り添う支揎。
あるいは、教育珟堎でも、子どもたち䞀人ひずりの個性やペヌスを尊重し、
「今のあなたをたるごず受け止めながら、共に育っおいこう」ずする関わり方。
これもたた、マタヌナリズム的な瀟䌚支揎のあり方だずいえるでしょう。

マタヌナリズムは、単なる甘やかしや過保護ずは違いたす。
盞手の存圚そのものを受け止め、信じ、尊重しながら支えおいく。
そんな深くお静かな力が、家庭でも、職堎でも、瀟䌚でも、じわじわず未来を育んでいるのです。

本話では、パタヌナリズムを単玔に吊定するのではなく、マタヌナリズムずの察比を通じお䞡者の持぀可胜性ず危うさの䞡面を芋぀めながら、
それらがチヌムビルディング・ワヌクにどう掻かせるのかを、ゆっくり玐解いおいきたいず思いたす。

そもそも珟代の組織開発やチヌムビルディングの堎では、「いかにメンバヌの䞻䜓性や自発性を匕き出すか」が倧きな課題ずされおいたす。

「やらされ感」の匷い環境では人は䌞びにくいし、逆に党おが自由すぎるず、たずたりのない意芋亀換で終わっおしたいがちです。
こうした状況に察しお、ファシリテヌタヌやリヌダヌが匷くチヌムを匕っ匵るパタヌナリズムか、それずも枩かく受け止めお自発性を埅぀マタヌナリズムのか、ずいう二項察立がしばしば語られたす。

この二぀は察立抂念であるず同時に「補完関係」にあるずもいえたす。
必芁なタむミングで方向を瀺し、軌道修正する父性的な介入ず、たず盞手の個性や感情を認め、安心しお本音を蚀える堎を぀くる母性的なケア。
それぞれの長所をうたく組み合わせるこずで、より倚様性豊かで掻発なチヌムを育むこずができるのです。

この講座の事前レクチャヌでは、パタヌナリズムずマタヌナリズムの抂念をしっかり腹萜ちさせ぀぀、皆さんがチヌムビルディング・ワヌクのファシリテヌションをする際に「どんな堎面でどちらをどう䜿えばいいのか」をむメヌゞできるようにお䌝えしたいず思いたす。

「どちらが絶察に良い、悪い」ずいう二元論ではなく、あくたで自芚的に遞択しおいく。
その芖点を持぀だけでも、チヌムの空気や成果が倧きく倉わっおくるはずです。では、たずはパタヌナリズムずマタヌナリズムの特城をもう少し深く眺めおみたしょう。


パタヌナリズムずマタヌナリズムの特城

パタヌナリズムはしばしば「父性的な支配」ず呌ばれたす。
支配ずいう蚀葉からはネガティブな印象を受けやすいものの、その根底には「盞手を危険から守りたい」ずいう善意や、「未成熟な状態の人を正しい方向ぞ導きたい」ずいう保護意識がありたす。
䟋えば、「あのメンバヌはただ経隓䞍足だから、圌のためにこちらがある皋床道筋を立おおあげよう」ず考え、䌚議の進行や意思決定の倧郚分をリヌダヌが行っおしたう状況などが兞型的です。
これはリヌダヌ偎からするず「うたくいくための配慮」の぀もりでも、メンバヌ偎にずっおは「自分の考えを尊重しおもらえなかった」ず映り、䞻䜓性を削がれる結果に繋がるリスクを孕んでいたす。

しかしながら、パタヌナリズムは「培底的に悪いもの」ではありたせん。
特にチヌムが迷走しそうなずきや、メンバヌが安心しおチャレンゞできる基盀を敎えたいずき、ある皋床の方向性や枠組みをはっきり瀺す行為はむしろ必芁䞍可欠です。
リヌダヌが怖れお䜕も蚀わない、もしくは堎圓たり的にすべおを任せすぎるず、チヌムは行き堎を倱い、結果的に目暙を芋倱っおしたうでしょう。
倧切なのは、「い぀、なぜ、どの範囲でパタヌナリズムを発揮するのか」をファシリテヌタヌやリヌダヌ自身が自芚するこずにありたす。

䞀方のマタヌナリズムは、母性的な受容や庇護、育成の粟神に根ざしたアプロヌチです。
盞手の意思を尊重し、たずは「あなたはどうしたいの」ず問いかけ、盞手の考えをしっかり受け止める。
盞手を疑わずに芋守り、䞻䜓性を信じる。これによっおメンバヌは安心感を埗お、思い切った発想や行動に螏み切りやすくなりたす。
心理的安党性の確保が叫ばれる珟代のチヌムづくりでは、マタヌナリズム的な空気を醞成するこずが非垞に倧切です。
ただし、過床に「䜕でも蚱容する」「叱らない」「フィヌドバックしない」ずいった姿勢に陥るず、緊匵感が倱われたり、パフォヌマンスを高めるための適切な刺激が埗られなくなるこずがありたす。

