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猫のぼやき 2026.8.16号|どうして「年間配当○万円」を目標にするの?──投資仲間に聞いてみたにゃ


    プロローグ|「年間配当200万円を目指してる」と聞いて、不思議に思ったにゃ

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    にゃあには、投資の話をする仲間が何人かいるにゃ。

    投資方法も違えば、持っている銘柄も違う。

    値上がりを重視する人もいれば、配当を重視する人もいる。

    そんな投資仲間の一人が、以前こんなことを話していた。

    「年間配当200万円を目指している」

    そのときは、

    「へえ、200万円か」

    くらいに聞いていた。

    でも、あとになって妙に引っかかったにゃ。

    200万円が多いとか少ないとか、そういう話ではない。

    にゃあが気になったのは、

    「どうして資産額ではなく、年間配当なんだろう?」

    ということだった。

    投資の記事を読んでいても、

    「年間配当100万円を達成しました」

    「次は150万円を目指します」

    「年間配当200万円が目標です」

    という言葉をよく見かける。

    ところが、インデックス投資をしている人の記事では、少し様子が違う。

    「資産1000万円を超えた」

    「3000万円を目指す」

    「5000万円になったら取り崩しを考える」

    という話はよく見るけれど、

    「オルカンから年間配当100万円を目指します」

    という話は、あまり見かけないにゃ。

    同じ株式投資なのに、どうして目標にする数字が違うんだろう。

    そこで、投資仲間に聞いてみた。

    「どうして年間配当を目標にしているの?」

    今回は、そこから考えてみるにゃ。

    一|どうして資産額ではなく、配当なの?

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    年間配当200万円。

    月に直すと、およそ16万7000円になる。

    年間100万円なら、月に約8万3000円。

    こうして月額にすると、突然、数字が生活に近づいてくるにゃ。

    資産5000万円。

    そう言われても、それだけでは今日の晩ごはんとはなかなか結びつかない。

    でも、

    「毎月8万円くらい入ってくる」

    ならどうだろう。

    食費になる。

    光熱費になる。

    家賃や住宅費の一部にもなる。

    旅行代にすることだってできる。

    年間200万円なら、月16万円を超える。

    人によっては、生活費のかなり大きな部分を支えられる金額になる。

    ここで、にゃあは少し分かった気がした。

    配当は「投資の数字」であると同時に、「生活の数字」でもあるんだにゃ。

    資産額は、持っているもの。

    配当は、入ってくるもの。

    同じお金でも、人間の頭の中では別の箱に入っているのかもしれない。

    二|配当は、家計簿に書けるお金にゃ

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    私たちは普段、資産総額だけを見て暮らしているわけではない。

    今月はいくら入ってくる。

    家賃はいくら。

    食費はいくら。

    電気代はいくら。

    そして、いくら残る。

    生活は基本的に、「入ってくるお金」と「出ていくお金」で回っている。

    だから、

    「株の評価額が100万円増えた」

    と言われるより、

    「年間配当が100万円になった」

    と言われたほうが、生活者には分かりやすい。

    年間100万円なら月8万円ちょっと。

    「あ、それなら毎月の食費と光熱費くらいになるな」

    と、その場で暮らしへ変換できる。

    年間配当100万円を目指している人が、本当に欲しいのは「100万円」という数字そのものではないのかもしれない。

    毎月8万円くらい、自分が働かなくても入ってくる。

    その状態が欲しい。

    年間200万円なら、

    毎月16万円くらいの別の収入源を持ちたい。

    そう考えると、年間配当を目標にする理由は、投資家の目線より生活者の目線で見たほうが分かりやすいにゃ。

    三|「10万円増えた」と「10万円振り込まれた」は同じなの?

