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癌さん、ごゆるりと

    私が癌と出会ってからもう2年近くなる。
    友達レベルでいえば、それなりに仲が良いほうではないだろうか。
    大人になると長く一緒にいれる友達を見つけるのも一苦労、それを「私は裏切りませんよ、ずっと一緒におりましょう」と言いそばにいるのだから癌は親友といっても過言ではない。いや、か・ご・ん!!
    本当は即刻、身体の外に千切って投げたいくらいの間柄だ。

    奴らは2年前からぐんぐんと増え腐って、おかげで私は一度坊主になり今や五分刈りのおっさんのような髪になっているのだ、仕事もやめた、当時1歳だった子供の授乳もやめた。
    私からどんどん奪うじゃないか、ずっと一緒にいる相手としてはおかしいと申し上げたい。

    私は抗がん剤と放射線治療、いわゆる標準治療と呼ばれる物をこなしたものの、結局転移増殖、気が狂いそうな痛みに耐え、痛み止めの医療麻薬の吐き気と戦う毎日を過ごしてきた。
    しかし、数カ月前からはじめたテフダックというかなり新しい抗がん剤で、血液検査の結果が明らかに良くなってきたのだ。

    痛み止めは麻薬を使わずにすむようになり、吐き気もなくなった。もしかしたら、癌が身体から消えてきたんじゃ?!
    5年生存率20%なんて蹴っ飛ばせる!私は奇跡を起こす側の人間だ!とまで思った。

    しかし先日MR-Iを撮った結果は「何も変わってません、おめでとうございます」だった。

    主治医をビンタしたい気分だった。

    「癌と共存できてます、寿命が伸ばせてます」

    そんな言葉は全く欲しくなかった。
    私が欲しかったのは「癌が消えてます!こんなことあるんですね!」というドラマや漫画みたいなセリフだったからだ。

    私は聞いた「今この抗がん剤は5回目ですが、他の人は何回くらいで良くなってますか?」

    主治医は言った「平均4回です、皆4回までに死にます」

    私は涙が止まらなくなってしまった。
    話が噛み合わない。実際には噛み合っているのだけど、脳が主治医の言葉を拒否してしまっていた。

    この抗がん剤で良くなっている人はいないそうだ。
    あまりの絶望に、私はそれから毎日泣いた、子供の前でも泣いた。子供達は「お母さんの病気がよくなりますよーに!」と寝る前に願掛けをしてくれた。

    私は癌が嫌いで嫌いで嫌いでたまらないんだ。
    私の希望を奪う癌が、私から子供達との時間を奪う癌が。

    泣いて、泣いて、あれほど真剣に取り組んでいた脚本を書く時間もなくなってしまった。
    死ぬまでに絶対映像化するぞと思っていたが踏ん張れなくなってしまった。

    そんな中出会ったのはラドン温泉だった。
    執筆活動を応援してくれている方が、抗がん剤の副作用が和らぐと教えてくれたのだ。
    さっそく何度か通ってみると、コレが私にはよく効いて、身体が軽くなり、かなり生きるのが楽になった。

    すると内側から活力が湧いてきた。
    「生きてる時間に生きれる」と思えた。
    ただ生きてても、その時間を死人のようにすごせば意味がなくなってしまう。
    生きるなら、その時間を「生かさない」といけない。
    人より短かかったとしても。

    子供達と主人ともっと見たことのない所へ出かけよう。
    脚本を書いて書いて書き倒そう。

    ここでようやく余裕のでた私は癌に
    「ははは、ごゆるりと……ぶぶ漬けでもいかがどすか?」
    と声をかけれるようになったのだ。

    癌はやっぱり親友ではない、時間の尊さや身近な人、自分の身体への感謝を教えてくれた講師だ。

    まぁ、是非短期講座であってほしいものだが。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     

    赤虎

     
     
    脚本を書いています。 SFが多いですが、不気味なショートショート、芸人さんにフューチャーしたお話しなど、色々好きを詰め込んで書いています。 絵本のストーリーも書いています。 誰かに届けば嬉しいです。

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