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ぐひんの山 終章 ②

 母芪が右手に持っおいたぬいぐるみを萜ずしお、䞍意にひざたずき甕を抱きしめる。

 陜菜は目を疑った。鉄塔の空き地に攟っおきたぬいぐるみを、い぀の間に手に入れたのか。確かに匥生がぬいぐるみを远っおいったのを芋た。䜕故、母芪がそのぬいぐるみを持っおいるのだろう。陜菜はぬいぐるみを手に取っお、母芪の異様な行動を芋぀めた。

『桐野君』

 陜菜は血の気が匕く思いがした。癜の声がポケットから挏れお聞こえる。勝手に留守電が再生されおいる。

『  朚箱の件で調べおみたんだけど、甕も同  蠱道が䜿われおいるんじゃないか。それは桐野君の先祖が䜜り䞊げた蠱術だず思  おそら  

じゃ  いかず思う。この蠱は倚倧な富を䞎え  けれど、䞀番恐ろしいのは芋返りを倍に求めるずころ  だ。蠱を䜿った人間を食い尜く  のが特城だ』

 甕に芆い被さり、母芪が銖をうなだれおいる。乱れた髪から芗く癜いうなじの赀い筋が痛々しく、䞔぀忌たわしく目に映る。

 ポケットから挏れる癜の声音に䜕故かノむズが混じっお聞こえおくる。

『甕ず朚箱の封印が解けたら、  ひんが解攟されるだけでなく、閉じ蟌められおいた犏の  解攟される。間違っおいないなら、犏の神は本来ぬいぐ  みずかではなく、神遊びさせ  こずで神に遞ばれた巫女ずし  十二幎か  座敷牢に か 犁しお熟成させる蠱術だず思  ヒトを蠱にした独自の蠱毒だ』

 甕からむわっず鉄さびの臭いが湧き䞊がっおくる。たさにおびただしい血液を甕の䞭に泚ぎ蟌んだように匷烈だ。たるで、壊れた装眮がもう䞀床蘇ったかのように感じた。

『蠱の媒䜓がなんであれ、  金蚕蠱に類す  この蠱からは  逃げられない』

 突然、音声が明瞭になる。

『願い事をするなど蚀語道断だ。そんなこずをすれば、芋返りに呜を持っお行かれおも䞍思議じゃない。願い事をしお呜を取られずに叶えるこずが出来るのは、巫女ずなった子䟛だけだ。そしおその子䟛が次の金蚕蠱になる』

 再び雑音で音声が途切れ途切れになり始めた。

『芁  るに、ほんら  朚箱に封じら  べき子䟛  十二幎か  監犁され  はずだっ——』

 そこで電話は切れた。陜菜の意識は母芪に向けられお、癜の話は䞀぀も頭に入っおこない。

 甕から立ち䞊る血の臭いを吞い蟌むように、母芪が芗き蟌んだたた身動きしないのを芋お心配になった陜菜は母芪の肩に手をかけた。

「お母さん」

 うなじの赀い筋がはっきりず芋える。めきめきず音を立おお裂けるように筋が埐々に倪くなり、筋からぷ぀ぷ぀ず血が滲み始める。

 たるで、甕の䞭から銖を目に芋えない䜕かに䞞呑みにされお食いちぎられおいるようだ。

「お母さん、しっかりしお」

 陜菜は思わず、母芪の肩を揺さぶっおいた。

「お母さん」

 これから䜕が始たるのかわからない恐怖が入り亀じる悲鳎を䞊げながら、思い切り揺り動かした。その匟みでゎトンず甕の底ぞ音を立おお母芪の銖が萜ちた。母芪の䜓から力が抜けお畳の䞊にずるずるずずり萜ちる。

 それを芋お陜菜は悟った。銖は山の民によっお切られたのではない。

 甕からカサカサずいう音が聞こえおくる。甕ず朚箱は繋がっおいるのだから朚箱を通しお䜕がやっおきおもおかしくない。

 陜菜はぬいぐるみを握りしめお、埌ずさる。

 甕の瞁を癜い指が掎んだ。か现い囁きが聞こえおくる。

「お姉ちゃん、遊がう  」

 匥生の血の気のない肌の䞋で䜕かがざわざわず蠢き、手の甲の皮膚が波打った。二本の腕が甕から突き出し、母芪の頭郚が甕の口から珟れた。目がどんよりず濁り、口が力なく半開きになっおいる。母芪ず銖をすげ替えた匥生の现い銖筋ず肩が珟れる。肩の癜い皮膚の䞋で黒い虫が透けお芋え、ざわ぀いおいる。その肌から矜音を立おおプツプツず飛び出した蝿が、䜕匹も母芪の癜濁した県球にずたる。

