嘘をついた自分が、今の自分を救ってくれた話。
小さいころの私は、よく嘘をつく子どもだった。
今日、ふとそのことを思い出した。
小学生の時にね
英会話教室に通っていたのだけど、
そこで「スタンプカード制度」ってのがあってね。
家で教材CDを1回聞いたら
カードに1つスタンプを押せて
それが全部埋まると景品がもらえるってやつ。
景品がなんだったか覚えていないし、
それがほしかったわけでもないんだけど、
同じクラスの誰よりも早くスタンプを貯めたくて
たっくさん教材CDを繰り返してたんだ。
最初はちゃんと聞いてたんだけど、
いつしか「学ぶこと」ではなく、
「誰よりも早く一番になりたい」で頭がいっぱいになって
教材CDを聞いていない日にも、
スタンプを押した。
気づいた時には、カードは全部埋まっていた。
次の日、クラスの子には「すごーーーい!!」ってチヤホヤされた。
「こんなの余裕!」とか嘘ついたし、
不信がった先生にも、結局 最後まで嘘をつきとおした。
そんな中でもらった景品は、全然嬉しくなかった。
それでも、あのときの私は、
嘘をつくことしかできなかったんだなって。
本当に今日ふと思い出したんだ。
もう何十年も前の話。
このエピソードを覚えているのは、きっとこの世界で私ひとりだけ。
ずっと忘れたふりしてた。
でも、「嘘をついた悪い子ども」っていう認識は
今もずっと、こびりついたままだった。
もう何十年も前の些細な話。
そう割り切れたら、もっと楽だったのかもしれない。
だけど、最近モヤモヤしているものを
ずーーーっと眺めていると
「嘘をついた悪い子ども」のままなんだよね、私。
そのことに気付いちゃったんだ、今日。
周りから褒めてもらえても全然嬉しくない。
あの時、不信がった先生のように
ずっと自分のことを不信がっている。
「あの時、嘘ついちゃったな」
「褒められても、全然嬉しくなかったな」
「なんてくだらないことをしたんだろ」くらいは
時々、思い出してはいたんだけど
なんか今日は
嘘をついてスタンプカードを埋めた自分が
どれだけ認めてもらいたくて、
どれだけ愛されたくて、
どれだけ頑張って、
一人きりで孤独に耐えていたんだろうって
いつもと違う視点で見ることが出来た気がしたんだ。
あの頃、家に居場所がなくて
担任の先生に「助けてほしい」と言っても、
むしろ「あなたが悪い」と突き放された。
英会話教室は、あの頃の私にとって
唯一の逃げ場所だったのかもしれない。
そこで、愛されるために
「嘘をつく」という武器を使って、
生き抜こうとしてただけなのかもなって。
それって本当に「悪い子」だったのかな。
あの頃、「誰よりも一番」になりたいと思ってた自分は
ほんとは「なんの一番」になりたかったんだろ。
多分、大好きなお父さんの「一番」。
多分、大好きなお母さんの「一番」。
お父さんの一番にも、
お母さんの一番にもなれなかった
あの頃の私の
一番になってあげられるのは、きっと今の自分なんだろうなって。
そう思えた時に、
今の自分のモヤモヤが晴れた気がしたんだ。
あの時、嘘をついた私が
そっと今の私を救ってくれたような気がした。
そういえば。
あのころから、猫が大好きだった。
何も聞かずにそばにいてくれるような、
あの静かな優しさに、
ずーーっと憧れていたのかもしれない。
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