
真ん中の椅子
2025年の暮れに、母の介護会議が開かれることになった。
専門職の方々が我が家を訪ねてくださり、リビングで開かれる。
母について、たくさんのことが話される。
私は前の晩、一枚のチラシを作った。
母の望み ── もう一度、自分の足で歩いて、外の世界を楽しむこと。
ずっと(60年前からの)夢だったと(去年初めて)教えてくれた、パリの石畳を歩くこと 。
── を、まんなかに据えたチラシだ。

会議の日、8人の専門職の方々に玄関でチラシをお渡しした。
チラシをご覧になった途端、皆さんの目が輝いた。
それまでほぼ寝たきりで絶対安静だった母には、頑張って狭い部屋のまんなかの椅子に座ってもらった。
椅子が足りなくて、母以外の方々は立ったり、しゃがんだりして、母を囲んでくださった。
母の背筋が、すっと伸びていた。
これまで母について(どう看取るか、どこまで延命措置をするか、などが)話されていた部屋が、母自身が話す場所に変わった。
(母が言葉を発することはむずかしくなっていたけれど。)
私は、神経がふっとゆるんで、ホッとしたのを感じた。
私は足掛け30年ほど、色々な会社組織で、同じことばかりしてきた。
会議室で、ある決定が下される。
現場について、お客様について、ある人について。
たいてい、決定する人たちは、みんな善意で、みんな有能だ。
けれど、その決定によって人生を左右される当事者が、その部屋にいないことが多かった。
当事者本人がいないまま下された判断は、正しく見えても、どこかで現実とすれ違っていく。
すれ違いを少なくしようとしてきたのが、私の仕事だった。
「これは30年やってきた仕事の集大成だな」と思いながら、徹夜でチラシを作った。
どうしたら母の夢を叶えられるだろうかと、AIに相談しながら。
チラシ一枚と、椅子を一脚、まんなかに置くこと。
それだけで、母を巡る決定は、母の人生に寄り添うように、静かに向き直った。
あなたの組織でも、いちばん大事な決定が下されるあの部屋に ──
その決定を生きる当の本人が、座っているだろうか。
母は今日も、パリのつもりで真珠のネックレスをして、窓辺に座っている。