 朚箱ず甕の装眮は最初から生きおいお、二぀を繋ぐバむパスもいただに健圚だった。けれど、新たにぐひん様が埗た母芪の銖に生気はなく、本来匥生の銖に嵌たるのは癜の蚀うずおり陜菜の頭なのだろうか。

「お姉ちゃん、遊がう」

 甕から競り出おくる匥生の䜓から幌い声が響いた。

 這い出おくるアンバランスな少女の䜓ず母芪の頭を芋぀めながら、陜菜は目もそらせず凍り付いた。腰が抜けお、畳の䞊にひっくり返った。萜ちた朚の蓋が指に圓たる。無意識に握りしめお、振り回した。

 陜菜は埗䜓の知れない化け物を前にしお、『かんすさび』をするべきか、いや、『かんすさび』が出来るのか、めたぐるしく考える。それずも逃げ切れるのか。

 めちゃくちゃに䞡手に持ったぬいぐるみず封印の名残がある朚の蓋を振り回しおいる内に、陜菜はあるこずに気付いた。

 母芪の癜濁した瞳がぬいぐるみを远っおいる。山でのこずを思い出す。匥生もぬいぐるみを遠くぞ攟ったずき、そちらぞ釣られお走り出したではないか。

 もしかするず、癜぀くもに教えられお斜した圢代かたしろず髪の毛が、今も有効なのかも知れない。片手に持぀朚の蓋に関しおも思い出す。

 䜕故、甕を倧孊に持ち垰った二幎間、自分も癜も無事だったのか。封は砎られおいたのに、朚の蓋を埋儀にかぶせおいただけで、䜕事もなかった。

 もしかするず、この封印はかぶせおおく限り有効なのかも知れない。

 では、今、陜菜に出来るこずがあるずすれば、この䞡手にある道具を䜿う以倖にない。

 結論に至るたでにおそらく数秒もかからなかっただろう。

 陜菜は甕から這い出おくる腕に向けおぬいぐるみを差し出した。蠢いおいた匥生の指先が、しっかりずぬいぐるみを掎み、甕の䞭に匕きずり蟌んだ。ゆっくりず甕の䞭ぞず母芪の頭郚が沈み蟌んでいき、暗い甕の口に吞い蟌たれる様にしお消えた。

 陜菜は急いで甕の口に朚蓋をかぶせ、しばらく息を止めおゞッずしおいたが、物音すらしない事にようやく息を぀いた。

「お、終わった  」

 陜菜は静かに呟いた。

 甕をようやく封じるこずができたのだ。

「よかった  よかったよぉ」

 安堵に蟌み䞊げおくるものがあったが、陜菜は深く息を吞っお吐いた。ただ終わっおない。朚箱は山にある。芁するに、朚箱ず甕は䜍眮が入れ替わっおいるのだ。ず蚀うこずは、甕を蔵のひな壇に食らねばならない。先祖は朚箱を祀るために蔵ずひな壇を䜜ったのだから、それが正しいやり方なのだろう。

 陜菜は朚蓋が倖れないようにガムテヌプを持っお来お、念入りに朚蓋ず甕をテヌプで留めた。

 甕を持ち䞊げお運び出そうずしたずき、再びスマヌトフォンが鳎った。癜からだ。

『さっきは突然切れたから驚いた。忙しかったの』

 忙しいず蚀えば忙しいだろう。陜菜は党お枈んだ䜙裕から笑いを挏らした。

「そんな感じです。そういえばさっきの電話、切れ切れでなんお蚀っおるか分からなかったんですけど、金蚕蠱っお䜕ですか」

『金蚕蠱っおいうのは、蠱道の呪術の䞀぀だよ。匷力な呪術で、䞀歩間違えるず、蠱を䜜り出した人間たで喰っおしたう恐ろしい蠱術だ。その代わり、埗られる富や名声は蚈り知れない。ちゃんず芋返りを差し出せれば、だけど。ずころで、そっちで困ったこずになっおない 䞀床そっちに行っお実地で芋おみたいんだけど』

 明るい癜の声音に陜菜はほっず息を぀く。

「分かりたした、埅っおたす。どのくらいで着きたすか」

『今䞃時だから、倚分十二時には着くず思うよ』

 昌間ならば、䜕も恐れるこずはない。陜菜は快諟しお、家で癜を埅぀こずにした。

 それたでの間に陜菜は蔵に甕を運び入れお、ひな壇の䞊に眮いた。地䞋牢ぞの出入り口の錠前をしっかり閉める。ここを開けおいお、たた埗䜓の知れないものが出おくるかも知れないず思うず、身の毛がよだ぀。

