
今日も私は、自分に会いに行く
第一章
私は自分の味方になれなかった
「またできなかったね。」
一日の終わりになると、
決まって聞こえてくる声があった。
その声の正体は、誰でもない私だった。
そんな私が、
自分に「ありがとう」と言えるようになるまで、10年以上かかった。
けれど今、
私の心の中には、
自分を支えてくれる言葉たちがいる。
私はその言葉を、何度も心の中で開いてきた。
いつしか私は、
それを「心のことば手帳」と呼ぶようになった。
そんな言葉たちと出会う前の私は、
毎朝手帳を開いていた。
今日やることを書き出す。
家事。
子どものこと。
学び。
やりたいこと。
今日こそちゃんとやろうと思っていた。
けれど夜になって手帳を見返すと、
線で消せた予定は三つくらいしかない。
真っ白なまま残った予定を見て、ため息をつく。
その瞬間、決まって同じ声が聞こえた。
「またできなかったね」
「本を読んでいるのにね」
「いつになったら変われるの?」
誰かに言われたわけではない。
私が私に向かって言っていた言葉だった。
昔の写真を見ると、
そこにいる私はあまり笑っていない。
どの写真も表情がどこか固い。
当時の私は、いつも何かに追われていた。
夕飯の支度をしながら時計を見る。
お風呂は6時。
寝かしつけは8時半まで。
食事は栄養のあるものを作らなくてはいけない。
母親なんだから、ちゃんとしなくてはいけない。
子どもたちと食卓を囲んでいても、
私の気持ちはいつも次の予定へ向かっていた。
気づけば、
一日を予定通りに終わらせることばかり
考えていた。
食事を作ること。
家事をこなすこと。
子どもたちに規則正しい生活をさせること。
そんな「ちゃんと」が、毎日私を急かしていた。
気づけば私は、「こうしたい」ではなく、
「こうあるべき」に追い立てられていた。
疲れた。
そう思う日もあった。
けれど、その言葉は口に出る前に飲み込まれた。
疲れたなんて言ってはいけない。
もっと頑張れるはず。
私は、
自分の心の声に耳を塞ぎながら生きていた。
今思えば、その始まりは
もっとずっと前だったのかもしれない。
私は、
人からどう思われるかを気にして生きてきた。
否定されることも、反対されることも怖かった。
幸せそうに見える自分。
素敵に見える自分。
そんな自分でいなければいけないと思っていた。
本当はどうしたいのか。
私は何がしたいのだろう。
私は何が好きなのだろう。
それさえも、わからなくなっていた。
子どもの頃から、人の気持ちばかり見ていた。
相手がどう感じるだろう。
傷つかないだろうか。
困っていないだろうか。
そんなことばかり考えていた。
褒められた記憶よりも、
できていないことを指摘された記憶の方が
残っていた私は、
いつしか自分の気持ちよりも
周りを優先するようになっていた。
人の気持ちを汲み取るのは得意だったのに、
自分の気持ちはわからなくなっていた。
だから、
自分の気持ちよりも周りの期待を優先した。
求められる自分になろうとしていた。
その代わりに育っていったのは、
「頑張らなければ認められない」
という思いだった。
疲れていても頑張る。
苦しくても頑張る。
休みたいと思うことさえ、
自分には許せなかった。
そうしているうちに、
私は自分の心の声がわからなくなっていった。
そして、自分を励ますよりも、
自分を責める方が上手になっていた。
私は、自分の味方になれなかったのだ。
第二章
体は先に知っていた
だからだろうか。
体は先に限界を知っていた。
ある日、私は立ち止まらざるを得なくなった。
自分では大丈夫だと思っていた。
けれど、
自分を責め続け、
たくさんの感情を抱え込みながら
生きてきた心と体は、限界を迎えていた。
私は体調を崩し、
初めて立ち止まることになった。
それまでの私は、走り続けていた。
頑張ることが当たり前だった。
無理をしている自覚さえなかった。
だから最初は戸惑った。
なぜこんなにも疲れているのだろう。
なぜこんなにも苦しいのだろう。
それまで私は、
自分の気持ちよりも
「やるべきこと」を優先して生きてきた。
だから、
自分の心が何を感じているのかさえ
わからなくなっていた。
けれど、
立ち止まった時間は、
私にひとつの問いを投げかけた。
私は、本当はどう生きたいのだろう。
