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Photo byysgenfu

夏ミカンのピール

    御年80歳になられる太極拳の先生はご自宅に広い庭を持っていて、時々生徒たちにそこで取れた果物や野菜を分けてくれる。枇杷やタケノコ、梅や夏ミカンなど、「勝手に出来たもの」とおっしゃるが、町育ちの私にはどれも珍しく、毎回大変ありがたく頂いている。
    ある日「こんなの食べるかい?」と渡されたのが夏ミカンの皮のピールだった。「わあ嬉しい。奥様がされたんですか?」というと、「いや家内は面倒くさがってこんなことはもうしない。この間息子の嫁と孫たちが来てジャムやらなんやら作っていった」と言うので、「御馳走様です」と有難く頂いた。
    それからしばらくたったある日のこと、練習の後急な大雨で帰るに帰れず、先生とロビーでおしゃべりをしながら雨宿りをすることになった。
    「先生この間の夏ミカンのピールとってもおいしかったです」
    改めてお礼を言い、お孫さんたちの性別や年齢などなど当たり障りのない世間話をしていた。
    だから、
    「実は孫たちはみんなほんとの孫じゃなくてね」
    先生がそうおっしゃったときはびっくりした。
    『お嫁さんは連れ子をされて息子さんと再婚なさったのかしら』
    そう思い、少し黙っていた。
    「自分たち夫婦には子供が出来なくて、息子は里子なんだ」
    先生は話を続ける。
    「そうなんですか。養子ってことですか?」
    「いや、里子と養子は違ってね、戸籍は他人のままだけど、息子は嫁と孫を連れて時々遊びに来てくれるんだよ」
    先生はぽつぽつと話し始めた。
    先生は体の弱い奥様と結婚された時、子供は作らないと決めたそうだ。
    でも何年かすると奥様が子供を育ててみたいと言い出した。出産はあきらめたけれど、子育てはあきらめたくないと。
    先生も賛同し、行政の行う里親制度のうち、児童相談所から委託を受ける形で子供を育てる養育制度に応募し、夫婦で研修を受け、子供を引き取ることになった。
    紹介された子は2歳の女の子で、母親は死亡、父親は不明と言うことだった。母親は夜の仕事をしていて、統合失調症を患っていたという話も承知の上だった。クリスチャンである先生ご夫婦は一番初めに紹介された子を何の条件も付けず丸ごと受け入れようと決めたのだった。
    その女の子を夫婦二人で大切に育て、病気の時は寝ずに看病をした。ゆくゆくは養子にするつもりで、心からかわいがって育てたが、小学校3年生ぐらいの時にその兆候は表れた。ちょっとした嘘をつく事から始まり徐々に大きな嘘をつくようになった。学校の先生から電話があり、お子さんの手の甲に傷があり、聞くとお父さんから焼き鳥の串で刺されたというのですがと言われた時はびっくりした。
    焼き鳥など一緒に食べたこともないし、串に刺した焼き鳥はそもそも家庭料理ではない。
    妻の財布からは現金が抜かれるようになった。財布の管理を厳しくすると、万引きするようになった。晩御飯の時間になっても帰ってこないときは近所を探し回った。
    娘の体格がどんどんよくなってくるのと反比例して妻の身体は徐々に弱ってきた。警察や学校からの電話、近所からの苦情、生活の管理、身体的にも精神的にもいっぱいいっぱいだった。5年生になると不良たちと一緒に遊びまわるようになった。娘が帰ってこなかった次の日、妻が倒れ、病院に運ばれた。頭にできものができていた。ストレスによる皮膚腫瘍ということで手術が必要だった。
    先生は苦渋の決断をした。委託を解除、つまり娘を施設に返すと。
    娘は泣きながら謝り、いい子になるから置いてほしいと懇願した。先生はその様子を見て心を動かされたが、妻の心身の健康には替えられないと思い、娘を施設へ戻した。
    そのあとは電話攻撃、無言電話、ポストに汚物を入れられる、窓に石を投げ込まれるなどの行為に悩まされる日々が続き、先生夫婦は警察に相談、生活安全課からパトロールがやってくるようになった。結局先生夫婦は町を離れ、空気のいい別の所へ引っ越した。妻の頭にできたできものはきれいに治った。
    それから数年がたち、先生ご夫婦は季節里親と言う制度で、週末や年末年始に施設の中学生を預かるボランティアをしていた。そんなある日、警察から電話があり、この人を知っていますかと聞かれたのが、あの時の娘の名前だった。警察に身柄を拘束されていて、身元引受人として先生の名前が出たのだと言われた。有名な風俗街のある場所の警察署だった。風営法違反か何かの罪だということだった。
    先生は知っている名前ですが、関係のない人ですと言って電話を切った。あれから10年以上が経っていた。妻にはそのことは言わなかった。
     
    「息子」と言うのはボランティアで面倒を見ていたその時の中学生なのだそうである。社会に出て結婚し、子供を連れて遊びに来てくれるのだそうだ。
    先生は孫たちにはおじいちゃんと呼ばれているそうである。
    「今年は夏ミカンが豊作なんだ。また持って来るよ」
    先生はそう言うと立ち上がった。
    雨はすっかり上がっていた。
     

     
     

    Akiko

     
     
    家族の記録と記憶、そして偶然巡り合った人たちのエピソードをもとに、エッセイや小説を書いています。 日常を懸命に生きる、名もなき人たちの人生に惹かれます。

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