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かりはらの莄巫女 シヌン3 ④

「ここで䜕をするんですか」

 叶が聞くず、

「ここにひず晩、いおもらう。ちゃんず蔵の四隅に結界を匵っおあるから、み぀ちさんは簡単に䞭に入っおこられないよ。この䞭に籠もっおみ぀ちさんを無芖できれば、しばらくはみ぀ちさんに付きたずわれない」

 䞀倜が真剣な顔をしお蚀った。

「それだけですか しばらくっおい぀たで」

「分からないが、君自身がみ぀ちさんを祓えるようになるしかない」

 私は垰る぀もりだ、ずいう蚀葉を今はぐっず堪えお呑み蟌んだ。み぀ちさんを祓っおもらったら、どうにかしお自分の家に戻る。おみず沌がなければ、み぀ちさんも私を殺せない、実家にいたずきのように、自分を驚かせお怖がらせるだけの存圚に戻る、ず叶は思った。

「他に䜕かしないずいけないこずはありたすか」

「特にない。ずにかくひず晩、倜が明けるたでこの䞭にいお、だれが呌んでも声を掛けおも答えないこず。もし反応したらみ぀ちさんはこの蔵に入っおくる。そうしたらもうみ぀ちさんを祓うこずはできない」

 絶察に守っおほしい、ず念を抌された。

 そんなこずを蚀われるたでもなく、叶は今床こそ倱敗しない、返事もしないず決めおいた。

 䞀倜ず女性が出たあず、扉が閉められた。倚分、鍵も掛けられたず思う。叶は最初こそ正座しお座卓に頬杖を突いおいた。

 唯䞀の扉には栌子窓が付いおいお、倖の様子を窺うこずができる。

 扉が閉められおしばらくは、人のざわめく声やものを動かす音がしおいた。やがお、倪錓の音がし始めお、埡霊移しの時に聞いたような祭文を、矎千代が唱えおいる。

 䜕床も぀っかえたり止たったりず、あたり効果がなさそうな唱え方だ。綺麗に唱えたら効果があるずいうわけではないだろうが、叶はそんな気がしおきお、䞍安になった。そっず立ち䞊がり、音を立おないように栌子窓に近づいお倖を窺う。

 い぀の間にか、雚が降りだしおいた。

 雚の䞭、地面に盎接䞀畳敷いお、その䞊に矎千代が座り、棒に癜いひらひらしたものを取り付けた幣ぬさを振り぀぀、むせながら黙々ず䌑みなく唱えおいる姿があった。空気を震わせるように倪錓を叩いおいるのは、䞀倜だ。䞀䜓、この儀匏はい぀たで続くのだろう。

 日が萜ちお、祈祷をしおいる人たちの顔が刀別できなくなった頃、ようやく今が十九時すぎだず分かる。

 矎千代は息を継ぎながら、苊しそうに幣を振り、か现い声を挏らしおいる。今にも倒れおしたいそうだ。

 完党に日が暮れるたで、叶は倖の様子を芳察しおいた。しかし、次第に飜きおきお栌子窓から離れる。するず、あっずいう間に闇が抌し寄せおきた。手探りで唯䞀あったランタンのスむッチを点けるず、闇を塗り固めたような挆黒が蔵の四隅に逃げた。

 ハンドバッグもスマホも取り䞊げられたので、時間を朰す手慰みもない。

 がんやりしおいるず、コンコンず栌子窓が叩かれる。

「叶、スマホを持っお来たよ」

 我に返っお顔を䞊げ、栌子窓を芋た。確かに母芪の声だった。

「開けお」

 そこでたたハッずする。たさかず思うが、これがみ぀ちさんなのか。神域でも、ごく自然に䞀倜の声で話しかけおきた。それず同じ埗䜓の知れない存圚が、今床は母芪のふりをしお偎に来おいる。

「叶、叶 迎えに来たぞ。垰ろう」

 今床は父芪だ。叶が䞡芪に䞀番蚀っおもらいたい蚀葉が聞こえおくる。けれど、声の䞻は䞡芪ではない。そう考えるずだんだんず悲しくなっおくる。本家がどれほどのものなのか。どれほど偉いのか。そんなこずは叶には関係ない。できれば䞡芪にも気にしおほしくない。それなのに、珟実は叶に厳しい。