その問いに答えが欲しくて、
本を読むようになった。
何かを変えたかった。
いや、
本当は自分自身を助けたかったのかもしれない。
本のページをめくりながら、
私は何度も線を引いた。
心が反応した言葉を書き写した。
手帳に書いた。
ノートに書いた。
付箋に書いて、冷蔵庫や机の横に貼った。
最初は学ぶためだった。
もっと知識を増やしたかった。
今の自分を変えたかった。
でも、いつの頃からだろう。
私は知識ではなく、
言葉そのものに支えられていることに
気づき始めた。
それは、
自分を変えるためではなく、
いつしか
自分と優しくつながる時間になっていた。
不安な夜があった。
自分を責めそうになる朝があった。
何もかもうまくいかないように
感じる日もあった。
そんな時、
ふと目に入る一枚の付箋に
救われることがあった。
たった一行の言葉だった。
その言葉は、私を責めなかった。
急かさなかった。
もっと頑張れとも言わなかった。
ただ静かに寄り添ってくれた。
私は少しずつ理解していった。
人は言葉で傷つく。
そして同じように、
言葉で立ち上がることもできるのだと。
だから私は言葉を集め始めた。
私は、
心に残った言葉を大切に集めるようになった。
まるで宝物を集めるように。
一つずつ。
焦らず、一つずつ。
その頃の私は、
まだ自分を好きにはなれなかった。
けれど、自分を嫌い続けることにも疲れていた。
ある日、ひとつの言葉が私の前に現れた。
それは本の中だったのか。
誰かの口から聞いたのか。
もう思い出せない。
けれど、その言葉だけは今でも覚えている。
「まずは自分に、ありがとうと言ってみてください」
その言葉が、私の人生を少しずつ変え始めることになる。
第三章
はじめてのありがとう
「まずは自分に、ありがとうと言ってみてください」
そんなことで何か変わるのだろうか。
当時の私は、本気でそう思っていた。
長い間、自分を責め続けてきた人間が、
急に自分へ
「ありがとう」と言うのだから無理もない。
けれど、私はやってみることにした。
トイレに入るたびに深呼吸をする。
そして誰にも聞かれないように、
小さな声でつぶやく。
「ありがとう」
胸に手を当てながら、
ありがとう。
ありがとう。
時には自分を抱きしめるように腕を回しながら、
ありがとう。
今日も頑張ってくれてありがとう。
ここまで生きてきてくれてありがとう。
最初は違和感しかなかった。
正直、自分でも何をしているのだろうと思った。
自分にありがとうなんて
言ったことがなかったからだ。
だから最初の頃は数を数えていた。
誰かに褒められるためではない。
自分との関係を変えたかったからだ。
今日は何回言えただろう。
10回言っても、何も変わらなかった。
50回言っても、まだどこか信じられなかった。
「こんなことで変わるはずがない。」
それでも続けていくうちに、
不思議なことが起き始めた。
そして100回目。
気づけば、涙があふれていた。
張りつめていた心が少しずつ緩んでいった。
体の奥にあった冷たさが、
ゆっくり溶けていくような感覚があった。
安心感、と言えばいいのだろうか。
長い間、ひとりで頑張り続けてきた。
そんな自分に、
ようやく「もう大丈夫だよ」と
声をかけてもらえたような気がした。
そしてある日、私は鏡の前に立った。
それまで私は、
自分の顔をちゃんと見てこなかった。
鏡を見ることはあっても、
髪型を整えるためだったり、
身だしなみを確認するためだったり。
本当は、
自分自身と向き合うのが
怖かったのかもしれない。
自分が何を感じているのか。
本当は何を思っているのか。
そんなことを知るのが怖かった。
だから私は長い間、
自分よりも周りを見て生きてきた。
その日、私は鏡に映る自分の目を見た。
鏡の向こうにいるのは自分なのに、
初めてちゃんと向き合うような気がした。
そして、小さな声で話しかけた。
「本当によくここまで頑張ってきたね」
最初は緊張した。
自分に向かって言葉をかけることが、
こんなにも照れくさいとは思わなかった。
声も少し震えていた。
鏡の中の自分をまっすぐ見ることができず、
何度も目をそらしそうになった。
肩にも力が入っていた。
それでも私は、もう一度鏡の中の自分を見た。
そして続けた。
「たくさん無理をさせてきてごめんね」
