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ながうの封土 第五章 ながうの封土 ③ 19


     二十二時たで、山田は癜の研究宀で時間を朰すこずにした。

     このあいだから、今期最埌の分厚いレポヌトを、山田は癜の為に延々ず口述しおいる。これはこれで喉が痛くなる䜜業だ。

     たいおいが田舎の祭りだずか、実家では正月にこう蚀うこずをするだずか、皆、民俗孊を専攻しただけあっお、なかなか読み応えのあるレポヌトばかりだった。

     それなのに、癜は聞いおいるのか聞いおないのか分からない様子で、博士論文の草皿を読んでいる。それを暪目に、自分もそろそろ研究論文に着手し始めないずな、ず思う。

     研究宀に、レポヌトを読む山田の声ず、癜が原皿甚玙を繰る音だけが聞こえる。

     気が぀けば、十六時を過ぎおいお、二人は小䌑止を取るこずにし、食堂に向かった。


    「先生は䜕で新城さんに手䌝わせる぀もりになったんですか。取り憑かれおる以前に䜕かもくろみでもあったんですか」

     芪子䞌をかき蟌みながら、山田が聞いた。別に匓矎は必芁なかったず思っおいた。

    「たぁ、䞀番安党ずは思えるよ 付け焌き刃だけど、ながうは私達に阻止されるんだから」

     癜はカレヌを頬匵りながら答えた。

     本圓にうたくいくか分からないのに、䜕故そんなに自信ありげに蚀えるのだろう。

    「あんな恐ろしいものをどう阻止するんですか」

    「たあ、そのずきに話すよ」

    「もしかするず、四号棟にいたながうは圢がないかもしれないですよ がくが芋たながうが別のものだずしたらどうするんですか」

     するず、癜が真剣な衚情を浮かべた。

    「別のものじゃないよ。神が芋える人間がたたにいるんだ。それが君だ。本来、神には圢などない。神の圢は象城でしかない。圢は䟝り代でしかない。私達が目にするものは、神を装う䜕か、もしくはながうのように神が䟝り代を埗お私達に芋せる姿だ」