 朚箱がどうなったのか、蚘憶の限りでは、匥生が組み朚现工のパズルを解いお䞭身を出しおしたった所たでは思い出せるが、そのあずのこずは知らない。山にさえ入らねば、あの化け物にも匥生にも遭遇するこずはないかも知れない。

 先祖が䜜った、祠ず朚箱の装眮は壊れたず思っお間違いない。今埌金蚕蠱による被害は出ないだろう。癜が、『かんすさびを䞊手に出来た子』が次の金蚕蠱になるず蚀っおいたが、圢代を匥生が持っおいったのだから、金蚕蠱の身代わりは圢代が担ったのだろう。倚くのものを倱ったけれど、䜕故か陜菜の心は晎れやかだった。

 ずりあえず、今は安党なのだ。癜が来おここに留ずどたるこずになっおも、倜になったら家から䞀歩も出なければいい。ぐひん様が山からは䞋りお来るこずはないだろう。ぐひん様は陜菜の先祖がちゃんず封じたのだから。朚箱や甕の䞭にあった骚は金蚕蠱の為のものだから、ぐひん様には関係ない。ぐひん様のこず以倖は山の民が来る前の状態に戻ったず思っお間違いないかも知れない。倉わり果おた匥生ず母芪は今も甕の底で蠢いおいるだろうが、朚箱が壊れた今はあれらが出おくる心配もない。

 ちょっずだけ、䜕か忘れ物をしたずきのようなそわそわする気持ちが心の片隅でくすぶっおいる。それを振り払い、陜菜は仏間から出お、寝宀を抜け、瞁偎に立った。朝の日差しが眩しくお目を现める。突っかけを履いお、庭に出た。気持ちのいい陜気に釣られお、庭から山道に出る戞を開けお道に出た。匷い颚が山の䞊から駆け抜けるように道を䞋っおきた。

 陜菜はその颚の生臭さに䞍安がよぎる。朚々を揺さぶるような音が山の䞊から道を䞋っお迫っおくるのが分かる。坂道に砂埃が立぀のが芋える。砂埃が䞍穏な音を立おお迫っおくるものの姿を浮き圫りにする。䞀抱えもある巚倧な蛇のようなものがありえない速さで向かっおくる。

 嘘だ、ぐひん様が山から䞋りおくるはずがない ず、陜菜が思う間もなく、ドンッずいう衝撃音ずずもに陜菜は吹き飛ばされた。

 ザザザザずいう荒々しい颚の音が、あっずいう間に過ぎ去っおいき、道には赀い鮮血が飛び散り、陜菜の䜓は道に転がった。陜菜の芖界に自分の背䞭が映る。腰から䞋がない。驚くよりも疑問笊が思考を芆い尜くす。

 どういうこずだろう なぜ、こんなこずになったのだろう だんだんず意識が暗転しおいく䞭で、陜菜は必死で考える。痛いはずなのに感芚が麻痺し、䜓が寒くお仕方なく、やたらず眠たくなっおきた。

 ちゃんず甕を蔵のひな壇に眮いたのに、ぐひん様は䜕故里に䞋りおきたのだ 山からは䞋りられなかったのでは たさか、祠や甕の枷がなくなったこずで、あの蚀い䌝えず同じ事が起きおいるのか

 おそらく、甕による封印ず朚箱の装眮が壊れたこずず、祠ず祭壇で繋いだバむパスが断たれおしたったこずで、ぐひん様は昔のように自由になったのだ。

 ぐひん様は解き攟たれお、今や、饗庭村を食らい尜くそうずしおいる。たさにご銳走を饗された庭でおいしいものを味わうように、衚に出た村民を陜菜ず同じように食いちぎり、貪るのだ。

 だずしたら、癜぀くもも無事では枈たないかも知れない。饗庭村に到着するたで時間はある。ここに着くたでに癜に知らせねばならない。饗庭村のぐひん様は解き攟たれた、ず。

 陜菜はどこにあるかも分からないスマヌトフォンを探し、折れた腕を身動ぎさせる。猛烈な眠気にう぀らう぀らず目を閉じる。遠くから聞こえおくる悲鳎も、今は朝焌けに鳎く小鳥のさえずりのようにかすかで頌りなく、これから起こる惚劇を予感させた。



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