「いつも私と一緒にいてくれてありがとう」
言葉を重ねるうちに、
胸の奥から何とも言えない感情が
込み上げてきた。
気づけば涙が溢れていた。
悲しかったわけではない。
嬉しかったわけでもない。
ただ、長い間置き去りにしてきた自分と、
ようやく再会できたような気がした。
私はその時初めて思った。
本当によくここまで生きてきたね、と。
たくさん悩みながら、
たくさん遠回りをしながら、
それでも諦めずに歩いてきたから、
今の私がいるのだと。
そして自然に、
「ありがとう」
という言葉が心の奥から湧いてきた。
誰かに向けるのではない。
私が私に贈る、初めてのありがとうだった。
そしてある日、気づいた。
数を数えなくなっていた。
ありがとうが、
いつの間にか自分の言葉になっていた。
やがて鏡に映る自分に向かって、
「ありがとう」
と微笑みながら言える日も増えていった。
以前の私なら考えられなかったことだった。
私はそこで初めて知った。
人は、
自分に向ける言葉によって
変わっていくのだということを。
ありがとうの次に、
「大好きだよ」
「大切に思っているよ」
という言葉も自分に伝えるようになった。
少しずつ。
本当に少しずつ。
私は、自分との関係を取り戻していった。
第四章
私の心のことば手帳
ありがとうという言葉との出会いは、
私にもうひとつの贈り物をくれた。
言葉を見る目が変わった。
不思議なことに、同じ言葉でも心に残るものと、そうでないものがあった。
私は、心が反応した言葉を何度も読み返した。
最初は、どの言葉もどこか遠く感じた。
「その通りだな」と思っても、自分のこととして受け止められなかった。
気づけば、また自分を責めていた。
だから私は、そのたびに言葉を探した。
本を開けば、前向きな言葉はたくさんあった。
けれど、疲れ切っている日の私には、
その言葉がまぶしすぎることもあった。
「もっと前向きに」
「もっと笑顔で」
言っていることはわかる。
でも、その日の私には届かなかった。
だから私は、「正しい言葉」を探すのではなく、
その時の私に届く言葉を探すようになった。
「私は私のペースでいい。」
「今日は今日だけを大切に生きよう。」
そんな言葉だけは、不思議と心に入ってきた。
その時の自分に届く言葉は、
その日によって違っていた。
だから、
あの頃の私は、
自分の心に入れる言葉も選ぶようになった。
不安になる情報よりも、少し前を向ける言葉。
自分を責める声よりも、
自分を支えてくれる言葉。
毎日、心に迎え入れる言葉を選び直していった。
言葉を覚えるためではない。
言葉を自分の中に住まわせるためだった。
一つひとつの言葉は、
離れてしまっていた自分との距離を
少しずつ縮めてくれた。
振り返れば、
それは自分と優しくつながる練習だった。
その中の一つに、
「私はあらゆる面において
ますます良くなっている」
という言葉があった。
先が見えなくなった夜。
現実が何も変わっていないように思える日。
私はその言葉を何度も口にした。
言葉に現実を変える力があるのかはわからない。
けれど、
その言葉は確かに
私の視線を未来へ向けてくれた。
私はたくさんの言葉と出会ってきた。
けれど今思う。
私を支えてくれたのは、
書き留めた言葉そのものではなかった。
何度も読み返し、
何度も自分に言い聞かせ、
少しずつ心に刻んできた時間だった。
手帳やノートを開けない日でも、
必要な言葉は心の中から自然と現れてくれた。
その時、私は思った。
ああ、
私を支えていたのは手帳そのものではなく、
心に刻まれた言葉たちだったのだ。
だから私は、
それを「心のことば手帳」と呼ぶことにした。
言葉は、書いただけでは自分のものにならない。
本当に苦しい時に自分を支えてくれるのは、
腑に落ちるまで向き合った言葉だけだ。
けれど、ある時ふと気づいた。
外出先で立ち止まりそうになった時。
突然、不安に襲われた時。
手帳やノートがない日もあった。
それでも不思議と、
必要な言葉は心の中から出てきた。
まるで、ずっとそこにいたかのように。
繰り返し心に届けてきた言葉たちは、
いつの間にか心の中に住み着いていたのだ。
書き留めた手帳ではない。
心の中にある手帳。
必要な時に開き、
必要な言葉を取り出せる、
自分だけの心のことば手帳。
