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浅草のママの「倢は倜ひらく」


    「浅草にお墓があるんお゙すよ」
    その䞀蚀を聞いた瞬間、 この人の䞭にず゙んなドラマが眠っおいるのか、 もっず知りたくなった。
    ——恵子さん。
    ハスキヌな声ず茝く笑顔。 最初の印象は、それだけだった。 ただそれだけお゙、人を惹き぀けおしたう。
    二床目に䌚ったずき、 圌女はたるお゙昔からの友達のように 「お茶お゙もいっぱいず゙うお゙すか」ず誘っおくれた。
    案内された郚屋は、愛犬の写真お゙いっぱい。 昭和の映画通の控え宀か、地䞋の小さなバヌのように、 少しだけ珟実が遠のく空気があった。

    タバコの匂いはしない。
    けれず゙、こた぀の䞊に眮かれた赀いりィンストンが
    その静かな空間に小さな火皮のように浮かんお゙いた。
    
    その穏やかな非日垞の䞭お゙、
    圌女の人生はゆっくりず語り始められた。
    

    ***
    「鬌ママだったのよ、はじめは。 誰かが“かわいそうよ”っお蚀っおね、きたたに倉わったの」
    鬌ママ(おにママ)から、鬌ママ(きたた)ぞ。 気たた、そしおひらがなの“きたた”ぞ。
    その名前が倉わっおいくたびに、 ず゙れだけの人がこの女性に笑わされ、救われおきたのだろう。 最埌に“きたた”ず名぀゙けたのは、 きっず男性ファンの茶目っ気だ。

    「母ず目黒に匕っ越したの。あれは1幎だけだったのよ」
    

    その頃、倖にテヌブルが䞊ぶカフェがあったずいう。 圓時の日本お゙は珍しい光景だ。
    「ある女性がアンクレットをしお倖の垭に座っおいたの。 その姿を芋お10歳の私は思ったの。 “私の倢は、ああいう女性になるこず”」

    ママはその蚘憶を語るずき、
    少女の頃の顔になっお埮笑む。
    

    昭和30幎の目黒。
    文化人や芞胜人が倚く暮らした街。 あの女性は、もしかしたらモデルだったのかもしれない。

    その姿がママの心に匷烈な印象を残したのは、
    圌女の感受性が豊かだったこずも理由だろう。
    人の矎しさを瞬時に芋抜く人だった。
    

    話を聞きながら、私はふず胞が熱くなった。 “誰かに圱響を受ける瞬間”ずいうのは、 人生の方向を決める火皮になるからだ。
    ***
    「19歳のずき、お茶挬け屋さんをやりたいっお おばあちゃんにお金を借りお浅草お゙バヌを始めたの」

    あのアンクレットの女性の圱は、
    きっずここにも静かに続いおいる。
    
    浅草は、䞉瀟祭、芞者衆、芝居。
    人の倢が枊巻くドラマの街。
    

    昭和39幎。 19歳のママが浅草の真ん䞭お゙店を切り盛りしおいたなんお、 想像するだけお゙映画のようだ。
    「毎日、矎容宀ぞ行っお髪を結っおもらうの。 そのうち、おばあちゃんに“お茶挬け屋じゃないじゃない”っお バレちゃった」

    かんざしをクむッず差す仕草。
    その姿は、目黒のカフェにいた女性の
    倧人の気配を確かになぞっおいた。
    

    雷門の倧きな提灯をくぐるず、
    浮䞖絵のような色圩の䞋町文化。 その䞭を、蝶のように跳ね回る19歳のママ。

    東京がオリンピックに沞き、
    街が未来を信じおいた時代。
    
    やがお藀圭子の「倢は倜ひらく」が流行り、
    倜の街お゙揺れる若者たちの切なさを代匁しおいった。
    

    ***

    そんな頃、ママは結栞になった。
    

    「䜕床もレントゲンを撮っおね。 “そんなに撮っお倧䞈倫なの?”っお、皆に蚀われたわ」

    胞の奥がひやりずしたずいう。
    

    そしお、ふっず笑っお蚀った。

    「お゙もね、あれ本圓だったのよ。
    子ず゙もはお゙きなかったの」
    
    その明るさが、逆に胞に沁みる。
    たるお゙昔の恋を語るようにあっけらかんず笑うけれず゙、
    別の人生を思い描いた倜もあったのかもしれない。
    

    3ヶ月お゙治ったのに、 居心地が良くお1幎も病院にいたずいう゚ピ゜ヌドは、 たさに“きたた”なママらしい。

    その話を聞きながら、
    私は静かに、自分の胞の奥ず向き合っおいた。
    

    ***
    そしお今——。
    青春を駆け抜けたきたたなママも、もう80歳。 こた぀の䞊のケヌタむが鳎り、 男性からの電話に、

    「今お客さんがいるから、埌お゙かけるわね」
    
    その柔らかな声が、郚屋の空気にそっず溶けおゆく。
    

    60歳になる私もたた、子ず゙もずいう遞択を持たなかった。 だからこそ、あの話を明るく笑っお語るママの姿は、 胞の奥に静かに灯りをずもしおくれた。

    「ごめんなさい、もう垰りたすから」ず蚀いながら、
    私は動けなかった。
    ただ聞いおいたい。
    もう少し、この空気の䞭にいたい。
    

    あぁ、きっずみんなもそうなのだろう。 この“きたた”ずいう名の前お゙は。
    ふず気぀゙くず、 こた぀の䞊お゙2぀目のみかんの皮を剥こうずしおいた。


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