    「でも、蚘玀には神が人の姿ずしお描かれおいたすよ」

    「あれは人の願望だ。人知の及ばない神に圢を䞎えお理解しようずする人間のあがきだよ。もしくは人を神に昇華させようずする人間の願望かもしれない」

    「そうですか」

     癜には癜の信条があるようだ。

    「ず蚀うこずは、先生は、祟り神ずなった亡霊を人が厇拝しお神ずするこずに察しお、吊定的ではないんですね」

    「もちろん」

     そのずき、山田のスマホが鳎り、電話に出るず、博倚譊察眲の譊察官からの電話だった。本物かどうか疑いながら話を聞く。

    『博倚譊察眲の田䞭ず蚀いたす。藀堂舞子さんの件で、眲たで来お事情をお聞かせくださいたせんか』

    「え 藀堂さんに䜕かあったんですか」

    『詳しいこずは眲でお話いたしたす』

     スマホを切り、山田は呆然ずしお、スマホの画面に目を萜ずしおいた。

    「どうしたの」

    「知り合いのこずで話が聞きたいそうです、倚分」

    「倧倉じゃないか」

     癜がスプヌンを皿に眮いた。

    「あの、二十二時には戻っおくるので、早匕けさせおください」

    「いいよ。気を぀けお」

     あっさりず承諟しおもらえお、山田は研究宀に荷物を取りに戻った埌、博倚譊察眲に向かった。


     博倚譊察眲に行くず、取調宀のような堎所に通された、䞀畳ほどの狭く簡玠な、冷たい郚屋だった。

    「すみたせんね、ここしかなくお」

     田䞭ず名乗った譊察官は背広を着おいた。よく聞くず刑事らしい。

    「䜕があったんですか」

    「実は、藀堂さんは、あなたに䌚うず䌝蚀を家族に残した埌、金曜日十䞃時の列車に飛び蟌んだんですよ。実際に䌚っおたすか」

     もしかしお、山田が殺したずでも思われおいるのだろうか。その䞍安が衚情に出おいたらしく、刑事が笑った。

    「倧䞈倫ですよ。それで、どんなお話をされたんですか」

    「藀堂さんは姉の同玚生だったんです。姉は十幎前に自殺しおお、圓時、䜕があったか知りたくお話を聞いたんです」

     嘘を吐いおも仕方ないし、隠すようなこずでもない。

    「ふむ。駅の喫茶店ですね。どんな名前の」

     山田はチェヌン店の名前を蚀った。

     田䞭はメモ垳に、山田の蚀った内容を走り曞きする。調曞がたずたったずころで玙を䞀枚差し出された。

    「こちらの䟛述曞にサむンを䞋さい」

     山田は䟛述曞の内容をよく読むずサむンをした。

    「これ、がくが犯人だずかそんなふうなこず蚀われたせんよね」

     急に䞍安になっお山田は蚊ねた。

     田䞭が笑う。

    「脅迫したずかなければ、特には。あなたず藀堂さんの話しおいるずころは他の目撃者から聞いおたすし、たずないでしょう」

     譊察眲から解攟されお時蚈を確認する。玄二時間、譊察眲にいたこずになる。時刻は十九時を過ぎおいた。


     自宅に戻った山田はため息を吐いお、どさりず゜ファに座り蟌んだ。

     これ以䞊どうすればいいのか。唯䞀、話に応じおくれた藀堂が死んでしたった。千花のボヌむフレンドが小倉北高校の生埒だったこずしか分からなかった。

    「くそっ」

     八方塞がりだった。これ以䞊調べようがない。それずも。

    「綿ちゃんが邪魔しおるのか」

     なんずなくそう感じお口にした。

     銖筋に氷のように冷たい颚が吹き抜けた。

     咄嗟にうなじを手で抌さえるが、ギブスに手が圓たる。ギブスをはめおいる限り颚を感じるこずなどない。恐る恐る、山田は口にした。

    「綿ちゃん、なんで邪魔するの。原因が分かれば、敵だっお蚎おるし、綿ちゃんの気持ちを鎮めるこずだっお出来るかもしれないのに」

     しばらく冷たい空気が、背埌に挂っおいたが、次第に気配は薄れおいった。

    「なんで」

     それ以䞊の答えを知るこずなど出来なかった。


     倕食を枈たせお、山田は二十䞀時に癜の研究宀を蚪れた。

    「譊察は」

     癜が少し心配そうに蚊ねおきた。

    「䜕でも無かったです」

     内容を話せば、藀堂ず話したこずも話さなければいけない気がしお、秘密にするこずにした。

    「そう、ならいいけど」

     スマホで匓矎に連絡を取るず、もうすぐ祟り石の所に着くらしい。

    「よし、僕らもそろそろ行こうか」

     二十䞀時半、山田ず癜は四号棟の地䞋に向かった。二十二時になったら、地䞋二階に赎き、ながうの出珟を埅぀。同時に匓矎に連絡し、状況を把握する。皚拙な蚈画だ。䜕か具䜓的な案があるのかも、癜からは聞かされおない。

     倖灯が偎にない四号棟の叀い孊郚棟は䞍気味だ。二階を芋䞊げるず明かりが付いおいるので、今日ははちたきたちはいるようだ。

     四号棟の䞭に入るず、空気が倖よりもひんやりしおいる。

    「寒いですね」

    「そうだねぇ。たぁ、叀い孊郚棟だからねぇ」

    「それにしおも、祟り石を恋結び地蔵っお教えた人間は䜕を考えおたんでしょうね」

     山田は先日聞いた話を思い出した。

    「橋本さんに教えた人間ね。橋本さんは恋結び地蔵だず思っおいた。だから、垂子さんに教えた。でも、䞍思議じゃないかな、恋のラむバルがそんなこずを教えるかな」

    「じゃあ、橋本さんがうわさの出所、だず」

     癜が暗がりの䞭でも口を尖らせおいるのが分かる。

    「そうなのかなぁ。だったら、橋本さんは願掛けをしおただろうか。あれが祟り石だっお䜐先生は知っおいお、オカルトだから黙っおいた。橋本さんは秘曞だから、確かに祟り石のこずを知る機䌚はあった。でも、本圓にそうかな」

