メインコンテンツへスキップ
見出し画像

三枚のお札(日本昔話)──逃げ道を持つ投資(寓話で読み解く株式投資 #120)

    赤猫福

    プロローグ|ダッシュボードの御朱印

    画像

    今日は朝から、車の掃除をしていた。

    普段あまり触らない場所も
    ついでに片付けてしまおうと思って
    ダッシュボードを開ける。

    すると――

    一枚の紙が出てきた。

    あれ?と思って取り出してみると、
    神社の御朱印だった。

    そういえば、前に神社へ行ったとき、
    御朱印帳を持っていなかったので
    紙でもらったままだった。

    すっかり忘れていたらしい。

    御朱印は、本来は
    参拝した証のようなものだ。

    お守りのような
    守り札とは少し違う。

    それでも、赤い印と墨の文字を見ていると、
    どこか不思議な気持ちになる。

    ただの紙なのに、
    昔から人はこういうものに
    意味を込めてきたのだろう。

    そう思っているうちに、
    ふと昔話を思い出した。

    三枚のお札。

    山寺の小僧が
    山姥に追われる話だ。

    今日はその話を、
    少しだけ思い出してみようと思う。

    相場の世界とも、
    どこか似ている気がするからだ。


    第一章|山の奥の家

    画像

    昔々、ある山寺に小僧がいた。

    ある日、和尚は小僧に言う。

    「山へ行って薪を取ってきなさい」

    小僧は元気よく山へ向かった。

    山は静かだった。

    風が木を揺らし、
    鳥の声が遠くで聞こえる。

    山の奥へ奥へと歩いていくと、
    一軒の古い家が見えてきた。

    戸の前には、
    一人の老婆が立っている。

    「おやおや、小僧さん。
    こんな山の奥まで来たのかい」

    優しそうな声だった。

    「薪を取りに来ました」

    そう答えると、老婆は笑う。

    「それなら、少し休んでいきなさい。
    山の中は危ないよ」

    小僧は家に入る。

    囲炉裏の火が静かに燃えている。

    外はもう夕方だった。

    山の夜は早い。

    「今夜は泊まっていきなさい」

    老婆はそう言った。

    けれど――

    小僧は、
    ふと気づく。

    老婆の目が、
    さっきと少し違うことに。

    その目は、
    まるで獣のように光っていた。

    この老婆は――

    山姥だった。


    第二章|三枚のお札

    画像

    小僧は、囲炉裏の前に座っていた。
    山姥は薪をくべながら、ときどき小僧の方を見る。

    外はもう暗い。
    山の夜は早い。

    「今夜は泊まっていきなさい」

    山姥はそう言った。

    小僧はうなずく。

    けれど、
    囲炉裏の火に照らされた山姥の顔を見たとき、
    小僧は気づいてしまう。

    その目は、
    まるで獣のように光っていた。

    (ここにいてはいけない)