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    でも、ここで少し意地悪なことも考えてみたにゃ。

    投資信託を持っていて、評価額が10万円増えた。

    一方、高配当株を持っていて、10万円の配当を受け取った。

    どちらも投資から生まれた利益ではある。

    ところが、感じ方はかなり違う。

    評価額が10万円増えても、

    「まだ売ってないからね」

    と思う。

    ところが配当が10万円振り込まれると、

    「10万円入った」

    と感じる。

    すぐ使える。

    再投資もできる。

    現金として目の前に現れる。

    配当には、投資家へ定期的に届く「成果通知」のような面があるのかもしれないにゃ。

    ただ、ここでさらに考えてみた。

    もし本当に欲しいものが「配当金そのもの」だけなら、一年中その会社の株主でいる必要はない。

    極端な話、配当の権利を取れる時期に株を持ち、権利を取ったあとに売ることだってできる。

    もちろん、そんな簡単に儲かる話ではないにゃ。

    権利落ちがある。

    配当を受け取った分だけ丸々得をする魔法ではないし、その後の株価がどう動くかも分からない。

    それでも、

    「今年、配当をいくら受け取ったか」

    という数字だけを大きくすることが目的なら、そんな売買だって理屈の上では考えられる。

    すると、また疑問が出てくる。

    みんなが本当に欲しいのは、「配当金」という数字なのだろうか。

    それとも、

    「持っている資産から、毎年お金が入ってくる状態」

    なのだろうか。

    後者だと考えると、年間配当○万円という目標の意味が少し変わって見える。

    単なる受取額ではなく、

    「この資産が、これくらい暮らしを支えてくれる」

    という安心感まで含まれているのかもしれないにゃ。

    四|オルカンを持つ人は、なぜ年間配当を数えないのかにゃ

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    ここで、にゃあが今回いちばん面白いと思ったところに来る。

    インデックス投資をしている人は、年間配当を目標にすることがあまりない。

    もちろん、投資先の企業は配当を出している。

    でも、再投資型の投資信託なら、それがそのまま現金として投資家の手元に届くわけではない。

    だから、見る数字も変わる。

    資産1000万円。

    2000万円。

    3000万円。

    あるいは、

    毎月5万円積み立てる。

    毎月10万円積み立てる。

    そういう数字が目標になりやすい。

    対して、高配当株を中心に持つ人は、

    年間配当50万円。

    100万円。

    150万円。

    200万円。

    と、入ってくるお金を積み上げていく。

    同じ株式市場に投資しているのに、成果を測る物差しが違うにゃ。

    インデックス投資では、

    「資産そのものがどれくらい育ったか」

    を見る。

    高配当投資では、

    「その資産がどれくらいのお金を生んでくれるか」

    を見る。

    どちらが正しいという話ではない。

    資産総額を見れば安心する人もいる。

    毎年入ってくる金額を見れば安心する人もいる。

    同じ投資でも、何を「成果」と感じるかが違えば、目標にする数字も変わるんだと思うにゃ。

    五|そういえば、にゃあは年間配当を目標にしたことがなかったにゃ

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    ここまで考えていて、ふと自分のことを振り返った。

    にゃあは今、配当金だけで生活費のほとんどを賄っている。

    だから、

    「毎年ある程度のお金が配当として入ってくる安心感」

    はよく分かるにゃ。

    配当が生活と結びつく感覚も分かる。

    今年はいくらくらい入りそうか。

    去年より増えそうか。

    そういう数字も確認している。

    でも、

    「年間配当100万円を目指そう」

    「次は200万円」

    「その次は300万円」

    という形で投資してきた記憶は、ほとんどない。

    年間配当は、にゃあにとって「目標」というより「目安」に近かった。

    会社を見て、

    この会社なら持ってみようと思って買う。

    しばらく持っている。

    増配する会社もある。

    新しく買う会社もある。

    そうしているうちに、結果として年間配当も増えていった。

    順番が逆なんだと思う。

    「年間配当を増やしたいから会社を選ぶ」

    というより、

    「会社を選んで持っていたら、年間配当も増えていた」

    に近いにゃ。

    そして最近、昔の口座記録と今の数字を見比べてみた。

    すると、買い増した金額だけでは説明できないくらい、含み益そのものが大きく増えていた。

    こういうときは、なおさら思う。

    年間配当だけを見ても、投資全体の成果は分からない。

    株価も動く。

    含み益も増えたり減ったりする。

    増配もあれば、減配もある。

    だから年間配当だけを切り取って、

    「今年の投資は成功した」

    とは、にゃあはあまり考えない。

    とはいえ、生活する側から見れば、

    「今年いくら現金が入ってくるのか」

    は、とても大切な数字でもある。

    だから今でも年間配当を見る。

    でも、それを見て、

    「あと○万円増やさなきゃ」

    と思うことは、あまりないにゃ。

    六|100万円を達成すると、なぜ次は200万円になるの?