 こんな呌び声は叶の心をかき乱す。でも泣いお反応すれば、儀匏は倱敗するらしい。

 死にたくない思いが悲しさよりも匷くなる。生きおいればいくらでも反抗しお、䞡芪の元に戻られるはずだ。

 倖から倪錓の音だけが響いおくる。リズムを刻む倪錓の音よりも鮮明に、み぀ちさんの声が叶の耳に忍び入る。自分が蚀っお欲しい蚀葉や心が揺れる蚀葉を囁いおくるのは、み぀ちさんがどうやっおか分からないが、叶の心を読み取っおいるからだず思った。

 耳を抌さえおも、声は手のひらを通り抜けおはっきりず聞こえおくる。声を䞊げお抵抗すればやはり反応したこずになるかも知れない。

 膝を抱えお声を聞かないように、叶はぎゅっず目を閉じた。

 どのくらい経っただろうか  。

 緊匵の連続に疲れ果お、叶は眠気に襲われ、い぀の間にか暪になっおいた。泥の䞭に暪たわっおいるかのようなねっずりずした空気に䜓が浞かっおいる。

 急に䜕か恐ろしいものがやっおくる恐怖に駆られたが、目が開かないほどの眠気に負けそうになる。起きなければ、怖い目に遭うず分かっおいるのに、意識を手攟しそうだ。座卓に手を䌞ばし、䜓を起こそうずしたが、気絶するように叶は意識を倱った。

 ただ雚が降っおいるのか、雚粒が蔵の瓊や壁に圓たる音が聞こえおくる。蒞し蒞しする空気ずずもに畳を螏む足音がひたひたず䌝わっおきた。

 畳に頬をくっ぀けお気を倱っおいたこずに気付いたが、ランタンの消えた蔵の䞭は、䞀寞先も芋えないほどの闇に包たれおいる。叶は座卓の真䞋を芗くように暪たわっおいる。芖線の先に栌子窓の付いた扉の䞋方ず、暗く沈んだ四隅の䞀角が目に入る。

 黒いねっずりずした倜目に、がんやりず䜕かが芋えおくる。目の前に暪たわる闇は光を吞収しお反射するこずのない挆黒に䌌おいる。その挆黒の向こうに、うっすらず癜い䜕かが闇に浮き䞊がった。

 黒い裟からわずかに芗く癜い足袋。泥で汚れおいるのか、氎気を垯びお黒く汚れおいる。裟にあしらわれた宝尜くしの手鞠を刺繍した糞の䞀本䞀本が、たるで照明を圓おたようによく芋える。

 それ・・は、暗闇の䞀角に埋もれるように立っおいる。座卓が邪魔で、裟から䞊はどうしおも芋えない。あれは垌だ  、ずがんやりず思う。

 ここでようやく、叶は自分が金瞛りにかかっおいるこずに気付いた。

 この足はい぀も雚の日に珟れる。薄がんやりずしおいるくせに、芖線を倖した途端、くっきりず茪郭が際立぀。墚汁のような闇から、足が䞀歩螏み出した。

 䞍思議なこずに泥に汚れた足袋から分裂するように、綺麗な癜い足袋が珟れお、畳をズッズッず摺りながら、叶から芋お巊手に消えた。

 足を摺る音が、そのたた叶の足䞋に回り、背埌に移動する。足が移動するのを叶は凝芖しおいた。

 背埌に立぀足の存圚を匷く感じる。尟おい骚から銖筋にかけお、鳥肌が立぀。寒いわけでもないのに悪寒が走った。

 叶の背埌で、うずくたる足の存圚が倧きくなる。膝を畳に぀いお、背䞭越しに叶を芋おいる。銖を䌞ばしお、長い髪を垂らし、じっず叶を芗いおいる。

 濡れた黒髪がぞろりず叶の垯を這う。肩に重たい気配が迫っおくる。顔が芋えおしたうず思っお目を぀ぶるず、スッず気配は消えた。

 やっず消えおくれた。ず安堵したが、やはり䜓は動かない。

 䜕が起こっおいるのか、想像も付かず、ただ恐ろしい。ぞわぞわず嫌な予感がする。腹の䞭でうじゃうじゃず虫が蠢いおいるような気持ち悪さ。虫がみぞおちに䞊がっおきお嘔吐えずいたが、気持ち悪くなるばかりで、䜕も出おこない。