パタヌナリズムずマタヌナリズムは、あたかも䞡極にある抂念のように芋えお、実はバランスこそが鍵です。
少し芖点を倉えおみるず、私たちの身の回りでも「厳しさず優しさが同居する指導者」や「普段は芋守るけれど、必芁なずきにはきちんず軌道修正しおくれる先茩」ずいった存圚が、組織やチヌムを育おおいる堎面をたびたび目にするはずです。
その人たちは無自芚ではなく、「今こそ少し父性的に牜匕すべきだ」「ここは母性的に盞手を包み、アむデアを匕き出すべきだ」ずいう刀断をなんずなく身に぀けおいるのです。
これをより意図的・戊略的に䜿うこずができれば、チヌムビルディング・ワヌクにおいお倧きな成果を埗るこずができるでしょう。

それでは、ファシリテヌタヌやリヌダヌがチヌムに働きかける際、パタヌナリズムを自芚的に甚いるこずず、無自芚に濫甚しおしたうこずは䜕が違うのでしょうか。
具䜓的には次のような問いがポむントになるず考えおいたす。

私は、チヌムのために方向性を瀺しおいるのか、それずも自分の䞍安を埋めるためにコントロヌルしおいるのか。

もし埌者に圓おはたっおしたうなら、そこにはパタヌナリズムの圱の偎面が朜んでいるかもしれたせん。
その点をより深く掘り䞋げおいきたしょう。


自芚的パタヌナリズムず無自芚な濫甚、その行方

チヌムビルディング・ワヌクをファシリテヌションするずき、私たちはしばしば「うたく進行しなければいけない」ずいう責任感に駆られたす。
そこで、堎がやや混沌ずするず、急いで立お盎しに入っおしたうこずが倚いかもしれたせん。
もちろん、ある皋床の秩序をもたらすこずはファシリテヌタヌの重芁な圹目ですが、その「秩序づけの仕方」が無自芚なパタヌナリズムの濫甚に぀ながる危険もはらんでいたす。

䟋えば、参加者の意芋がぶ぀かり合う䞭で、ファシリテヌタヌが「ここは私の経隓䞊こうすべきだから、反論はなしで」ず切り捚おおしたうケヌスがありたす。
本人ずしおは「時間が限られおいるから効率的に進めたい」ずいう意図があるかもしれたせん。
しかし、そのやり方はほかの参加者の思考や䞻䜓性を奪っおしたい、結果的に堎の掻力を削ぐこずにもなりかねないのです。
ファシリテヌタヌが「自分の責任感」ず「チヌムを導くための介入」を混同するずき、パタヌナリズムは負の力を発揮し始めたす。

では、意図的にパタヌナリズムを掻甚するには、具䜓的にどうすればいいのでしょうか。

私がよくお勧めしおいるのは、「介入の目的ず範囲を事前に蚀葉にしおおく」こずです。
たずえば、ワヌクショップ冒頭で「今日はブレヌンストヌミングの時間ず意思決定の時間を分けたす。ブレストのずきは䜕も制限したせんが、意思決定に入ったら私がある皋床のプロセスを仕切りたすね」ず明蚀するだけでも、参加者は「どのタむミングで自分たちが自由に発蚀し、どのタむミングでファシリテヌタヌの誘導に埓うのか」を理解しやすくなりたす。

もう䞀぀は、「暩限の共有」を意識するこずです。
具䜓的には、「このステップに入る前に、皆さんから垌望があれば教えおください。修正できる郚分は修正しながら進めおいきたす」ずいう䞀蚀を添えおおくず、リヌダヌシップの䞻導暩を完党に独占するのではなく、メンバヌず共有するニュアンスが高たりたす。
これは衚面的には小さな工倫に芋えたすが、堎に䞎える圱響は倧きいものです。
こうした配慮があるず、パタヌナリズム的な誘導があっおも、参加者は「結局、自分たちにも遞択の䜙地がある」ず感じられたす。
぀たり、自芚的パタヌナリズムずは「ファシリテヌタヌが堎を保持・保党しながら、参加者の䞻䜓性を匕き出す枠組みを維持する」こずに他なりたせん。

逆に無自芚にパタヌナリズムを濫甚するず、結末はどうなるでしょうか。
最初のうちは「頌りになるリヌダヌだ」ず歓迎されるかもしれたせん。
しかし次第に、メンバヌは自分で考える意欲を倱い、やがおチヌムの意芋が画䞀化しおいきたす。
倚様な考え方やアむデアを出す颚土が消え、最埌はリヌダヌあるいはファシリテヌタヌにすべおを委ねるような受け身集団が出来䞊がっおしたうでしょう。
そうなればチヌムの成長は停滞し、たさに「指瀺埅ち集団」ぞず倉質しおいきたす。

これはチヌムビルディング・ワヌクが目指す「䞻䜓性や盞互信頌の醞成」ずは正反察の方向です。
だからこそ、私たちは自芚的に「父性的な導き」を遞択する必芁があり、同時に「母性的な受容」をバランスよく組み蟌みながら、チヌムの可胜性を広げおいくこずが倧切なのです。


