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【創作大賞・中間発表】本気で悔しがれる人はカッコいい

創作大賞の中間発表で泣いている人、笑っている人、関係者に謝罪する人、感想を述べている人、いろいろな人の投稿が、わたしのタイムラインをにぎわせている。

わたしも今年の創作大賞には応募した。自分で気に入っている過去の投稿エッセイに「#創作大賞2026」とタグをつけた。「何かいいことがあったらいいな」という、なんとも軽い気持ちからの行動だった。

だから、先日発表された通過者リストに自分の名前がなくても、「そうだよね」「そんなに簡単じゃないよね」とストンと受け入れられた。

今年、「創作大賞」というものを初めて意識し、3本ほどを応募した。しかしながら、もちのろんの落選であった。

9月10日の投稿から

「もちのろんの落選」という表現を使った自分に、実は少しイラッとした。
もちろん落選? そういう気持ちだったことは事実だが、それを恥じることなく淡々と書き上げた数日前の自分を、数日後の自分は静かに軽蔑した。

もっと悔しがるくらい、真剣に書かないと。
そんな気持ちが湧いてきた。

note上で「落ちました」「通過できませんでした」という投稿を見ると、中には読んでいるこちらが気恥ずかしくなるほどに、悔しさを投稿にぶちまけている人がいた。「泣いた」という人、「投稿を〝下書き〟に戻した」という人、自分がいかに賭けてきたかを書き連ねている人もいた。
そんな風に全身全霊をかけて「創作大賞」に挑んできた姿勢に、私は拍手を送りたい気持ちになった。

今回は結果に結び付かなかったけれど、その頑張りはいつか必ず何かに昇華するはず。少なくとも現時点で、その人の血肉になっていることは確かだろう。

カッコ悪いくらいに盛大に悔しがっている投稿を、私は「めちゃくちゃカッコイイ」と思って読んでいる。

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