それは、
苦しい時に開くための
心の救急箱のようなものだった。
私の心のことば手帳には、
「ありがとう」
「私は私のペースで大丈夫」
「どんな私にも価値がある」
「今日は低速運転でいこう」
そんな言葉たちが綴られている。
どれも特別な言葉ではない。
けれど人生の節目で、
何度も私を支え、
立ち上がらせてくれた言葉たちだ。
振り返れば、
その言葉たちはいつも私のそばにいてくれた。
苦しい時には寄り添い、
不安な時には支えになり、
立ち止まるたびに、そっと背中を押してくれた。
昔の私は、手帳に予定を書いていた。
できたことより、
できなかったことに目が向いていた。
終わらなかった予定を見るたびに、
自分を責めていた。
けれど今の私は、心のことば手帳を開く。
そこにあるのは予定ではなく、
自分を支えることばたちだ。
その言葉たちは、
できなかった私を責めるのではなく、
立ち止まった私にそっと寄り添ってくれる。
私にとってそれは、ただの言葉ではない。
人生を一緒に歩いてくれた伴走者だった。
第五章
自分と優しくつながるということ
自分と優しくつながれるようになるまで、
思っていた以上に長い時間がかかった。
10年以上。
本を読み、
学び、
言葉を集め、
何度も立ち止まりながら、
私は一歩ずつ自分との関係を取り戻していった。
だからといって、
もう悩まなくなったわけではない。
不安になる日もある。
心がざわつく日もある。
思うようにいかず、落ち込む日だってある。
けれど、昔の私と今の私にはひとつ違いがある。
以前の私は、そんな自分を責めていた。
もっと頑張れ。
そんなことでどうする。
弱音を吐いてはいけない。
そうやって自分を追い立てていた。
けれど今は、
「今日は疲れているんだね」
「そんな日もあるよね」
と声をかけられる。
以前の私は、
疲れている日ほどアクセルを踏もうとしていた。
けれど今は、
「今日は低速運転でいこう」
と自分に言える。
昔の私は、
止まることを怠けることだと思っていた。
けれど今は、
立ち止まることも必要な時間だと思える。
自分に優しくすることは、
甘やかすことではなかった。
早めに休む日があってもいい。
好きな香りを楽しむ日があってもいい。
何もしない一日があっても、それでいい。
そんなふうに、
自分の心と体を大切にできるようになった。
苦しい時に寄り添ってくれた言葉。
立ち止まった時に背中を押してくれた言葉。
何度も私を立ち上がらせてくれた言葉。
その言葉たちは今も、心の中にいる。
私は長い間、
自分と優しくつながる方法を知らなかった。
だからできなかった。
ただ、それだけだった。
もっと早く知っていたら、
もう少し自分を責めずに
生きられたかもしれない。
今は、ラジオや文章を通して言葉を届けている。
ラジオの収録ボタンを押す前、
私は小さく深呼吸をする。
あの日の私のように、
自分を責め続けている人がいるかもしれない。
聴き終えたあと、
その人の心が少しでも軽くなっていますように。
あなたがあなた自身と
優しくつながっていけますように。
そんな願いを胸に、
私は今日も録音ボタンを押している。
あの頃の私には、想像もできなかったことだ。
だからこそ、
この経験を残しておきたいと思った。
特別な言葉でなくてもいい。
心が少し軽くなった言葉。
「大丈夫」と寄り添ってくれた言葉。
そんな言葉を何度も自分に届けているうちに、
やがて心の中に綴られていく。
そしてそれは、
あなただけの心のことば手帳になっていく。
私はずっと探していたのかもしれない。
励ましてくれる誰かを。
認めてくれる誰かを。
救ってくれる誰かを。
ずっと、外に答えを探していた。
けれど最後に私を支えてくれたのは、
私が私にかけ続けたことばだった。
今も私は、
一つひとつの言葉を大切に届けている。
そして、
心のことば手帳に、新しい言葉を綴っていく。
今日も私は、自分に会いに行く。
そこには、
どんな時も私の味方でいてくれる
言葉たちがいる。
自分と優しくつながることは、
人生を優しく生き直すことだった。
あなたにも、
あなただけの「心のことば手帳」が
育っていきますように。
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