    夜中。

    山姥が眠ったころを見計らって、
    小僧はそっと外へ出る。

    月が出ていた。

    山道を、小僧は走る。

    そのとき、後ろから声が聞こえる。

    「小僧……どこへ行く」

    振り返ると、
    山姥が立っていた。

    小僧は懐を探る。

    山へ出る前に、
    和尚から渡されたものがあった。

    三枚のお札。

    小僧は一枚を後ろへ投げた。

    すると――

    大きな川が現れた。

    山姥は足を止める。

    小僧はさらに走る。

    けれど、山姥は川を越えて
    また追ってくる。

    小僧は二枚目のお札を投げる。

    すると、山いっぱいの火が燃え上がった。

    それでも山姥は追ってくる。

    小僧は最後の一枚を投げた。

    すると、目の前に寺が現れる。

    小僧はその中へ飛び込んだ。

    山姥は寺の中へ入れない。

    こうして小僧は助かった。

    和尚の三枚のお札のおかげで。


    第三章|逃げ道

    画像

    ダッシュボードから出てきた御朱印を、
    机の上に置いたまま眺めていた。

    紙のお札。

    赤い印と、墨の文字。

    ただの紙なのに、
    どこか不思議な重みがある。

    ふと、さっきの昔話を思い出す。

    三枚のお札。

    川になり、
    火になり、
    最後は寺になった。

    小僧は、そのお札で助かった。

    もしあのお札がなかったら――
    小僧はきっと、山姥から逃げられなかった。

    投資の世界にも、
    似た景色がある。

    相場にも、ときどき
    山姥のようなものが現れる。

    暴落。

    予想していなかったニュース。

    企業の破綻。

    金利の急変。

    どれも、
    足音は聞こえない。

    気づいたときには、
    すぐ後ろにいる。

    逃げ道がなければ、
    どこかで捕まる。

    相場の山を歩くなら、
    それはきっと
    珍しいことではない。


    第四章|三枚の守り

    画像

    三枚のお札。

    あの昔話を思い出しながら、
    机の上の御朱印を眺めていた。

    もし投資家にも
    お札のようなものがあるとしたら、
    どんな形になるのだろう。

    たぶん、一枚では足りない。

    小僧も、
    一枚だけでは逃げ切れなかった。

    川を越えても、
    山姥は追ってきた。

    火を越えても、
    まだ追ってきた。

    最後の一枚があって、
    やっと助かった。

    相場の山も、少し似ている。

    一つの守りだけでは、
    足りないことが多い。

    例えば――

    現金。

    これは、
    いちばん分かりやすい守りだ。

    山姥との距離を少しだけ作る、
    川のようなものかもしれない。

    もう一つは、
    分散。

    一つの会社、
    一つの業種、
    一つの国。

    そこにすべてを預けてしまうと、
    山が崩れたとき逃げ場がなくなる。

    分散は、
    被害を広げないための
    火の壁のようなものだ。

    そしてもう一つ。

    撤退する判断。

    どんな投資でも、
    絶対に安全な場所はない。

    だから、ときどき
    走ることも必要になる。

    それはきっと、
    最後に逃げ込む寺のような場所だ。

    三枚のお札。

    現金。
    分散。
    撤退。

    もちろん、
    これが正解というわけではない。

    人によって、
    違うお札を持つ人もいるだろう。

    時間かもしれない。
    大きなポートフォリオかもしれない。

    けれど、相場の山を歩くなら
    何かしらの守りは持っていたほうがいい。

    山姥は、
    ときどき現れるからだ。


    第五章|守りを忘れる理由

    画像

    投資の話になると、
    たいていは「攻め」の話になる。

    どの銘柄が上がるのか。
    どの市場が成長するのか。
    どこに資金を入れるべきか。

    そういう話は、
    たしかに面白い。

    にゃあも嫌いではない。

    けれど、相場を長く見ていると
    少し不思議なことに気づく。

    守りの話は、
    あまり人気がない。

    現金を持つこと。

    分散すること。

    撤退の準備をしておくこと。

    どれも大事だと分かっていても、
    人はつい後回しにしてしまう。

    理由は、
    たぶん単純だ。

    守りを持つということは、
    ときどき全力で走れない
    ということだから。

    現金を持っていれば、
    その分だけ利益のチャンスは減る。

    分散していれば、
    一つの銘柄が大きく上がったときの
    利益は小さくなる。

    守り札は、
    ときどき重い。

    小僧もきっと、三枚のお札を握って
    山を走っていたのだろう。

    けれど――

    その小さな紙が、
    最後には命を守った。

    相場の山も、
    少し似ているのかもしれない。

    静かなときほど、
    守りは目立たない。

    けれど、
    山姥が現れたとき、

    手の中にお札があるかどうかで
    その後の景色は
    大きく変わるのかもしれない。


    第六章|コラム オルカンは守り札?

    画像

    三枚のお札の話を書きながら、
    ふと頭に浮かんだものがある。

    最近よく聞く言葉。

    オルカン。

    全世界株式。

    世界中の企業に
    まとめて投資する仕組みだ。

    この商品を説明するとき、
    よくこんな言葉が使われる。

    分散。
    長期。
    市場全体。

    たしかにそれは、
    一つの守り札なのかもしれない。

    一つの国。
    一つの会社。
    一つの業種。

    そこに集中するよりも、
    世界に広げる。

    それは、山の中で
    道を増やして歩くようなものだ。

    けれど――

    三枚のお札の話を思い出すと、
    少しだけ気になる。

    小僧のお札は、
    一枚ではなかった。

    川。
    火。
    寺。

    三つあった。

    もしオルカンが
    一枚目の守り札だとしたら、

    残りの二枚は
    どこにあるのだろう。

    現金だろうか。

    時間だろうか。

    それとも、
    撤退する判断だろうか。

    正解は分からない。

    ただ一つ思うのは、

    守り札は
    一枚だけでは足りないことが
    多いのかもしれない。

    相場の山は、
    思っているより
    広いから。


    エピローグ|ダッシュボードのお札

    画像

    御朱印帳を開いて、
    さっき見つけた御朱印を貼り直した。

    赤い印と、墨の文字。

    参拝の証。

    ただの紙といえば、
    それだけのものかもしれない。

    けれど昔から人は、
    こういう小さな紙に
    いろいろな意味を込めてきた。

    三枚のお札。

    小僧は、それで助かった。

    相場の世界では、
    紙のお札が川になることも、
    火になることもない。

    それでも――

    守りの知恵というものは、
    今もあまり変わっていないのかもしれない。

    ダッシュボードを閉じる。

    相場の画面は、
    今日も静かに動いている。

    山は静かだ。

    だからこそ、ときどき思う。

    三枚くらいは
    お札を持っておいたほうがいい。

    相場の山を歩くなら、
    なおさらだ。


    にゃあのしっぽ

    画像

    御朱印帳を机の上に置いたまま、
    少し席を外していた。

    戻ってくると、
    猫さんが机の上に登っている。

    何をしているのかと思ったら、
    さっき使ったノリの蓋で遊んでいた。

    ころころ。

    ころころ。

    小さな蓋を前足で転がして、
    机の端まで追いかける。

    そして、
    端まで行くと――

    ぴょん、と棚の上へ。

    猫さんは、
    いつも逃げ道を知っている。

    机の上。
    棚の上。
    ドアの向こう。

    危なくなる前に、
    ちゃんと場所を決めている。

    相場も、
    少し似ているのかもしれない。

    強い投資家というのは、
    たくさん戦う人というより、

    ちゃんと

    逃げ道を持っている人

    なのかもしれないにゃ。

     
     
     
    九州在住の個人投資家、赤猫福にゃ。noteで寓話や文学を通して株式投資を発信。YouTube『赤猫MUSIC』もゆるく更新中にゃ🐾

    あなたへのおすすめ