
【月刊身仕度1月号】クラリス
わん。
私は後悔をし続ける。傷つけてしまった人たちのことを覚えている。
私には、私の目の届く範囲の人たちに、なんの障害もストレスもない幸せを手に入れて欲しいという純粋な願いがある。これを口にするとしばしば嘘だ綺麗事だと言われてしまうのだけれど、それも仕方がない。
行動が伴っていないから。
そうしたいという気持ちとは裏腹に、悪気なく心無いひとことを言ってしまうこともあれば、意図して嫌な思いをさせようとしたこともある。悩み苦しむ友達の訴えを面倒におもい、ついには突き放してしまったこともある。
私はこの邪悪を、傷つけたその瞬間を脳内にありありと再生させては小さな呻き声をあげてうずくまる。
後悔をしているんだ、加害者が一丁前に。取り返しのつかない過ちと本心からの願いとのギャップに吐き気を催しなから、誰も救われないこの非設的な後悔を続けているんだ。
わん。
それでもこの本心を綺麗事にさせないために、私は後悔をし続けている。もう二度と人を傷つけてしまわぬように、もうこれ以上間違えてしまわぬようにと反している。選択の手前で一度立ち止まり、右を見て左を見てもう一度右を見てから、真っ直ぐに手をあげて渡り出した道の先でまた、間違える。
同じ過ちを繰り返し、何度も抉れた古傷はケロイドのように膨らんで残った。ぷにぷにツヤツヤのそれを指でなでながら、抜け出せない地獄の中でまたうずくまる。
ああ、また間違えた。
ただの一度きり、父親に殴られた時のことを思い出す。父は表情豊かな人ではなかった。自分のことをあまり話さない、つまらない人だった。そして優しい人だった。
小学校に上がったばかりの頃だったか、父親と兄との帰り道、自宅はもう目と鼻の先というところで、意地悪なことを兄に言われ怒った私は、逃げる兄を追いかけて、左右の確認もろくにせずに渡った車道で轢かれかけた。急ブレーキとクラクションの音に身体が強張りその場に立ちすくんでしまった私を、父は走り寄って担ぎ上げ、少し先の歩道で強く殴った。
グーだった。
痛かった。
嫌だった。
けれど、あの感情の起伏のない父親の感情そのままの怒りと、殴られた頭部の鈍い痛みは、あまりにも愛だった。
わん。
私は愛を伝えられただろうか。
わん。
私は後悔をし続ける。
ゎん。
解している。
わん!
「さんぽ」という言葉に元気に返事して、一目散に玄関へ走っていく彼女を覚えている。ずっと一緒にいたのに、散歩に連れて行ってやることすら面倒くさがってしまった、一度も声をかけない日もあったかもしれない。年老いて、あまり外に出られなくなってきた頃ですら会いにいってやれなかった。実家を離れていたとはいえ、いつでも帰れたはずだったのに。
私は、後悔をし続ける。帰省する実家のリビングに残る彼女の面影に、愛だけはもう間違えないからねと誓う。
ただいまクラリス。
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この作品はエッセイ集『月刊身仕度』に掲載されています。
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