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    ここまでなら、

    「生活費に使えるから年間配当を目標にする」

    で話は終わる。

    でも、まだ一つ謎が残っているにゃ。

    年間配当100万円を達成した人が、

    「次は150万円」

    と言う。

    150万円になると、

    「次は200万円」

    と言う。

    200万円になれば、

    「次は300万円」

    となることもある。

    あれ?

    最初に必要だった生活費はいくらだったんだろう。

    もちろん、物価も上がる。

    生活も変わる。

    より余裕を持ちたいという気持ちもある。

    だから目標が大きくなること自体がおかしいわけではないにゃ。

    でも、人間にはもう一つ別の性質もある。

    一つの山を登ると、次の山が見える。

    100万円を達成したら、150万円が見える。

    150万円に届けば、今度は200万円。

    その頃には、

    「生活のために必要な配当」

    だったものが、

    「年間配当というスコアを伸ばすこと」

    へ、少しずつ変わっていることもあるのかもしれない。

    それも悪いとは思わない。

    数字が増えていくのを見ること自体が、投資を続ける楽しみになる人もいる。

    ただ、ときどき、

    「そもそも、その配当で何をしたかったんだっけ?」

    と考えてみてもいい。

    年間配当200万円が必要なのか。

    それとも、

    「年間配当200万円を達成した自分」

    になりたいのか。

    同じ200万円でも、意味はずいぶん違うにゃ。

    エピローグ|配当額には、その人の暮らし方が出るのかもしれないにゃ

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    投資仲間の、

    「年間配当200万円を目指している」

    という一言から、ずいぶん遠くまで考えてしまったにゃ。

    最初は単純に不思議だった。

    なぜ資産額ではなく、配当なのか。

    なぜ100万円なのか。

    なぜ200万円なのか。

    でも生活者の側から考えてみると、年間配当という数字は少し違って見える。

    毎月どれくらい入ってくれば安心できるのか。

    仕事以外からどれくらい収入があれば暮らしやすいのか。

    資産を売ることにどれくらい抵抗があるのか。

    そして、そのお金を何に使いたいのか。

    年間配当100万円、200万円という数字の向こうには、その人が思い描いている暮らしがある。

    にゃあ自身は、配当額を目標にしてきたわけではない。

    結果として増えて、今では生活を支えてくれている。

    だから、配当を目標にする人の気持ちも分かる。

    一方で、

    「なぜその数字なの?」

    という疑問も残る。

    その答えは、投資本より、その人の暮らしの中にあるんだと思うにゃ。

    だから今度、

    「年間配当○万円を目指しています」

    という人に会ったら、金額より先に聞いてみたい。

    「その配当で、何をしたいの?」

    その答えを聞いたほうが、利回りや資産額を見るより、その人の投資がずっとよく分かるような気がするにゃ。

    にゃあのしっぽ

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    そういえば、投資仲間にはもう一つ聞いてみたいことがある。

    「年間配当200万円になったら、その次はどうするの?」

    もし、

    「300万円」

    と即答されたら……

    たぶん、にゃあはもう一度聞くにゃ。

    「で、その300万円は何に使うの?」

    投資の話をしていたはずなのに、最後は暮らしの話になる。

    まあ、お金って本来、そのためにあるものなのかもしれないにゃ。

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    九州在住の個人投資家、赤猫福にゃ。noteで寓話や文学を通して株式投資を発信。YouTube『赤猫MUSIC』もゆるく更新中にゃ🐾

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