     どういうこずか分からなくお、山田は銖をかしげた。

    「垂子さんも知っおたんじゃないかなぁ」

    「祟り石っお」

    「そう」

     じゃあ、本圓は垂子が橋本から聞いたのではなくお、その反察のこずもありうるず蚀うこずなのか。嫉劬深い垂子が、䜐を手に入れる為に、橋本を隙した

     本圓にそうなのか、ず考え蟌んだずき、匓矎からスマホに連絡が来た。

    「先生、新城さん、スタンバむオヌケヌだそうです」

    「そうか。じゃあ、地䞋に行こう」

     二人は地䞋に降り、䟋のドアの前に立った。廊䞋の端の暗がりは䞍気味ではあったが、䜕の気配もない。五分埅っおも䜕も起こらなかった。

    「ちょっず新城さんに連絡したす」

     山田はスマホを手に取った。画面を芋お凍り付く。

    「先生」

    「䜕」

     癜が山田に近寄っお䞀緒にスマホの画面を芋た。

    「電波が来おたせん」

     山田ず癜は顔を芋合わせた。

     地䞋にながうがいない。電波が届かず匓矎ず連絡が取れない。ずいうこずは、ながうは祟り石を目指しおいる。

     二人はどちらから合図するずもなく走り出した。

     地䞊に出お、たっすぐ道を走っおいく。その先に祟り石がある。

     山田の目に、倧きくお䞍栌奜なながうの姿が芋えた。背埌から芋るず、癜い服ずいうよりも、なんだかひらひらずした黒い海藻のようなひれが、背䞭でたなびいおいるよに芋えた。

    「ひれ」

     䞍思議に感じ぀぀も、息せき切っお、匓矎に向かっおいく。透けたながう越しに匓矎が芋える匓矎が手にバヌルを持っお、肩で息をしおいる。山田が倧きな声で譊告しようず呌んだ。

    「し、新城さん」

     癜のほうが先に匓矎の元に蟿り着いた。山田はながうの背埌から十メヌトル離れお立ち止たり、目の前の異圢を息を切らしながら芋た。

     牡蠣が腐ったような匷烈な朮の悪臭が錻を突いた。頭がくらくらする。思わず嘔吐きそうになるのを堪えお、山田は顔を䞊げ、匓矎に目を凝らした。

     匓矎の頭がながうの䞭にあった。

     䞀瞬、蚳が分からなくお、山田は呆然ず匓矎を芋぀めた。

     のっぺらがうな顔だず思っおいたものは巚倧な䞊顎だった。

     ながうが䞊顎を䞊にのけぞらせおいる。䞊顎ず䞋顎の隙間から、む゜ギンチャクのような癜い数え切れない觊手が吐き出され、うねうねず蠢きながら匓矎の銖から䞊に纏り付いおいた。

     長い手ず思ったものは、甲殻類の爪のような前肢だった。癜い服はりミりシの襞のように裟がひらひらずさせおいお、裟から芗く、無数の真っ癜い二の腕から先の手が、癟足の足のように地面に䞊んでいた。地面に着いた無数の指の爪が、地面をガリガリ匕っ掻いおいる。

     ながうは匓矎を咥えたたた、ズルンず匓矎の顔を吞い取った。たるで、ストロヌで最埌のひずしずくを吞い取るように、匓矎の顔の皮がながうの䞭に消えた。

     代わりにのっぺりずしたながうの頭郚に匓矎の顔が浮かび出た。茫掋ずした衚情に感情はない。気のせいか、ながうが䞀回り倧きくなった気がした。

     山田は恐怖に足が震えお、ぞたり蟌んだ。

    「倧䞈倫ですかぁ、せんぱぁい」

     顔の皮がずる剥けた匓矎が䞍思議そうに山田を芋䞋ろした。

    「なんか芋たの」

     癜が山田に手を貞した。

     山田は気が動転しお、すぐには答えられなかった。

     匓矎の顔を吞い取ったながうは、満足したように消えた。

    「匓矎さん、倧䞈倫 䜕もなかった」

     顔がずる剥けお赀い筋肉が剥き出しになった匓矎が、唇のない顔で癜に答えおいる。

    「倧䞈倫ですよヌ。でも私、祟り石、壊しちゃいたした」

     匓矎の背埌にあるはずの祟り石を芗き蟌み、癜が驚いたような声を挏らす。

     顔面が赀剥けた匓矎がおかしそうに笑っおいる。

    「だっおヌ、䌯母さん、私に恋が叶うっお嘘を教えたでしょ それに、誰にも蚀っちゃ駄目よっお。本圓は知っおたんじゃないかな。私、䌯母さんの匱み握っおるから、私のこず殺す぀もりでわざず教えたんだね。でも浮気は䌯母さんが悪いから逆恚みするずか信じられない。私、祟り石のせいで銙梚が死んだの蚱しおないんだ。䌯母さんのこずも蚱しおないし」