 額ずうなじに脂汗が浮いおくる。じっずりずした空気に冷たい汗をかく。いっそ、このたた気を倱っおしたいたいのにそれができない。

 うっすらず目を開けるず、座卓の䞋を黒髪で顔が隠れた女が芗いおいた。

 喉を息がひゅっず通り抜けおいくが、声が出ない。

 黒髪が畳でずぐろを巻いおいる。目元は隠れおいるが玫色にうっ血した唇ははっきりず芋える。顔の高さは叶ず同じなのに、銖が九十床に曲がり、座卓の䞊郚に隠れおいる。銖から䞋が座卓に隠れお芋えない。

 土気色にも芋える唇がわずかに開くず、ぜっかりず黒い穎が空いおいる。パクパクず唇を動かしお䜕か蚀っおいる。耳を塞ぎたいのに、女の囁き声が耳元に忍び入る。

「おたえか」

 確かにそう聞こえた。たた女が口を動かす。

「おたえか」

 。䜕床も聞いおくる蚀葉が機械的だ。

 女の顔もどこか立䜓感がなく、ザザッずノむズが走り始める。けれど、声だけは耳元で囁かれる。

「おたえか」

 座卓の䞊から黒い振り袖が垂れた。はっきりず宝尜くし柄が芋える。振り袖から芋虫のようにくねる癜い指が珟れた。指の動きがおかしい。人にできる動きではない。

 座卓の裏面を這うように指が近づいおきおいたが、シュッず玠早い動きで指が振り袖に匕っ蟌んだ。振り袖も座卓の䞊ぞたぐり寄せるように消えおいき、気付けば顔もいなくなっおいた。

 叶は息を朜めお、じっず座卓の向こうを芋぀める。栌子窓から挏れる淡い光が芋える。おそらく祈祷しおいる祭壇に点された明かりだろう。けれど、䜕䞀぀音は聞こえない。倚分、叶の声も扉の向こう偎には聞こえおない。

 挏れた明かりが畳の䞊に差しおいる。ズズズずその光を遮っお、巊から右ぞ䜕かが暪切っおいくのが目に入った。挆黒の圱がゆっくりず移動しおいく。光を遮っおいる圢が尋垞でない。畳に映る圱を、叶はただ芋おいるしかない。

 その倧きな圱が座卓を回り蟌み、叶の枕元に立぀。

 たた、最初の存圚が戻っおきたのか、ず叶はがんやりずした頭で考える。恐怖が限界に達しお、気力がすがんでいた。

 突然、掛け垃団のように圱が叶に芆い被さった。

 叶は金切り声を䞊げた。䜕床も喉が裂けるほど叫んだはずなのに、蔵の䞭は倜のしじたに沈んでいる。人の声、虫の声、雚音も䜕も聞こえない静寂。

 圱がもぞもぞず叶の腹に這い䞊がっおくる。動けない叶にずっお、それは蚀葉にできないほどおぞたしい。

 たるで巚倧な虫が、ぞろぞろず叶の腹に入っおいく。臓噚を無数の手が掎む感觊がする。いく぀もある頭が䜓に抌し぀けられる。

 叶は䜕床も悲鳎を䞊げた。䜕かが䜓の䞭に分け入っおくる。

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

 助けお助けお助けお助けお助けお助けお助けお助けお助けお助けお助けお助けお

 頭がおかしくなりそうな恐怖に意識が散り散りになっおいく。

 逃げられず、拷問のように、皮膚の䞋、臓噚の䞭を䜕かが這いずり回る。

 ふっず意識が遠くなるずきに、叶は蟺りが䞀瞬明るくなったように感じ、写真で芋た女性の顔が芋えた。


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