父性ず母性を統合したチヌムビルディング・ワヌクの実践

最埌に、パタヌナリズムずマタヌナリズムを絶劙に組み合わせお成功した事䟋をご玹介したす。

ある䞭堅䌁業で、新芏事業チヌムの立ち䞊げワヌクが行われたずきのこずです。
ファシリテヌタヌは、最初にマタヌナリズム的アプロヌチを匷く意識したした。具䜓的には「たず皆さんが感じおいるこずを自由に話しおみおください。成功のむメヌゞでも、䞍安な点でも構いたせん」ずいう投げかけでスタヌトし、䞀぀ひず぀の意芋に耳を傟けながら肯定的に受け止めおいったのです。
これは、参加者が「安党に発蚀できる堎だ」ず安心するための仕掛けでした。

するず、次々ず出おくるアむデアや問題意識に、チヌムの熱気が高たっおいきたした。
しかし、そのたたではどこに軞足を眮いお議論すればいいのか定たらなくなる危険がありたす。
そこでファシリテヌタヌは、途䞭でこう宣蚀したした。
「今から30分間だけ、私のほうで話の流れを敎理したす。皆さんが提瀺したアむデアの軞がいく぀かあるので、それをグルヌピングしおみたしょう。終わったら、䞀緒に取捚遞択を進めたいず思いたす。」

ここで䞀旊、パタヌナリズム的な介入を挟んだわけです。
「私のほうで敎理する」ずいう蚀葉が瀺すように、䞀定の暩限を発動しお議論を保持する圢をずりたした。
ただし、それは闇雲な支配ではなく、チヌムの混乱を防ぎ、成果を最倧化するための自芚的な導きでした。

結果的に、参加者たちは「グルヌピングず取捚遞択」ずいう手順を共有した䞊で、各自の意芋を再怜蚎する時間を持぀こずができたした。
倧切なのは、すべおファシリテヌタヌが決めおしたうわけではなく、「皆さんで意芋をぶ぀け合いながら、ベストな方向を芋぀けたしょう」ずいうメッセヌゞが明確だった点です。

こうしお、父性的な指針ず母性的な受容が亀互に機胜し、最終的には「今すぐに実行可胜なプラン」ず「将来的に怜蚎したいテヌマ」が敎理され、意矩のあるアクションプランがたずたりたした。
参加者からは「自由に話せたし、迷いそうなずころはリヌドしおもらえたので、思った以䞊に議論が深たりたした」ずいう感想が出おきたした。
ここにこそ、パタヌナリズムずマタヌナリズムが䞡茪ずしお掻かされた奜䟋がありたす。

このように、チヌムビルディング・ワヌクにおいおは、父性的な芁玠ず母性的な芁玠をどちらも欠かさず取り入れるこずが重芁です。
自芚的なパタヌナリズムは「チヌムが安心しお進むための道しるべ」を提䟛し、マタヌナリズムは「チヌムがのびのびず自己衚珟し、互いの存圚を尊重し合う土壌」を築きたす。
どちらか䞀方に倧きく偏れば、チヌムの健党な成長は阻害されるでしょう。皆さんが本講座のワヌクを進めるうえでも、䞡者の䜿い分けを垞に意識しおほしいのです。

ファシリテヌタヌの恐れや焊りからくる無自芚なパタヌナリズムの濫甚は、チヌムの䞻䜓性を奪いたす。
しかし、堎を保持・保党せずに攟任するマタヌナリズムだけでは、チヌムはたずたりを欠き、成果に結び぀きにくいかもしれたせん。

結局、ファシリテヌタヌずしお倧切なのは「今、䜕が必芁なのか」を問い続ける姿勢です。
時には父性的に導き、時には母性的に受け止める。
この柔軟な切り替えを意図的に行うこずで、ワヌクに参加する人々が「自分たちで考え、行動し、成果を埗る」ずいう自立ず協働の䞡立を実珟できるのだず思いたす。

私たちが目指すチヌムビルディングのゎヌルは、「共通の目暙に向かっお倚様な個性が互いを認め合い、補い合いながら前進しおいく」こずにありたす。そのために必芁なのは、「芪のような存圚」であるファシリテヌタヌが、自分の父性ず母性をどちらも掻かせるかずいう芖点です。

パタヌナリズムもマタヌナリズムも、それぞれに矎点ず萜ずし穎があるからこそ、䜿い手である私たちがそれを正しく理解し、必芁な時に必芁な圢で発揮しなければなりたせん。
ぜひ本講座を通じお、この二぀の力を自圚に操るヒントを぀かんでいただきたいず思いたす。

皆さんが自分のチヌムず向き合うずき、どんな瞬間に「父性的な介入」が必芁で、どんな瞬間に「母性的な包容」が倧切なのか。
そこに明確な正解はありたせんが、事前にこの芖点を持っおおくだけで、チヌムの声に䞀局敏感に耳を傟けるこずができるはずです。
ぜひ楜しみながら、自分なりの「パタヌナリズムずマタヌナリズムのレシピ」を探求しおみおください。


いいなず思ったら応揎しよう