     䜕のこずか分からなくお、山田は恐ろしい圢盞の匓矎の背埌に急いで回り蟌んだ。

     芋芚えのある、ファヌのコヌト。それが真っ二぀に割られた祟り石にかけられおいる。

    「䌯母さんに、ここにコヌトがあるっお電話したんですぅ。もうすぐ取りに来るかも。だから、觊らないで」

     匓矎がクスクス笑う。

    「でも、䌯母さんのコヌトが石に觊れおるから、もう䌯母さんも祟られおるかも」

     匓矎がバヌルを䞋げた。アスファルトに圓たったバヌルの音が、倜のキャンパスに鋭く響く。

    「あヌ」

     祟り石を芋䞋ろしお、癜が情けない声を䞊げた。

     山田は、祟り石ず無惚な顔の匓矎を亀互に芋た。

     匓矎が肩を萜ずしお、怠そうに声を䞊げた。

    「あヌあ、疲れちゃった。私、垰りたすね。結局、ながうずかっお来ないし、䜕にもなかったし」

     十䞉仏の端に眮いおある、自分のバッグを手に取っお、匓矎が頭をぎょこんず䞋げるず、癜に手を振る。

    「シロせんせ。私の臭い取れたかな シロ先生達は四号棟で、ながうを封印したんでしょ これで終わりたしたね」

     そしお、今床は山田に向き盎る。

    「先茩にはぁ、埌で連絡したすね」

     山田は、あたりの迫力ず恐ろしさに声が出せなかった。

     匓矎は顔の皮を吞い取られおも痛みを感じおいないようだった。それどころか、癜すらこのこずに気が぀いおないようだ。

     初めおしっかりず芋たながうは、顔の倧きな女でも䜕でもなかった。海の生き物ず人間の䞀郚をめちゃくちゃにひっ぀けお䜜られた、人知の及ばない〝存圚〟だった。

     山田達にずっお幞いしたのは、ながう自身が暙的をい぀も䞀぀にしか絞れなかったこずだろうか。

     以前も祟り石に觊れた銙梚を远っおいき、匓矎には芋向きもしなかった。今床は匓矎を逌食にしお癜のこずは芋おいなかった。

     倜のキャンパスを匓矎が楜しそうに、バヌルを持ったたた去っお行く埌ろ姿を、山田ず癜は芋送った。

    「祟り石、壊しちゃったねぇ」

    「それだけじゃないですよ」

     山田の声が自然ずトヌンを萜ずしおいく。

    「ん」

    「新城さん、ながうに顔を吞い取られたした。顔を削るっお、そういうこずなんでしょうか」

    「顔を吞い取られた でも、匓矎さん、い぀も通りだったよ」

    「倚分、がくにしか芋えおたせん。吞い取られた代わり、新城さんの顔がながうの頭に浮かび䞊がったんです。それず同時にながうが倧きくなりたした。顔がながうに〝力〟を䞎えたんでしょうか」

     癜が顎を撫でながら口を尖らせた。

    「ながうは顔を取っお、力を埗る。それで顔があったらいけなかったのか。ながうは吞い取った顔を取り蟌んで山田君の蚀うずおり倧きく力を増しおいく、そういう〝存圚〟なのかな」

     山田は背䞭が寒くなる。

    「分かりたせん。でも、あれはここにいたらいけないものです。顔を吞い取られた匓矎さんがどうなるのか、悪い想像しか浮かびたせんよ」

    「そうだね。金朚さんは顔を吞い取られたあず、墜萜死したんだよね。それずも死にたくなるのか」

     山田にずっお、今倜のこずは蚀葉に出来ないほど埌味の悪いものだった。

     神の思惑は人間の知るずころではない、ず別れ際に癜が蚀った。

     ながうに行き逢った江戞時代の人間は、ながうが顔を吞い取る様を芋お、頭を投げ入れおいたのかもしれない。䞎えれば、それは神ぞの䟛物になる。信仰せずずも、それが祀るこずになるのか。

     畏れ厇めれば神になるかもしれない。けれど生け莄だけを屠る神は本圓に神なのか。

     芡が、癜を倢の䞭で切る。そのせいで山田が銖や額や目に支障を来す。もしかするず、ただ芡は、ながうに関わる人間の銖を切るこずで、ながうに力を䞎えないように封じようずしおいるのかもしれない。

     山田は、地䞋鉄の電車に揺られながら、がんやりず考えおいた。

     十䞀月䞊旬、銙梚の投身自死を目の圓たりにしたずき、銙梚の顔は赀く朰れおいた。あれはすでにながうに吞われた埌だったのだ。

     山田は電車の䞭で軜く吐き気を催した。


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    ホラヌ物曞き。感想ください。耒めおください。 挫画原䜜:倧野ちた (アマゟンア゜シ゚むトに参加しおいたす 創䜜倧賞2024ホラヌ小説郚門角川ホラヌ文庫賞受賞。 「完璧な家族の䜜り方」「胡乱な聖兞の信じ方」 2026幎8月7日発売。「海から来るもの」